第4話 口伝 ——千鶴の祖母が語ったこと
≪如月澪が語る、羽鳥陽子から引き継いだ言葉≫
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羽鳥家では、文書に残せないことを口伝として継承する慣習がある。
以下は、現当主・羽鳥陽子が幼少期に祖母から聞いたとされる口伝を、陽子が澪に語り、澪がここに記録したものである。
陽子の言葉で始まり、祖母の言葉へと遡る、重層した記録だ。
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「おばあさんはね、いつも言っていたの。
鏡はね、覗くもんじゃないよ、って。
鏡の前に立った時、自分がどこに立っているかを知るためのもんだよ、って。
覗けば向こうが見える。
でも向こうを見ようとした瞬間、あなたは少し向こうに傾く。
傾きすぎれば、戻れなくなる。
だから覗いてはいけない——鏡の前には、ただ、立つだけにしなさい。」
——羽鳥陽子が語った祖母の言葉。記録:如月澪
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陽子はこの話をしながら、少し笑っていたと澪は記している。
「子どもの頃は、なぜ覗いてはいけないのかが分からなかった。
覗けば向こうが見える。それの何が悪いのかって。
でも今は分かる。向こうが見えるということは、向こうからもこちらが見えるということだから」
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「鏡はね、扉じゃないよ。
扉は、どちらかに開く。
でも鏡は——どちらにも開かない。
開かないから、境界でいられる。
開こうとした者は、必ず何かを失う。
向こうの何かを持ってくるか、こちらの何かを置いていくか。
どちらにしても、等しくないと、鏡は傾く。」
——同上
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澪はこの口伝を記録した後、以下の一文を添えている。
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> ★ 如月澪の付記
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> 「鏡は扉ではない」という言葉が、今も頭の中にある。
> 神代朔也の実験は、鏡を「扉として使う」試みだった。
> 開かないはずのものを開けようとした。
> だから、等しくなくなった。
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> 境界が傾いた時、最初に引き込まれるのは——もっとも向こうに近い場所にいる者だ。
> 鏡の前に立ちすぎていた者。覗いていた者ではなく、
> 傾いた境界が自然に引き寄せる者。
>
> 瀬戸夕奈さんが異界に流れ込んだのは、
> 誰かの意志でもなく、偶然でもなく——
> 境界が傾いた時の、物理的な必然だったと、私は思う。




