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鏡淵の調律 外伝 八咫の鏡  作者: ちとせ鶫


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第4話 口伝 ——千鶴の祖母が語ったこと

≪如月澪が語る、羽鳥陽子から引き継いだ言葉≫


     * * *


羽鳥家では、文書に残せないことを口伝として継承する慣習がある。

以下は、現当主・羽鳥陽子が幼少期に祖母から聞いたとされる口伝を、陽子が澪に語り、澪がここに記録したものである。

陽子の言葉で始まり、祖母の言葉へと遡る、重層した記録だ。


     * * *


「おばあさんはね、いつも言っていたの。

鏡はね、覗くもんじゃないよ、って。

鏡の前に立った時、自分がどこに立っているかを知るためのもんだよ、って。


覗けば向こうが見える。

でも向こうを見ようとした瞬間、あなたは少し向こうに傾く。

傾きすぎれば、戻れなくなる。

だから覗いてはいけない——鏡の前には、ただ、立つだけにしなさい。」


——羽鳥陽子が語った祖母の言葉。記録:如月澪


     * * *


陽子はこの話をしながら、少し笑っていたと澪は記している。


「子どもの頃は、なぜ覗いてはいけないのかが分からなかった。

覗けば向こうが見える。それの何が悪いのかって。

でも今は分かる。向こうが見えるということは、向こうからもこちらが見えるということだから」


     * * *


「鏡はね、扉じゃないよ。

扉は、どちらかに開く。

でも鏡は——どちらにも開かない。

開かないから、境界でいられる。


開こうとした者は、必ず何かを失う。

向こうの何かを持ってくるか、こちらの何かを置いていくか。

どちらにしても、等しくないと、鏡は傾く。」


——同上


     * * *


澪はこの口伝を記録した後、以下の一文を添えている。


     * * *


> ★ 如月澪の付記

>

> 「鏡は扉ではない」という言葉が、今も頭の中にある。

> 神代朔也の実験は、鏡を「扉として使う」試みだった。

> 開かないはずのものを開けようとした。

> だから、等しくなくなった。

>

> 境界が傾いた時、最初に引き込まれるのは——もっとも向こうに近い場所にいる者だ。

> 鏡の前に立ちすぎていた者。覗いていた者ではなく、

> 傾いた境界が自然に引き寄せる者。

>

> 瀬戸夕奈さんが異界に流れ込んだのは、

> 誰かの意志でもなく、偶然でもなく——

> 境界が傾いた時の、物理的な必然だったと、私は思う。

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