陰キャ
第1話:無と五つの業
(……最低な夜の、最高な絶望。彼が私を貫くたびに、私は私が「物」になっていくのを感じていた。快楽なんて、これっぽっちもない。あるのはただ、内側をかき回される不快感と、自分という存在への猛烈な吐き気だけだ。)
「……てか今、脳内でポエムってる? 私。うわ、痛……。キモキモキモキモ……。今のなし。秒で忘れて。てか、なんで私あんなのに抱かれてんの? 脳バグってんじゃん。無理、不快感えぐい。内側かき回されて吐き気しかしないんだけど。あーもう、マジで一回全部リセットしたい。自分ごとシュレッダーにかけて、細切れにしてポイしてくんないかな。この取り返しのつかない感じ、一生残るやつじゃん。詰んだ。……で。ここ、どこ。夢? 現実? どっちでもいいけど、とりあえず現状、地獄なのは間違いないよね。」
(私は震える指で、唯一の友達である結に電話をかけた。つながった瞬間に、言葉が溢れ出す。)
「結? 結だよね、聞いて、マジで事件。私さー、いよいよ頭おかしくなったのかな? なんか今、脳内ポエムのフルコースが勝手に上映されてたんだけど。しかも、隣になんか『歩くカルマ』みたいなのが寝てるし。てかここ、どこ? 現実? 私、もしかして異世界のポータルとか開いちゃった系? 待って、これ夢なら早く覚めてほしいんだけど。なんか、全身に悪寒が走ってるんだけど。これ絶対、一生消えない仕様のバグだよね? ねえ、聞いてる?」
結:「……は? なにいってんの、あんた。一限のテスト勉強しすぎて脳溶けた? ……もしもーし? ちょっと、おーーい! 聞いてんの?」
(その瞬間、スマホが力尽きたような短い音を立てる。……プツッ。)
「…………。あ、充電切れてるし。最悪。」
(私は、ただの黒い板になったスマホを、床のラグの上に放り出した。膝を抱え、ボルドーのパーカーのフードを深く被る。
窓の外は、しんしんと雪が降っていた。 街全体が死んだように静まり返った、クリスマスの朝方。
昨日までは、吐き気がするほどあちこちに飾られていた赤や緑の飾りも、浮かれた恋人たちの笑い声も、今は全部雪の下。 ネオンの光は雪に乱反射して、形を失ったぼんやりとした色彩に溶け、車の走行音も、誰かの笑い声も、厚い綿のような静寂に包まれて消えてしまった。 ただ、どこまでも真っ白で、空っぽな景色が広がっているだけだ。
その時だった。
ラグの上に放り出したはずの、真っ黒な画面が、一瞬だけパッと白く発光した。 雪の白さを凌駕する、暴力的なまでの眩光。その白の中に、五つの「景色」がノイズのように走る。
• 燃え続ける劇場の舞台裏(火)
• 水没した深夜のコインランドリー(水)
• 底なしに地下へ伸びる地下室(土)
• 冬の砂浜に佇む移動遊園地(風)
• 無数の監視カメラに囲まれた白い廊下(光)
「…………え?」
光はすぐに消えた。 あとに残されたのは、さっきまでと何も変わらない、死んだように静まり返ったクリスマスの朝。
「……はぁ、マジ無理。鏡に映るこの物体、汚物すぎて草も生えないんだけど。 てか、このボルドーのパーカー、顔色の悪さ隠すための必死な足掻きが見えてて、自意識こじらせすぎててホントきっしょ。死にたい。
見てよこの、だらしなく開いた襟元。ボタン掛け違えてるの、自分じゃ『生きてるだけで精一杯の無能なゴミ』って絶望してるだけなのに、はたから見たらこれ、計算済みの『あざとい隙あり女子』に見えるんでしょ?
あ〜、もぉ〜、最悪。
自分の無能さが勝手に男ウケに変換されるとか、マジで人生のシステムバグりすぎてて鳥肌立つ。 結局、男ってこういう『バカっぽい抜け感』があれば中身なんてどうでもいいんだよね。それを知っててこの格好してる私も、救いようのない共犯者じゃん。
てか、スマホが急に発光して五つの世界(笑)とか見えちゃってる私。 『あ、私、異世界転生の前兆きた? 設定盛り盛りのヒロインになれる感じ?』とか一瞬でも脳裏をよぎった自分が、痛すぎて寒すぎてマジで凍死レベル。 この期に及んで特別な人間になりたがってるとか、承認欲求モンスターすぎて笑うしかないんだけど。
隣で寝てるこの『歩くカルマ』もそう。こんなのに人生の貴重な時間割いて、自分を切り刻む燃料にしてる私、マジで界隈最底辺の依存体質じゃん。
結局、あの『一度きりの死』に一生分呪われて、地縛霊みたいにそこに執着してるだけの、ただの敗北者なわけ。
あ〜、もぉ〜、最悪。
一生こうやって、陽キャのコスプレしたまま、自分の最悪さを語り倒して死ぬのがお似合いだよ。」)




