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このアマはプリーステス  作者: 川口大介
第一章 尼僧は、男の子が好きだから、頑張る。
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 ふう、と息をついてからルークスは、申し訳なさそうに言った。

「黙っているのは良くないと思いましたので……実は僕も僕で、別の……その、新興宗教……なんです」

「え。どういうことだ」

「街に奇病が出始める少し前のことでした。僕の街の守護神・ナリナリー様のお告げを聞いたんです。それでそのまま、ナリナリー教と名乗っています。まだ正式な旗揚げはしてませんけど」

 ナリナリー様ときた。ジュンは少し頭痛を覚えながら訊いてみる。

「ルークスよ。お告げを聞いた、ってどこからどんな風に?」

「えっと、説明は難しいんですけど。この街の人々の支えになれ、って。こう、天から降ってきたような感じで」

『つまり伝波君かよオイっっ!』

 心の中でジュンは盛大に突っ込んだ。天から神様の、空から大いなる意思の、とにかくそういう声を伝え聞いた、という手合いを世間では「伝波君(伝波ちゃん)」と呼ぶ。主に嘲笑の対象となるが、稀に周囲の人間が真に受けて担ぎ上げ、一大勢力になることもある。

 それが今、目の前にいる。何ともいえない顔で、ジュンは固まってしまった。

 ルークスは慌ててジュンに訴える。

「あの、ナリナリー様のお力は今、ジュンさんだって実際に体験されましたでしょう? アルヴェダーユみたいなインチキではないって、信じて下さいますよね?」

 と訴えるルークスの眼差しが刺さるのは苦しいが、ジュンは頷けなかった。

 どう考えても、いくらなんでも、ある日突然天からナリナリー様ってのはあんまりだ。多分、ルークスは我知らず他の神様に祈ってしまってて、その力を借りているのだろう。

「はぁ……エイユン、ルークスを傷つけない言い方で何か言ってやってくれ」

「? 何をだ」

 エイユンは首を傾げていた。

「まさか君は、僧侶が治癒の術を使うところを見たことがないのか? 私でも知っているぞ。冒険者たちのパーティーの中に、そういう術を使う者はよくいる。ルークスが今やったことは、珍しくもなんともないだろう」

「いや、だからその、」

 ジュンはルークスに聞こえないよう、立ち上がってエイユンに耳打ちした。

「ナリナリー様ってのは、ルークス一人がお告げを聞きましたって言ってるだけの話だろ? アンタが今言ったような僧侶は、ちゃんとした神殿とかがある神様の……」

「待てジュン。落ち着いて、よく考えてみろ」

 エイユンはジュンの体を押し返して、ルークスにも聞こえるようにゆっくりと言った。

「何百年、何千年の歴史がある宗教も、最初は新興団体だ。伝統と格式ある古い寺院も大聖堂も、最初はピカピカの新築物件だ。君の言う、ちゃんとした神様の宗教もな。違うか?」

「それは……」

「冒険者のパーティーにいる僧侶、祈りを捧げて治癒の術を使うその宗教も、元はどこかの誰かが始めた新興団体だ。神の存在を人々に宣伝して、それが成功して、現在の地位を築いた。だから例えば、いつかはナリナリー教の僧侶が偉大な戦士と共に、大魔王を倒すかもしれない。どこかの酒場で、ナリナリー僧が山賊退治の仕事を請け負うかもしれない」

「そうですよね! 今はまだ僕一人ですけど、いつかは大勢の信者を獲得してみせます!」

 無垢な瞳を輝かせるルークスに、エイユンは微笑んで頷き返した。

「うむ。男の子らしい大きな夢、心意気。良いことだ。……どうしたジュン?」

 ジュンは再びベッドに腰を下ろし、頭を抱えていた。

 そりゃあエイユンが言っているのは確かに正論だ。ナリナリーという神様は実在しているのかもしれない。ルークスが治癒の術を使ったのは事実なのだから。

 だがそれはそれとして。つまり新興宗教同士の争いなわけで……辛気臭いというか、スケール小さいというか、美少女や財宝の影も形もない。スリルもロマンもない。

「え~と……だからその、なんだ。エイユンは、宗教を悪用する奴を許せないんだよな」

「当然だ」

「で、ルークスは悪い宗教団体を何とかしてほしいと」

「はい!」

「よしよし。安心しろルークス。俺はちょっと、ワケあってこの件には関われない。でも、この尼さんは、こう見えても凄く強くて……」

 ベッドから腰を浮かせたジュンの後頭部を、エイユンが掴んだ。そして力任せにジュンの首を曲げ、ルークスの方を向かせる。

 そこには、潤んだ目でジュンを見つめているルークスがいる。

「お願いです! ジュンさんしかいないんです! 僕でも噂を聞いたことのある有名な冒険者の人たちも、あの奇病には歯が立たなくて……でもジュンさんならきっと!」

「いや、だから俺は、」

 ルークスは大きな音を立てて両手両膝を床についた。

「お金なら払います! 今はありませんけど、この先何年かかっても! いえ、一生かかってでも、僕の全てをかけて必ず払います! ですから……どうか、どうか僕の街を……」

 頭を下げ、床に涙の雫を滴らせながら、ルークスがジュンに懇願する。

 それを見下ろすジュンの首が、

「ぁがっ?」

 後頭部を掴んでいるエイユンの手によって捻じ曲げられた。横を向いて、鼻と鼻とが触れ合う距離でエイユンと見つめ合う。

 桜色の可憐な唇からふわりと漏れる、エイユンの吐息。その甘い匂いと温かさが、ジュンの顔にかかる。ドス低い声と共に。

「ジュンよ。まさか、この健気な少年の思いを踏みにじりはすまいな。「僕の全てをかけて」だぞ。その意味するところ、解っているか?」

「いや、多分アンタが考えているようなことはルークスも考えてはいないとあだだっ!」

 エイユンの細い指、そこに秘められた凶悪なまでの力がジュンの頭蓋骨を締め上げる。むしろ、細いからこそミシリミシリと音を立てて食い込んでくる。

 その激痛は、ジュンに頭蓋骨粉砕の図を想像させるのに充分だった。 

「わ、わ、わかった! わかりましたっ!」

「よし。ルークス、喜べ」

 手を放したエイユンは、春の日差しのように暖かな笑顔をルークスに向けた。

 顔を上げたルークスとエイユンの目が合う。

「君が憧れた正義の大魔術師は、困っている人を決して見捨てはしない。明日の朝、君と一緒に街へ出発してくれるそうだ」

「! ほ、本当ですかっ?」

「もちろんだ。ほら、安心させてやれ」

 エイユンがジュンの背を、ぽんと押す。

 音はそんなだったが、実のところ有無をいわせぬ力で突き飛ばしたのであり、

「わ、とっ!」

 ジュンは、目の前で両膝を着いていたルークスにぶつかりそうになる。危ない! と咄嗟に両手を着けば、そこはルークスの肩。 

 強い力で両肩を叩かれたルークスは、少し驚いた顔で真正面のジュンを見る。憧れ続けた大魔術師が、元気を出せと言ってくれているんだ……と思うともう、涙が止まらなくて、

「ジュンさん! ありがとうございますっっ!」

 感極まった声を上げ、ジュンに抱きついた。

 自分は一言も発することなく感極まられてしまったジュンが、困って背後を見ると、

「良かったな。本当に良かったな、ルークス」

 エイユンが、まるで我がことのように喜びを噛み締めていた。

 考えてみれば、エイユンはこの件について完全に部外者のはずだ。美少年が大好きで、それが高じて「男の子」についていろいろと変に拘っているのは知っている。だが、普通ここまで赤の他人に感情移入できるものか?

「あのさエイユン。本当に良かった、のはアンタじゃないのか? えらくご満悦だが」

「困っている子が救われて、今こうして喜んでいる。それを共に喜ぶことがおかしいか?」

「いや、でも、まだ問題は解決してないんだから、救われたってわけでは」

「ならば、救われるように共に頑張ろうではないか。ルークス、このエイユンも及ばずながら手伝わせて貰うぞ」

「は、はい! ありがとうございます! これも、ナリナリー様のお導きです……」

 感涙のルークスと感動のエイユン、そしてぽつんとジュン。

『はあぁ。しょうがないな、もう』

 ジュンは心中で、やれやれと溜息をついていた。相手は金目当てのインチキ新興宗教団体だ、どうせ難事件でも強敵でもないだろう、さっさと終わらせよう、と。

 まるで、最初にエイユンの依頼を受けた時のように。こんなの大したことはない、と。

 ジュンはそう思っていたのだ。この時は。

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