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このアマはプリーステス  作者: 川口大介
第一章 尼僧は、男の子が好きだから、頑張る。
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 朝。自分の宿を引き払ったエイユンと合流したジュン、ルークスの三人は、ルークスの故郷であるデタニの街に向かった。

 昨夜の二人は不法侵入と誘拐の未遂犯ということで、縛り上げたまま騎士団に突き出した。ルークスは開放しようとしたのだが、

「そうすると、この二人はまた君を捕縛しに来るぞ。……そうだろう、お前たち?」

「当たり前だ! それが唯一、ルークスを救う道なのだからな!」

「お前もどこの僧侶か知らんが、アルヴェダーユ様を崇めぬ異教徒に未来はないと知れ!」

 ということで現在、詰所に留置されている。二人揃って堂々と、再犯を強く主張しているので、はたしていつ出られることやら。

 デタニへの道を歩きながら、ジュンはエイユンに訊ねてみた。

「あの二人、自分のやってることに何の疑いもない、どころか絶対正しいと信じきってたな。宗教とか信仰とかってのは、ああいうものなのか?」

「ああ。他の教えを認めぬという点は絶対に間違っているが、そもそも信じる者と書いて信者だからな」

 落ち込んだ表情で黙っているルークスにも聞こえるように、エイユンが答える。

「彼らの行動は、彼らなりの信仰の上で、純粋にルークスの身を案じてのこと。それは彼らの正義であり、愛なのだ。少なくとも、そこに悪意はない」

「でも、あいつらのはどう考えてもインチキ宗教だろ」

「彼らにとってはインチキではないのだ。だから毛ほども疑わない。それが信者だ」

「ふうん。俺にゃ理解できんな」

 ジュンは肩を竦めた。

「ま、要はインチキを暴けばいいんだろ。そうすりゃみんな目が覚める。街に奇病を撒き散らしたのが教団そのものだと立証すれば、万事解決っと」

「そうだな。だが、そこまではできずとも良い。きやつらは治療の為、呪いを解く為と称して、人々から大金を搾り取っているそうだからな。ならば、我々が奇病の原因を解明して無料で治療すれば、それだけでも教団は壊滅するだろう」

「それもそうだな……っておい、無料っ?」

 ジュンはエイユンに詰め寄る。エイユンがそれに応じるより早くルークスが慌てて、

「あの、依頼の報酬でしたら、僕から払いますから。もちろんエイユンさんにも」

「いや、私は無用。もちろんジュンもだ」

 ジュンの反論を遮るように、エイユンはジュンの襟首を掴み、捻って引き寄せて囁く。

「今、君も同意したであろうが。インチキ団体の高額治療に、個人が無料治療で対抗するからこそ、意味があるのだぞ」

「で、でも、いくらなんでも完全にタダってのは」

「えい、聞け。教団の悪どいやり口を暴き、首謀者を捕縛し、被害者の証言を取り纏めて騎士団に届ければ、先日のようにいくばくかの報奨金は出よう。それで我慢しろ」

「またそれかよ……とほほ」

 確かに報奨金は出るだろう。山賊団の時と同じように。だがあれにしても、アジトに溜め込まれたお宝をごっそり頂戴、に比べれば泣きたいぐらい少なかった(ジュンはそれすら貰えなかった)。 

 今回は事件の規模が大きいから、被害額はかなりのものだろう。山賊団の時よりも報奨金は多いかもしれない。が、大して期待はできない。なにしろお役所のやることだ。

 そしてエイユンがいる以上、霊感商法で溜め込まれているであろう金は、全て被害者救済に使われるだろうし。

『あぁ。やっぱりダメだこの尼さんは。一緒にいたら、財宝や美少女への縁がなくなっていく。健全かつ常識的な、旅の天才魔術師ライフが遠ざかる一方だ……』

 ジュンの嘆きをよそに、一行はデタニに到着した。リグイチには劣るが、整然と石畳が敷き詰められ、大きな店も立ち並ぶ、なかなかの都市である。

 だが街の景色を一望して、ジュンもエイユンも驚いた。あちらの家にもこちらの家にも、同じ形の同じ旗が飾られ、はためいているのだ。三角形で、赤地に黒のラインが入った、デザイン自体は地味なもの。とはいえ街中でびっしりやられると、さすがに目が眩む。

 これが何の旗かは、ジュンもエイユンも、説明されずとも想像がつく。

「なるほど。こりゃまた、予想以上に染められきってるな」

「ああ。そしてこの光景は、いかに多くの人々が悪徳宗教に苦しめられているかの証拠だ」 

 許せん、とエイユンはリキんだ。

「こちらです。来て下さい」

 アルヴェダーユ教団の色に染められた街を、ルークスが小さくなって歩いていく。その後について歩くエイユンもジュンも、街の人々の視線がチクチク刺さるのを感じていた。

 騎士団に突き出したあの二人ほど過激ではないにしろ、街の皆がルークスを異端視しているのだろう。また、どこからどう見ても僧侶であるエイユンの出で立ちも一役買っているに違いない。この街ではエイユンもジュンも、そしてルークスも異教の徒なのだ。

 ルークスは悲しそうに、ジュンは居心地悪そうに、エイユンはむしろ挑戦的に胸を張って歩いていく。街の中央にある大きな公園を通り抜け、そこから少し離れた場所にある小さな家にたどり着いた。ここがルークスの自宅らしい。

 どうやらこの辺りは貧しい家庭が多いようで、近隣の家もみんな同じように小さい。そして旗の数は少ない。金が払えないから、買いたくても買えないということなのだろう。

 ルークスに案内されて、ジュンとエイユンが中に入る。入ってすぐの部屋が狭い食堂になっており、テーブルと椅子が並べられていた。 

 人の姿は見えないが、奥の部屋から何やら苦しそうに咳き込む声がする。

「母さん?」

 心配そうな顔でルークスが食堂を横切り、ドアを開けて奥の部屋へ入る。そこには、痩せた成人女性がベッドに横たわっていた。

 ルークスの後ろから覗き込む二人にも、その女性の顔色が悪いのはすぐに判った。

「母さんっ!」

 慌ててルークスがベッドに駆け寄り、母親の手を取ってナリナリーに祈り始めた。ルークスの体が淡い光に包まれ、手を伝って母親らしき女性の体に流れ込んでいく。

 母親は目を開けて、ルークスの方を見た。

「ああ……お帰り。そんな、大したことはないのよ」

「いいから、待ってて。今、僕がナリナリー様のお力で治してみせるから。アルヴェダーユにできて、ナリナリー様にできないことなんかない!」

 ルークスの必死の気迫は、背中を見ているだけの二人にも伝わってくる。

 そんなルークスと、ルークスが治癒の術を施している母親とを交互に見ながら、ジュンはエイユンに囁いた。

「どうやら例のアレらしいな。俺が見たところ、呪いの類なんかはかかってない。ルークスの術は何の抵抗もなく作用して、ちゃんと効いてる。なのに、回復の兆しがないってのが解らないな。薬も効かないって話だったし、よっぽど特殊な毒とかか?」

「いや。あの母上様の顔色と呼吸の音色で判った。毒ではない。そして呪いでもない」

「え?」

「耳を貸せ、ジュン。少し芝居をしてもらうぞ」

 エイユンはジュンに耳打ちをした。

 やがて部屋の中を照らしていた光が消え、ルークスが深い息をついた。疲れた様子で肩を上下させながらも、母親の手はまだ放さず、滲んだ汗と一緒に握っている。

 母親は力なく微笑んで、

「ありがとう。もう、何とも……」

 言葉が咳で途切れた。ルークスは悔しそうな顔で、もう一度祈りに入ろうとする。

 そんなルークスの肩に、ぽん、とエイユンが手を置いた。

 ルークスが振り向くと、エイユンは妙に勇ましい顔で進み出て、母親を見下ろしている。

「エイユンさん? あ、母さん。この人は、前に話したジュンさんの、えっと、」

「母上様。私はエイユンと申します尼僧で、あれなる正義の大魔術師ジュンの旅仲間です」

 エイユンは背後のジュンを指して丁寧に自己紹介した。

 母親は横になったまま一礼を返す。

「こんな格好で失礼します。息子が大層お世話になりましたそうで……」

「いえ。彼にとってはいつものこと、当然のことをしたまでです。そうだなジュン?」

「あ、ああ。その通り」

「ですから此度の一件も、大魔術師たる彼ならば必ずや解決できましょう。それに、」

 ジュンにもルークスにも口を挟む暇を与えず、エイユンは話し続ける。

「かつて、そして今また、二度に渡ってルークス君の危機に彼が遭遇したのは、決して偶然ではありません。これ全てナリナリー様のお導き。そうである以上、ジェスビィ如きが起こした災厄、砕けぬはずがありません。そうだろう、ルークス」

「えっ、そ、それは、もちろん。ナリナリー様のお導きなんだから、当然っ」

「私もそう思う。というわけで母上様、失礼します。お体を……」

 エイユンは母親の体をうつ伏せにした。何をするのかとジュンとルークスが見ている前で、エイユンは母親の体のあちこちを触っていく。腰、背中、肩、そして首。

「ふむ。やはりな」

「エイユンさん?」

「ルークス、手を貸してくれ」

 エイユンは母親を仰向けに戻して上体を起こさせ、その肩をルークスに支えさせた。自分は背後に回って、右手で母親の後頭部を、左手で顎を掴む。そして、大きな船の舵取りをするかのような手つきで首を捻った。ひとつ、骨が鳴る。

 ルークスが青ざめて、

「な、何をするんです! 母さん、大丈夫? 痛くない?」

「……え……えっと……」

「もう痛くはないはずですが。いかがですか?」

 にっこりしているエイユンを、母親はぼうっとした顔で見上げている。今、自分に何が起こったのかよく解らないといった様子で、ひとつ、ふたつと深呼吸した。すると、

「あ……呼吸が……流れる……」

「母さん、どうしたの? どこか苦しいの?」

「な、何だか急に、詰まっていたものがなくなったというか、体がすごく楽になって……な、治った……みたい」

 と言う母親は確かに、全く咳き込んでおらず、心なしか顔色も良くなってきている。


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