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このアマはプリーステス  作者: 川口大介
第五章 みんなで、力を合わせて……!
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「我は古代魔王ジェスビィなり! 古代神アルヴェダーユは、たった今、この私が打ち倒した! 絶望するがいい、人間ども! もはやこの地上のどこまで逃げようとも、我が手から逃れることは叶わぬと知れ!」

 夜空に浮かぶ巨大な、純白の衣を纏った金髪の美女の幻影が、街中のすみずみまで轟く大音響で宣言した。

 既に大混乱していた街の人々は更に恐れおののき、嘆き悲しみ、この世の終わりだと絶望する。それをじっくりと見届けたかのように、いや実際に術を用いて高い視点から見届けて、幻影はするすると下方に引っ込んでいった。

 その付け根には、幻影と同じ姿の美女がいる。古代神アルヴェダーユである。

「ふふっ。いやあ、爽快ですね。今の今まで信じていた女神様が、あっけなく敗れ去ったと聞かされた、人間たちの慌てっぷり。もう、最高に面白くて」

 言いながらアルヴェダーユは、ぐりぐりと踵で踏みにじった。傷だらけのアザだらけで地面に倒れ付しているソウキの、こめかみの辺りをぐりぐりと。

「あのブザマな様子を見るためなら、もうしばらくジェスビィの名を騙るのも悪くないですね。まあ、いずれは事実を知らしめて差し上げますが。私のプライド的に考えて」

「……どうして……そんなことを……」

「まだそんなこと言ってるんですか。そんなの、私が楽しいからに決まっているでしょう。人間は素晴らしい。あの、苦しむ顔も悲しむ顔も悲鳴も涙も私は大好きですよ。だからそれを、ジェスビィなんかにはカケラも渡したくなかった。だから戦った。そして勝った」

 ソウキを踏みにじるアルヴェダーユは、本当に楽しそうだ。

「あなたはその中でも、トップクラスに私のお気に入りですからね。もっともっと、私に虐められて、楽しませて下さい。あ、そうそう、その表情。私に利用され、騙されて働かされていたと知り、絶望したその無念の表情が実に良い」

 アルヴェダーユは言葉を切ると、ソウキの頭を踏んでいた足を、今度はソウキの脇腹の辺りに当てた。地面との隙間に爪先を入れて、深く差し込む。

 そして、足の甲にソウキを乗せたまま、その足を思いきり振り上げた。まるで小石を蹴飛ばしたかのようにソウキは勢いよく、遠くへと飛ばされて、

「っっ!」

 地面に激突する寸前、岩陰から出てきた人物に抱きとめられた。

「来ましたか。話は全部聞いていたようですね? というか聞かせてあげたんですけど」

「……」

「ねえ、黙ってないで感想を聞かせて下さいよ。勇敢な異教徒さん?」

 口を真一文字に結んだルークスは、意識を失いかけているソウキをそっと地面に寝かせた。そしてソウキの胸に手を当てて、治癒の法術を施す。

「ナリナリー様、お力を……」

「ぅ……っ、き、君は」

「まだ喋らないで」

 ソウキの全身の傷が少しずつ癒えていく。白くなっていた顔色にも血色が戻っていく。

 アルヴェダーユはそれを妨害するでもなく、ただ眺めている。

「治癒の術はなかなかですね。で、その子を治してどうする気ですか? まさか、二人でこの私と戦うとか? 私としては、美少年二人を同時にいたぶるのは大歓迎……ん?」

 ルークスの術で回復したソウキが立ち上がった。

 その後方、遠くから、二人が走ってきた。

「おや? あれは……」

 この場所。シャンジルの屋敷の地下、かつては洞窟だったが今は広い台地となっている、荒涼とした岩場に、ジュンとエイユンがやってきた。

「生きてたんですか。なのに、戻ってきたんですか。せっかく逃げるチャンスだったのに」

 アルヴェダーユは肩を竦める。

 ルークスは安堵と感激で二人を迎えた。

「ジュンさん、エイユンさん!」

 四人が集まり、ジュンがアルヴェダーユに対する最前線に立つ。

 エイユンは、ソウキとルークスが重傷を負ってはいないことををざっと見て確認し、それからルークスに聞いた。

「君も来ていたのか。できれば危険につき合わせたくはないのだが……今、戦わないのはナリナリー様の教えに反する、か?」

「もちろんです!」

「ならば仕方ないな。勇気と信念を持って戦う、それでこそ男の子。ソウキ、君はどうする。いくらか回復はしたようだが、奴に相当痛めつけられただろう」

「心配はいらない。僕だって、あいつは絶対に許せない。この拳で、必ず倒す!」

「うん、あの女を許せないのは私も同じだ。力を貸すぞ」

 少年二人が、お姉さんに決意表明しているのを背中で聞きながら、少し年長の少年が、邪神と対峙する。

「この通り。何とか、こっちの体勢は整った。ちょっとは覚悟してもらうぞ」

「……ジュンさん。あなたは、エイユンさんに比べれば、少しは常識がありそうに見えたんですけどね。私の買い被りでしたか?」

「いや、自分で言うのも何だけど、それは買い被りなんかじゃない。ちゃんと当たってる。でも、事情が変わってな。今は俺も、ちょっとだけ勝算があると思ってる。だから、ちょっとは覚悟って言ったんだ」

「ふうん?」

 アルヴェダーユは、ジュンをじろじろと眺めた。

「ふむ……ほう……なるほど。よくは解りませんが、何か持ってきたみたいですね。とはいえ、あなたも他の三人も、人間であることは間違いない。アリが四匹、いくら噛み付いても象は倒せませんし、象を倒せるような武器はアリには持ち上げられもしませんよ」


 ジュンは、ひとつ深呼吸して気持ちを落ち着ける。

『ガルナスの剣の存在を、完全ではないにしろ見抜いてる、か』 

 だが、どうせ、隠してどうなるものでもない。

「ああ、アリと象くらいの差があるのは確かだな。だからこそ、それを成し遂げた暁には、歴史的伝説的快挙になるんだよ。このアリは欲深だから、それに目が眩んでるんだ」

「欲に眩んで命を捨てますか。それを何というか知ってます? ただの愚行、ですよ!」

 アルヴェダーユは両腕を交差させ、一気に法力を高めた。この場所、つまりシャンジルの館とその地下部分、すなわち丘をまるごと跡形なく吹き飛ばした、あの術だ。

 だがこの術は、ジュンは一度見ている。そして今、ガルナスの剣の使い方は剣から魔力を通じて伝えられており、習得できている。自分の中にある古代魔王の力を、呼び出す!

「見よ! 暗黒の騎士ガルナスが魂、その刃の輝きを!」

 ジュンの全身が突然、その身の内から吹き出す暗黒の炎に包まれた、と見えた次の瞬間、その炎は左手に集まり、黒い篝火となる。

 その篝火の中に、ジュンは右手を差し入れた。そして引き抜く。

「ぅおりゃああああぁぁぁぁ!」

 引き抜かれたそれは、漆黒の剣だった。ガルナスが持っていたのと同じく片刃に見える。だがそれは、そんな風にも見える形をしているというだけで、実際には刃ではない。

 剣の形をした、燃え盛る炎。黒い炎がゴォゴォと音を立てて燃えており、それが柄、鍔、刃を構成している。

 ジュンが魔力を込めてまっすぐ天に突き上げると、刃の部分が伸びてジュンの背丈ほどになった。その黒い炎の剣を、ジュンはしっかりと握って構える。

 アルヴェダーユは、予想外の事態に目を見張った。

「っ! ガルナス……古代魔王ガルナス! まさか、あの騎士バカと契約したのですか?」

「ああ、バカだったよ。だがその騎士バカっぷりのおかげで、こうなったわけだ」

「ふん、小賢しい! 吹き飛びなさいっ!」

 アルヴェダーユが両腕を広げて、爆破の法術を放った。 

 ジュンは剣先を下に向けて、地面に突き刺す。そこからアルヴェダーユの方に向かって、地面を抉りながら振り上げた。するとその縦の軌跡に、魔力の刃が発生して撃ち出された。

「何っ!?」

 アルヴェダーユの放った全方位爆破の威力を、ジュンの放った魔力の刃が斬り裂く。激流の中に突き出た岩のように、アルヴェダーユの術を力強く割って。海面を行く鮫の背びれのように、速く鋭く。アルヴェダーユを真っ二つにできる大きさの、黒い炎の刃が奔る。

 アルヴェダーユは両手を前方に突き出して、襲来した刃を自らの手で掴み止めた。ノコギリで金属板を切るかのような、甲高い音を鳴らしながら握り締め、絞り捻じる、と刃は砕けてしまった。粉々になった魔力の刃は、蒸発するように消え失せる。

 とはいえそれが、アルヴェダーユにとっても容易なことではないというのは、両手からもうもうと立ち上る黒煙が示している。また、手の平の火傷らしきものはみるみる治っていくが、アルヴェダーユの額に浮かんだ汗と眉間の皺、食い縛られた歯はまだそのままだ。

 明らかに、ダメージはある。肉体にも精神にも。ジュンは確信した。

「なるほどな。人間である俺を土台にしてる分、ガルナスが使ってたあの剣の威力をそのままってわけにはいかないが、これで充分だ!」

 ぶんっ、と魔力の剣を一振りして、ジュンが叫ぶ。

「もう、今みたいな全包囲攻撃は通じない、どころか反撃の的だぜ。そして一点集中で来るなら、こっちはソウキやエイユンの気光と俺とで、挟み撃ちにして攻める!」

「……」

 アルヴェダーユは無言だ。


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