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このアマはプリーステス  作者: 川口大介
第四章 黒幕が、とうとう、牙を剥く。
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 感服と驚愕の混じった溜息をつきながら、ジュンはエイユンの横顔を見た。

 ガルナスに向けられている、勝ち誇った表情。その、形のいい眉や口元は、自信たっぷりに高々と吊り上っている。

 だが。その瞳は、自信なさげに、むしろ怯えて、頼りなげに揺れている。

 ジュンの手を握るエイユンの手は、必要以上にぎゅっと握り締められている。そしてガルナスに悟られぬようにと押し殺しているかのように、細かく小さく震えている。

『……エイユン』

「さあさあ! 潔く、契約を履行しろ! 魂を捧げて貰おう!」

 エイユンに命じられたガルナスは騎士らしく、恭しく片膝をついた。

 がっくりと力なく膝を落としたようにも見えたが。 

「我が剣を手にせし魔術師フィルドライ=ジュンに、騎士ガルナスは魂を捧げる。……だがな、我からも少しは反撃をさせてもらうぞ尼僧よ」

「反撃?」

「いいか。剣は騎士の命、騎士の魂だ。剣すなわち魂、魂すなわち剣。よって、」

 ガルナスは、手にしていた剣を地面に突き刺した。そしてそこに両手をかざして、

「はああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 吼える。すると、剣全体が黒い火炎に包まれた。いや、包まれたのではない。剣そのものが溶けて、火炎と化したのだ。

 その黒い火炎は、強風を浴びたかのように何かに押し流され、ジュンに覆い被さった。

 だがジュンとエイユンが叫び声を発するのと同時に、火炎は消えた。まるで、水を満たした箱の底に穴を開けて、その穴に水が吸い込まれていったように。ジュンの体の中に、黒い火炎が吸い込まれて消えたのだ。

 ジュンは自分の体をさすってみた。とりあえず、痛くも痒くも熱くもない。

 だが自分の中、奥深いところに何か大きなものがあるのは自覚できる。

「魔術師の端くれ、いや、我を召還できるほどの優れた魔術師であれば、説明は不要であろう。お前に今、我が剣を授けた。わかるな?」

「……ああ」

 ジュンは拳を握ってみた。大丈夫だ。使える。

 心配そうに見ているエイユンに、ジュンは力強く、エイユンを元気付けるべく、少し笑顔を見せながら言った。

「今貰ったこいつは正真正銘、古代魔王の剣だ。前に説明した通り、【従属】状態にはなってないけど、そこはアルヴェダーユも同じ。同じ条件の剣ってことは、あいつを斬ったり刺したりできる武器ってことだ。これなら充分、戦える」

「魔術師ジュンよ。その剣が我が魂と言ったのは屁理屈ではなく、言葉通りのこと。そして我は、騎士として剣を捧げた。すなわち、騎士道に反する戦いには、その剣は使えぬ。我が剣が、非道卑劣な戦いに振るわれることは絶対にない。覚えておけ」

「それは心配するまでもないこと」

 ジュンに代わって、エイユンが答えた。

「ジュンは、困っている人を見過ごせない正義の味方だ。非道卑劣な戦いなどしない」  

「……ふん」

 ぎろりとガルナスはエイユンを睨みつけた。

「騎士たるもの、あちらにもこちらにもと魂を捧げるわけにはいかんからな。契約はこれにて完遂、引継ぎも無し。我が剣は魔術師ジュンよ、お前にのみ捧げられ、他の誰の手にも渡らぬ。契約書は、お前の死と共にこの世から消滅する」

 煙が緩い風に消されるように、ガルナスの姿が消えていく。

「お前が我が剣で何を為すのか。剣を通じて、我はいつでも見ているからな…………」

 姿が消え、魔力が消え、気配が消えた。

 もう、ここにはガルナスの残影すらない。残っているのは地面に書かれた魔法陣と、儀式を終えて魔力を失った道具類だけだ。

 ジュンは、ほっとして息をつく。

「ふぅ~。ま、古代魔王ガルナスそのものの使役じゃなくて剣だけだから、目標完遂とは言えない。けど、生還できた上に充分な収穫があったんだ。上々だな……っと!」

 突然よろめき、倒れかけたエイユンを、ジュンが慌てて支えた。

「大丈夫か?」

「い、いやあ、流石だったな。私は、魔力や法力のことはわからぬが、気のことならわかる。気は、アルヴェダーユにもジェスビィにもあった。無論ガルナスにも。その気の大きさから、いかに強大な相手であるかは嫌というほど理解させられて……」

 ジュンが抱き支えているエイユンの肩は、手と同じく震えていた。

「ジェスビィやアルヴェダーユの時は、ソウキのことで激昂していたから気付かなかったが。やはり、存在自体がケタ違いなのだな。古代魔王や古代神というのは」

「それは、俺が何度も言ってるだろ?」

「すまん。私はまだ、心のどこかで侮っていたようだ。これからは認識を改めるとしよう。奴らは確かに、とてつもなく強い。が、」

 エイユンは震えていた手で、ジュンの手を握った。

 すると、エイユンの手の震えが止まる。

「今、君は勝てる力を得た。だな?」

 今のエイユンの目と声に、凛々しさはある。

 だがそれと同じくらい、ジュンを頼りにしている、ジュンに縋っている気持ちも見える。

 それがあまりにも真っ直ぐ読み取れてしまうから、ジュンはどうにも落ち着かない。

「ま、まあ、俺が得たというか、俺の儀式とアンタの口先のおかげだな。それに、」

「それに?」

「勝てる手段ってのは言い過ぎ。勝てる可能性、だよ。さっきも言ったけど、本体ではなく剣だけ、つまり古代魔王の力の何分の一かだ。向こうは古代神が丸ごとだから、分が悪いのは間違いない。でも、」

 エイユンをしっかりと立たせて、ジュンは言った。

「ここまで来たら、やるしかないだろ。歴史的大英雄、伝説的大魔術師を目指しての、大博打を。古代神アルヴェダーユ、俺たちでぶっ倒してやろうぜ!」

「うん……うん! そうだな!」

 感極まった様子で、エイユンはジュンの首に手を回して、しっかりと抱きついた。

「エ、エイユンっ?」

「ああ、最高だジュン。今の君こそ正に、私の理想の男の子。ここで君を支えきらねば、女が廃るというもの。私も精一杯、手助けさせてもらうぞ」

 エイユンは、照れも何もなくぎゅっと抱きしめてくるものだから、その並々ならぬ胸がジュンの胸に強く押し付けられる。その存在を主張して、その感触を伝えてくる。

「あ、あ、い、いやあの、その、えっと、」

「無論、アルヴェダーユ許すまじという思いも忘れてはいないぞ。あの加虐嗜好の変態女を放っておけば、世界中の美少年をかき集めてハーレムを作るであろう。絶対に許せん」

 鼻息を荒くしたエイユンはジュンから放れて、両の拳をぐっと握る。

 ほっとしたような残念なような気持ちで、ジュンはそんなエイユンを見る。

「今更だけど、世界平和とか正義とかそういうの後回しでいいのか? 尼さんとして」

「君の助けをすること、あの淫欲女を倒すことは、世界平和にも正義にも繋がるだろう。結果が同じなら、動機などどうでもいい。心中の大善よりも行動の小善、まして行動の結果が大善となるなら、心中などに何の意味があろうか」

「……それもそうか。理想だけ大きくて何もしない奴より、理想がどうでも行動する奴の方が偉い、と。そう考えれば、心の中なんて確かにどうでもいいかもな。金や名誉目当てでも、それで悪い奴を倒して、多くの人々が救われるのなら、充分に英雄だな」

 例えば俺とか、とジュンは心の中で付け加える。そのことに、エイユンは気づいたかどうか。

「そう、大事なのは心より行動だ。だが私の心の中は、きちんと知っておいてもらいたいと思っている」

 嬉しそうに、そして……珍しく、ほんの少し、恥ずかしそうにエイユンは言った。

「余人はどうあれ、君にはな」

「え」

「さあ行こう! ソウキが心配だ」

「あ、ああ。そうだな」

 二人は、休む間も無く駆け出した。


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