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16 君の味方

「……絶対あのマスター気づいてるわよね」

「うん。僕もそう思う」


 冒険者ギルドを後にした一行は、庶民的な味と価格で人気の食堂で昼食を取ることにした。4人掛けのテーブルで声を潜めたエリザベートに、シュテファンはあっさりと頷いた。


「実はこっそり通報してたりして?」

「多分それはないんじゃないかな」

「どうしてそう言い切れるの?」


 マスターが裏切っている可能性を示唆したエリザベートを、シュテファンは即座に否定した。その理由を問いかけると、笑顔と共にこんな答えが返ってきた。


「なんとなく、勘……かな?」

「はぁ!?勘?」

「そう。……ゲオルグはどう思う?」


 軽く返されて目を剥くエリザベートを他所に、シュテファンはゲオルグへと顔を向けた。話を振られたゲオルグは「そうですね…」と頷いた。


「……私もそう思います。マスターには我々に対する悪意が感じられません」

「悪意?……そっか、ゲオルグにはそれが分かるのね」

「はい」


 やはりエリザベートが思ったとおり、ゲオルグはかなり高位の神官らしい。神官の中でも下っ端の者には分からないが、能力が高い者ほど相手の持つオーラのようなものを感じることができるのだという。

 ゲオルグの言葉を受けて、シュテファンが続ける。


「あと冒険者の中にも僕達を疑う者がいるみたいだけど、その訴えがマスターのところで止まっているようなんだ」

「え、そうなの?」

「うん。ちょっとさっきそんな話を小耳に挟んでね」

「ふーん……」


 悪巧みをするような顔つきになったシュテファンを見て、どこで小耳に挟んだのか詳しくは聞かないでおこうとエリザベートは思った。


「まあどっちにしろ、あまりここにはもう長くは居られないかな。マスターのところで止めるにしても限界があるし、あんな大金をちらつかせられたら誰でも欲が出るよね」

「確かにそうよね」


 フランツとゾフィーの婚約の噂を聞く前に、兄エルンストから魔法を使った手紙が届いた。鳥の形に変化させた手紙を確実に送りたい相手だけに届けて、さらに読んだ後には跡形もなく消えるという便利な魔法だ。


 そこには、エリザベートの父であるルードヴィヒが王城で見聞きしたこと、そしてこれからのシュタインベルク家としての方針が書かれていた。


「……それはそうと、次は何処へ行くつもり?例の魔術師を追いかけてるって言っていたけど、最近は彼の消息を聞かないよね?」

「………」


 シュテファンの言う通り、最後にジュール・ポワティエの目撃情報があったのがこのキリク自治国だった。ところがエリザベート達がここを訪れて以来、ジュールの噂を全く聞かなくなってしまった。


(あんなに目立ちたがり屋のジュールが、何ヶ月も消息不明だなんて……何かあったのかしら?)


 稀代の大魔術師として名を馳せているジュール・ポワティエだが、彼は幾つもの国からお抱え魔術師として破格の待遇を提示されているにも拘らず、ずっとそれを断り続けているらしい。

 ある時は街の中心にある噴水の水で巨大な竜を作って人々を驚かせたり、ある時は祭りのクライマックスにド派手な魔法の花火を放ってみたり、またある時は盗賊相手に大捕物をやってのけたり…と、とにかく目立つことが大好きな人物だ。


 オレンジ色の髪に黄緑と黄色のオッドアイという派手な外見のためすぐに見つかりそうなものだが、彼が普段どこでどんな生活をしているのか知っている者は不思議と誰も居ない。恐らく普段は魔法で外見を変えているのだろうというのが、人々の大方の予想だった。

 それでも、大概数週間に一度は何処かで目撃情報が上がるのだが、それがここ3ヶ月ほど途絶えてしまっている。これは今までになかったことだ。


「ジュール様の後を追うのは一旦置いておいて、ちょっと行ってみたいところがあるの。もしかしたら、王太子の追手が待ち構えてるかもしれないんだけど……」

「行きたいところって?」

「……ガザリンド」

「ヴァルキニア帝国の?」

「そう。……やっぱりダメ……だよね?」


 ヴァルキニア帝国は、大昔に聖女を召喚した国である。ガザリンドにある神殿には、聖女しか入れないと伝えられる魔女を封印した部屋がある。

 魔女を封印した神殿がある街なんて潜伏先として真っ先に疑われても仕方がない場所だが、エリザベートは自分が施した封印が本当に解けているのかどうしてもこの目で確かめておきたかった。


「いや、いいよ。何か理由があるんでしょ?」

「そうだけど……何なのか聞かないの?」


 理由も聞かずにあっさり了承されてエリザベートが訝しげに問い返すと、シュテファンが空色の瞳を細めてふんわりと笑った。


「言ったでしょ?僕は君が居る所なら何処へでもついて行く。いつでもどんな時でも君の味方だって」

「………っ」


 真っ直ぐな言葉に不意に熱いものが込み上げてきて、エリザベートは咄嗟に俯いた。ちっとも彼からの好意に応えることができていないのに、シュテファンは優しすぎる。


「あーあ、泣かせちゃいましたね…」

「これは嬉し涙なのでは?」

「でも女の子を泣かせるなんて男として失格っすよ」

「そういうものですか?」

「……ちょっと君達黙ってて」


 あーだこーだと意見を交わすハンスとゲオルグを黙らせたシュテファンが、俯いたままのエリザベートを優しく抱きしめた。


ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。

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