17 今だけは…
「……ねえ、エリー。もし僕の気持ちに応えていないことを負い目に感じているんだったら、その心配は無用だよ。僕はこうして君の側にいられるだけで幸せなんだから。君さえ居てくれれば、そこが何処だろうと構わない。………ああでも、できれば牢獄は嫌かな」
「……ふふっ……そうね。私も牢獄は嫌だわ」
そう言って小さく笑ったエリザベートの頬に手を添えて顔を上向かせると、シュテファンは目尻に溜まった涙をそっと指で優しく拭った。
「そうだろう?そうなったらこうして抱きしめることもできないよ」
「……気にすべきなのは、そこじゃないわよね?」
「いやいや、大問題さ。だって、近くにいるのにお互いの顔さえ見れないかもしれないんだよ?」
戯けるような口調だが、シュテファンの表情は真剣そのものだ。エリザベートは、少し前からシュテファンが自分達の周りに防音魔法をかけていることに気づいていた。
「そうね……確かに。お城の地下牢に行ったことはないけど、きっとそんないいところじゃないわよね」
「だろうね。……だから、僕達は何としても逃げ延びなきゃならない。僕達を信じて動いてくれている人達のためにもね」
「………勝算はあるの?」
「そうだね……。君の父君が考えるとおり、ゾフィー嬢の使う癒しの力には何か秘密があると思う。あとこれは僕の個人的な意見なんだけど、父上は兄上と僕を試しているような気がするんだ」
「それって……陛下は、ゾフィーのことを聖女とは思っていないってこと?」
「うーん、まぁ様子を見ているってところかな。僕達についてもそう。わざと泳がせているよね、多分」
「何のために?」
「そりゃあ……どっちが次の王に相応しいか見極めるため、じゃない?」
「え?次の王はフランツ殿下じゃないの?」
その前提は覆らないと思い込んでいたエリザベートが、目を丸くする。そんなエリザベートを見て、シュテファンが口の端で笑った。
「あのまま君と結婚していれば、そうだっただろうね。でも、そうはならなかった。兄上が自ら君を手放したから。……本当、馬鹿だよね」
そう吐き捨てたシュテファンの表情が驚くほど冷たくて、エリザベートは背中がゾクリとした。が、それも見間違いかと思うほど一瞬のことで、すぐにいつもの穏やかな表情へと変わる。
「でも、そのおかげで僕はこうして君と一緒にいられる。兄上には感謝しなきゃね」
「………っ」
本当に嬉しそうにそんなことを言われて、エリザベートはブワッと一気に顔が熱くなるのを感じた。
「あの、シュテファン」
「ん?なに?」
「お願いだから、もう少し離れて……」
「ええ、どうして?僕はこの方が話しやすいけどなぁ」
「……私は話しにくいわ」
今のエリザベートは、隣に座るシュテファンに抱きすくめられた状態。元々線の細かった身体は旅を始めてからひと回り大きくなり、服越しにも逞しい胸板を感じてドキドキしてきてしまう。
澄んだ青空のような瞳でじっと見下ろされると、頭の中が沸騰したかのように何も考えられなくなってくる。
「じゃあ無理して話さなくていいよ。黙っていてもエリーは可愛いし」
「な、何言って」
「本当のことでしょ。……それとも、僕に抱きしめられるのは嫌?」
「……嫌じゃない、けど……」
「けど?」
「恥ずかしい……」
「ああもう……本当に可愛い……」
耳元で囁かれてビクッと肩を揺らしたエリザベートの耳に、シュテファンの唇が触れる。ゾクゾクするような感覚が背中を駆け上がり、耐えられずにエリザベートは咄嗟にシュテファンのシャツを強く握りしめた。
(……恥ずかしすぎて……もう、ムリ………!!)
食堂の端の席とはいえ、お昼時とあって店には他にもたくさんのお客がいる。昼間からイチャイチャする若いカップルを見てニヤニヤする者、微笑ましい視線を送る者、よくあることだと無関心の者……様々な反応の中で、同じテーブルに着く男2人の反応は全くの正反対だった。
「ほんっと、堂々と見せつけてくれるよな。……いいなぁ、俺も彼女欲しい……」
「追われている身だということを忘れていませんか、ハンスさん?」
「覚えてるよ!バッチリとね!!それを言うならアンタの主人はどうなんだよ!?」
「殿下は幼い頃からずっとエリザベート様を想っておられました。それがやっと報われたかと思うと、感慨もひとしおです」
「あー、そうかい。聞いた俺がバカだった。そうだよな、アンタは神に人生を捧げてるんだもんな。こんなの見せられても別に羨ましくなんかないよな」
「エリザベート様は魅力的な方ですので、羨望の念が全くないといえば嘘になりますね」
「………もしかして、アンタもお嬢様に気があるのか?」
「そういう下世話な話ではありません」
「じゃあどういう話なんだよ?」
「ハンスさんには理解できないと思います」
「なんだって〜!?」
相変わらず甘い雰囲気の2人と、その向かいでぎゃあぎゃあと言い合いを始める2人。
もはやカオスと化してきた食堂の一角を、カウンター越しに興味深げに一対の瞳が見つめていた。その色は一見よくある若草色に見えるが、よく見るとその片方は薄い黄色だと分かる。
「深窓の御令嬢ともなるとさすがにガードが固いねぇ」
(まぁ、僕にとっちゃあんな防音魔法なんて子供騙しみたいなものだけど……)
「──今だけは譲ってあげるよ、王子様」
形の良い唇が愉快そうに弧を描いたかと思うと、あっという間に彼の姿はカウンターから消え失せていた。
テーブルの上には、空になったジョッキと飲み物一杯分のコインだけが残されていたのだった。
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