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勇者と幼なじみの物語―あざと勇者の愛が重すぎる―  作者: 華乃ぽぽ
2章

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孤立する朝


幼い頃のある日、ミラは母に聞いたことがある。

「お父さんはどこにいるの?」と。


生まれて一度も父の顔を見たことがなかった彼女は、ふと不思議に思ったのだ。

母は家の中でいつも、片方だけの淡いピンク色の宝石がついたピアスを大切に眺めていたから。


「お父さんはね、ミラが産まれる前に亡くなってしまったの」


母は碧の瞳を優しく揺らし、金の髪をかき上げてそのピアスを見せてくれた。


「これはね、お父さんに貰った私の宝物なのよ。片方はお父さんのもので、もう片方は私のもの。二人の絆の証なの」


母はにこやかに語ったが、その瞳の奥には隠しきれない悲しみが揺れていた。

聞いてはいけないことを聞いてしまったのだと、幼いミラは後悔した。

そして、父の事はもう二度と話題に出さないと、幼心に決意した。


それから数年後。元々身体の弱かった母は、ある朝起きると冷たくなっていた。

ベッドで寝ている時間が日に日に長くなっていた母がこうなることは、薄々理解していたし、覚悟もしていたつもりだった。


その日、ミラは母が大切にしていた片方だけのピアスを形見として受け取り、冷たくなった母に別れを告げた。


辛かった。

けれど、村の皆が慰めてくれた。お墓を作ってくれた。

そして幼なじみのアルは、教会の孤児院を抜け出して、ずっと傍に居てくれた。

泣き腫らしたミラの隣で、彼もまた静かに涙を流してくれた。


それから十二歳になったミラは、一人残された家を守りながら、アルの住む孤児院へ通い、手伝いをするようになった。

神官様の手伝いをし、小さな子供たちの世話をして、夕方にはアルと一緒に畑仕事をしたり、魚を釣ったりして過ごす。


そこからはもっと、彼との距離が近くなった。

家族のように、空気のように、この先もずっと一緒に居るのだと疑いもしなかった。


この平和な村で、たわいない日々をのんびり過ごすのだと信じていた。

「勇者」という運命が、彼を連れ去ってしまうまでは。



目が覚めると、枕が涙で濡れていた。

久しぶりに、母とアルの夢を見たせいだろうか。


隣にある窓のカーテンを少し開くと、薄明の空がミラの碧い瞳に映った。

まだ朝は早い。小鳥のさえずりが聞こえ始めたばかりの時間だ。

けれど、もう二度寝をする気にはなれなかった。


同じ部屋で寝息を立てているナンナを起こさないよう、ミラは耳元のピアスにそっと触れた。

母の形見。

冷たい感触が、自分が一人ではないことを教えてくれる唯一の拠り所だ。


ミラは音を立てないようにベッドから抜け出し、朝の紅茶を淹れることにした。


(……静かだな)


この国の第一王女、エリーゼ姫が学園に復帰してからというもの、ルームメイトのナンナはミラによそよそしくなった。

食堂であの「宣戦布告」を受けて以来、学園中の生徒がミラから距離を置くようになったのだ。


エリーゼが直接命令したのかはわからない。

ただ、彼女の不興を買えば将来が閉ざされることは、この国の常識だ。

ナンナの夢は、卒業後に王宮の女官になること。

第一王女に睨まれているミラと一緒にいては、その夢も叶わなくなるだろう。


(仕方ないよね。私が足枷になるわけにはいかないし)


頭では理解している。

けれど、昨日まで仲良く話していた友人が、目を合わせてくれなくなる寂しさは、胸に鉛のように溜まっていく。


(そういえば、アルはなにしてるのかな)


ティーカップに注がれる琥珀色の液体を見つめながら、思うのはやはり彼のことだ。


アルが修行の旅に出て三ヶ月。

たまに手紙は届くものの、検閲のせいか内容は当たり障りのない近況報告と、過剰なほどの「ミラの身辺確認」ばかりだ。

『元気?』『ご飯食べてる?』『男と話してないよね?』

まるで口うるさい母親か、束縛の激しい恋人のような文面。


(噂じゃ、大活躍してるみたいだけど)


学園にも勇者の噂は届く。

魔族を倒し、街を救い、美しい巫女と共に各地を転戦しているという英雄譚。

忙しい彼にとって、遠く離れた幼なじみのことなど、もう記憶の片隅に追いやられているのかもしれない。


(きっとアルは、あの綺麗なシュナさんと結婚するんだわ)


だって、それが「伝説」だから。

世界の誰もがそれを望んでいる。

手紙の返事も、最近は少し間隔が空くようになった。

私の事なんてそのうち忘れて、ただの「故郷の幼なじみ」という懐かしい思い出になってしまうのだろう。


「……私は、一人でも頑張れる」


そう自分を励ますようにぼそりと呟き、熱い紅茶を一口啜った。

苦味が、少しだけ胸のモヤモヤを紛らわせてくれた。



今日は魔術の実践試験の日だった。

二人一組でチームを組み、魔術のみで模擬戦を行い勝敗を決める。

対戦相手は、王宮から派遣された現役の「王宮魔術師」。

彼らを相手にどこまで戦えるかを見る、いわば腕試しの場だ。


成績優秀者には、その場で王宮魔術師団からのスカウトが入ることもあるという。

エリート街道への切符を掴むため、魔術に自信のある生徒たちは皆、朝から殺気立っていた。


(王宮魔術師かぁ。もしもなれたら、アルの手助けができるかな?)


なんて、淡い期待を抱いてしまう自分がいる。

ミラの魔術の成績は悪くはない。氷のつぶてを飛ばすくらいはできる。

けれど、あの日に発動したような「禍々しい力」は、あれ以来一度も使えていないし、使おうとも思わなかった。


くじ引きの結果、ミラのペアになったのはフランという女子生徒だった。

ふわふわとした天然パーマの鳶色の髪に、くりくりとした黒い瞳。

小動物のような愛らしさを持つ彼女は、大手商会の会長を父に持つお嬢様だ。


「あんたが噂のミラ・ディオラ? うちはフラン。よろしゅうな」

「噂……? よろしくね、フランさん」


フランは西方の訛りがある独特の言葉で話しかけてきた。

それにしても「噂の」とはどういう意味だろう。

「王家の色を持つ平民」としてか、それとも「エリーゼ姫に目を付けられた不届き者」としてか。


「うちは魔術が専門やないから、あんまり得意じゃないんよ。期待せんとってな」

「私もそんなに出来る訳じゃないから、お互い様ね」

「さよか。ほな、赤点とらへん程度に気楽にいこか」


人懐っこい笑みを向けるフランに、ミラは少し安堵した。

ここ最近、まともに目を見て話してくれる相手がいなかったからだ。


フランはこの学園を卒業したら、父の後を継いで商人になるらしい。

この学園には様々な身分の者が通っているため、将来のためのコネクション作りには最適なのだそうだ。


「まあ、とはいっても父さんがもう販売ルートは確立させとるんやけどな」


あっけらかんと語るフランを、ミラは少し羨ましく思った。

ナンナもフランも、自分の道を見据えている。

卒業まで残り一年半。自分は一体、どこへ向かえばいいのだろう。


「そうそう、ミラはん知っとる? ウチらの当たる王宮魔術師様、シアン様らしいで」

「シアン様?」

「そ、やっぱり知らへんか。ミラはんは世事に疎そうやもんな」


フランはニシシと笑う。


「シアン様は去年この学園からスカウトされて王宮魔術師になったばかりやねんけど、その才能から『次期魔術師長』って言われとる、スーパーイケメンエリートやねん。しかも、最近まで勇者様と巫女様と一緒に魔族討伐の遠征に行ってたらしいで」

「えっ、そうなんだ」


勇者様。その単語に、ミラの心臓が跳ねた。

アルと一緒に旅をしていた人?


「へえ、ミラはん勇者様と巫女様の事に興味あるんやね?」

「え、なんで?」


図星を突かれ、ミラは動揺を隠して問い返す。

そんなに顔に出ていただろうか?


「あはは、そんな面食らった顔をせんでも。相手の興味あること引き出して商売に持ち込んだり駆け引きしたりするんは、商人の基本やからね」

「私そんなに分かりやすかった?」

「いんや、普通の人ならわからんと思うで。うちは小さい頃から親に言われて『読心術』みたいなもんを叩き込まれとったさかいに」


フランは人差し指を自分の目の前で振った。


「そないな心の奥底までわかることじゃあらへん。相手の気持ちの機微を汲み取るのが、他の子よりちーっとばかし得意やと思ってくれたらええねん」

「そ、そっか……」


納得すると同時に、少し怖いとも思った。

自分の考えが筒抜けだとしたら、アルとの関係や、あの夜の秘密まで見透かされてしまうのではないか。


「怖がらんでも大丈夫よ。……ただな、うちの『勘』が言うとるんよ。ミラはんとは仲良くしといたほうがええって」

「勘?」

「せや。ミラはんには、なんか『大きな流れ』の中心におるような匂いがするんよ。商売人の鼻がピクピクするねん。せやから、この機会に仲良うしてな?」


フランはウィンクしてみせた。

計算高いようでいて、その瞳には悪意がない。

エリーゼ姫に睨まれるリスクを承知で近づいてくるあたり、只者ではないのだろう。


「……ふふ。こちらこそよろしくね、フラン」


ミラは久しぶりに自然な笑みを浮かべて頷いた。


そうして、試験の順番が回ってきた。

どんな魔術を使おうとも破壊されない結界の施された演習室。

そこに案内された二人が目にしたのは、試験官として立つ一人の青年だった。


「やあ、君たちが次の挑戦者かな?」


金髪に灰色の瞳。

整った顔立ちに、人を食ったような爽やかな笑みを浮かべた「スーパーイケメンエリート」、シアンがそこにいた。


けれどミラは、彼の顔を見た瞬間、息を呑んだ。

その灰色の瞳が、真っ直ぐに自分を――いや、自分の「瞳の色」を見定めているような気がしたからだ。

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