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◇第六話 修行の始まり◇

 数千年かそれよりも前か、数えるのも馬鹿らしくなるような昔、人とは違う生き物の魔族が人を襲い、人の世を終わらせんとしました。

 巫女は女神フォルトゥナに助けを求め、それを聞き入れた女神フォルトゥナは、魔族を討つ力「破魔」の力を一人の若者に、与えました。

 斯くして若者は巫女と共に魔族の王を打ち倒し、人の世に平和が訪れました。

 若者は勇者と呼ばれ、人々から称えられ、巫女と結ばれ幸せに暮らしました。


 しかし数百年後、生き残り力をつけた魔族は、新たな魔族の王を据えて、人を恨み、人の世をまたもや終わらせようとしました。

 そうなることを予見していた女神は、破魔の力を一人の赤子に授けていました。成長した赤子は勇者となり、そうしてまた、勇者と巫女は魔族の王を打ち倒すのです。


「その歴史は繰り返し、今回の勇者様が十九代目勇者になります」


 と、ガレオンの神殿に仕える者は誰でも知っている言い伝えを、わたくしは勇者様に教える。


「へえ、そんな歴史があるんだね」

「そうです。次は十五ページにある、勇者の役割と巫女との関係を読みます」


 こんな調子でわたくしの教える座学の時間は始まりました。

 ドリス砦に着いたのは三日前。勇者様にはここで半年程、みっちりと修行をして頂く予定です。

 何故半年間なのか、それは勇者様のお年を考慮してのことでした。

 勇者様は十五歳。このアージュ国において、十五歳はまだ子供。十六歳からが成人となっており、そんな少年を魔族退治に向かわせるのは酷だ、というのが各方面の方々の考えです。

 すぐにでも向かわせるべきだと言う人意見の人もいたのですが、先日、魔族の王に勇者様がこてんぱんにやられた経緯を話しますと、やはり修行をしてからの方が望ましいという結論に至りました。半年後が勇者様の十六の誕生日なのです。

 

 ドリス砦は王都ガレオンから歩いて半刻程の距離にある砦です。王都から近い為、王宮の上級騎士が訓練を日々行う場所になっていました。

 一日目は自己紹介と簡単な基礎体力をみる測定を行いました。勇者として目覚めた今、身体能力はどの程度なのかを把握する為です。

 その測定で勇者様は、上級騎士の方々と同じくらいの身体能力を発揮しており、その細い身体の何処からそんな力が出るのかと驚かされました。

 二日目、測定だけで筋肉痛で動けなくなっていた勇者様には笑わされました。仕方なく癒しの法術を使い、教官の待つ上級騎士の方々と同じ訓練に放り込みました。

 そして今日、またもや筋肉痛で唸る勇者様に癒しの法術を使いました。けれども連日の訓練では疲れが溜まるだろうと、わたくしが座学を教える事になったのです。

 クリオには「勇者様にはちゃんとした教師を用意するべきです。シュナ様が勉強を教えるなどと、世も末です」と、勉強の出来なかったわたくしに異議を唱えて来たのですが「魔族の王が現れた今は世の末なのでしょう」と返すと、クリオは諦めたようにため息をつきながら、教材の準備をしてくれました。

 勇者様の物分かりはいいようですので、座学はすぐに終わりそうです。


 

「……そして破魔の力は後世に残すことの出来ない、一世代限りの力です。しかし巫女の血筋の者と子を残すことによって、次代の巫女の法力を強める事ができます。ですので巫女と勇者は結ばれ、後世に子を残さなくてはなりません」

「えっ……」


 その講義に勇者は動揺し、黄金の瞳を左右に揺らす。


「勇者様、如何されましたか?」

「え、いや、勇者と巫女が結ばれて子を残すってつまり……僕とシュナさんがってこと?」

「はい、わたくしは巫女としての務めを全うする為に勇者様と共にずっと在ります。善き妻となるようにも心掛けます」


 わたくしがにこりと勇者に微笑みかけるも、勇者様は何故か浮かない顔をした。


「そう、それって決定事項なのかな?」

「はい、わたくしはそう産まれた時から言い聞かされて来ました」


 勇者様は考えるように眉間を押さえる。どうしたのかと、わたくしが不思議に思い声をかけようとすると、急に顔を上げて席を立った。


「ごめん、少しだけ休憩してもいいかな? すぐに戻るよ」

「あ、はい」


 そうわたくしが答えると、勇者様はすぐに部屋を退室してしまった。何かまずいことをしてしまったのだろうかと、部屋の隅で立っていたクリオに視線を向けると、クリオはにこりと微笑み口を開く。


「勇者様と共に在るつもりならば、これくらい解らなくてはなりませんよ」

「クリオには解かるんですか?」

「はい、大体は」


 クリオには解って、わたくしには解らないこと……

 うーんと首を傾けた。


 暫くして勇者様は部屋に戻り、席へとついた。わたくしが講義を再開しようとしたその時の事だった。


「少し考えたんだけど、やっぱり最初に話しておこうと思う。僕には好きな人がいて、その人以外の人と関係を持つ気はないんだ」


 開口一番勇者様はそういい放ち、わたくしには何の話か理解できないままに、ぽかんと口を開く。


「え、ええと?」

「だから、ごめん。シュナさんとは結婚も出来ないし子供も作れない。それでも良ければ僕は世界を救う為に努力を惜しまないよ」


 青天の霹靂だった。まさか勇者様の口からこんな発言が出るとは思いもよらなかったからだ。

 勇者が現れたら、勇者と結ばれなければならないと、そういい聞かせられて育ってきた。その勇者がわたくしを拒否しているのだ。好きな人がいて、その人以外とは関係を持つ気はない、と。


「で、でも、それは義務であって……しなければならなくて……」


 ふと、一つの考えがわたくしの頭に浮かぶ。もしかして勇者様の好きな人とは先日出会ったの幼なじみの娘の事ではないのかと。


「あのミラという娘のことですか?」


 わたくしは落ち込んだ。

 憧れの勇者様は自分より年下の、まだ幼さの残る少年だった。頼りない、という言葉がぴったりなのだろうか。そこは自分がしっかりしてリードしていけばいいと思った。

 しかし、その勇者様に思い人がいるだなんて。


「そう、僕はミラの事が好きで、これから先もこの思いが変わることはない」


 勇者様の告白に、わたくしは言葉をなくした。はいそうですかと、簡単に認める訳にはいかないのだけれど、どうすればいいのかもわからない。


「僭越ながら勇者様、少しお尋ねしたいのですが、先日勇者様とミラさんとの関係をみて察するに、そこまで込み入った関係ではありませんでしたよね。まだそう言った関係でないのならば、勇者様がミラさんに拒絶された時は如何されるおつもりですか?」


 その時クリオの助け船が入り、わたくしは胸を撫で下ろす。


「それでも僕は、ミラを想い続ける」


 そうしたのも束の間、わたくしはまた絶望の縁に立たされた。勇者様がわたくしを受け入れてくれない限りは、わたくしは巫女としての務めを果たせない。わたくしはやはり出来の悪い巫女で、おばあ様に報いることができない。


「それが勇者様としての務めで、そうしないと世界を滅ぼすとしてもですか?」

「どんなに非難されようが、僕は考えを改める気はないよ」


 勇者様の意思は固く、何かを言ったところでおいそれと承諾することはないのだと理解した。

 わたくしの顔は青ざめ、気分が悪くなる。どうしたらいいのかわからない。ぐるぐると頭の中が混乱する。


「わかりました、勇者様。今日の講義はこの辺にしておきましょう。シュナ様の顔色が悪い。今日一日自由行動にいたしましょう」

「うん、ごめんね。それ以外の事はできる限り協力するから」


 そう言い勇者様は席を立ち、部屋から去っていった。

 わたくしはへなへなとその場に座り込む。


「クリオ、わたくしはどうしたら……」

「こればっかりは無理やりどうこう出来るものではありません。勇者様の心変わりを待つ他ありませんね」

「心変わり……してくださればいいのですけれど……」

 

 それからわたくしはドリス砦に準備された自室へと戻り考えた。

 今は勇者様の心変わりを待つしかない。

 まだまだ修行は始まったばかりで、こんなところで躓いてはいけないのだ。


「こんなことがあるだなんて……」


 ぼそりと呟き、溜め息をつく。わたくしに魅力がないせいなのだろうか?

 これから先、こんな関係で上手くやっていけるのか? 不安が襲う。

 しかし今は考えても仕方がない。

 明日からは勇者様と普通に接しなければ、と気を取り直し、わたくしはその日を過ごした。


 きっといつか勇者様が自分に振り向いてくれると信じて。




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