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有給扱いにしてもらい、食事も問題なく食べられる頃になったあたりから食道を使って声を出すというリハビリを受けた。どうにか「はい」と「いいえ」が出るようになったが、あまりいい声だとは言い難く、主治医も慌てないでと止めてきた。
「焦る気持ちは仕方ないんです。分かりますと言ったら嫌でしょうけど、分かります。ゆっくりいきましょう」
もうくたびれて返事も出来ない。使いすぎたからか、冷たい飲み物が喉にしみる。
病室に戻ると凛が踞っていた。
「お帰り、結」
央がくれたタブレットで筆談する。メモを開き、専用のペンで書いていく。書いたそのままが読めるのとタイプ字に直せるパターンとがある。
『いい加減、椅子に座れ』
「平気」
凛はこちらが主意に話さないと会話にならない。筆談ではかなり厄介である。
三週間が経った今、特に不都合もなく入院生活を送っている。凛が毎日ここにいる必要はないのだ。きっと話したいことがあるんだろう。さっさと話してくれたら、凛も央に叱られることもないだろうに。問題は聞いても「別にない」という天の邪鬼な答えを当たり前に口に出すところにある。苛つきが限度に達して怒鳴り付ける央に同情する。
『じゃあさ、ここに書いて。風呂、行ってくるから』
そう書いて病室を出た。
央の息がかかる神張市立病院。入院費も手術代も俺が払うからしっかり療養しろと言われた。廊下を歩いて行くとナースステーションから呼ばれた。
「お風呂?」
風呂セットを持ち上げる。
「よく温まってくださいね。今、他に患者さんいないし」
四階は自分だけだった。この四階は通常の患者の取り扱いはない。選定の理由は知らないが、基本、見舞いも断ると聞いた。入院した夜だけは側にいた結衣子も、今では一階のラウンジにしかこない。
凛は何と言って入ってくるのか。央がそれを認めているのだから仕方ない。律儀に毎日現れる凛を無下にも出来ない。
同じように現れる柚井姫をシカトすることにも馴れた。何で現れるのだ。何か言うわけでもなく、頭突きされることもなく、単にそこにいる。真っ黒で床に垂れ下がる髪の毛の隙間からこちらを視ている。昔、見えないはずの輩と話をするんじゃないとか手を伸ばすなとか馗綯に叱られたことを思い出す。
「っ」
移動出来ないだけか? 凛が言っていた気がする。掛かってきた電話の電波に乗るんだとか。
話せないことが知れ渡った今、多分、誰も掛けてこないだろう。
鏡に映る首の傷。その後ろに映る柚井姫。
さっぱりして病室に戻る。タブレットを開いたが、凛からのメッセージはなかった。
『書かないのか?』
「別に、書くことないし」
凛は三時になると帰っていく。来なくてもいいとも言えない。央の苛ついた顔が浮かぶ。
毎日に変化がなくなってくる。明日は金曜だ。夜に結衣子が来てくれるかもしれない。剃ったばかりのアゴを撫でた。




