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変わらずに来る凛と入れ違いに結衣子が来た。着いたと、一階のラウンジからナースステーション経由で伝えられ、いってらっしゃいと看護士に言われた。パジャマの上にカーディガンを着て、タブレットと小銭を持ってエレベーターに乗る。一階のラウンジにはまだ沢山の見舞いの人がいて、空いたばかりの窓側の席に隣り合わせで座った。この方がタブレットを見易いからだ。
『早いね、仕事、大丈夫なの?』
「うん、社長が行って来なさいって」
にこにこしている結衣子のかわいい笑顔でホッとする。白のブラウスに灰色のスカート。ブラウスの襟や袖口に水色の細いリボンがついていた。その上から薄手のコートを着ていた。
結衣子は勤める貿易会社が今、少しだけゆっくり仕事が出来るのだと話し出した。
「来週からは輸入品が増えるのね。そうすると書類が三倍くらいに膨らむから。全文英語だったりするし。いっぱい勉強してよかったわ」
今では五カ国語をこなす結衣子は自信に溢れている。キラキラしていていい。仕事のことや最近は料理をするようになった話をしていると、病院の副医院長が遠くに見えた。
『ちょっと待ってて』
「え?」
副医院長の環那カンナはここの長男で、高校の同級生である。見舞いの人の脇をすり抜けて早足で追いかけた。
「おう、びっくりした」
こちらもびっくりだ。また腹が出たように見える。
「調子は? リハビリの趙先生と今から話すんだ」
書こうと思ったら、タブレットを結衣子に渡してしまったことに気がついた。
「頷くだけでいいよ。声以外で悪いとこ、ある?」
首を横に振る。
「食道使うの、大変?」
縦に頷く。
「とりあえず、タブレットやメール作成とかで済ませて、ゆっくり手話でも覚えると便利だと思うよ」
縦。
「結婚すんの?」
環那の視線が肩を通り越して結衣子に注がれている。頷くと環那は小さいため息をついた。
「俺さ、今は外科なんだけど、来年から心療内科を立ち上げるつもりなんだ。研修も資格も終わってるしね。診察ってわけじゃないけど、ちょっと助言していい?」
縦。
「まだ結婚しない方がいいよ。匂わすのもよくないな」
眉間にシワを寄せた。何言ってんだ。
「あの子、俺から見たら患者に見えるよ。気が向いたら今度、ちょっと話させてよ」
そして、来るよと付け加えた。柚井姫のことかと警戒したが、そうではなく、自分の肘を掴んだのは結衣子だった。
「結くん」
顔色が悪い気がした。結衣子はタブレットを置いてきたらしいので、どうした? とすぐ聞いてあげられないのがもどかしい。
「俺、行くわ」
環那は片手を挙げた。頷いて環那に手を振った。席に戻ると結衣子はまた話を始めた。顔色は戻っている。
「あ、そうだ。明日、お休み貰えたのよ。来てもいい?」
『もちろん。なんか、昼飯買ってきて。がっつりしたのがいい』
「ええ、いいの? 怒られない?」
『大丈夫。食事制限ないし』
「嬉しい、晴れるかな。中庭で食べたいね」
『賛成』
どこの弁当屋がいいのか、ご飯はどのくらいとかで楽しくなった。
『コーヒー飲もうよ、待ってて』
「え、じゃあ、一緒に」
『座ってて』
自販機でコーヒーを二本買って戻ると結衣子は泣きそうな顔をしていた。慌てて、どうした? とタブレットに書いた。
「ううん、大丈夫、何でもない。あ、そうだ。神張の商店街に唐揚げが美味しいお弁当屋さんがあるみたい。そこで買ってくるね。あと、飲み物と、あ、甘いのは? シュークリーム」
『いいよ。任せる』
「うん」
一瞬で戻る表情。さっきの環那の話が気になったが、 そのあとはいつもと変わらなかった。一時間くらい話して結衣子は帰ると言った。
「じゃあ、明日ね」
『うん。気を付けてな』
「はあい」
にこにこして手を振りながら帰っていった。
次の日、凛には土日とか祝日とかないので、メールで結衣子に弁当をもう一つ頼んだ。
「リハビリ、行かないの?」
『土日は休み』
「あ、土曜?」
『そうだよ』
凛は定位置の床に移動しなかった。側に突っ立っている。やっと話す気になったか。
「あのさ」
頷くとこちらを見た。
「ほんとに調べてくれるの?」
多分、刑事には戻れないだろう。それを気にしてなかなか話さなかったとしたら。
『悪かったな、気を使わせて、遣わせて?』
凛は、ふっと笑って、こっちだよと、遣わせてを指した。
自分の形振りも分からないので何とも言えない。
『調べるのはやるけど、それが刑事としては無理かも。凛の納得いく結果が出せるかも分からない。ごめんな』
凛は暫くタブレットの字を見つめてから言った。
「ありがと。いいんだ。聞いてくれただけでも嬉かった」
『また飲もうよ。あ、陶芸、見せてくれない? 見学』
「うん、いいよ。結衣子もくればいいよ、あ」
凛を見る。
「や、窓に手形とかついてるけど、平気かな。天窓とか」
『柚井姫?』
「だけじゃないから。いろんなのがいる。葎が隣に住んでるから、仕方ないかも」
二人で笑った。結衣子からもうすぐ着くとメールが来たので、凛と一階に向かった。
「二人で食べればいいのに」
『唐揚げ弁当らしいよ。多分、〈多治見屋〉の』
「ああ、いいね、最近、塩レモン味がでたんだよ」
この界隈では馴染みの弁当屋である。懐かしい。
「退院、いつなの?」
『いつでも平気なんだけど、まだ許可出ないんだよな』
「聞いてみようか、央くんに。かけてあげる」
ラウンジを抜け、中庭のテーブルを陣取った。
「あ、央くん、あのさ、あ」
凛は片方の眉毛をぴくりとさせて電話をこちらに差し出した。仕方ないので聞いてやる。 お叱りの言葉と嫌味とどれだけ忙しいのかをたっぷり喋っている。 凛と二人、吹き出さないように笑いを堪えた。




