第三章 帰還
新たな星系で発見された跳躍点にエネルギー残留を確認した「第321広域調査派遣艦隊」は、偵察の為のプローブをパッシブモードにして展開させた。その後、新たな跳躍点からの出現が何もないうちに所定の調査を終えた「第321広域調査派遣艦隊」は、新しい星系番号をADSM98とし、跳躍点周りに偵察衛星と連絡衛星を置いたまま帰路に着いた。ADSM72星系を経由してミルファク星系に変える「第321広域調査派遣艦隊」に新たな命令が下った。
第三章 帰還
未知の星系の跳躍点からADSM72星系への跳躍点までの距離は一〇光時。
探査を行った星系を左舷に見て、惑星公転軌道を下から上に斜めに進宙する。星系の最外縁を周回する第八惑星の更に外側を通るコースだ。既に未知の跳躍点より五光時、ちょうど惑星公転軌道上と同じ位置だ。あと五日間でADSM72跳躍点へ着く。
シノダはスコープビジョンの左側に広がる恒星を中心とした惑星の公転を見ながら広大なパノラマに見とれていた。
恒星の光が各惑星を照らし、惑星の大気やガスがその光に反射して独自の色を映し出している。
一番近くに有る惑星は赤く、第二惑星は水色に近い青、第三惑星は薄い茶色、素晴らしい光景に見とれていると
「シノダ中尉、艦内時間一八〇〇だ。食事を取りに行こう」
いつの間にそばに来たのかアッテンボロー主席参謀がいつもの調子でシノダを誘った。
司令官席に目をやるとヘンダーソン中将が顎を引いて頷いた。アッテンボローの他、ウエダ副参謀も一緒である。二人の後をついて司令フロアを出てエレベータに乗ると
「航宙は、だいぶ慣れただろう。宇宙に出た感想はどうだ」
「見るもの聞くもの全てが初めてなので驚いています」
シノダがそこまで言うとエレベータが停まりドアが開いた。左に曲がって少し行くと左手に上級士官食堂がある佐官以上の人が利用できる食堂だ。
食堂に入ると上級士官全員が座れる長いテーブルがある。もちろん座る位置は上座が総司令官だが、今回のように別々に取る場合は、自席でなくてもよい。三人は適当に座ると
アッテンボローが、給仕に向かって
「ボルドー星系のブルゴーニュ星にある白ワインを頼む。WGC2986年ものがあると嬉しい」
そういうとシノダが、
「ワイン詳しいですね。そう言えばアンダーソン総司令官もボルドー星系のサンテミリオン星のワインがお好きです」
「サンテミリオン星は生産量が少ない。あれに手が出せるのは、将官クラスだ。我々には無理だよ。生産量の多いメドック星だな」
そう言ってウエダ副参謀と目を合わした。ウエダは、
「シノダ少尉、ワインを覚えるのも士官としてのたしなみだ。好きなワインの生産星を見つけるといい」
そうしている間に給仕がブルゴーニュ星の白ワインを持ってきた。
アッテンボローは、ワイングラスに注がれたワインを顔に近づけ、においを嗅いだ後、少し口に含むと口の中に回すようにして喉の奥に流しこんだ。
「やっぱり上手い」
そう言ってアッテンボローはグラスに有る残りのワインを口に入れた。他の二人にもワインが注がれるとアッテンボローが、
「残りの航宙が無事に終わることを祈って」
と言ってグラスを目の高さまで持ち上げた。シノダも見習って目の高さまで持ち上げるとそのまま口にワインを運んだ。
さすがにメニューは自由にならず上級士官とはいえ、曜日毎に決められたメニューを食べる。今日の食事は、ホワイトシープのソテイだ。
ミルファク星系を出る時に用意された食料はマイナス四二度で凍らせている。解凍された肉をコックが料理するのだろうが、中々の味だといつもシノダは思っている。
食事も進みコーヒーの頃、アッテンボローが、
「シノダ中尉、最近ワタナベ准尉との関係はどうなっているんだ」
予想もしない質問にシノダは、
「いえ、何も。士官食堂での一件以来、全く会っていません」
ワタナベ准尉のショートカットが似合う小さな顔に大きな目を思い出しながら言うと、アッテンボローとウエダは顔を見合わせ、あきれ顔で、
「あきれたな。時間は十分あっただろう。なぜコンタクトしない」
「いえ、あれ以来、士官食堂には行っていません。司令フロアと自室の往復です」
またまたウエダと目を合わせたアッテンボローは、
「信じられない。シノダ中尉、女嫌いではないのだろう。少しは、フォロー位したらどうだ。幸い次の跳躍まで何もないぞ。我々とは違うのだから」
話のムードがあらぬ方向に行きはじめたと感じたシノダは、
「主席参謀、跳躍点付近で見つかった艦の残骸ですが、あれはどう思われます」
話題を変えようと抵抗を試みたが、
「軍事機密に属する内容だ。本星系に戻って正式な報告書が出来るまで、個人的なコメントは出来ん」
真っ当な返答に結局、話題を変えられず、シノダは下を向いてしまった。
女性についてはマイ・オカダ以外免疫がない。素敵だと思うが、何をどうすればいいか全く解らないと考えているシノダに、淡々と手ほどきを説明するアッテンボローに結局、フォローを約束させられてしまった。
司令フロアに戻ったシノダは、シートに座ると、自席の前にあるスクリーンパネルに検索をかけた。
スクリーンに映るマリコ・ワタナベ准尉の顔を見ながら艦内ネットを利用するメールを送ろうと思ったが、すぐにやめた。艦内ネットは、他の人に見られる可能性がある。どんな噂を立てられるか解らないと思うとスクリーンを閉じて管制フロアを見た。
ワタナベ准尉がレーダー管制勤務についていることを確認するとあることを思いつき、シートに座って時間を待った。
一時間後、ワタナベがレーダー管制席から立って交代要員と入れ替わるのを見たシノダは、すぐに司令フロアを出てエレベータに向かった。
その姿を見ていたアッテンボロー主席参謀とウエダ副参謀と目を合わせて微笑んだ。既にホフマン副参謀にも伝わっているのか、こちらも目じりを緩ましている。
司令フロアのドアまでは歩いたが、出たとたんシノダは、ドアからエレベータまでの三〇メートルを走って、急いでエレベータコールボタンを押した。
下から上がって来る五秒がこんなに長く感じたことはないと不思議な感覚を覚えつつ、エレベータに乗ると士官食度のあるフロアに降りて、急いで管制フロアから来るエレベータのドアの前で待った。
エレベータが停まり、ドアが開くと何人かの士官と下士官が降りて来た。シノダの襟章を見て何も言わなかったが、見慣れない顔だという思いが顔に現れていた。
シノダは、常に司令フロアにいるので一般の士官とは合わない。そう思われても仕方ないと思っていると最後にワタナベ准尉が降りてきた。シノダの顔を見ると立ち止まり、
「珍しいですね。こちらのフロアに来られるとは、シノダ中尉。何か用事ですか」
と言ってシノダの顔を見た。
シノダは、通路に人がいないことを確かめると、ワタナベの手を取った。一瞬ワタナベの心に動揺が見えるしぐさを示したが、手に持っているメモパッドをワタナベの手の平に乗せ、指を外から優しく包み込むと
「都合のいい時に連絡もらえれば」
と言って、もう一度ワタナベの目を見ると、踵を返し上級士官用エレベータに向かった。
「あのっ」
というワタナベの声に振向きもしないシノダの後ろ姿を見つめていたワタナベは、周りに人がいないことを確かめメモパッドを開いた。伸縮可能なメモリスクリーンである。
これならば、本人同士しか解らない。ワタナベは、書いてあるメモと場所のマークに“パッ”と顔が明るくなり微笑んだ。
すぐにメモパッドを折りたたみ、ポケットに入れると同じタイミングでエレベータのドアが開いた。ワタナベは、すぐに顔を引き締めて開き始めたドアを見ていると、先頭で出てきたミネギシ少尉が、
「マリコどうしたの、こんなところで一人でいて。先に士官食堂に行って食べているかと思っていたのに」
交代になった同僚のミサイル管制官や主砲管制官等が、ワタナベを好奇心の目で見つめると
「嬉しそうな顔をしている感じがするけど。いつもオスマシなのに」
といってワタナベの顔を覗き込んだ。
「別に、何も」
と言ってポケットにしまい込んだメモパッドを見つからないようにポケットから手を抜くと、
「ミネギシ先輩、お腹減りました」
いつもの調子で甘えたのをきっかけに会話は終わり、エレベータの後ろから出てきた男性士官を無視してワイワイと女性士官四人は士官食堂に向かった。後に残った香水の香りが男性士官たちに二種類の感情を覚えさせたのは間違いない所である。
「全艦に告ぐ、こちらヘンダーソン総司令官だ。後、三〇光分でADSM72星系に向けて跳躍する。現在の第二級戦闘隊形を標準戦闘隊形に戻して跳躍する。戦闘隊形を変更する時間は二時間後だ。この跳躍点はヘビーアンセントレーション(方向不定状況)だ。全艦細心の注意で跳躍してくれ。以上だ」
そう言ってコムを口元から離すと
「ハウゼー艦長。再度後方に位置する哨戒艦に連絡を取り、後方からのアンノーンがないか確認してくれ」
あればすぐに連絡が来ると解っていても、未知の跳躍点で見つけた艦の残骸が推進エンジンを稼働状態のまま格納ボックスに入れて航宙していることにヘンダーソンは不安とも予感ともいえない気持ちの動揺を隠せないでした。
推進エンジンを停止させたいところだがエンジニアの報告では、コントロール系が違う為、手を出せないと言う。仕方なく、核融合炉をオンにしたまま、格納ボックスに入れた状態だ。
三〇分後、ハウゼー艦長から
「最後尾に位置する哨戒艦から連絡がありました。後続するアンノーンなし。不審なデブリなし。と言って来ています」
それを聞いてヘンダーソンは、顎を引いて頷くと目の前に迫ったADSM72星系に向けた跳躍点の揺らぎを見ていた。
第三二一広域調査派遣艦隊の後方四光時後ろの岩礁帯の中に、明らかに岩とは違う物体が、ヘンダーソンたちの艦隊の方を見つめていた。
やがて三時間後、艦隊が跳躍点に突入すると、岩礁帯から艦艇が姿を見せた。ヘルメース級航宙駆逐艦と全長は同じくらいだが、全く異なった形をしている。
岩礁帯は、岩によっては直径一キロ以上ある。小型艦が隠れ熱源反応をオフにしてステルスモードにしていれば見つける事は不可能だ。そこ、ここから現れた艦が一つの隊形を作ると未知の跳躍点方向に戻って行った。
「航法管制、前方レーダー異常ないか」
「航路管制、進路方向大丈夫か」
ADSM72跳躍点に入って七日目、後一日の行程だが、ハウゼーは、毎日定期的に各管制官に確認の声を発している。
スコープビジョンには、往路と同じ様に薄暗い灰色の空間に光の帯が伸びている。
シノダは、アッテンボローに
「あの光の帯は何ですか」
と聞くと
「俺にも解らん。答えは科学者の世界だ。何回も航宙で跳躍したが、こんな情景は始めてだ」
体の中に何かあるような軽く重苦しい気持ちになりながらシノダは、スコープビジョンを見つめていた。
「ハウゼー艦長、格納ボックスを牽引している航宙駆逐艦に連絡して、様子変わりないか聞いてくれ」
「はっ」
と言ってハウゼーは、スクリーンパネルにボイスを入力すると送信ボタンを押した。跳躍中は、通常の連絡手段は使えないが、短文のメッセージならやり取りすることが出来る。
牽引している航宙駆逐艦と旗艦アルテミスとの距離がある為、すぐに返答はない。ハウゼーは送信後、ヘンダーソンの姿を目の横で見ると、どこを見るとも解らない目で、何かを考えている様子を見せている。そして二〇分後、
「ヘンダーソン総司令官、牽引している航宙駆逐艦より返答がありました。変化なし。牽引にも問題なしとあります」
それを聞いて
「そうか」
簡単に答えたヘンダーソンは、心の中の不安とも何とも言えない何かが、心の襞に引っかかる気持ちが気になっていた。
シノダは、航宙軍支給の腕時計を見ると艦内時間一五〇〇を示していた。
「休憩します」
とヘンダーソンに言うとヘンダーソンは振向いて顎を引き分かったと言う仕草をした。定時の休憩時間なのでアッテンボローたちも特に気にしていない。
シノダは、シートから離れ、司令フロアのドアを通ると左に曲がりエレベータに向かって走った。エレベータに乗り、緊張した面持ちで後部ハッチのフロアのボタンを押すと無言でドアが開くのを待った。
ドアが開き飛び出すように外に出ると左に曲がり下士官食堂の前を走りぬけ、後部ハッチ方向に行くと一度足を緩めハッチ手前で左に曲がった。
更に奥へ行くと壁に外の星々が映し出されるフリールームがある。通常は、外の映像が、模倣されて映し出される。食後の休憩時には、若い兵たちが利用するところだ。
いまは、跳躍中であり、食後の時間でもない為、がらんとしている。横二〇メートル、奥行き七メートルのフロアに、ソファやテーブルが並び、簡単な飲み物も壁のユニットから取り出すことが出来る。
シノダは、フリールームの三メートル手前で歩みを止め、一度深呼吸して呼吸を落着かせると覗く様にがらんとしたフロアに足を踏み入れた。
三段の低い階段を下りフリールームの中を左から右へと視線を移していくと奥のソファに背を向けて座っている一人の女性がいる。
心臓の鼓動が人に聞こえてしまうのではないかと思うくらい高なっている。精一杯の勇気を振り絞って、何回かの心の中で臆病という名の魔物と戦った後、
「ワタナベ准尉」
と精一杯の声を出した。と言っても他が聞けば震える声で何を言っているのか、聞こえないくらいだったが。
振向いた顔に満面の笑みが浮かび立ち上がると、ショートの髪が横に揺れ、瞳を一瞬隠すとゆっくりと瞳が現れた。銀幕のカーテンからやや灰色がかった大きな光が輝いたようだ。
「シノダ中尉」
と声を出すとシノダが来るまでソファの前で立っていた。レーダー管制勤務のブルーのシャツ。左胸に航宙軍所属のマークがシャツにそって少し上を向いた形で付いていた。
「上手く、来れましたか」
と聞くと
「特に迷わずに」
と返したシノダは、頭の中が、一体どうすれば、何を話せばという、舞台に上がり緊張して台詞を忘れた役者そのものだった。
ワタナベは、シノダを誘いソファに座ると、
「ここは、通常航宙では人いっぱいですが、今の状況では誰もいません。航宙中に二人で会うには良い所だと思います」
六日前にシノダから渡されたメモパッドに映し出された場所と、一言会いたいと書かれたメモに、ワタナベは六日という時間が永遠より長いと感じていた。
やっと二人で会えたという気持ちを瞳の中から溢れるほどに表現し、シノダを見つめていた。
シノダは、ワタナベの瞳に吸い寄せられそうになり、一度目をほどくと顔から胸元にかけて視線を移した。肌の下にある血管が手で触れるのではないかと思うくらい透き通るような白い肌が、シャツの胸元からのぞいて見えた。
シノダは急いで目を離すと薄暗い灰色しか映し出されていない壁の映像を見た。シノダの心の中はどうすれば、何を話せばという疑問符が、秒速二万キロで駆け巡り、口から出るはずの言葉が全く見つからない不甲斐無さで頭の中は真っ白になっていた。
そんな様子を見ていたワタナベは、そっと、シノダの手のひらを両方の手のひらで包み込むと
「本当に知らないのですね。マイから聞いた通りの人です。何も話さなくてもいいです。そのうち、何か話せるようになります。今はこのままで」
と言ってシノダの肩に体を寄せてきた。シノダは、わき腹に当たる柔らかい感触に顔を真っ赤にしながらただ一言
「すみません」
と言うと何も言えない自分を情けなく思いながらワタナベを見た。
目の前に吸い込まれるような瞳があった。一瞬、目をそらせたが、勇気を出してもう一度振り向くと、ワタナベは大きな瞳がまぶたというカーテンに隠れ無言の気持ちを現していた。二人の心が誰も見ることのできない宇宙の深遠で静かに寄り添っていった。
どの位時間がたったのだろう。ふと腕時計を見るとオブザーバシートを離れてから二時間が過ぎていた。シノダは優しくワタナベの頬に自分の頬を寄せると
「戻ろうか。ワタナベ准尉も勤務に戻る時間だろう」
そう言うとシノダの目を見ながら
「二人だけの時は、マリコと呼んでください」
と言ってシノダの唇に自分の唇を軽く当てた。二人でソファを立つと出口のドアに向かいながら
「今回の航宙が終わったらデートに誘う約束忘れていないから」
そう言って、今度はシノダの方からマリコに唇を合わせた。
他の人に気づかれないように別々にフリールームを出るとシノダは、一度自分のオブザーバルームに戻り、レストルームの鏡で顔を引き締めた後、司令フロアに戻った。
シノダは、シートに座り、離れる前と何も変わらないスコープビジョンを覗き込むように管制フロアを見ると、ワタナベも当直士官と交代でレーダー管制席に座った。
アッテンボローは、ウエダ副参謀の席に寄り、肩を突くとウエダも頷いた。同じようにホフマン副参謀も頷くとヘンダーソン総司令官も目元を緩ませているのが解った。
シノダは何だ。何もばれていないぞ。あそこには、我々二人しかいなかったはずだ。誰も見られていないと思いつつ、わざとらしく
「アッテンボロー主席参謀、何か変わった事でもあったのですか」
聞かなくて良いことを聞いてしまい、相手にしゃべる口実を与えてしまったと気付くまで大した時間は掛らなかった。黙っておけばよかったと後悔する時間はその後、十分にあった。
アッテンボローは一言、
「シノダ中尉が離れている間、何も変わったことはない。ただ司令フロアに素敵な花の匂いのする香りを持ち込んだ者がいる」
であった。この後、シノダは夕食時間まで頭の中が核融合炉と同じ位になり、顔を真っ赤にして免疫と防御という電子の言葉が何万回も頭の中を駆け巡る事になった。
夕食時、シノダ中尉と参謀たちとの間にどの様な会話が交わされたかは、聞くまでもなかった。・・・
第三二一広域調査派遣艦隊は、未知の星系からADSM72星系を結ぶ長い跳躍を終え、通常空間に躍り出ていた。
シノダは、反省の中で開き直りという芽が心の中に目覚めつつあるのを覚えながら、シートに座っているといつの間にコムを口元にしたのかヘンダーソン総司令官が、
「全艦に告ぐ。こちらヘンダーソン総司令官だ。これよりADSM72星系を右舷に見ながらミルファク星系跳躍点に向けて進宙する。五光時の距離だが標準戦闘隊形のまま航宙する。以上だ」
本来、既に知られている星系を通る時は、標準航宙隊形とするが、この星系は発見されて間もないことや、新たな未知の跳躍点X3JPもあり、ヘンダーソンとしては、気を抜くことが出来なかった。未知の星系から持ってきたものもある。
第二惑星付近で探査を行っている調査艦が、数隻の護衛艦に守られ、衛星軌道上に展開していた。ミルファク星系まで二日半の行程だ。航宙としては大した距離ではない。
跳躍点を出てから一日後、何もなければと思うヘンダーソンの気持ちを裏切るように
「ヘンダーソン総司令官、例の格納ボックスを牽引している航宙駆逐艦の艦長より連絡が入っています」
「つないでくれ」
と言うと司令官フロアのヘンダーソンの席の前に3D映像の航宙駆逐艦長の顔が現れた。顔が緊張した面持ちで敬礼をしている。ヘンダーソンが答礼した後、艦長が敬礼をほどくと
「総司令官、お忙しい所申し訳ありません。緊急に報告を必要とする事象が発生しました」
ヘンダーソンは目で説明しろと言うと
「牽引している格納ボックスの中にある艦の残骸から不明な事象が発生しています」
解りにくい説明にアッテンボロー主席参謀が、眉間に皺を寄せると
「もっと解りやすく言え」
と言った。
「はっ」
と言いうと
「核融合炉が稼働状態のままなのは、変わっておりませんが、何か艦の残骸の中から・・・簡単に言うと信号の様なものが発信されています。我々が星系間連絡に使用している高次元連絡網に使用している方法とは異なった発信の仕方です」
航宙駆逐艦長の言葉に一瞬言葉を失ったアッテンボローが、ヘンダーソンの顔を見ると
少し考えている様子だったが、自分の頭の中で考えがまとまったのを待っていたかのように
「参謀どう思う」
と言った。ウエダ副参謀が、
「既にADSM72星系に入っています。ミルファク星系に帰還する前に状況を把握し対応策を講じる必要があると思います。具体的には、航宙を停止し、艦隊にいるエンジニアに不明の信号を解析させ、信号が何を意味するものかを調査してからの対策になると思います」
アッテンボロー主席参謀が
「自分もそう思います」
と言うとヘンダーソンは、
「参謀たちの意見は解った。私も同じ考えだ。問題はその後だ。解決できたとしてどうする。仮定だがここの居場所でもどこかに知らせていたとしてどうする」
主席参謀が、
「もう一度、戻って元の場所に置いてくるか」
冗談半分に言うとホフマン副参謀が、
「自分もそれは選択の一つと考えます。発信機ならば意図が見えます。ミルファク星系に持って帰るわけにはいきません」
「しかし、それは無理な相談だ。既に補給物資も往復だけの量が残っていない。それをやるとすればミルファク星系から補給物資の供給を受けた後でなければ出来ない」
とウエダ副参謀が返した。参謀たちの意見にヘンダーソンは、
「とりあえず、航宙を停止して調査を始めよう。艦隊の中に特にこの件に詳しいエンジニアはいるか」
と聞くとアッテンボロー主席参謀が、
「高速補給艦部隊に何人かいます。民間の技術者にも聞いてみましょう」
と言った。アンダーソンは、考えに方向が出たことを認識すると
「全艦の航宙を停止し、不明の発信を調査する。アッテンボロー主席参謀、エンジニアの手配を頼む」
そう言ってハウゼー艦長に目配せをした。航宙駆逐艦長が、敬礼し映像が消えるとアッテンボローは、自席に戻りスクリーンパネルに指示を打ち込んだ。
ヘンダーソンはコムを口元にして全艦に航宙停止の指示をした後、
「ハウゼー艦長、後方を索敵する哨戒艦に連絡して、昨日出てきた跳躍点方面及びX2JP、X3JP方面にプローブと連絡衛星を置く様に伝えてくれ。モードはアクティブだ」
「はっ」
と返答したハウゼーは、すぐにスクリーンパネルに指示を打ち込んだ。
シノダは、牽引状態で格納ボックス・・と言っても全長二〇〇メートル、全幅七〇、全高七〇メートルの巨大な軽量複合素材で出来た容れものだ・・に近づく小型工作艇を見ていた。二隻の航宙駆逐艦のそれぞれ左舷と右舷から四本ずつ牽引バーを出し、格納ボックスの角四点と接続する形で牽引しているボックスの後方から二隻の小型工作艇が接続した。
五人ずつ計一〇人のエンジニアがアストロスーツを着用している。同時に機材が運び込まれているのが、スコープビジョンの一角に映し出されている。
艦橋のスタッフは、格納ボックスに入ると同時にエンジニアに取り付けられている映像カメラと航宙駆逐艦経由で送られてきている映像の両方を艦橋の中央のスクリーンで見入っていた。
映し出されている映像は、全長一五〇メートル、全高五〇メートル、全幅五〇メートルの残骸だ。乗込んだ小型工作艇よりはるかに大きい。
エンジニアたちが、切り口が艦橋らしき入口から中に入って行くのが見えた。映像はエンジニアのカメラに変わっている。確かに非常灯が点いている。少し明るい。
エンジニアたちは更に奥に入ると、隔壁に近い壁があった。ドアらしきものがある。更にそこを通りぬけると、大きさが艦の天井に届くかと思われる推進エンジン・・エンジニアは核パルス出力型と言っていたが・・が現れた。
エンジニアたちが五人ずつ推進エンジンの両脇を回り込むと六〇メートル行ったところで、ドアがあった。
ロックが掛っているらしく開かない様子で、一人後ろにいたエンジニアが、レーザーカッターで切り始めた。ドアの部分に人が通れるくらいの穴を開けると、先頭のエンジニアが入った。そのとたん
「ハウゼー総司令官、発信源はこれです」
と言って自分の映像カメラからそれを送って来た。映し出された映像には、縦横五メートル程度の大きさの箱にディスプレイとスクリーンがあり、スクリーンはブリンクしているポイントがある。ハウゼーは、
「ブリンクしているポイントは何か解るか」
と言うと
「少し待って下さい。すぐに調べます」
五分後、
「総司令官、ここです。我々のいる所を示しています。明らかに追尾装置に場所を送っています」
「追尾装置の場所は解るか」
「解ります。我々が出てきた跳躍点から三光時離れたX2JP方向です」
「なにっ」
司令フロアにいたスタッフが誰ともなく口にした。
「ヘンダーソン総司令官、これは」
そう言ってアッテンボローは総司令官の顔を見た。
ヘンダーソンは、
「発信源を停止できるか」
「これは出来ます。すぐに止めますか」
ヘンダーソンは、一瞬考えた後、
「止めてくれ」
と言った。悪い予感が当たったなそう思うと少し考え込み、エンジニアに
「発信源の停止を確認次第、エンジニアは全員そこから至急退去してくれ」
映像の向こうで敬礼すると、発信器のキーボードに何か打ち込み始めた。やがて、ディスプレイのブリンクが停止し、ディスプレイが何も映し出さなくなると、エンジニアは撤去を始めた。
小型工作艇が離れていく。ヘンダーソンは、それを見届けると主席参謀と副参謀に声をかけた。
「これからの対応だが、この残骸の持ち主は、どう出てくると思う」
その問いにアッテンボロー主席参謀が
「いくつか明らかに解ることがあります。一つ目は、残骸の持ち主が、発信源を付けていたことを考えると、これは餌であったこと」
「二つ目は、餌に食いついた獲物の住みかを探りたかったこと」
「三つ目は、我々が未知の星系に入る前か入った後に仕掛けられた餌であったことです」
「そして我々は、餌に見事に食いついてしまい、持ち帰ろうとしていることです」
「問題は、餌に食いついた我々をどうしようとしていたかです」
ウエダ副参謀がアッテンボローの意見に
「発信源が停止したことを彼らは、我々が自星系に着いたと考えないでしょうか」
ホフマン副参謀が
「つまり、餌に食いついた獲物を襲いに来ると言うことか」
艦橋にブザーが鳴り響いた。
「ハウゼー艦長どうした」
「総司令官、X2JP周辺に艦影多数。五〇、一〇〇、一五〇、二〇〇。現れたのは二〇〇隻の艦隊です。映像出します」
ほぼ同時に、後方を索敵している哨戒艦からも
「ヘンダーソン総司令、X2JPに艦影多数」
旗艦アルテミッツのレーダー走査範囲は一四光時、アクティブモードにして設置したプローブと七光時レーダー走査範囲を持つ哨戒艦より更に早くアルテミッツのレーダーがADSM72星系にある未知の跳躍点X2JPに現れた艦艇を捉えたのであった。
「やはり、お客さんのお出ましか。しかし、早すぎないか。我々が発信源を止めたのは、つい先程だぞ」
そう思いながらヘンダーソンは、頭の中になにがしかの矛盾を感じていた。
ヘンダーソンは、コムを口元に置くと
「全艦に告ぐ、こちらヘンダーソン総司令官だ。X2JP方面より敵味方不明の艦隊が現れた。距離は五光時ある。艦隊をX2JP方面に向け標準戦闘隊形のまま待機。
二光時まで近づいた段階で第一級戦闘隊形をとる。艦長は、乗員を交代で休ませるように。
格納ボックスを牽引している航宙駆逐艦は、後ろにさがれ。哨戒艦は、未知の跳躍点及びX3JP方面の索敵も厳重にしろ」
矢継ぎ早に指示を一気に出すと一息入れて
「まだ、戦闘になると決まったわけではない。今は緊張をほぐすように。以上だ」
「ハウゼー艦長、メンケント本星宛に緊急文を送ってくれ。内容は、第三二一広域調査派遣艦隊は、帰還途中ADSM72星系にて敵味方不明の艦隊と遭遇。これを現在位置と共に送ってくれ」
ハウゼーは、復唱すると、通信管制官に高位次元連絡網を使用してメンケント本星にレベルAの暗号電文で送る様指示を出した。
ヘンダーソンは、シノダの方を振り返り大丈夫だという顔を作って見せた。シノダも声に出さずに頷くとスコープビジョンを見つめた。
ミルファク星系方向に先頭にいたヘルメース級航宙駆逐艦とワイナー級巡航艦がそれぞれ右回りと左回りに動き始めると後方にいたアガメムノン級航宙戦艦、民間輸送艦とタイタン級高速補給艦、アルテミス級航宙母艦が推進ノズルを少し噴射し、そのままゆっくりと後ろに下がり始めた。
そしてそれを気にその周りにいたアテナ航宙重巡航艦が、包み込むように右と左に回り込み始めた。
シノダは、固まっていた三角形が前方外側から左右にほぐれ、続いて三角の底の方が前に進んだかと思うと左右に回り込んだ艦が後ろに付き、いつの間にか、三角形が反対になる映像を見ていた。まるで艦の一つ一つがバレリーナのように踊り、白鳥が羽を広げそして閉じるという、みごと艦隊運動に目を輝かせた。
やがて、それが終わると右舷になった哨戒艦が右舷前方にある肉眼では見えないX2JP方面の哨戒に当たるべく進宙を始めた。左舷と後方の哨戒艦も今通って来た未知の跳躍点とX3JP方面に向けて進宙を始めている。
「すごい」
つい口に出してしまったシノダにアッテンボローは振向き、
「これが我第一七艦隊得意の艦隊運動だ。ミルファク星系広しと言えども、これが出来るのは、ヘンダーソン総司令官率いる我艦隊だけだ」
そう言って自慢げな顔を見せた。
日頃の艦隊整備、訓練のたまものだ。艦隊方向を前後逆方向にする為には、艦隊全体を時計回りに動かすのが一般的だが、これは時間が掛り過ぎるし、もしその時点で横から攻撃されたらたまらない。艦隊の隊形を変えつつ、即時応戦態勢を保つと言う離れ業は実戦経験者のみが体に染み込ませた方法だ。
三〇時間後、フォースデルタの第一級戦闘隊形に変えた第三二一広域調査派遣艦隊は民間輸送艦とタイタン級高速補給艦を下がらせると第二級戦速にて艦隊を進ませた。
さて、どう出るかな、アッテンボローは、スコープビジョンを見ながら独り事の様につぶやいた。
やがて相手の艦の姿が映像に捉えることが出来るようになるとレーダー管制官から
「艦型判明、航宙駆逐艦クラス一二〇隻、航宙軽巡航艦クラス八〇隻、航宙母艦らしき艦なし。以上です」
それを聞いたウエダ副参謀は、
「我々のヘルメース級航宙駆逐艦位の大きさですね。あのクラスの主砲では、重巡航艦のシールドも破れない。艦数も圧倒的に少ない。隊形も単純な長方形を縦にしたような形だ。あれでは、もろすぎるぞ」
それを聞いたアッテンボロー主席参謀は、
「攻撃手段が、まだ解らん。今は甘く見ない方が良い。あれだけの艦隊で向かって来るのだ。何か策があるのだろう」
「艦長、敵味方不明の艦隊からメッセージです」
ハウゼーは、自分のスクリーンに表示された内容を見るとすぐにヘンダーソンに送った。
「総司令官。どう思われますか」
ヘンダーソンは、眉間に指を当てると少し考え込み
「主席参謀、副参謀。君たちも見てくれ」
と言って目の前に有るメッセージを送った。
「盗んだ物を返せ。さもなくば死ぬか」
口に出して言う主席参謀にホフマン副参謀が
「我々は、甘く見られているのですかね。あの程度の艦数と装備で我々に勝てると思っていのか」
「幼稚すぎませんか、内容が。少なくとも艦隊同士が向き合っているのです。こんな表現はしないでしょう。宙賊にしては、構えすぎていますが」
ヘンダーソンは、
「ハウゼー艦長、前方に展開する哨戒艦を下がらせてくれ。左舷前方はそのままに」
「今ここで彼らの要求を呑めば、次にあの星系に行った時、どういう対応にでるか解らない。ここは彼らの戦力と武器を見極めるためにも少し対応してみるか」
艦数、武力共に圧倒的に優位と考えているヘンダーソンは、彼らの技術を確かめたいという衝動に駆られていた。
「返せない。我々は死にもしないと返答して反応を見るか」
そう言って参謀たちの顔を見ると同意の表情を見せた。ヘンダーソンは、
「ハウゼー艦長、このメッセージを返答してくれ」
と言った後、全艦に前方シールドを最大にするように伝えた。
双方が三〇光分まで迫った時、
「敵艦隊、ミサイル発射」
レーダー管制官の声にヘンダーソンは、
「早すぎるな。全艦、敵艦隊との距離が三〇光秒まで近づいたら中距離ミサイル発射。敵ミサイル距離が一〇光秒まで迫った時、アンチミサイル発射、一光秒でmk271c(アンチミサイルレーダー網)発射」
攻撃は十分ひきつけてから行うものだ、そう思いながら、相手の対応が見えないでいた。
敵艦隊まで三〇光秒と迫った時、ヘルメース級航宙駆逐艦の後方に展開するワイナー級軽巡航艦一二八隻から一隻当り二〇本、計二五六〇本の中距離ミサイルが次々と発射された。
更に二〇秒後、前方に位置するヘルメース級航宙駆逐艦一二八隻から一隻当り一二本、アテナ級重巡航艦六四隻から一隻当り一八本のアンチミサイルが発射された。一瞬、間をおいて全艦がmk271c(アンチミサイルレーダー網)を発射した。
敵艦から発射されたミサイルにアンチミサイルが突進していく。アンチミサイルに捉えられた敵ミサイルが、宇宙空間にまばゆい光の点となって現れた。まるで遠くから小型花火を見ているかの様だ。
アンチミサイルをくぐりぬけた敵ミサイルが、今度はmk271cに掛る。シールドにぶつかり爆発するミサイルを見ていると、ミサイルが壁にぶつかっているようだ。
それもくぐりぬけたミサイルが、艦の前方に広がるシールドにぶつかり、まばゆい光をはじき出す。艦隊の前方に光のショーが始まっている。
すごい、始めてみる凄まじい光景にシノダは息を飲んで見ていた。
・・ミサイルは、敵艦の位置を知る為、近くに来るとミサイル自身が、アクティブに探査レーザーを出し、目的に誘導するように作られている。
これを利用し、アンチミサイルはパッシブモードレーダーで飛来したミサイルを認識し迎撃する・・正確にはぶつかって行く・・当然この方法は、はずれもあるので後方にmk271c(アンチミサイルレーダー網)を配置する。
mk271cは、網の目に広がったシールドだ。突進してきたミサイルがシールドに触れて破壊される仕組みだ・・但し同じところに複数のミサイルが突入した場合、壊されたても修復しない・・ので、二本目以降のミサイルは通過してしまうのが弱点だ。
この二重防御を行っても発射された敵ミサイルの二割程度は通過する。この通過したミサイルを艦の前方に展開するシールドで防御する・・・
三段階で迎撃された敵ミサイルは一発としていずれの艦にも届くことはなかった。
ヘンダーソンはこちらから発射された中距離ミサイルの結果をスコープビジョンから見ていた。
中距離ミサイルが、三〇光秒まで迫った時、長方形の広い面を向けていた敵艦が、一〇隻に一隻の割合で前進してきた。何をするのだろうと見ていると艦同士からレーザーの様な鈍い光を出し、双方が交差すると艦と艦の間、四艦で一つの薄い灰色のスクリーンを形成し始めた。ちょうど長方形の広い面を何枚ものスクリーンで覆う様にしている。
ヘンダーソンは、何だ、あれはと思いつつ、やがて中距離ミサイルが一光秒まで迫った時、突然、そのスクリーンが前面に飛び出してきた。
全長八メートルの中距離ミサイルがスクリーンに触れた瞬間、爆発もしないで消えていったのである。まるで消しゴムで消されるように。
艦橋がざわついた。
「何だ、あれは」
アッテンボローの声にヘンダーソンは
「我星系でも最高機密にしている、あれをもう実現しているのか」
その声にアッテンボローは、苦味虫をつぶしたような顔になった。
「総司令官、主砲射程距離に入りました」
艦長の声に
「主砲斉射」
全艦に向かってヘンダーソンがコムで叫んだ。隊形をフォースデルタにした、四つのグループの艦隊が前進しながら主砲を一斉に発射した。
アガメムノン級航宙戦艦の二〇メートル収束メガ粒子砲、ポセイドン級巡航戦艦の一六メートル収束メガ粒子砲、アテナ級航宙重巡航艦、ワイナー級航宙軽巡航艦の陽電子粒子砲、ヘルメース級航宙駆逐艦のレールキャノンが一斉に火を噴いた。巨大な光の奔流となって敵艦に突き刺さる。
三〇万キロを二秒で到達する陽電子粒子砲は、敵艦のシールドと思われる部分に触れた瞬間、まばゆい光を発した。やがてシールドが破壊されると艦の正面の装甲にぶつかり、またもやまばゆい光を発し、それは徐々に艦の装甲を溶かしていった。・・真っ赤に熱した鉄の棒がスチロールの塊を溶かすように・・やがて艦の半分近くまで到達したエネルギーは消滅し、艦自体が残骸として残る。乗員は、何も感じることもなく蒸発しただろう。そう思うとヘンダーソンはわき腹が突かれるような感覚に襲われた。
一度の斉射で長方形の広い面を見せていた艦隊は、ボロボロになった。まるで穴だらけの布だ。二度目の斉射で、艦の大半を失った敵艦隊に三度目の斉射が襲いかかろうとした時、隊形をバラバラにして一目散にX2JP方向に逃げて行った。それでも三度目の斉射によってほとんどの艦は残骸と化している。
三〇分後、スコープビジョンには、一三〇隻は超えると思われる敵艦の残骸だけが残った。ほとんどの艦は前方を向いていた為、まともに砲撃を受け、残っていても半分、多くが四分の一も残っていないありさまだった。アッテンボローが
「掃討に移りますか」
という問いにヘンダーソンは、
「いや、あれでは動ける艦はないだろう。駆逐艦と軽巡航艦を前に出して生き残った者がいないか調査してくれ。ウエダ副参謀、我が方の損害出たか」
その声に
「それが」
アッテンボローがどうしたという顔を向けると
「損害無しです」
「なにっ」
アッテンボローが気の抜ける声を出した。
「敵、主砲の威力が小さすぎ、駆逐艦のシールドも破れなかったとの報告が届いています。また、航宙駆逐艦の放ったレールキャノンは、敵艦のシールドを簡単に破り、敵艦の装甲を貫いたそうです」
ヘンダーソンはどういうことだ。あれだけの技術力を持ちながら。それともまだ何かるのかと答えの出ない疑問が頭の中に淀んだ。
スコープビジョンを見ながら敵艦の調査をすべく航宙駆逐艦と軽巡航艦合わせて二三隻が敵艦まで後、数百キロまで迫った時、いきなり、スコープビジョンに凄まじい光が入ってきた。瞬時に光量を落としたが、まともにスコープビジョンを見る状況ではなかった。
「どうした」
ヘンダーソンの叫び声にレーダー管制官が、
「敵艦の残骸が自爆しました。一隻残らず」
「なんだと」
息を飲むことも出来ずスコープビジョンを見たヘンダーソンは、唖然とした。先程まで前方に漂っていた一三〇隻を超えると思われた敵艦が、巨大なガスの塊となって映し出されている。艦橋で数秒の間動けるものはいなかった。
「ハウゼー艦長、調査に向かわした艦はどうなった」
ヘンダーソンの声に目の前のスクリーンボードを見たハウゼーは、一瞬声を失った。
「八隻が大破、三隻が中波、一二隻が小破です」
言葉を失ったのは、ヘンダーソンも同じだった。
「何ということだ。もう少し間を置けば被害が出ずに済んだのに」
あまりの大勝に浮かれすぎた自分自身に情けない気持ちでいっぱいになった。
「敵の最後の手段か。これが」
気をすぐに取り直すと
「ハウゼー艦長、後方に下がらせた哨戒艦をX2JP方面に向かわせて警戒に当らせてくれ」
それを言うと今度は、コムを口元にして
「駆逐艦ヘレネ、駆逐艦一〇隻を伴って被害が出た艦の乗員の救助をすぐに行ってくれ」
「グレイプ、カロン、ニクスの高速補給艦は、中波以下の艦の修理に当ってくれ」
次々と指示を出すヘンダーソンの顔を見ながらシノダは、今まで見たことのない提督の苦悩の表情に、胃が締め付けられる思いがした。これが戦闘か。
「ヘンダーソン総司令、爆発の大きさが異常です。通常の核融合炉の爆発、それもあのクラスでは、航宙駆逐艦の距離まで衝撃波が届いても、軽く衝撃を受ける程度です。あれは、爆発と言うより外に向けてエネルギーを放出したと言った方が正しいです」
ウエダ副参謀の声にヘンダーソンは、
「最初からそのつもりだったと言うことか。しかし自分自身を囮にしてまでするか」
「いえ、あの艦隊が、正確には逃げた艦以外が、リモートだとすれば納得がいきます。それにあの無力な艦の装甲の意味も。コアの周りは強固にして主砲の影響をおよばせない様にしたのではないでしょうか。いずれにしろ今回捕獲した艦の残骸が教えてくれると思います」
ヘンダーソンも主席参謀もウエダ副参謀の考えに納得のいく思いで聞いていた。
五時間後、負傷者の救護と、中波以下の艦の応急修理を終えた艦隊は、隊形を標準戦闘隊形にしたまま、ミルファク星系跳躍点に向けて航宙した。
跳躍点まで後、一日半の航宙である。




