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第四章 新たな脅威

そして2ヶ月の航宙を終え、「第321広域調査派遣艦隊」がミルファク星系に戻って来た時、ミルファク星系は、新たな展開を迎えていた。ミールワッツ星系とユニオン同盟に気を取られていた星系評議会は、ヘビーグラビティゾーンの反時計回り方向にあるリシテア星系から難題を突き付けられていたのである。帰路に着く「第321広域調査派遣艦隊」にリシテア星系への派遣を命じられたのである。その目的とは・・

第四章 新たな脅威


 未知の艦隊との戦闘でいらぬ犠牲を出した第三二一広域調査派遣艦隊はADSM72星系からミルファク星系側跳躍点に出てきた。ミルファク星系外縁部まで二光時、星系内に入り、惑星公転軌道上より少し下側にある跳躍点から首都星メンケントまで六光時。

 ヘンダーソンは、ミルファク星系をスコープビジョンに見ながらこの二ヶ月の航宙を思い出していた。

「ヘンダーソン総司令官」

アッテンボロー主席参謀の声に振り向くと

「軍事統括ウッドランド大将に提出する報告書が出来上がりました。目を通して頂けますか。星系評議会向け資料は作成中です。例の艦の残骸に関する民間技術者からの報告も、もうすぐ出来上がる予定です。戦闘艦の高速航宙試験とアトラスのシンクロモードテストの報告書は既に出来上がっています。同時に送ります。目を御通し下さい」

 広域調査の主眼である未知の星系までの航路調査情報、星系内恒星、惑星情報、資源情報、移住可能性等多くの報告に加え、今回は高速航宙試験、アトラスのテスト結果等の報告がある。

更に未知の艦隊との戦闘報告など山の様な報告を、軍事統括と星系評議会にしなければならない。ヘンダーソンは、ミルファク星系に着く前、跳躍中に作成を指示しておいた。

報告の仕方次第では、とんでもない結論を出す可能性がイエン星系評議会代表はある。それを十分に考慮しての早めの作成だった。

「分かった、主席参謀、総司令官セキュリティレベルで私のフォルダに転送してくれ」

ヘンダーソンの指示にアッテンボローは

「了解しました」

と言って自分のスクリーンパネルに指示を打ち込んだ。

「シノダ中尉、一緒に来なさい。司令官公室に行く」

そう言ってシートから立つよう促した。

 報告書と言っても紙で行うのは、地球から火星に進出した中世期初期の時代だけだ。宇宙において紙パルプそのものがない。似たようなもの簡単に作れるが、リサイクルコストを考えると無駄であり、すぐに電子化された。今では、ほとんどが3D映像とコメントだ。

 シノダは、ヘンダーソンについて司令フロアを出て歩き出した。司令官公室は、司令フロアと同じ階にある。通過ドアのパスは、総司令官とオブザーバだけだ。ヘンダーソンとシノダしか持っていない。

 移動通路を五〇メートルほど行くと左手に有る司令官公室に入った。奥には司令官の寝室がある。

 ヘンダーソンは、一〇人は座れる丸いテーブルにある椅子にシノダを座らせると、テーブルの側にあるスクリーンボードに指示を入れた。テーブルの上に3D映像が浮かび上がり、ミルファク星系から発進した第三二一広域調査派遣艦隊が映し出される。

「シノダ中尉」

ヘンダーソンの声に「はい」と答えたシノダは、映像から視線を動かすと

「次からの航宙時には、私の補佐官として色々と仕事をしてもらう。今回の航宙に同行させたのは、その練習という訳だ。初めての航宙で色々と覚えたこともあるだろう。それを私と一緒にこの報告内容を見ながらもう一度思い出してほしい」

 ヘンダーソンの上官を通り越した親の様な優しい心使いにシノダは、胸が熱くなるのを感じた。


 既にミルファク星系内に入って三日目。後半日で軍事衛星アルテミス9に到着する。スコープビジョンに映る三番目の惑星首都星メンケント、第四惑星バーダン、第五惑星アルキメディア等の惑星がミルファク恒星の光で輝いていた。

そして、今は米粒ほどにしか見えない軍事衛星と政治、軍事、経済の中枢であるシェルスターが首都星メンケントの衛星軌道上に浮かんでいた。

帰って来たんだ。シノダは、気持ちの高揚を感じていた。管制官フロアでは、レーダー管制官、航路管制官、航法管制官が、有人航路監視衛星や軍事衛星と矢継ぎ早に交信をしているのが聞こえる。

ここまで来ると、民間の貨物船、星間連絡艦や他の軍艦艇が右に左に行きかう。第三二一広域調査派遣艦隊は大部隊だ。既に〇.〇五光速のゆっくりとした標準航宙隊形で航宙しているとはいえ、細心の注意を払わないと、他の艦艇と接触するする可能性がある。 

宇宙では、視認出来たらもう遅いである。一秒で一.五万キロを動いている艦が人間の視覚反応で避けられるはずもない。

艦隊は、アルテミス9の手前一〇〇〇キロのところで前進を止め標準航宙隊形を解いた。各艦のクラス毎に宙港が別になっている為である。

アガメムノン級航宙戦艦、アルテミス級航宙母艦は第一層宙港、ポセイドン級巡航戦艦、アテナ級重巡航艦は第二層宙港、ワイナー級軽巡航艦、ヘルメース級航宙駆逐艦は第三層、第四層、ホタル級哨戒艦、タイタン級高速補給艦、強襲揚陸艦、輸送艦は第五層、第六層宙港が割り当てられている。

 宙港別指定航路に乗った各艦は、アルテミス9各層の宙港管理センターと連絡を取りながら入港する。

 ヘンダーソンは、コムを口元にして

「アルテミス9宙港管理センター。こちら第三二一広域調査派遣艦隊総司令官ヘンダーソン中将だ。各宙港への入港許可を申請する」

一瞬、間をおいて

「こちらアルテミス9宙港管理センター、第三二一広域調査派遣艦隊の入港を許可する。各艦艇は、各層宙港管理センターの指示に従い入港せよ」

アルテミス9の宙港は、六層が更に二つに円を半分にしてそれぞれ反対側に各クラスの艦が入る。航宙戦艦と航宙母艦がそれぞれ反対の宙港に向かって動き始めた。

 指定航路から順番に誘導ビームに乗り入港していく。接触を回避する為、ゲート奇数番号、偶数番号順に同時入港する。

すごい。出港時もすごかったが、入港風景もすごい。シノダは、入港の壮観な眺めに見とれていた。やがて

「第一層宙港管理センター。こちら旗艦アルテミッツ、入港準備完了」

「こちら第一層宙港管理センター。旗艦アルテミッツ、誘導ビームに乗り第一番ゲートに入港せよ」

「旗艦アルテミッツ了解。誘導ビームに乗り第一番ゲートに入港する」

アルテミッツが、ゆっくりと進み始めた。第一番ゲートの長い誘導路の間を進んでいる。やがて静かに停止してランチャーロックが艦をホールドするとゲートの入口が、下からせりあがって来た壁で隠される。少し経って

「こちら第一層宙港管理センター。旗艦アルテミッツ、ランチャーロックオン、バックドアクローズ、エアロックオン、フロントドアオープン」

アルテミッツの前に有る大きな壁が下がって行くと宙港の風景が現れた。

ハウゼー艦長はコムを口元にすると管制フロアを見ながら

「各管制官はファイヤープレイスロック。ダブルチェック後、航宙管制センターにリモートオン。三〇分後、ブリーフィングルームに集合」

そう言うと後ろを振り返り、ヘンダーソン中将に

「旗艦アルテミッツ。軍事衛星アルテミス9に帰港しました」

そう言って敬礼をした。アッテンボロー主席参謀、ウエダ副参謀、ホフマン副参謀、シノダ中尉もヘンダーソンに向かって敬礼をしている。

「全員ご苦労だった」

ヘンダーソンは答礼をすると司令長官席を立って司令フロアを出た。参謀たちがその後に従い、シノダは、一番後ろにつくと一緒に司令フロアを出た。

 シノダは一度オブザーバルームに戻り私物が入った大型のバッグを手に持つと司令長官室の前で待った。やがてヘンダーソンが出てくるとにこやかな顔をして

「艦を出たら一度オフィスに戻り、その後、シェルスターのウッドランド提督のオフィスに行く。シノダ中尉、連絡艇の用意を頼む」

「はい」

と返事をするとシノダは、アルテミス9に戻ったのだと実感した。

 司令フロアからは、艦の外に出るドアまでエレベータで直接行ける。他の乗組員と顔を合わすことはない。上級士官専用エレベータだ。途中で参謀たちのフロアに停まり彼らを乗せると、エレベータは一挙に推進エンジンのある高さまで下がった。

エレベータのドアが開くと既に外部のエスカレータに通じるドアが開けられ、兵が敬礼して待っていた。ドアを出ると久々に嗅ぐアルテミス9の空気を吸ったシノダは、やはり艦内の空気よりこちらの方がおいしいなと思いながら、ヘンダーソンたちと外に降りるエスカレータに乗ると、誘導路まで下がり誘導路に出て、シノダは唖然とした。

すごい数の人が自走エアカーの誘導路の向こうのフェンスで待っている。今回の派遣艦隊に参加した人たちの家族だろう。シノダには縁のない風景にちょっぴり心が沈んだが、すぐに気を取り直しヘンダーソンと共に誘導路に乗った。


 自走エアカーにヘンダーソンが後部座席座ったのを確認して、自分が前部座席に座ると行き先をタッチした。自走エアカーが“ふっ”と浮いて動き始めると、シノダは、すぐに星系軍支給のノートパッドを取り出し、シェルスターに行く為の連絡艇を手配した。


「ヘンダーソン中将、広域調査ご苦労だった。予定外の事もあったようだが、概ね良い結果を持ち帰ってくれた。大変うれしい。今回の派遣を押したキャンベル評議委員も非常に喜んでいる」

2カ月ぶりに見たウッドランド大将の顔が笑っていた。

「ウッドランド大将。お言葉ありがとうございます。しかし、ADSM72星系での戦闘で死んだ兵士には、大変申し訳ないことをしたと思っています。家族には十分な補償をお願いします」

本来は艦隊総司令官が、派遣に参加した軍人の死をこのような形で言うことはない。軍人である以上、いつ命を落としても仕方ないのは職命だ。

ヘンダーソンは、本来、航路と資源探査の派遣に、被害者が出たことを感じているのだろう。そう思ったウッドランドは、

「解っている。今回の戦闘は全く予定外のことだ。軍本部にも十分に言い含めておく」

ウッドランドはヘンダーソンの顔を見て顎を引いて頷くと、自分のデスクにあるスクリーンパネルのセクレタリボタンを押した。

入口に近いドアが開きアルト・ナカタニ中尉が現れると

「中尉はじめてくれ」

そう言ってヘンダーソンがウッドランドに送った報告書がテーブルの上に3D映像なって現れた。初めに現れたのは既にADSM98と命名された調査対象の星系だ。

「ヘンダーソン中将、説明を始めてくれ」

そう言って説明を促した。・・・


「ヘンダーソン中将、確かに今回交戦した敵は、我々がまだ開発途中のDMGを使ったのかね」

「間違いありません」

・・・DMG(分子分解網:デコンプ・マリキュラー・グリッド)ミルファク星系が開発中の材料でまだ実用化のめどは立っていない。最高軍事機密レベルになっている。接触するものを分子レベルに分解する事が出来るしろものだ。

物質の全てはこの世に発生した時点で必ず正と負の質量をもつ。負の質量は発生時点ですぐに消えてなくなり正の質量のみが残る。これは、電子、陽子、原子など全てのレベルおいて存在する。

負の質量、つまり反物質は、正の質量をもつ物質と接触する事により質量が相殺され、消えてなくなる。この負の質量を定常化させる事で、正の物質に接触させる事により武器を無力化しようというものだ。使い方によっては、戦闘を放棄させることも、殲滅することも出来る。ミルファク星系では、戦闘回避の為の方法として研究していた・・・


「今回持ち帰った艦の残骸の損傷個所がレーザーカッターで切ったようになっているのは、この方法を使ったというのが民間技術者の統一した意見です。彼らはこれを知られたくない為に、持ち帰ろうとした我々を攻撃したのだと推測できます」

「ヘンダーソン中将の言う通りだろう」

「ウッドランド大将。自分としては、ADSM98星系に再度行き、彼らとの衝突を回避する交渉をしたいと考えています」

そこまで言ったヘンダーソンは、ウッドランドの顔が曇ったのを見逃さなかった。

「どうかしたのですか。ADSM98は、素晴らしい資源星系です。ミールワッツまでいかなくとも十分な資源を調達することが可能です。彼らに艦の残骸を返し、協力関係を結べれば、ミルファク星系にとって素晴らしい効果です」

 そこまで言って言葉を一度切ると、それを待っていたかのようにウッドランドが、

「面倒な事が持ち上がっている。今回の派遣は大成功だが、ヘンダーソン中将がいない間に問題が起きた」

ヘンダーソンが眉間に皺を寄せ、怪訝な顔になると

「二つある。一つは、イエン星系代表のごり押しでミールワッツ星系奪取の為に派遣した第七、第九、第一〇艦隊が苦戦している。アンドリュー星系とリギル星系の連合軍に押されている。総司令官の第九艦隊アンデ・ボルティモア中将が、援軍の泣き言を入れてきた。言い方はもうひと押しで攻略できる。その為に一個艦隊増援してくれとあきれるばかりだ」

「そしてもう一つが、我ミルファク星系の隣星系であるリシテア星系が干渉してきた。西銀河連邦を盾に、我々が開発した星系と航路を開示しろと言って来ている。通らない事を言っているからには、他に目的があると思われる。現在星系交渉部が対応に当っているが、事は簡単には済まないだろう」

 ウッドランドからの思いもかけない事がこのミルファク星系で起こっていることを言われたヘンダーソンは言葉を失っていた。

「いずれにしろ、今回の報告をキャンベル評議会議員に説明しなければならない。その時はヘンダーソン中将にも一緒に行ってもらう。その時に今の二つの懸念も話が出る」

そう言うとウッドランドは解ってくれと言う顔をヘンダーソンに向けた。そして

「ヘンダーソン中将」

改めて言うと

「帰還したばかりだが、また出てもらう。すぐではないだろうが。リシテアの件を任せられるのは君だけだ。艦隊の整備に努めてくれ。今回失った艦の補充は艦制本部に既に伝えた」

一呼吸置くと

「ミールワッツ星系等には行ってほしくないのだよ」

ヘンダーソンとは視線を合わせず、何かを見つめる目でウッドランドは言うと、視線を移し、3D映像に映っている艦の残骸を見詰めた。

始めは休む間もないのかと少し胃に重いものを感じたヘンダーソンだが、最後に言った一言で理解した。

第一七艦隊が休んでいれば、イエン評議会代表は、間違いなくミールワッツ星系戦に投入するだろう。そして結果がどうあれ、キャンベル議員の足を引っ張る材料とするはずだ。そうすればウッドランド大将の立場も悪くなる。今、ミルファク星系の軍事に平衡感覚を持って考えられる人はウッドランド大将だけだ。それだけにイエンは、ウッドランドが目の上のたんこぶだ。第一七艦隊を政治の駆け引きの道具にしようとするイエンの思惑を阻止する為にも、今は我艦隊が動いていなければならないということか。

ヘンダーソンは、ウッドランドの目を見つめると航宙軍式敬礼をして

「解りました」

と答えた。


ヘンダーソンは、軍事統括ウッドランド大将のオフィスを出るとシノダ中尉の待つ待合室に行った。

待合室でシノダ中尉の顔を見ると

「シノダ中尉、すぐにオフィスに戻る」

そう言ってシノダ中尉を促した。

ヘンダーソンは第一層から第三層に行く為の環状線を移動しながら自走エアカーの外に流れる景色を見ていた。

シェルスターの中枢区、政治、軍事、警察、経済の主要な建物が並ぶ地区から、放射状にシェルスターの外側に向かって走る主要幹線。更に連絡艇のある第三層宙港へは、その主要幹線から三層を貫く環状線が緩やかにカーブを描きながら走っている。

厚さ三キロの構造を緩やかに降りる為の環状線だ。第一層から第二層へ移る時、下の方に見えている第二層地区、外側は星間連絡艦の宙港だが、その内側は、工業用施設が多く更にその内部に工業施設で働く人の居住区と商用街がある。・・最も長径二〇キロ、短径でも一五キロはある為、宙港は見えないが・・第二層から第三層に行くと表面上は外側に惑星、衛星間連絡艇用の宙港と倉庫街だ。

・・・第三層の下にはこの衛星を維持する為の、エネルギープラントと一Gの荷重状態を生み出すグラビティユニットがあるが、それを外から見る事はない・・・

環状線を走りながら次々と窓の外に流れる風景は何度見ても良いそう思いながら、視線をシノダ中尉の背中に移すと

「シノダ中尉、また出ることになる。それまで艦隊の整備と出動の準備に忙しくなるが、一週間の休暇は取れるようにしよう。キャンベル評議会議員への報告が終わった所で取ってくれ」

シノダは、また出動一瞬思ったが、口には出さず、

「解りました。ありがとうございます」

とだけ答えた。


「イエン代表、どうなっているのだ。ミールワッツ星系の経緯は。ボルティモア中将からの支援要請とはどういうことだ。三個艦隊も送ったのだぞ」

セイレン議員からの矢継ぎ早の質問にイエンは、上目遣いに眉間に皺を寄せ、

「私も今確認を取っているところだ。少し待ってくれ」

既に状況は、十分に理解している故に下手な事を言えないイエンは困りきっていた。


二ヶ月前、星系評議会の会議室でラオ・イエン星系評議会代表、セイレン・マニュファクチャリングの代表であり、星系評議会議員のダン・セイレンそして、ミールワッツ星系攻略派遣艦隊の総司令官であり、第九艦隊司令アンデ・ボルティモア中将と他の二艦隊、第七艦隊司令、第一〇艦隊司令の五人がミールワッツ攻略の為の話をしていた。

「イエン代表、ミルファク星系最強の三艦隊が出向くのです。リギルやアンドリューなど三流星系が立ち向かえるはずもありません。戦う前に降伏しますよ」

偉そう言うボルティモアに

「しかし、ヘンダーソンの先の戦闘報告では、リギル星系のシャイン中将は、優れた戦術家であり侮れない。後から参戦したアンドリュー星系の艦隊はギヨン中将の第一八艦隊を手玉に取ったそうだ。用心して掛からないと危ないのではないか」

「イエン代表、ヘンダーソンやギエンと一緒にしないで下さい。我々から見れば彼らなど弱小艦隊です」

 横で二人の話を聞いているセイレンは腹の中でえらそうに言うが、口ほどに結果を出せるのか。ヘンダーソンはお前たち以上に強いと思っていた。しかしそれは口には出さず、

「イエン代表、ここはボルティモア中将率いるミールワッツ星系攻略派遣艦隊に期待しましょう」

そう言って三艦隊の司令官を見た。セイレンの目には、私は今回の派遣に相当の投資をしている。失敗したら、ミルファクでのお前たちの椅子はないぞ、暗に目で言うセイレンにボルティモアは、

「お任せください。ミールワッツに到着次第、一週間も掛からずに攻略を終了させますよ。お二人は報告だけ待っていてください」


そして今、そのボルティモアから、

イエン代表議員、攻略はもう少しです。しかし抵抗が激しく、落としきれないでいます。一個艦隊の増援をお願いしますという内容のメッセージが届いた。

 高位次元連絡網を使用している事を考えると、実際には、ミールワッツ星系到着して一週間も立たないうちに、こうなったという事だ。今頃はどうなっているのか。

「セイレン議員。とにかく今は、もう一個艦隊を送るしかないのではないか。今までの投資が無駄になる」

イエンの言い草に

「何を言っている。十分な艦隊と言ったのは、あなただろう。私は公には賛成できない。あの三艦隊でミールワッツを攻略させるのだ」

セイレンの目は、今回の派遣が失敗すればお前を切り離すと暗に言っていた。

元々、先の代表選挙でナオミ・キャンベルを代表の座から降ろし、イエンを代表に据えたのは、セイレンにとって星系軍と自産業の関係を強化したい為だけであり、自分にとってイエンは、その道具にしかないと考えている。

今回の派遣も軍需を伸ばさせる為に賛成しただけだ。まして派遣が成功すれば、キャンベル議員を落とし、ウッドランドが座っている軍事統括の椅子を自分の息のかかった者に据え返ればミルファクの軍事産業は、一手にセイレン・マニュファクチャリングが仕切ることができる。そう考えてのことだ。

そう考えているからこそ、今回の派遣が失敗しても自分に痛手が少ないようにイエンを悪者にする布石が必要だった。

「イエン代表、あなたからもう少し詳しい情報を入れるようにボルティモア総司令官に連絡を取ってくれ。一個艦隊派遣の判断はもう少し詳しい状況を把握しての事だ」


一ヶ月前にミルファク星系を発進したボルティモア中将率いるミールワッツ星系攻略派遣艦隊は、アンドリュー星系軍とリギル星系軍を甘く見ていた。

ボルティモアは、他の二艦隊の司令官、第七艦隊司令モンティ・ゴンザレス中将、第一〇艦隊司令カルビン・コーレッジ中将に

「今回の仕事は簡単だ。アンドリューは一個艦隊。それもせいぜい宙域防衛の軍だ。宙賊相手の戦いしか知らないはずだ。リギルは先の戦闘で軍を疲弊させた。直ぐには立ち直れまい。今回、我々三艦隊に正面きって戦いに挑んでくるとは思えない。ミールワッツ星系でリギルとアンドリューのやつらを片付けてさっさと帰還しよう」

と大口を叩いていた。

今回の作戦がうまくいけば自分を大将に推薦すると言っていたイエン代表の口にのり、ミールワッツ星系まで遠征したが、ボルティモアの予想は、ある程度当たっていた。

ミールワッツ星系に到着したミールワッツ攻略派遣艦隊は、第二、第三惑星に向かって航宙していた。

「艦長、哨戒艦からの報告はないか」

「総司令官、入っていません。定時報告のみです」

ボルティモアは、第二、第三惑星の周辺宙域に敵がいないことに疑問を感じていた。

「敵は、第二、第三惑星の資源が必要ではないのか。なぜ何も現れない」

 ミルファク側跳躍点から第三惑星まで七光時。既に三光時を航宙しながら、スコープビジョンには星系の映像しか映っていなかった。しかし、四光時航宙し、第三惑星まで後三光時と迫った時、

「ボルティモア総司令官、アンドリュー星系方面跳躍点から艦隊が現れました」

レーダー管制官からの報告に、やっと現れたか。ボルティモアは、この時点では予定通りだと考えていた。まだ、彼我の距離は七光時、直ぐに戦闘も始まるまいとの気楽さもあった。

 アンドリュー星系方面跳躍点からチェスター・アーサー中将率いるアンドリュー星系軍一個艦隊が現れのだ。シャルンホルスト級航宙戦艦改良型四〇隻、テルマー級航宙巡航戦艦改良型四〇隻、ロックウッド級航宙重巡航艦六四隻、ハインリヒ級航宙軽巡航艦六四隻、ヘーメラー級航宙駆逐艦一九二隻、ビーンズ級哨戒艦一九二隻、ライト級高速補給艦二四隻そしてエリザベート級航宙母艦三二隻である。


「艦長、報告にあったミルファク星系の三個艦隊に間違いないか」

「間違いありません。距離はまだ七光時ありますが、航宙方向から見てミルファク星系軍に間違いないと思われます」

アーサーは、しかしこの前、大敗を喫して逃げ帰ったというのに、また出直して来るとはな。ミルファクはどうしてもこの星系がほしいのか。あれから六ヶ月。いくら力があるとはいえ、一年に二回も派遣してくるとはどういうつもりだ。まあいい、前回は少し油断したが、今回はそうは行かない。新型艦もあるしな。シャイン中将のお手並みもじっくり見てみたいものだ。

 ミルファク星系軍の派遣は、出動前にリギル星系の知るところとなったが、先の戦闘でまだ、自軍の回復がなっていないリギル星系は、アンドリュー星系にミールワッツ星系の開発主導権を譲る代わりに再度の参戦を要求したのだ。

リギル星系は、ミルファク星系軍出動の報告を受け、アンドリュー星系軍に出動を促すと共に自星系もシャイン中将率いる第二艦隊とヤン・マーブル中将率いる第一艦隊を出動させた。二艦隊合わせた戦力は、シャルンホルスト級航宙戦艦八〇隻、テルマー級航宙巡航戦艦八〇隻、ロックウッド級航宙重巡航艦一二八隻、ハインリヒ級航宙軽巡航艦一二八隻、ヘーメラー級航宙駆逐艦三八四隻、ビーンズ級哨戒艦三八四隻、ライト級高速補給艦四八隻そしてエリザベート級航宙母艦六四隻であった。正規二個艦隊ではあるが、先の戦闘で被害の大きかった第三艦隊を解体し、補充した感は否めない。

そして、ミールワッツ星系攻略派遣艦隊が、第三惑星まで後二光時と迫ったとき、リギル星系方面跳躍点から突然艦隊が現れた。

「ボルティモア総司令官。リギル星系方面跳躍点方面からも艦隊が出現しました」

レーダー管制官の興奮した声に、

「予定通りだ。問題ない」

ヘッドセットから流れてきた主席参謀の声に、眉をひそめながらコムを外した状態で、レーダー管制官は、隣の同僚に“ホントかよ”という目配せをした。

アンドリュー星系軍までの距離六光時、リギル星系軍までの距離同じく六光時。直ぐには戦闘が始まらない事が分かっているボルティモアは、この時はまだのんびりとしていた。


二日後、

「第七艦隊ゴンザレス司令は左翼。敵右翼のアンドリュー星系軍を叩いてくれ。第一〇艦隊コーレッジ中将は右翼。我第九艦隊は中央に布陣しリギル星系軍を叩く。遠慮はしなくていいから、徹底的にやってくれ」

ボルティモアは目の前に映る二艦隊の司令に自身ありげにいつもと同じようにやれば、また勝てると目で言っていた。両司令が敬礼をして映像が消えると

「哨戒艦、高速補給艦は後ろに下がれ」

「敵との距離が五光分まで近づいたら、長距離ミサイル発射」

「主砲射程内に入り次第、全艦攻撃」

矢継ぎ早に指示を出すとスコープビジョンに映る敵艦隊の動きを追っていた。


「敵右翼、左翼第七艦隊の左舷方向に向かいます」

「なに。それでは主砲は打てないではないか。アンドリュー星系軍は何を考えている」

リギル星系が開発し、アンドリュー星系に技術供与したシャルンホルスト級航宙戦艦を始めとする艦は、主砲が艦の前面方向に向けて固定されている。艦の進む向きを変えれば敵には当たらない。これはミルファク星系軍がもつアガメムノン級航宙戦艦を含め全ての艦で同様だった。

「アンドリュー星系軍、第七艦隊の一〇時方向に向かいます」

「こちらもアンドリュー星系軍に合わせて左舷一〇時方向に転進しろ」

ゴンザレスは、冷静に指示を出すとスコープビジョンに移る敵艦隊の動きを見ていた。まだ、中央も右翼も交戦状況には入っていない。

アンドリュー星系軍の動きに合わせて第七艦隊が左舷一〇時方向に向きを変え始めた。

「敵左翼艦隊、こちらについてきます」

レーダー管制官からの報告に

「まんまと乗ってきたな」

チェスター・アーサーは、ミルファク星系軍が、自分の戦術に、はまり始めた事を知って薄笑いを浮かべていた。


「敵、ミサイル発射しました」

「三〇光秒になったらアンチミサイル発射、五光秒でmk271c(アンチミサイルレーダー網)発射」

ボルティモアは、予定通りの攻撃パターンに正攻法で勝てると信じていた。

長距離ミサイルが、アクティブソナーを頼りに艦隊に近づくと、発射されたアンチミサイルが、パッシブモードのレーダーで長距離ミサイルに向かって行った。

衝突の瞬間、まばゆい光が発生し、白いガスとなって宇宙に消えた。数え切れないほどの光とガスの発生の後、アンチミサイルを潜り抜けてきた長距離ミサイルが、今度はmk271cに捉えられる。

レーダーグリッドにかかった長距離ミサイルは、瞬時に強烈な光と共に消えた。衝突と共にそこにあったグリッドが消滅すると別のミサイルがそこを通りぬけた。 

mk271cも通りぬけた長距離ミサイルが最後の防御である艦の前方に展開するシールドに当たって光り輝く。更にシールドが弱っているところにミサイルが突入するとシールドを破り、艦の前面装甲に当たった。

長距離ミサイルが前面装甲に当たったワイナー級航宙軽巡航艦は、片舷四門の三メートル粒子砲がまるで前から強引に引き千切られた様に消えた。全長三五〇メートル、ミサイルの一撃程度では戦闘航行に支障はないが主砲が半減された軽巡航艦は、シールド発生装置も同時に持っていかれた為、シールド防御も弱くなっていく。

運悪く艦橋にミサイルの直撃を受けたアテナ級重巡航艦が上半分をもぎ取られた形状になり戦線を離脱していく。艦橋に居た人間は、痛みを感じる暇もなくガスとなったに違いない。

全長四五〇メートルもある重巡航艦は、艦橋が消えた程度では航行可能だが、艦橋がなくなった為に一元的な攻撃が出来ない、実際の戦闘航行は不可能と言っていい。

 同じ光景がリギル星系軍でも展開されていた。ヘーメラー級航宙駆逐艦が艦尾にミサイルを受け、全長二五〇メートルの艦の後ろ三分の一が消滅し、宇宙に漂う残骸となった。

全長三四〇メートルのロックウッド級航宙重巡航艦は、艦本体の両脇に腕を出しながら長距離ミサイル発射管を持っている独特の形状だ。長距離ミサイルが左舷中央部に衝突すると左舷にあるミサイル発射管が根元から根こそぎもぎ取られた。戦闘航行は維持できるが、戦力は半分となる。

最初のうち、シャインもボルティモアもどちらが仕掛けるか様子を見ていたが・・・


「ボルティモア総司令官、左翼第七艦隊が被害甚大です」

「何だと」

前面の戦闘に気を取られていたボルティモアは、スコープビジョンの左に映る第七艦隊の状況を見て血の気が引いた。第七艦隊の左舷前方が、まるで削り取られたようになくなっている。

「どういうことだ」

ボルティモアは、まだリギル星系軍とは戦闘が始まったばかりだというのになぜ左翼艦隊が一方的に被害を受けているのか分からなかった。アンドリュー星系軍に被害らしき状況はない。


「見たか。ミルファク星系軍。いつまでも昔の戦闘隊形でやると思っているのか」

アンドリュー星系軍は、ミルファク星系軍左翼艦隊の一〇時方向に展開した後、敵左翼艦隊の方向を自艦隊に向ける前に全速航宙し、正対しないでいる間に第七艦隊の左翼を主砲で斉射した。アンドリュー星系軍技術部が新規開発した回転砲塔を持つメガ粒子砲である。

従来のメガ粒子砲は、長大な砲身で荷電された陽電子がいくつもの小型加速器の中で加速され、収束され後、砲から放たれる必要があった為」、艦の直進方向に固定された状態で装備されるが、新たに開発された回転型メガ粒子砲は、シャルンホルスト級航宙戦艦の巨大な装甲の上に半円形の砲塔を据付、艦内で加速した陽電子を砲塔内のレンズで屈折させ発射する。その形状から従来の前部に六門あった一六メートルメガ粒子砲は、一二メートルとなったが、砲数六門は、艦橋の前部装甲の上に背負い式に二門ずつ四門、後部装甲の上に二門装備された。艦型は古典的な形状になったが、その効果は絶大であった。

ミルファク星系軍左翼艦隊は、自軍が攻撃できないまま、一方的に一〇時方向からシャルンホルスト級改良型四〇隻とテルマー級航宙巡航艦四〇隻から放たれる一二メートルメガ粒子砲二四〇門、一〇メートルメガ粒子砲二四〇門の攻撃に晒された。

攻撃が出来ないまま、第七艦隊の左翼を守っていたヘルメース級航宙駆逐艦、ワイナー級航宙軽巡航艦だけでなく、アテナ級航宙重巡航艦までが、攻撃を受けた。第四射目からはアガメムノン級航宙戦艦、ポセイドン級航宙巡航戦艦そして内側にいたアルテミス級航宙母艦さえ、艦の左舷前方側面が攻撃に晒された。

一方的であった。第七艦隊は、左翼に対応しようと反時計回りに艦隊を進めたが、アーサーは、ミルファク星系軍が後ろに回らないようにミルファク星系軍の左翼の左舷側前方を維持する反時計周りの軌道を取っていた。

「アンドリューめ、好きにさせるか」

第七艦隊旗艦カリストの司令フロアで戦況を見つめていたゴンザレス中将はコムを口元にすると、

「第三、第五、第九部隊。時計回りに艦隊の後ろを回りアンドリューの正面を叩け」

「残り全艦、全速直進し、反時計回りにアンドリュー星系軍の後ろにつけ」

「スパルタカスを発進させろ」

突然、第七艦隊の右翼に布陣していた部隊が、時計回り方向に動いた。三角形の戦闘隊形を取っていた右半分が時計回りの展開をしたのである。第七艦隊を指揮するゴンザレス中将がアンドリュー星系軍の頭を抑える形に自艦隊の右翼を振り向けた。

左翼と中央の艦は全速直進後、大きく反時計回りに動いた。第七艦隊の後ろから時計回りに進む分艦隊は、アンドリュー星系軍の前に出ると、一斉にメガ粒子砲を放った。

今までの鬱憤を晴らすかのよう巨大な束になった荷電粒子が左に主砲を向けたままになっていた。アンドリュー星系軍の正面に殺到した。

アンドリュー星系軍は、執拗に左翼、中央を攻撃していて、右翼の動きに間に合わなかった。

荷電粒子の束が正面に布陣するヘーメラー級航宙駆逐艦、ハインリヒ級航宙軽巡航艦ロックウッド級航宙重巡航艦の前面シールドに衝突すると、瞬時に光量を落としたスコープビジョンでも眩しいくらいの輝きを放った。

シールドが溶解し、駆逐艦の前部装甲に衝突すると荷電粒子は、強烈な勢いで装甲を溶かし艦の内部に突入し後、駆逐艦を破壊した。

重巡航艦のシールドを溶解した荷電粒子は、衰えを見せることなく重巡航艦の前部装甲に当り一〇メートルメガ粒子砲六門を一瞬にして使用不能にした。

そこにおびただしい数の雷撃型スパルタカスが、突入した。

「全機、敵艦を攻撃。アンドリューめ、思い知れ」

スパルタカスの両弦に粒子砲の代わりに装備している、片弦二門の近距離対艦ミサイル四本が、雨のように駆逐艦、重巡航艦だけでなく、巡航戦艦や航宙母艦にまで襲いかかった。戦闘機の対艦ミサイル程度では、航行不能になることはないが、確実に戦闘能力が削がれていく。

アンドリュー星系軍からも攻撃型ミレニアンが発進した。それをレーダーで感知した攻撃型スパルタカスが応戦する。彼我共に至近の交戦である為、瞬時の判断が生死を分ける。

 エリザベート級航宙母艦から発艦したミレニアンが運悪く、スパルタカスの粒子砲に捉えられる。至近と言っても数百キロから数千キロの距離だ。人間の目で目視する訳でも、古代戦闘機のようにパイロットが操縦桿を動かしたり、バルカン砲の発射ボタンを押す訳でもない。

レーダーを通してヘッドアップディスプレイに映った敵味方識別マークに攻撃指示を出した瞬間に機の位置を遷移させる。一瞬でもこの動作を怠れば、痛みも感じないままに瞬時にガスとなって宇宙に漂うことになる。双方の航宙母艦から発進した三〇〇〇機近い戦闘機が交戦し合う中、別の宙域でも戦闘が始まっていた。

 

アンドリュー星系軍が敵左翼を十分に引きつけて戦闘を行っているのを見て、

「アーサー中将も善戦しているようだな。こちらもそろそろ動くか」

シャインは、独り言の様につぶやくと、コムを口元にして

「全艦、F4D隊形をとれ」

シャインの指示で大きく上下に二つの三角形になっていた第二艦隊の隊形が、上下に左右に四つの三角形を構成した。

「なにをするつもりだ」

まだ見たことのない艦隊運動を見せられているボルティモアはつぶやいた。

更に、左右の三角形が角をこちらに向けたまま九〇度か回転すると、少し角が外に広がった。今まで前方に位置する艦だけで攻撃していた隊形が、今は全艦の主砲がミルファク星系軍第九艦隊に向けて砲門を開いた。

瞬間、ボルティモアは、始めてみるスコープビジョンに映る巨大な光の束を目の中に焼き付けた。

スコープビジョンが瞬時に光量を落としたものの、手で目を覆ったボルティモアは、少しずつ手を開くと先頭に布陣していた駆逐艦、軽巡航艦、重巡航艦が、激しい爆発と共にガスとなるか、回転しながら暗闇の宇宙に落ちていくか、漂うかのいづれかとなって行く姿を目の前にした。

「大破一〇隻、中破一五隻、小破不明」

「第一駆逐艦部隊と連絡が取れません」

「第二部隊、応援要請です」

「第一駆逐艦部隊旗艦アエーデ撃沈を確認」

「第五軽巡航艦部隊旗艦アイトネ撃沈を確認」

「そんな馬鹿な。たった一撃だぞ」

ボルティモアは、司令官席で自分の体が硬直していることが解らなくなっていた。

「司令官、指示を。ボルティモア司令官指示を」

艦長の叫びに我に返った時、

「第二射来ます」

戦艦部隊の先頭にいたボルティモアが乗艦する旗艦カリストに衝撃が走った。

「どうした」

艦長が叫ぶと

「左舷ミサイル発射管損傷」

シャルンホルスト級航宙戦艦が誇る一六メートルメガ粒子砲が、ボルティモアの乗るアガメムノン級航宙戦艦の左舷側を削りとって行った。

「全艦下方三〇度。三〇度潜れ」

立ち上がってコムが吹っ飛ぶほどの大声で命令を出すと司令官席に倒れるように座った。


リギル星系軍第一艦隊と交戦していたミルファク星系軍第一〇艦隊司令コーレッジは、

スコープビジョンに映る、第九艦隊の惨状を見て

「ボルティモアには言い薬だ。生きて帰れればな」

他の二艦隊の惨状に自軍の状況が、相当に追い込まれている事を感じ始めていたコーレッジは、

「全艦、右舷二〇度下方三〇度、敵正面艦隊を左舷上方に流しつつ全速で直進しろ」

第九艦隊が逃げた以上、第一〇艦隊だけで二艦隊と交戦できるはずもないと考えたコーレッジは、戦域を右から大きく反時計方向に回り、第九艦隊を拾いつつ、第七艦隊と合流し、戦線を立て直すつもりで動いた。



リギル星系軍第一艦隊旗艦デスデモナの司令官席でミルファク星系軍第一〇艦隊の動きを見ていたヤン・マーブル中将は、

「ほう、味方の戦況が不利と見て戦闘を回避か。あの敵艦隊の司令官は冷静な人間のようだ。まあこちらも無駄な犠牲を払う必要はない」

独り言を言うと口元にコムを置き

「全艦、敵の動きに合わせて艦隊を右舷一〇度に直進。第二艦隊と合流する」

「司令、左舷に回頭して、敵を攻撃しなのですか」

主席参謀の声に

「不必要な犠牲を出してもつまらん。逃げるやつを追う必要ない」

マーブルは確実に目の前の敵を攻撃すればいい。深追いする戦いではないと思いながらスコープビジョンの左舷方向に離れていく敵艦隊を見ていた。


「艦長、ボルティモア総司令官に連絡を取ってくれ」

コーレッジは、自艦隊を敵艦隊の左舷下方に、第九艦隊と同じ方向に流しながら左舷回頭して、ボルティモアと連絡を取った。

 映像に映るボルティモアは、焦燥の感が強く出ていたが、

「ボルティモア総司令官、第七艦隊と合流して、ここは一旦引き体制を立て直しましょう。一光時まで引いた後、再度攻撃を仕掛けたほうがよいでしょう。敵の策も見えました」

「しかし、我艦隊を追ってくるのではないか」

「追ってこないと思います。追う気があるならば、ここまできているはずです。敵艦隊は既に主砲の射程範囲を越えて、三艦隊が合流しています」

コーレッジの考えに少し躊躇したが、

「分かった」

そう言って疲れきった表情のボルティモアの映像が消えると、

「全艦、こちらコーレッジ中将だ。第九艦隊と同期して左舷の第七艦隊と合流し、ミルファク星系跳躍点方向に一光時戻る。各艦長は、兵に四時間ずつの休憩を取らせろ。飲酒も許可する」

今は、緊張を解し、休憩が必要だ。コムを口元から話すとスコープビジョンの左舷に映る第七艦隊の惨状を見た。


「シャイン総司令官、敵がミルファク星系方面に逃げていきます」

レーダー管制官の連絡にアダムスコット艦長が伝えると

「構わん。逃げるやつを深追いする必要はない。今回は追っ払うのが目的だ」

グラドウ主席参謀が

「しかし、また来られては面倒です。もう少し叩いて、その気をなくさせたらいかかでしょうか」

「手傷を負った敵艦隊を無理に深追いしてこちらが要らぬ犠牲を出す必要はない。古典的ことわざに窮鼠猫を噛むというのがあるそうだ。こちらも少し兵を休ませよう」

「分かりました」

そう言うと、いつもながら構えているな、シャイン司令は。この方の下ならそうそう死ぬ事もないな。前を向きなおしたグラドウは、そう思いながらシートに深く座りなおした。


アルテミス級航宙母艦ラインが、第四〇番ドックヤードに入港するとマイ・オカダ中尉は、六列ある戦闘機発着管制の各管制官に個別操作パネルをオフにするよう指示を出した。

「オカダ中尉。全操作パネルオフです」

新任の副長からの報告を受けるとオカダ中尉は、全パネル操作モードがオフになっていることを確かめて、自分の操作パネルの少し上にある戦闘機発着管制システムのセレクタレバーのカバーパネルを開けてモードをオフにした。

左肩を少し上げ、頭をそちらに傾けて右手を左肩に置き少し揉み解すと、首を左右に振ってシートを立った。

オカダも中尉となった今、戦闘機発着管制システムの総括管理者としての立場にある。新しく入ってきた新兵など訓練規定の実施管理などもオカダの責任範囲だ。

 オカダは、部下の管制官全員がシートを離れるのを待って自分もシートを離れた。いつの間にかラインの管制官になってもう五年。あっという間だ。早いなそう思いながら離艦の為の手続きが行われるブリーフィングルームに急いだ。


シーズンアイランド・・

首都星メンケントの一番内側の衛星レベンにある。ゆっくりした自転速度を持ち〇.八Gという、首都星メンケントよりなんとも“ふわっ”とした感覚がある。

当初、ここを軍事要塞として開発を考えていたミルファク星系は、アルテミス構想が出来てから手つかずにしていたが、各方面から〇.八Gは、体に良い。自然の景色いい。市民の精神衛生上からも保養施設として開拓すべきだ等という意見を受け、ここを二〇年前に保養衛星として開発した。

利用者は、ミルファク星系の誰でも利用できる。その前までは、シェルスターやアルテミス9などの衛星の上部にある田園風景だけが、主なレクリエーションだった事を考えると市民の反応は上々であった。

 星系軍上級士官は、福祉厚生の面から施設利用は無料・・と言っても星系軍から支払われているが・・となっている。

季節は、一年を通して温暖であり、地形を生かした山、川、海など自然な情景と保養施設を有している。


「ユーイチ見て、シーズンランドが見えてきたわ」

「えっ」

「ユーイチ、アルテミス9を出航してからずっと寝ているんだから。これから思いっきり休めるでしょう。見て綺麗よ」

レベン行き惑星間連絡艇ゆるりは、シェルスターを経由してシーズンランドに向かっていた。最近の激務で疲れていたカワイは、乗艦している六時間の間ほとんど寝ていたのである。せっかくのスペシャルシートもカワイにとっては良く眠れるフルフラットシートに代っていた。

眠い目をこすりながらスクリーンに映るシーズンランドを見た後、横に座っているマイのうれしそうな顔を見ながら五日前の事を思い出していた。


「カワイ大佐、ご苦労だった。今回の調査は、大変な状況もあったが、概ね成功だとウッドランド大将からも言葉を受けている。星系軍規に則り、二週間の休暇を隊員に出す事ができる。全員に伝えてくれ」

アルテミス9の宙戦隊オフィスでユール准将の言葉をありがたく受け取ったカワイは、A3G宙戦隊全員に休暇取得の許可を出すと、自分も今回の派遣前にマイと約束していたシーズンランドへ行くことを決めた。

今回の派遣は幸い部下には一人の犠牲もなく済んだ。艦の残骸が見つかった時や未知の星系からの攻撃があった時は、“ヒヤッ”としたが、何とか帰還することが出来た。しかし、また出動する時期が近いような気がするそんな事を思いながら、とりとめなくマイの顔を見ていると

「ユーイチ、まだ仕事の頭が抜けきれていないんでしょう」

「いやそんな事ない」

「うそっ、ユーイチのここに“しごと”って書いてあるわよ」

と言ってユーイチの右の頬をつついた。

「せっかく一週間予約が取れたんだから、思いっきり楽しみましょう」

そんな他愛無い会話をしていると

「ゆるり二五便は、まもなくシーズンランド宙港に到着します。皆様、席を元に戻し、シートベルトの着用と確認をお願いします」

艦内アナウンスが流れると、マイの瞳が輝いた。


「なんか軽い。聞いた通りだわ」

〇.八Gというアルテミス9から比べても歩きやすい空港に着くとマイは、はしゃぐようにぴょんと跳ねた。

「確かにちょっと飛んだだけで五〇センチ位浮き上がる。飛ぶというより浮くという感じ」

マイの姿を見ながら、顔をほころばしていると、結構回りでも同じことをしている人が多い事に気づいて、つい笑いそうになった自分に、休めるんだなという実感が沸いてきたカワイであった。


シャンパングラスに注がれた液体の中の泡を見ながらグラスの向こうに見える景色を見ていた。

「マイ」

「なあに」

ユーイチとマイは食事のアペリティーフとして選んだ三〇一〇年物のシャンパーニュ星系モンターニュ惑星で作られる液体の芳醇な香りと口に広がる魅惑的な世界を楽しんでいた。

「こうしてマイと一緒に居るようになって何年だっけ」

ユーイチの言葉に二種類の戸惑いを覚えながらゆっくりと目を見つめて

「四年だけど」

下を向きながら不安ともなんともいえない気持ちになった。

なぜ、ユーイチはこんな事いうの。せっかくの休暇なのに。さっきまで楽しい会話をしていた時間が急に硬くなってきたように思えた。

「四年。マイがヒールをエアカーのシールにはさんでからもう四年か」

言葉の隅に目の前にいる人の心を読もうとしながら、ほんの少しの期待と多くの不安が小さな胸の中で出先の見えないコリドールのように彷徨っていた。

「マイ」

「なあに」

「航宙軍、退役しないか」

「えっ」

少しの静けさの中で目の前の瞳を見ながら心の鼓動が大きく高鳴り始めるのを感じた。

ゆっくりとテーブルの上で動き始めた手が、自分の手に届くともうひとつの手がゆっくりと今届いた手に近づいた。

「マイ。これ」

そう言って、ゆっくりとマイの左の薬指に綺麗に輝く薄いブルーの輝きを持つリングが近づいて来た。

「つけてもいい」

ユーイチにとっては、今まで生きてきた時間の数億倍の一瞬が過ぎた後、

「いいよ」

その言葉の君が、目に溢れんばかりのうるおしさを湛えながらユーイチの言葉を聴いていた。

「“ずーっ”と考えていた。自分にそんな権利があるかという葛藤があった。でも、結果がどうあれ、後で後悔するより、マイとずっと一緒に居たほうが、いいと思った」

「それプロポーズ」

ほんのコンマ何秒の時間が永遠の時間に思えた時、頭をコクンと下げて左の薬指にリングがはめられた。

真っ白なテーブルクロスの上で二人の手が触れ合うとマイは、その大きな瞳からダイヤモンドの輝きのような涙がこぼれ、下向きながら

「ありがとう」

と一言だけ言った。


シノダ中尉は、約束の時間が近くなると、周りを見ながら、なかなか現れない人を待っていた。

前に約束した時、自分がすっぽかしたから今度は自分が同じ目に合うのかな。そんな事を考えながら生まれて初めての女性とのデートの待ち合わせに心の中が不安と期待がいっぱいになっていた。

ヘンダーソン中将から一週間の休暇を貰ったシノダは、ワタナベ上級准尉に連絡を取り、アルテミス9の上層部ある食料の自給と空気の精製の一部として利用されている田園地帯の中に建てられたレクランド田園の広いラウンジで待っていた。

レクランド田園は、牧草地帯と田園風景全体が見渡せる・・と言っても大きすぎて地平線となっているが・・小高い位置に建てられている。

地上一〇階地下三階のレジャー施設だ。三日前、ワタナベに連絡を取った時、待ち合わせ場所などさっぱり思いつかないシノダに

「アルテミス9の上層部にレクランド田園という建物があるからそこで待ち合わせしましょう」

と指定されたのだ。

シノダは星系軍士官学校を卒業以来、中将付武官となってから、中将のオフィスと自分のオフィス、それにパープルレモンとの間を行き来するしかない、全く世事に疎い人間になっていた。

そこに例のパープルレモン騒動があって、やっと外の景色を見られる人間になりつつあった。

航宙軍支給の腕時計を見ると待ち合わせ時間から既に一五分が経過している。シノダは少しがっかりしながらうつむいていた頭を上げて目をラウンジの玄関を見た。

まだやって来ない。なんとなく寂しい気持ちになりながら玄関の更に外に目を向けると、ちょうど坂を上りきったところから田園に向けて走ってくる人が目に入った。

走るそばから周りの人を振り向かせながら走ってくる人が、ラウンジの自動ドアを開けてラウンジに入ってきた。

入るなり両手をひざに置き息を切らせながら、首をきょろきょろさせて、明らかに人を探している。

周りの人間が、一人残らず見ている。身長一七〇センチ、ショートヘアに大きな瞳、気持ち良い位に“ふわっ”とした感じの唇、首から足にかけてパステルカラーのワンピースを着ているが、はっきりと分かる抜群のプロポーション、ワンピースから出る“すらっ”とした足に落ちついた白のローヒールを履いて息を切らしている女性を見れば誰でも振り返るのが当然だ。

やがてその女性の瞳が、一点に焦点が合うとゆっくり歩き出した。周りの人が注目する中、歩いた先にラウンジの椅子に来るか来ないか心配そうな目になっていた男が座っていた。

そしてその男が顔を上に上げた時、ちょうど周囲の目を独り占めしていた女性が前に立った。

一瞬、誰だが分からない様子をしたが、一呼吸置いてやっと目の前の女性が待ち人と分かるとすばやく立ち上がり、

「航宙軍服のワタナベ准尉しか見ていなかったので・・」

言葉がつながらないシノダに

「ごめんなさい。自走エアカーが故障して、代替カーを回してもらうのに時間が掛かってしまったの。もう居ないんじゃないかと心配しました」

そう言って大きな瞳でシノダの顔を見上げると、言葉より先に首を振って

「こちらこそ、一日中でも待っているつもりでした」

そう言ってやっと笑顔を見せた。


普通に立って笑顔を見せれば身長一八五センチ、少し青みがかかった黒い髪の毛に細面のはっきりした切れ長の目で、がっしりした体格。街を歩いていれば女性が振り返るほどの・・本人は全く自覚なし・・男だ。

その二人が、立っているだけでも目立つのに、ワタナベ准尉は人目を引く形で入ってきたから、二人を見ていた周りの人たちは、当然注目した。

「なあんだ男がいるのか」

「うらやましいな。俺もあんな素敵な彼女ほしいよ」

「あんなに素敵な男性を待たせるなんて、気取ってるわね」

等々、勝手に話をしながら立ち止まって二人の様子を興味の目で眺めていた人たちは、自分たちの目的の方向へまた歩き始めた。

一通りの喧騒を我慢して聞いていた二人は、周りの雰囲気が元の状態に戻るとワタナベが、

「少し歩きましょう」

と言ってシノダの手を引いた。

 レクランド田園の周りは、牧草地帯と田園地帯が三六〇度見渡せる位置にある。更に田園地帯や牧草地帯の間に遊歩道が作られ散歩できるようになっている。ゆっくりと歩きながら景色を見るシノダに

「ここ、初めてですか」

と聞いた。

「はい、星系軍士官学校を卒業して、直ぐにヘンダーソン中将付武官になって以来、中将のオフィスと自分の官舎の間以外出たこと、あっもちろん中将の出張先には一緒に行きますが、・・」

どうもうまく言えないシノダに、

「では、私が色々なところを案内してあげます。アルテミス9は軍事衛星ですが、居住者の為のレク施設は結構あります。もちろん保養衛星レベンもありますが」

この人が知っているのか、自分が知らないだけかと人が知ったらつまらなすぎる疑問を頭の中に真剣に浮かべながら、整理された遊歩道をシノダはワタナベと一緒に歩いていた。

 田園地帯を七〇〇メートルほど行くと、牧草地帯と、花や木が植えられている地域に行く道に分かれる分岐点に近づいた。その時、

「マリコ、走ったら危ない」

その声に振り返った瞬間、ワタナベの足に女の子がぶつかり、つまずいてしまった。始め我慢していた女の子は、段々涙目になり泣き始めてしまった。

何が起こったか分からないシノダは、呆然としていると、ワタナベが直ぐにしゃがんで女の子の汚れたひざをバッグの中から取り出した素敵なハンカチで拭いてあげ、

「もう大丈夫。お姉さんがおひざ拭いてあげたから」

そう言って女の子の目を見つめると、少しずつ泣き顔から我慢顔に変わっていく女の子の顔に

「さあ、もう大丈夫」

と言って手を引いて起こしてあげた。

「すみません。走るなと言ったんですけど、初めて来たのではしゃいでしまって」

お母さんであろう人が、頭を下げて申し訳なさそうに言うとしゃがんで、

「マリコ、お姉さんにお礼を言いなさい」

顔を見上げながらワタナベの目をじっと見ていた女の子は、

「お姉さんありがとう」

と言ってまた、走って行ってしまった。

「すみません」

と言いながら女の子を追いかける母の姿をじっと見ていたワタナベは、“ふっ”と思いついたように

「シノダ中尉のご両親は」

と聞いた。一瞬考えた後、シノダは来た道を振り返りながら

「自分は、両親の顔を知りません。物心がついた時、星系軍士官学校長のレンネン・モッサレーノ准将、当時は大佐でしたが、が親代わりでした。今にして思えばです。当時は親と思っていたのですが、一八歳の時、モッサレーノ准将から聞きました。両親は戦闘で亡くなったと。同じ艦に乗っていて。気持ちを消化するのにずいぶん時間が掛かりましたが、受け入れるしかないと理解したのは、士官学校も三年の時でした。お笑いでしょう。親の事で三年もかかるなんて。だから、士官学校卒業日に翌日からヘンダーソン中将付武官になれと言われた時なんか、もう一晩も悩みました。でもヘンダーソン中将のお世話させて頂くようになってから理解しました。ヘンダーソン中将が感情で人選する方ではないと。純粋にモッサレーノ准将は、ヘンダーソン中将の要求に照らし合わせて自分を選んだのだと」

そこまで言ってこんなこと人に言うなんてと思って口を止めて、

「すみません。何で口からこんな事言ったのか。こんな事、初めてです」

と言って振り返ってワタナベの顔を見るとその大きな瞳に溢れんばかりの涙を浮かべていた。

「ごめんなさい。私が聞かなければ・・」

そう言ってバッグから取り出したハンカチが汚れていた事に築いたワタナベは、そのまま手で顔を覆った。手の間から涙が零れて来た姿を見てシノダは自分もポケットからハンカチを出して、細い指先からこぼれる涙を軽く拭きながらハンカチで手を覆った。


レクランド田園のレストランでグラスに注がれたアペリティーフを見ながらシノダは、不思議な感覚を覚えていた。

「ワタナベ准尉」

「シノダ中尉、二人だけの時はマリコと呼んでください。とお願いしました」

まぶしいばかりの笑顔を見せているワタナベに、

「すみません。そうでした。ま・・」

噴出しそうになったワタナベは、

「ゆっくりで良いです。シノダ中尉」

「マリコ、シノダ中尉はやめようよ。ルイでいいよ」

「分かりました。る・・・」

今度はシノダが噴出しそうになり、二人して声を出して笑い始めると、なんとなく周りの視線に気づいた二人は、再度小さく笑いシェリー酒のグラスを合わせた。

カワイやシノダたちが、広域調査後の休暇を楽しんでいる頃、ミルファク星系では大変なことが起こっていた。


WGC3046/06/01

「イエン代表、撤退とは、どういうことだ」

顔を真っ赤にして起こるセイレン委員の映像がスクリーンの向こうに映っていた。

ボルティモアからの増援依頼を見送りしたミルファク星系は、ボルティモア率いるミールワッツ攻略派遣艦隊からの連絡に動揺していた。

 初戦にて不利になったミールワッツ攻略派遣艦隊は第一〇艦隊コーレッジ中将の判断で一時、ミルファク星系跳躍方面に一光時撤退した。

リギル-アンドリュー星系連合が、追いかけてこないことを見ると、態勢を立て直したミルファク星系軍は、再度の戦闘を挑んだが、第九艦隊旗艦メティスが被弾し、ボルティモアも負傷した。第七艦隊も壊滅は避けられたが、艦隊の半数を失い旗艦カリストを失ったゴンザレス中将は、一命を取りとめたものの、重傷を負って巡航戦艦に救命ポッドを。拾われる有り様であった。

ここに至り、指揮権をボルティモアから委譲され、独り善戦していた第一〇艦隊司令コーレッジは、ミールワッツ星系からの撤退を決断したのであった。

 敵艦隊の圧倒的優勢に味方艦隊を収集するべく防御に転じながらの撤退は、苦難を極めた。装甲の厚い航宙戦艦と巡航戦艦を盾として小型艦を逃がす方法を取った。これは一時的に上手く行ったもののアーサー中将とシャイン中将の戦術に多大な被害を被ってしまう。

何とか敵艦隊との距離を取れるに至ってようやく第二次ミールワッツ攻略戦は大敗と言う形で収集したのであった。コーレッジは、ADSM82星系に至り、敵艦隊が追ってこないと判断するとミルファク星系に対してミールワッツ攻略戦の失敗と撤退を連絡したのであった。


「セイレン議員、落着いて下さい。私も今報告を受けたばかりで詳細が解っていません」

「詳細などどうでもよい。撤退とはどういうことだと聞いている」

セイレンの激怒に努めて冷静を装いながらイエンは、この後始末をどうつけるか考えていた。

「セイレン議員。私もコーレッジ司令官からの報告を直接聞かなければ解りません。司令官が帰還してから詳細を聞きましょう」

明らかにイエンの時間稼ぎとしか思えないと理解したセイレンは、

「イエン、結果がすべてだ」

一瞬イエンの顔から血の気が引いた。それを見たセイレンは、映像を一方的に切った。

イエンは、映像が消えたスクリーンを見ながら、セイレンめ、人にばかり押し付けおって。何とかこの立場を挽回しようとセイレンへの悔しさを滲ませながら、テーブルの一点を見つめていたイエンは、セクレタリにエアカーを用意するよう指示を出した。


二二日の航宙を終えミルファク星系に現れたミールワッツ星系攻略派遣艦隊は、二か月半前の面影が全く無いほどに無残な姿を曝け出していた。

軍事統括ウッドランド大将のオフィスの壁に映る帰還した艦隊の映像にキャンベルは、

「ひどい有様です。一体何がミールワッツで起こったのでしょう。あの三艦隊は、我星系でも屈強の艦隊と聞いています」

「現実です。相手を甘く見たのでしょう。ミールワッツ星系探査の時に遭遇したリギル星系のデリル・シャイン中将と第一次ミールワッツ攻略戦の時に見たアンドリュー星系のチェスター・アーサー中将の戦術は目を見張るものがありました。あの二人にやられたのでしょう」

星系内に入って来た三艦隊の映像を見ながら厳しい目付きでヘンダーソンは言った。

「ウッドランド提督、この三艦隊の収拾は頼みます。既にセイレンから見放されたイエンにこの三艦隊を修復できる力はありません。どの様な艦隊であれ、我ミルファク星系の重要な守り神であることに違いはありません」

キャンベルの言葉を理解したウッドランドは、

「解っております。修復には、ヘンダーソン中将の力も借りるつもりです」

「ヘンダーソン提督、リシテアの件の前にこの状況を収集する。力を貸してくれ」

ヘンダーソンは、「はっ」とだけ言い、ウッドランドに航宙軍式敬礼をした。


シノダ中尉は、ワタナベ准尉との甘い休暇が終わるとヘンダーソン中将から艦隊の修復と整備作業を手伝う様に言われた。

「しかし、すごい損害ですね提督。一言で修復と言っても一年以上掛りますね」

ヘンダーソン中将付武官シノダ中尉は、被害状況を見ながらあきれた声で言った。

被害の全容が明らかになり、艦隊の修復と整備を任されたヘンダーソン中将は、出撃艦艇の被害状況を見ていた。

本来は、各艦隊の司令官が修復、整備の指揮を執るが、ミールワッツ星系攻略派遣艦隊の総司令官第九艦隊司令官アンデ・ボルティモア中将は重傷を負って、星系軍病院に入院中。第七艦隊司令官モンティ・ゴンザレス中将も同様、唯一無傷の第一〇艦隊司令官カルビン・コーレッジ中将も今回の攻略失敗のケツ拭きをされ形になり、とても艦隊の修復整備に手を回すことが出来なかった。

その上、この三艦隊をミールワッツ攻略に向かわせた総責任者であり、ミルファク星系評議会議長ラオ・イエンは、セイレンから見放され、全く何も出来ない状態でいた。

これを憂慮したナオミ・キャンベル星系評議委員が、いつまでもこの三艦隊の無残な姿を放置しておくことは、星系軍兵士の士気にも関わるとして、大変イレギュラーではあるが、軍事統括ジェームズ・ウッドランド大将を通して、星系軍艦隊内でも、他の艦隊兵士からも信頼の厚い、第一七艦隊司令官チャールズ・ヘンダーソン中将に指示したのであった。

第七艦隊、第九艦隊、第一〇艦隊出撃総数二一三六隻

アガメムノン級航宙戦艦九六隻中 撃沈三〇隻、大破一八隻、中破一九隻、小破二五隻

ポセイドン級航宙巡航艦一四四隻中撃沈二八隻、大破二〇隻、中破二八隻、小破二二隻

アテナ級航宙重巡航艦一九二隻中 撃沈三〇隻、大破一五隻、中破八隻、小破五隻

ワイナー級航宙軽巡航艦三八四隻中撃沈三〇隻、大破一二隻、中破一八隻、小破三〇隻

ヘルメース級航宙駆逐艦五七六隻中撃沈六四隻、大破二六隻、中破一五隻、小破二八隻

アルテミス級航宙母艦九六隻中  撃沈二四隻、大破八隻、中破八隻、小破五隻

ホタル級哨戒艦五七六隻中    撃沈一四隻、大破四隻、中破二隻、小破六隻

タイタン級高速補給艦七二隻中  撃沈一隻、大破二隻、中破一隻、小破三隻

スパルタカス戦闘機九二一六機中 未帰還二八一六機、帰還後廃棄七八六機

「大型艦の被害が多いのはなぜでしょうか」

「撤退する時に大型艦が盾になったのだろう。装甲の厚い艦を防御にすれば小型艦の被害が少なくてすむ」

「そういうものでしょうか」

「軽巡航艦以下の艦は、戦艦の主砲を食らえば一瞬にして破壊される。乗員一三五名は、死か捕虜だ。巡航戦艦以上が盾になれば戦艦の主砲でも一撃では破壊されない。助かる確率も高い。比較するものではないが、乗員は二一〇名だ。コーレッジ提督は、戦闘経験を積んだ多くの兵を帰還させる事を最優先にしたのだろう。艦は作れるが、乗員はそうはいかない。まして今回の戦闘で積んだ貴重な経験は、後輩に伝えてもらわなくてはならない」

ヘンダーソンは、一挙に言うとシノダの顔を見た。シノダは、体得した感で大きく頷いた。

いずれにしろ、コーレッジ中将には、早く会って、事の次第を聞かなければならない。今後の体制も含めて貴重な意見だ。

「損害は一個艦隊に満たないと言ってもそれは非戦闘艦を入れての話だ。戦艦など戦闘艦の損害は一個艦隊を上回る」

厳しい被害状況に艦隊の再編を迫られたミルファク星系軍は、身近に迫る新たな脅威がまだ気がつかないでいた。


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