44話 『瞳さんの決意とゴンちゃんの未来』
第44話 『瞳さんの決意とゴンちゃんの未来』
久しぶりに瞳さんが家にやって来た。
美沙の大学時代の友人であり、旅仲間でもある彼女は、幻獣や伝承に詳しく、海外生活の経験を経て世界を渡り歩く自由人。
「ただいまー!」と玄関を開ける声は、以前よりもどこか弾んで聞こえた。
「ごめんね、急に呼んじゃって」
美沙が申し訳なさそうに言う。
「いいよ、いいよ。今はこっちにいるし。……それに、ゴンちゃんにも会いたかったしね」
瞳さんは靴を脱ぎながら笑みを浮かべ、リビングに入ってきた。
「ゴンちゃん、また大きくなったね。会うたびにドラゴン感が増してる」
嬉しそうに見つめる瞳さんに、美沙はにやりと笑って返した。
「そう? 最近は“怪獣感”って言った方が近いかも」
そのやり取りに場が和み、リビングは笑い声に包まれる。
ゴンちゃんは信吾が差し出したぬいぐるみをつついて遊んでいた。
「ゴンちゃん、これお気に入りだよな」
「きゅっ!」と返事をする声に、部屋の空気がさらに明るくなる。
しばらく賑やかに過ごしていたが、やがて美沙が「ちょっとお茶いれてくる」と立ち上がった。
「お菓子も持ってくるね」
そう言って笑顔を見せると、ゴンちゃんもひょこひょこと後をついて行く。まるで「一緒に行くよ」と主張するように。
名残惜しそうに一度振り返ってから、美沙の足元に寄り添い、台所へ消えていった。
リビングが静かになったその隙に、瞳さんはぽつりと口を開いた。
「……ゴンちゃん、いなくなっちゃうの?」
信吾は思わず目を丸くした。
「えっ……もしかして、美沙さんから聞いたんですか?」
「ううん、直接は言われてないよ」
瞳さんは首を振り、手元のカップを指でなぞりながら続ける。
「ただね、この前メッセージで、“二週間以内に来れる? それまでにゴンちゃんに会ってほしいの”って送られてきてさ。……そんなの見たら、誰だって“何かあるのかな”って思うでしょ?」
信吾は返す言葉に詰まり、少し呆れたように苦笑した。
「……ほんとに、美沙さんって隠すの下手ですよね」
瞳さんはふっと笑って、肩をすくめた。
「まぁ、そこがあの子の良いところなんだけどね」
そして、急に声を落とす。
「あのね……これはまだ美沙には伝えてないんだけど……泣かれる前に、信吾君には言っておくね。私ね、本格的に世界を回ろうと思うんだ」
信吾は思わず息を呑んだ。
「えっ……世界を回る……?」
驚きを隠せない信吾を見て、瞳さんは静かに頷いた。
「うん。さすがに二週間後に出発って訳じゃないけどね。でも、決めたの」
「……でも、またどうしてですか?」
驚きながらも問い返す信吾。
「前からちょくちょく旅はしてたでしょ。あれはまぁ、趣味の延長って感じだった。でもね……決定打はやっぱりゴンちゃんかな」
「ゴンちゃんが……?」
信吾は思わず問い返した。
「そう。私は伝承や神話が好きでいろんな土地を回ってたけど、正直、“ただの物語”だと思ってたんだよね。けれど――ドラゴンは、本当にいた。しかも、こんなに身近に」
瞳さんの目は、台所でちょこんと座っているゴンちゃんの方へと向けられていた。
「じゃあ、ドラゴンが本当にいるんなら……他の神話の生き物だって、どこかに存在しているんじゃないかな。私たちがまだ知らないだけで。……まぁ何年かかるかは分からないけど、そこを深堀りしてみたいんだよね」
信吾は胸の奥が熱くなるのを感じた。
(本当に……すごい人だ。迷わず前に進めるなんて、僕にはできないことだ)
「……すごいですね。ぼくには真似できないけど……応援します」
その言葉に、瞳さんはやわらかく笑みを浮かべた。
「ありがとう。これから美沙に伝えるから……後のフォロー、お願いね」
その笑顔は、旅人のものというより、覚悟を決めた人間のものだった。
ちょうどそのとき、台所から美沙とゴンちゃんが戻ってきた。
「二人で何話してるの?」と、美沙が首を傾げる。
「ちょっとね」と、瞳さんは軽くごまかす。
「ゴンちゃんのことを、少し話してたの」
ゴンちゃんはテーブルの端にちょこんと座り、丸い目を瞬かせる。その仕草はまるで「ちゃんと聞いてたよ」とでも言いたげだった。
――ゴンちゃんがやって来てから、ぼくたちの日常は少しずつ変わった。
驚きと戸惑いと、そして確かな絆を残して。
そして今度は、瞳さんの未来までも動かそうとしている。
その背中は、きっとどこまでも広がる空のように――自由だった。




