第22話『ゴンちゃんの雷克服作戦』
第22話『ゴンちゃんの雷克服作戦』
あの夜も、突然の雷鳴が街を揺らした。
「うわっ……またか」
信吾が窓の外を見上げた瞬間、第二波の稲妻が空を裂く。
その光と音に、ソファの下へ飛び込む影――ゴンちゃんだ。丸まったしっぽが震えながらぴくぴくと動く。
「ゴンちゃん、怖かったか……」
しゃがんで覗き込むと、まるで地震計のように震える体が見えた。以前から雷が苦手なのは知っていたが、今夜の様子は少し違う。音が鳴る前からすでに怯えていたのだ。
「ねえ、信吾。ゴンちゃん……雷の“音”じゃなくて、“雷そのもの”を怖がってる気がする」
キッチンで温かいミルクを注ぎながら、信吾は頷いた。
「うん、そうみたいだよ。実はこの前、図書館の司書の権藤さんに話を聞いたんだ。」
「へえ、どんな話?」
美沙は好奇心を抑えきれず、少し顔をのぞかせて訊ねた。
「ワイバーンは雷に打たれて命を落とすことがあるから、その恐怖が遺伝子に刻まれているんだってさ。だから、音だけじゃなくて、空気の振動とか静電気、空気圧の変化を感じ取ってるみたいだよ」
美沙は目を丸くして、小さく息を呑んだ。
「そっか……そんな風に感じてるんだね」
「生き物としての“本能”ってこと?」
「そう。でも、権藤さんが言ってたんだ。『怖さは、“知ること”で和らぐこともある』ってね」
美沙は首をかしげながら、言った。
「……なるほど。でも、それってなかなか簡単にはいかないよね。知ったからってすぐ怖くなくなるもんじゃないし」
美沙は心配そうに眉を寄せ、少し遠くを見るような表情を浮かべた。
「うん。雷を消すことはできないけど、怖いときに安心できる場所や方法を作ってあげればいいんじゃないかって」
信吾は決意を込めて静かに言った。
「そうだね。克服じゃなくてもいいから怖くなくなる“作戦”を立てよう」
美沙も小さく頷き、目に決意が宿った。
そう言って、二人はその夜「ゴンちゃん雷克服作戦会議」を始めた。
議題は真剣だけど、内容はどこか和やかだ。
「作戦その1、“安心基地”を作ろう」
「ゴンちゃんが好きなブランケットに、ふかふかの毛布の山。できれば狭くて暗いテントも用意して、落ち着ける空間を作ろう」
「作戦その2、“雷の音を打ち消す音楽”」
「ヒーリングBGMや自然の環境音、試しにテレビの笑い声なんかもいいかもね」
「作戦その3、“雷をおやつに変える”」
「雷鳴が聞こえたらすぐにおやつをあげて、“雷=おやつ”にしちゃおう」
「作戦その4、“模擬雷訓練”」
「アルミボウルを叩いたりスマホで雷音を流して、徐々に慣れさせよう。ただ、あんまりリアルにやると、ぼくがびっくりしちゃうかも」
翌日から、作戦は本格的に始動した。
「ゴンちゃん、まずは作戦1からだよ」
信吾は部屋の隅にポップアップ式のペットテントを組み立て、中に毛布を敷き詰めた。お気に入りのブランケットもセットし、入り口にはおやつの袋を吊るして“安心基地”の完成だ。
ゴンちゃんは興味津々で鼻をひくつかせ、軽やかに中に入り毛布に沈み込んだ。しっぽが一度だけぱたんと揺れる。
「よし、ここなら雷も怖くなく感じるかもな」
信吾は満足そうに微笑み、ゴンちゃんの様子を優しく見守った。
次は作戦4、模擬雷訓練だ。
信吾がスマホで「雷音・遠くで鳴っている控えめバージョン」を再生しようとすると、
「ちょっと待って、それ私もびっくりするから控えて!」と美沙がストップをかけた。
「わかった、じゃあ優しい音からね」
信吾は照れくさそうに頭をかき、申し訳なさそうに笑った。
弱い雷音が流れると、ゴンちゃんは一瞬耳を伏せたが、すぐに安心基地に潜り込んだ。美沙が差し出したササミチップをもぐもぐ食べて、徐々に落ち着いていく。
「いい感じ、“雷=おやつ”作戦、悪くないね」
だが、信吾が調子に乗って鍋蓋を叩きながら「模擬雷!」と叫ぶと、ゴンちゃんは飛び上がってテントから逃げ出し、ソファの後ろに隠れてしまった。
「うわ、鍋蓋がトラウマになったら困るな……」
信吾は苦笑いを浮かべつつ、そっとゴンちゃんの名前を呼んだ。
そして迎えた本番の日。
天気予報に「雷注意報」が出ていた。
「よし、雷対策モード発動!」
信吾は毛布をふかふかに整え、おやつも準備。美沙はパソコンで落ち着く音楽をかけ、照明を少し落とした。
ゴンちゃんは窓際で空をじっと見つめ、遠くの黒い雲を観察している。
「ほら、こっち来な。今日は少し怖い音が鳴るかもしれないけど、大丈夫だよ」
信吾は優しく声をかけ、手招きしてゴンちゃんを迎え入れた。
第一波の稲妻が光った。
ゴンちゃんの体がびくっと跳ねるが、すぐに信吾が優しくブランケットを広げて包み込み、美沙が背中を撫でた。
「ゴンちゃんのお城、完成!」
少し耳を伏せながらも、ゴンちゃんは安心基地に潜り込む。緊張は残るが、パニックにはなっていない。
しかし、その直後――
近所の変電設備に雷が直撃し、爆発のような轟音が部屋を突き抜けた。
「ゴンちゃ――!」
ゴンちゃんは跳ね起き、窓へ駆け出した。爪でガラスをカリカリと引っ掻く。
怒りか、恐怖か、それともその両方か。目はぎゅっと細まっている。
「やめて、ゴンちゃん!!」
信吾の叫びに動きが止まる。美沙が慌てて毛布を持ち、そっと背中を覆った。
「怖くないよ。大丈夫、大丈夫……私たちがそばにいるからね」
その言葉に応えるように、ゴンちゃんの呼吸がゆっくりと落ち着いていく。
やがて、自分から毛布の中に潜り込み、信吾の膝に頭を預けた。
「……克服じゃなくていいんだよね、怖がっても。そばに誰かがいれば」
「そうだね。ゴンちゃんが怖がるなら、ぼくたちが“雷より強く”なればいい」
小さく「きゅ」と鳴いたゴンちゃんは、そのまま信吾の腕の中で眠りに落ちた。
雨音の向こう、雷鳴は少しずつ遠ざかっていく。
窓の外には、いつの間にか西日の色がほんのり混ざり始めていた。




