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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第六章 揺るがない心
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喜び半面

 ダンからの報告を全て聞き終え一人になると、ラウルは書斎の窓から庭を見渡す。

 そこではユイと双子が戯れていた。


「こうして見るに、何ら問題はなさそうだが…」

 いつもと変わらない元気な姿に、思案に暮れる。ラウルはユイの嫌がる事をしたくないのだ。

――ヴァシルにユイの頭の中を覗いてもらうか――

 最終手段はこれだ。自分にない能力を持つ息子を、最大限に利用している賢い父であった。


 デスクの書類を片付けて席を立つ。

 ラウルが書斎から出ると、控えていた部下が低頭姿勢で応じた。

 このポジションは側近兼執事ダンの持ち場ではあるが、不在時はこうして別の誰かが率先して付いている。これは命じられてしているのではなく自主的な行動である。


 そしてラウルは、決してたまたまいる訳ではない者達を見つけて思うのだ。ちょうどいい所にいた、と。

 今日もまたラウルは思った。

――いい所にいた。早速聞こう――


「ヴァシルはどこに?」

「お疲れ様です、ボス。ヴァシル様でしたら、ご友人とお出かけになられております」

「友人というのはどこの家の?」

「詳しくは存じ上げませんが、いずれも市街の一等地に住む社長令嬢達とか」

「令嬢達?複数か」

「はい。そう聞いております」


――さすがは我が息子、10歳にして女を侍らせるとは、なかなかやるではないか?――

 ラウルは妙に嬉しくなる。ユイが聞いたら間違いなく嘆くだろうが!


「もう下がっていい。今日は仕事は終わりだ。外出もしない。お前も自由に過ごせ」

「はっ、お疲れ様でした!」

 思わぬ休暇を与えられ、部下は喜んで去って行った。

――ラッキー!ここに居座って正解だったぜっ――



 庭に姿を現したラウルに、双子達がすぐに気づいて駆け寄る。


「ダー!お仕事は?」

「もう終わった。今日は私も付き合おう。何をしていたのだ?」

「ダーが遊んでくれるの!やったぜ、じゃあキャッチボールしようよ!」

「分かった」

「それじゃ、私は少し休憩しようかな。よろしくね、ラウル」


「ああ。休んでいてくれ」

 笑顔で答えたラウルは、抜かりなくユイの様子をチェックする。確かにどこか疲労感を漂わせているようにも見える。

 ユイに気を取られていたラウルは、力任せに投げる。それもコントロールが悪く、球はあらぬ方向に飛んで行った。


「うわぁっ、ダーってば!力強すぎ!しかもどこに投げてんだよ、あんなボール取れないよ?ヴァシ兄じゃないんだから!」

「…ああ、それは済まない」

 ラドゥがブツブツ言いながらボールを追って走る姿を見て、ラウルは謝罪する。

「ラウルったら、どこに投げてるの?わざとよね?」

――これが素の姿だったりして…――

 ユイに不安が過ぎったのは言うまでもない。


 ラドゥの姿が豆粒程に遠ざかった。この距離ではしばらくは戻って来ない。


 ラウルはユイの方を振り返ると、問いかけには答えず本題に入る。

「ユイ、明日の午後に出かける」

「どこに?」

「病院だ」

「えっ!ラウル、どこか具合悪いの?大丈夫!?」

「私ではない、おまえの検査をしに行くのだ」


「…私の?」思わぬ申し出に、ユイは困惑する。

――一体何を言い出すのよ、急にそんな事…――


「胸が苦しくなった事があるだろう?疲れやすいようだし、食欲もあまりなさそうだ」

「…」

――何で知ってるのよ!…ってこの人達に言っても意味ないのよね――

「ヴァシルに心を読ませたのではない。そうしようと思ったが…」

 ユイの考えていた事を察して説明するラウル。最後の言葉を付け足した後に軽く微笑む。

「何よ。読むまでもないって?私、そんなに疲れた顔してた?」


 ややムッとして言い返されても、ラウルは余裕の表情で続ける。

「ユイは美しいよ。疲れた顔でも」


――それ答えになってる?全くこの人はっ!…心を掴むのが上手なんだから――

 とっくにユイの中に反発心はなかった。

「お見通しなんだものね~…分かった、行くわ」

「ありがとう、ユイ」

――私はおまえの体が何よりも大事なのだ…――


 病院嫌いの強情女をこんなにもあっさりと従わせるラウル。

 愛の力はやはり偉大だ。



 そうして受けた検査で、ユイの第4子妊娠が発覚した。

「心機能が少々落ちていますが、恐らく妊娠によるものでしょう。息苦しさはそのせいですね」

 医者のこんな見解に二人は納得した。


「全然考えてなかったから驚いたわ。もしかしてラウルは分かってたの?」

――だから病院に行くなんて言い出したのか――

 そう思ったユイだが、どうやら違うようだ。

「いや。予想外だ。だからこそさらに嬉しいな」

 予想外の妊娠を喜んでいる夫を見て、ユイも安堵する。二人は微笑み合った。


 ユイの体を気にしていたラウルだから、子作りの意思は全くなかった。単に欲のままに行動していただけである。

――心臓の病ではなかったが、この妊娠はユイの体には負担になるのでは…――

 嬉しい反面不安もある。ラウルにはユイの体が悲鳴を上げているように思えてならなかった。


「ユイ、今回は少しでもつらければ、すぐに入院させるからそのつもりで」

「何よラウル、何だか新堂先生みたいよ!」

「何とでも。それで、分かったか?」

「はいはい、仰せの通りに!」


 ユイの妊娠を一番喜んだのはシャーバンだ。


「これでオレは一番下じゃなくなるんだ!やったぜ」

「シャーバンたら、そんなに嬉しい?」

「もちだよ。ねえユイ、いつ生まれるの?早く会いたい、弟かな、妹かな」

「会えるのは8ヶ月くらい先よ。性別はまだ分からないわ。楽しみにしてて」


 ソファに座るユイの足元にしゃがみ込んで、まだ平らな腹を擦るシャーバン。

「ホントにここにもう一人いるの?何だか信じられない」

「ええ、私も…」

「ユイも?!」

「でも、あなた達がいた時は違ったなぁ」

「どんなふうに?」


 双子の妊娠時を思い返すユイ。つわりに加えて貧血が酷く苦労した日々。だが今は食欲はないがつわりのせいではないし、そもそも妊娠した感覚がない。

――自分の事なのに疑っちゃうわ!――


 少ししてラドゥがスナック菓子を手に現れた。

「ラドゥ、また食べてるの?あんまり間食しちゃダメよ?夕飯が食べられなくなるじゃない」

「大丈夫!食べれるから!」


「ダメだよユイ、そんな言い方じゃ」

 突然別の声が響いた。庭のテラスの方からヴァシルが顔を出す。


「ヴァシル、帰ってたの?」

「今帰った」

「で、ラドゥにどう言えばいいって?」

「太ったら女にモテないぞ~って言えばいいのさ」

「それはヴァシ兄だろ!今日もガールフレンド達と遊んで来たの?」


 シャーバンの言葉にユイが反応する。

「ちょっと?何よ、ガールフレンドって。私は聞いてないわよ?」

「シャーバン!余計な事言うなよ…ユイには内緒ってダーと…ヤベっ、言っちまった!」

「ラウルまで絡んでるの?アンタ達っ!どこまで母をないがしろにっ…」


 ユイの大声を聞きつけてダンがやって来る。

「ユイ様!落ち着いてください、お体に障ります!」

「ダン、まさかあなたもグル?」

「は?何の事ですか」

「ヴァシルのガールフレンドの話よ!」


「おやヴァシル様、もうそのような方が?さすがですなぁ!ラウル様もそのくらいの時から、大変おモテになられておりました…いや懐かしい!」

 ダンの昔語りが始まってしまった。


――これ始まると長いのよね…。どうやらダンは知らないみたいだし――


 ユイはそっと立ち上がると、テラスにいたヴァシルの元に向かう。そのまま靴も履かずに外に出る。

「…。ユイ、裸足だよ?」ヴァシルが恐る恐るユイに指摘する。

「素足で芝生って気持ちいいのよ!で。ヴァシル?何、ガールフレンドって。どこの誰?可愛いの?」

 ヴァシルの肩に腕を絡ませて問いかけるユイの目が据わっている。彼は一度、この調子でユイに落とされた事がある。

「ぐっ、ぐるじいよ、ユイっ…」


 室内では双子達がヴァシルに憐みの視線を向ける。

「こういうの、じごうじとくって言うんだろ?」

「シャーバン、難しい言葉知ってるね!やっぱボクより頭いいや!」

 自分が最初にバラした事を忘れて、シャーバンは勝ち誇ったように笑った。


 その後ユイに散々絞られたヴァシルは、複数のガールフレンドについて洗いざらい打ち明けた。

 そして最後の訴えは、ガールフレンドが出来た事について、ダーは何も言わなかったのに、と。


「ラウルったらどういう教育方針なの?モテるのは仕方ないとして、受け入れちゃうのはどうなのよ?」

 二人が女性に囲まれてチヤホヤされる姿が浮かび、ユイは大きく首を左右に振る。

 増々ラウルに似てしまったヴァシル。嬉しさと同時に怒りが生まれる。

「ああ!こんな悩み、誰に相談すればいいのよー!」


 出来過ぎた夫と息子を持つがゆえの悩み。下手に口にすれば惚気やら自慢話と取られてしまう事だろう。


・・・


 そんなヴァシルの日常はこんな具合だ。


 クラスメイトの女子が笑顔でヴァシルに近づく。

「ヴァシル君、おはよう!」

 その数は一人また一人と増えて行く。

「ああおはよう、セシル。あ、レナも。昨日は楽しかったよ、ありがとう」

「また遊びに来てね!ねえいつ来れる?今日は?」

「…今日はやめとく。またユイに絞め落とされたら堪んないから!」

「ねえ、ユイって…誰よ?」見知らぬ女の名に、眉をひそめている。


 そしてまた一人やって来て、聞き慣れない言葉を繰り返す。

「おはようヴァシル君!シメオトスって何?」

「おはよ。ユイはね、オレがこの世で一番大切にしてる女さ」

「イヤだヴァシル君、そんな特別な女がいたの?!」


 くれぐれも言っておくが、これは小学生の会話である。


 朝から女子生徒に囲まれるヴァシルを、遠巻きに眺める男子達。

「ま~たやってる。物好きだな~女って!アイツの親父がマフィアのボスだって知らないのかな」

「知ってたらあんなに群がってないだろ!ちょっとでも怒らせたら、オヤジが殺しに来るぜ?」

「だよな~、お~怖えぇっ」


 こんな会話は、どんなに遠くてもヴァシルには筒抜けだ。不意にこちらを振り返ったヴァシルに、男子達がビクリと反応する。

「ヤベ…聞かれた?」

「まさか!だってこんなに離れてるんだぜ?」

「でもこっちに来るぞ」

「逃げるか?」


 こんな会話をしながら後退っている所に、ヴァシルが立ち塞がった。

「なあ。今のだけど」

 ヴァシルと目が合った一人が反射的に答えるも、声が上ずってしまう。

「なっ!何だよ、今のって?」

「オレの父さんの話してただろ」冷めた視線を注ぎながらヴァシルは続ける。

「あ!え?そうだっけ。忘れたな~」

「な、な~!」


 誤魔化し通そうとする様子に、ヴァシルは若干イラ立った。

「オレの事は何話してもいい。だけど、ダーの…父さんの事を悪く言うのは許さない」

 一転して鋭くなったヴァシルの視線に怖気づく男子生徒達。

 命の危機を感じて言い訳を始める。「悪くなんて言ってないって!なあ?」

「だって、マフィアは人殺すのが仕事だろ!」勢いづいた一人が言ってのけた。


 そして静まり返る。


――バカやろー…何てこと言ってんだよぉ、先生ー助けてーっ――

 誰もがこう心で叫び、視線を浴びた失言ボーイは青ざめる。


 そんな緊迫の空気を吹き飛ばしたのはヴァシル本人だ。

「ピンポーン、正解!分かってるね、君!でも、女を殺したりはしないよ。女性には常に優しく。そして守ってやるものだ」胸を張ってヴァシルは答える。


 なぜか怒りの色が消えているヴァシルに、一同は安堵の息を吐く。

「そっ、そうだよな!もちろんだよ、ヴァシル君!」

「女子に優しく!基本だよねー!」

「分かってくれたならいいよ。ねえ、それより昨日の宿題、難しくなかった?」

「あ~、オレ速攻断念!ヴァシル君は当然解けたんじゃないの?」

「一応ね。でも自信なくてさ~」


 威嚇したかと思えば普通に会話が始まって、それに応じるうちに反発していた者達もいつの間にか打ち解けている。

 これはラウルが持つ才能の一つ。その場の空気をいかようにも操ってしまうのだ。



「ケンカが始まるかと思ったが…さすがはヴァシル様、お心が広くていらっしゃる!」

 遠巻きに見守っていた黒服の男が呟いた。

 彼はヴァシルの警護を任されているフォルディス家の人間だ。

 そんな黒服が校内に散在している訳だが、慣れというのは恐ろしいもので、今では見慣れた光景となり、生徒達が怖がる事もなくなった。


「こちらB地点、異常なし」

 学校側としても優秀な警備を手に入れたようなものなので、断る理由もない。何せ彼等はY・Aセキュリティのスタッフ。今やその道のプロである。


 新たな生徒が、執事らしき男にエスコートされてシルバーの高級セダンから降り立った。

「お嬢様、行ってらっしゃいませ」

 この学校には多くの富裕層の子供達が在籍しており、こんな送迎は珍しくない。


「ああ…物足りないわ。何か楽しい事ないかしら?」


 高飛車感満載の女子生徒は、綺麗に巻かれた淡いブラウンの髪をなびかせる。

 そんな彼女に気づいた生徒達の群れ。指示された訳でもなく二手に分かれて突如道が出現。悠然とそこを歩いて行くその姿は、どこから見ても品がある。

 彼女の父は政界で活躍する大物中の大物だ。


「おお…今日も絶好調だな、あそこのご令嬢は!」

 こう呟いたのは、やや緊張を解いたフォルディス家の強面男だ。家には男児しかいないため、新鮮な女児に自然と目が行ってしまうのは仕方がない。

 ヴァシルが行ってしまうと、その地点を受け持つ警護担当は暇つぶしにこうした生徒観察を始める。


 子供と侮るなかれ、今ドキの子供は態度も口調も大人顔負けだ。さらには派閥があったりそのトップの入れ替わりがあったりと、さながら大学教授の勢力争いである。

 あらゆる業界のトップクラスの子供達が集うこの学校だからこその光景だろう。

 授業以外にも学べる事がたくさんありそうだ。


 華やかな世界で活躍する親を持つ生徒が大半の中、明らかにカタギではない男達を従えるヴァシルは異様だ。

 闇の部分さえも肯定させてしまいそうな、堂々たる振る舞い。そこへ見事な容姿も加われば、彼が一目置かれる存在となるのは当然の事である。


 当初恐れられていたエスパーの力は、今のところ明るみには出ていない。これのセーブを学んだのは弟達との触れ合いによってであった。

 双子達がエスパーでなくてホッとしているのはユイだけではない。普通というものがどういうものかを、彼等が教えてくれたのだから。


 入学当初からトップの成績を修めているヴァシル。

 それが努力の賜物なのか、リーディング能力によるものなのかは、まだ明らかになっていない。


「臨機応変って言葉が、今一番気に入ってるんだ」得意げにヴァシルが語る。

「ヴァシル君、りんきおうへんってナニ?」チンプンカンプンな様子でクラスメイトが応じている。

「その時々に応じて、応対を変えるって事さ」ヴァシルは説明する。

「ふう~ん。で、何を変えるって?」


 父ラウルが難しい言葉を構わず使うため、覚えてしまうのだ。

 それはシャーバンにも言える。二人はかなりの秀才だ。その中ではやや霞んでしまうラドゥだが、彼も十分優秀である。


 難しい語句はもちろんクラスメイトには通じない。

――オレだけ知ってる言葉って、いっぱいあるなぁ――

 これが優越感となり、自信に繋がって行くのである。


 ここにユイの血が加わってスポーツも万能だ。ユイの強制鍛錬によって格闘技もマスターしており、超能力を使わずとも十分戦える強さを持っている。

 時にやっかみや妬みから、考え無しの輩が手を出してくるが、そんな相手はヴァシルの敵ではない。ラウル以上に最強な男になるのは確定だ。


 このように、小学生にしてすでにボスの頭角を現しているヴァシルへの期待は大きい。


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