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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第五章 築き上げる覚悟
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誘拐事件(3)

 ニューヨークのとある高級ホテルの一角で開かれている会合には、世界各国から大物マフィアのトップが集結している。

 その会合の模様は世界中にライブ配信され、その筋の者達の注目を集めていた。


 シャーバンを攫った男達の組織もまた、そのライブ中継を視聴中である。


「全く忌々しい!なぜ我々のトップは招かれなかったのだ?」

「あちらは古参同士の繋がりが強いんだ。我々新参者には目も向けられない」

 組織のトップを務める男が怒りを込めて続ける。

「だからこそこの計画を実行する必要があるのだ。フォルディスを引き摺り下ろし、我々が取って代わるために!」

「さすがはボス、この機を狙ったのは全世界に我等の組織を知らしめるためですね!」

「ああ。フォルディス自らにあの場で宣言させる。なかなかいいアイディアだろう?」


 ルーマニアとモルドバの国境近くにある、頑強な造りの要塞風邸宅にて、こんな会話がなされている。


 両手両足を縛られ床に転がされたシャーバンは、こんな男達の会話を余さず聞き取る。

――ダーをハメようとしてる…バカなヤツら!ダーを怒らせたらどうなるか知らないんだな――

 ラドゥとは違って案外肝が据わっているシャーバンは、強気に男達を睨みつける。


 その視線に気づき、男の一人が近づく。

「ん?何だその目は!さすがマフィアの息子、目つき悪いな~。子供らしく、もっと泣きわめけよ!」そう言って平手打ちを始める。

「おい、大概にしとけよ?殺しちまったら交渉できないからな!」

「多少痛めつけないと、状況が分かってないみたいだからよ。オラ、もういっちょ!」


 最後に足で蹴られて1メートル程転がる。痛みと屈辱に必死に耐えるシャーバン。

「ううっ。く…っ!」

「泣いていいんだぞ?泣いたところで誰も助けには来ないがね!」


――オレは泣かない。泣いたって何の解決にもならない。体力は温存しないと…。ユイがいつも言ってた――

 ここまでされてもシャーバンは冷静だ。

 ユイに鍛えられたのは体だけではない。強い精神もしっかり根付いている。


〝いい?あなた達はまだ子供、強いヤツに立ち向かうのはもっと先でいい。弱さを認めてこそ、真の強さが生まれるの。緊急時は体力をムダに使わないで。戦うためじゃなく、逃げ延びるために使うのよ〟

 シャーバンの脳裏にユイの声が甦る。


――オレはフォルディス家の人間だ!強くなるんだ、今はまだ弱いけど、これから必ず強くなる…っ!――


 強い意志を持ったブルーグリーンの瞳が、大画面に映し出されている会合の現場に向けられる。

 そこにチラリと父ラウルの姿が映された。


「ダーっ!」見つけて思わず叫んでしまう。

「ん?今映ってたか?良く見えたな。さて。そろそろ始めるとするか!」


・・・


 休憩中、席を立ったラウルは、携帯電話のバイブに気づいて立ち止まる。


――…ダンか――

 若干の胸騒ぎを覚えて、瞬時に周囲を見回し人気のない場所を探して電話に出る。


「何かあったか?」

『ラウル様、今よろしいですか』

「ああ。休憩中だ。どうした」

『シャーバン様が何者かに連れ去られました』

「っ!…確かか」

『共に行動しておられたラドゥ様の主張から、間違いございません。シャーバン様が自分を庇われた、とおっしゃっています』


 これまでの経緯を全て聞き終えて、ラウルは思う。

――胸騒ぎの原因はこれか…。今すぐに助けに行きたい、だが無理だ。ここからでは12時間以上かかる――


「ユイは?」

『は、ここに。代わります』

『もしもしラウル?ごめんなさい、こんな事態になってしまって』

「いや。おまえのせいではない。私はすぐには帰れない。ユイ、おまえに頼るしかない」

『もちろんよ!居場所さえ分かればすぐに助けに行く。それは任せて。それで…』


 電話越しでもユイの興奮状態は見て取れた。

――あまり無理をさせたくはないが…仕方がない――


 遠方ではあっても、自分もできる限りの事をする。

 ラウルはすぐさま敵の出方を推測する。

「敵は私に何らかの交渉を持ちかけてくるはずだ。それまではシャーバンに手は加えないだろう。この時期を狙ったのも、恐らく意味が…」

『意味って?』


――遠方にいる相手との交渉など通常は考えない。つまりここに意味があるのだ――


 ラウルが思考を巡らせているところに、ユイの声が割って入る。

『あっ、待って。私の携帯が鳴ってる…ダン、出て!』

 自宅に来るボス宛の電話は、ダンが最初に対応する事になっている。双方が不在時は携帯への転送となるが、通話中であったためユイに掛かって来たのだ。


 ユイがダンに携帯を渡して対応させる様子がラウルに伝わる。

――まさにその電話が交渉相手からだな…――

 ラウルにはそれが分かった。


『ダン様?!ユイ様のお電話では…』電話に出たダンに使用人が驚いている。

『私が代理で話している。用件は?』

『はい、旦那様宛のお電話が入っております。ダン様に繋がらずこちらに掛けました、すみません、ご対応いただけますか?』

『誰からだ』

『それが…名前をおっしゃらなくて』

『用件は?』


 こんな会話がラウルの耳に届いて、声を荒げる。

「その相手は誘拐犯だ。こちらに繋ぐように言え!」

『えっ、ウソ!えっと…』

 電話越しにユイの慌てる声が聞こえる。ダンがその横で応対する様子も、ラウルには手に取るように分かった。


 すぐにユイとの会話を終了させ、切り替えられた回線から敵との交渉に入る。

「フォルディスだ。お前は誰だ?名くらい名乗るべきだろう」

『そうだな。それが礼儀だ。我々はライジング・スターという組織だ。その名の如く期待の星さ!』

「フッ…!笑わせてくれる。誰がお前達に何を期待していると?」


 この会話はダンとユイにも聞こえている。名前を耳にして、ダンは相手方の情報をすぐさま調べ始めた。


『軽口は今のうちだ、フォルディス。お前の息子を預かっている。丁重に、とは行かないが?』

「何かしたのか」ラウルの声のトーンが変わる。怒りに満ちた声だ。

『全く生意気なガキだな!金持ちにありがちな傲慢な態度ってヤツか、子供のくせに?』

「私の息子に手を出すな。もっとも、攫った時点でお前達の命はすでにないも同然だが」

『ああ?立場分かってるのか?オッサン!こっちには人質がいるんだぜ?黙って言う事聞きな!』


 行き場のないラウルの怒りが、無意識に向けていた視線の先で炸裂する。そこにあったのは繊細なガラス細工のオブジェだ。

 何の前触れもなく崩れ落ちたガラスの塊に、通りかかったホテルスタッフが悲鳴を上げる。このフロアには幸い一般客は立ち入れない。


『おい、聞いてんのか?』

「何が欲しい?金か?私の命か」

『どちらでもない。お前にやってもらいたい事がある』

「生憎私は遠方にいる。お前達がどこにいるかは知らないが」

『わざわざこの時を選んだんだ、戻るとか言うなよ?そこにいてもらわないと困る』

「ここで何をしろと?」


 そしてラウルに要求内容が伝えられた。


「愚かな…。そんな事をしても長くは続かない。地位は実力でものにしろ」

『その実力があっても受け入れられない世界なんだろうが、そこは!古株ばかりがのさばって、時代遅れなんだよ!』

「その言い分からすると、お前達に実力があると聞こえるが?」

『ああ。新しい時代が来るんだ。我々がその先駆けとなるのだ!』


――バカバカしい!こんな愚かな連中にシャーバンが…許せん――

 今すぐ壊滅させたいと強く思う。


 そして今度は、向かい側の窓ガラスにひび割れが起こる。高層階の強化ガラスのため、砕け散る事態にはならずに済んだ。


『その会合の場で宣言しろ。フォルディスファミリーはマフィア界から身を引く、後継にはライジング・スターを迎える、とな。さもなければ息子の命はない!』

「もう一度言う。息子には手を出すな。お前達だけでなく、一族郎党皆殺しにされたくなければな」

 静かにそれだけ言うと、ラウルは一方的に電話を切った。


「ダン、聞いていたな」

『はっ!連中はここ最近名を上げ始めた若手半グレ集団で、主にルーマニア南東部を拠点として活動しているようです』

「モルドバの方か。少し距離があるな…」

――車でも2時間はかかる。なぜそんな僻地へ…どうせならば中心部で活動すれば良いものを!――

 中心部であったならば2、30分だったのだ。


 ラウルが思案しているところへユイが割って入る。

『大丈夫よ、ラウル!ヘリ飛ばせば30分で着くわ』

『ユイ様、生憎フォルディス家の専属パイロットは現在不在なのです。ヘリは使用できません』

「言っていなかったが、新たなパイロットを探しているところなのだ」ラウルが補足する。

『パイロットならいるわ、ここに』


 遠く離れた場所にいるダンとラウルは同じ反応をした。…は?と。

「ユイ、操縦免許があるのか?知らなかった」

『ないわ』

『ユイ様、この後に及んでご冗談はおやめください!』

『冗談でもないわ。無免だけど飛ばせる。だから言ったでしょ、違法な手段を使うって?』


「…ユイ、本当に大丈夫なのか?」無免許と聞いてはさすがに不安だ。

『かなり久しぶりだけど、戦地での実績で言えば、その辺のパイロットよりは豊富よ。絶対にシャーバンを助け出す。信じて、ラウル』


 しばし沈黙が続き、ラウルは決断した。

「分かった。おまえに任せる。シャーバンを頼む」

『そうこなくっちゃ!今すぐに向かうわ。30分後に猛攻撃開始よ!時間稼ぎよろしくね、ラウル』

「分かった。ユイ、…愛している。気をつけて」

『私も愛してるわ。今度は家族5人でピクニックに行きましょ!荷物持ちはもちろんダンね?』


「ああ、必ず行こう。楽しくなるだろうな」束の間笑みが零れた。

 電話を終えると、一転してラウルの表情は険しくなる。心で燃え盛る炎は、どんどん激しさを増して行く。


――この手で制裁を加えられないのがもどかしいが、ユイが代わりにやってくれるはずだ。愚か者達、覚悟しておけ!――


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