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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第五章 築き上げる覚悟
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守るべきもの(2)

 早速ユイの護身術講座が開かれている。


「は~い、それでは皆さん。しっかり準備運動してくださいね~。ケガしないように!」

 ユイの前に並ぶのは軽装で集った男達。ラウルと息子3人に加えてもう一人。


「なぜお前がいる?ダン」ラウルがやや不愉快な顔で問う。

「お邪魔でしたら即退散いたします」

「別に構わんが」

「ありがとうございます、ラウル様!実は妻に、どうせならお前もしごかれて来いと言われまして…」


「はははっ、それは良い妻を持ったな!」

 珍しいラウルの高笑いが、だだっ広いフロアーに響き渡る。


 こんな姿はなかなか見られない。何年経とうがユイはこうなる。

「ああ…っ、これはレア映像っ、きゃあ~っ!」小声で言いながら悶えるユイ。

「どうかしたか、ユイ?」突如ソワソワし始めたユイに首を傾げるラウル。

「いいえっ、何でも!さあ、それじゃ基本の動き、やってみるわね」

 ハイテンションだったユイだが、一同の視線を浴びて慌ててインストラクターの顔に戻した。


「ねーユイ、これって力ある人の方が有利だよね?子供は絶対勝てないじゃん!」

「そうそう、ヴァシ兄の意見に同意!」

「同意!」

 3兄弟が口を揃えて不満を漏らす。

「そんな事はないわ。だったらどうして私がダンに勝てるの?力は確実にダンが上よ?」

「ダンに、ユイが勝つ?ああ、口ゲンカでね!」

「違~うっ。いいわ、見てなさい?ダン、来て」


「ええっ、早速ですか…自分まだ準備運動が十分に出来ていな…」

 最後まで話す暇も与えられず、中央に引き摺り出されたダン。


 案の定一瞬にして投げられた。鈍い音と共に地響きが伝わる。


「すっげぇ~!ユイってこんなに強かったの?知らなかった!」

 双子達だけが盛り上がっている。ヴァシルは密かにユイの強さを知っているので無言だ。なぜなら一度絞め落とされた事もあるのだから…。

――やっぱ半端ないぜ、オレのマムは!ダーに守ってもらう必要あるのか?――


「ユイ様ぁ、何度も言いますが!」

「ダン、少しは粘ってよ。これじゃ呆気なくて子供達もよく分からないって言ってるわ」

「言ってません、誰も何も!」

「さあもう一度!」

「どうかご勘弁をっ」


 ダンが泣きそうになっているのを見て、ラウルはため息を付く。

――全く何をやっている?いつもこうなのか。情けないヤツだ!――


「ユイ、私が相手になろう」

「ラウル様!よろしいのですかっ」

「さあ、代われ」

「ラウル、いきなり大丈夫?」

「今のは柔術か?持ち上げて倒せばいいのだろう?」

「まあ…そうだけど」


 おもむろに中央に躍り出たラウルに、ユイは慌てる。

――えっ、いきなりこんな展開?!どうしよう、本気出してもいいもの?――


 こんな思考が顔に出ていたためラウルに読まれる。コールド・リーディングである。

「手加減など不要だ。私を見くびってもらっては困る。例えユイ・アサギリであってもな?」

「あ、あはは…」

――全然笑えないっ――


 不敵な笑みを浮かべるラウルに対し、どこか緊張した表情のユイ。普段とは違う両親の姿に、子供達は興味津々だ。


「なあ、これでダーがダンみたいに投げられたらどうする?」

「そりゃないだろ!きっとユイが超能力でプカプカ浮くんだよ」

 こんな会話が耳に入り、ユイは急いで訴える。

「ラウル、超能力は禁止よ、いいわね?これは弱い人でも戦えるって事を教えるための講義なんだから」

「分かっている。そんな事はしない」


 ダンがいそいそと二人の間に立ち、いつの間にか審判を務めている。

「両者、ご準備は?」

「いつでも」

「では。始めーっ!」


 ラウルの背後からはユイの体がすっぽりと隠れてしまう程の体格差。

 号令を受けても両者とも動かない。


――何なの?ラウルったら棒立ちじゃない!無防備すぎる。もしかして思いっきり甘く見られてる?――

 少々ムッとしたユイは、じりじりと横から距離を詰めて行く。


 対するラウルはユイから一時も目を逸らさない。動きに合わせて目で追う。

 そしてついにユイが、ダンの時と同じようにラウルの懐に入った。


「もらったぁ!」

 ところが、不意にユイの足が宙に浮いたではないか。

「…え、何?」

「こう簡単に持ち上げられていいのか?ユイ」

「ええ~っ!!」

 いつの間にかラウルは、軽々とユイを後ろから抱き上げていたではないか。


「ほ~ら僕の言った通りじゃないか!」

 静まり返っていたホール内が一気にざわつく。


 そしてラウルは抱き上げたユイを器用に方向転換させて見つめ合う。

 あっという間に二人の世界に突入だ。自然な流れでキスが始まり、訳が分からずユイがそれに答える。


「イチャつくなら寝室行け~!」

「そうだそうだ~!」

「な、なんっ、…これはどう判定すれば?」

 子供達のヤジに続き、審判ダンが大いに悩む。


「んっ、ちょっとラウル!今試合中っ」

「この勝負、もらった」

「…あっ」

 ラウルはニヤリと笑って、抱き上げたユイを静かに床に寝かせたのだった。

――ユイを投げ飛ばすなど、死んでもできない――


 だがしかし、ユイの方はしっかりやろうとしていた。


「ラウル様の勝利!」

「そんなぁ~…卑怯よ、ラウル!」

 起き上がったユイは地団駄を踏んで訴える。「ちょっと審判!今のは無効でしょ?」

「いいえ。背中が床に付いた方が負けですから」

「くう~っ」


――やられた!…でも、これで良かったのかも。だって私が子供達の前でラウルを投げ飛ばすなんて?ねぇ~――

 改めて考えてみる。もしそれでケガでもさせてしまったら、後悔してもし切れない。

 あの棒立ち姿勢からして、受け身を取れるとは思えない!と


 こうして、どうにか父の威厳は保たれた。そしてラウルの強さは謎のまま終わった。

 ユイの強さを目の当たりにした子供達は、羨望の眼差しで稽古を志願するようになり、徐々にその頭角を現して行く。

 文武両道、才色兼備の3兄弟は、まさにフォルディス家の今後を担うに相応しい。


「やはりユイの子だ、息子達は強くなるな」

「なってくれないと困るっ!」

――あなたみたいに何となく勝たれちゃ敵わないわ!――

 白黒ハッキリさせたい性格のユイにとって、あんなラウルとの勝負は不完全燃焼だ。


「そうだ!ラウル、今度は射撃で勝負しない?もちろん能力なしでね」

「能力は使えないのか」

「当たり前でしょ?それしたら誰だって射撃名人になってるわよ」

「ならば勝負する必要はない、私の負けは確定だ」

「は?」

 そう言ったきり、ラウルは何も言わなくなった。


――何よ、それって超能力で弾を的に当ててただけって事!?嘘でしょ…――

 開いた口が塞がらないユイ。ラウルをポカンと見つめたまま固まる。


「そんなに驚かなくても」軽く肩を竦めてラウルが言う。

「だって!」

「案外私は見掛け倒し、なのかもしれない」

「きゃ~!やめてっ」

 ユイは本気で嘆いているのだが、当のラウルはそんなユイを面白がる。

――ああ、この反応がクセになる…。本当に表情が良く変わるな!何年共に過ごしても飽きない――


 面白がっていたエメラルドグリーンの瞳は、すぐに愛おしさで染まる。

 いつまでも騒いでいるユイを、変わらぬ優しい眼差しで見守るのだった。


 本当にラウルの全てが見掛け倒しなのか?そんな訳はない。超能力も立派な実力のうちなのだから!


・・・


 ルーマニア政府は、未だかつてない緊迫した空気に包まれていた。

 事の起こりは数日前に遡る。


 もうすぐ執り行われる今年最大の国際会議。海外からも要人が多数出席する大規模なものだ。

 国の威信がかかるこのイベントに向けて躍起になる中で、それは起こった。

 出席予定のある海外要人に当てた殺人予告なるものが舞い込んだのだ。


「ミスター・イーグル…。何でまたそんな厄介なヤツが!」

 緊急かつ極秘に開かれた対策会議にて、こんなコメントがあちこちから零れる。

 集められたのはごく一部の人間だけだ。

「あれは確か、フランス警察が逮捕したと聞いたが」

「元々国籍も名前も明らかになっていない人物だ。本物を特定するのは難しかろう」

「我が国で暗殺などされたら、堪ったものじゃない!何としてでも食い止めねば…っ」


「だがもし本物のイーグルなら、我々では太刀打ちできない。外部から優秀な警備を雇うか、もしくはヤツの暗殺を依頼するか…」

「おいおい、滅多な事を言うな。表沙汰になればウチの組織どころか国自体が地に落ちる!」

 健全な国という組織には選択肢はないに等しい。


「ミスター・イーグルに唯一抗えた人物と言えば…」

「そんなヤツがいるのか、誰だそれは!」

「ユイ・アサギリという日本人だ」

「女?!イーグルも所詮は男という訳か!で、その女はまだ存命なのか?日本から呼ぶとなると時間がかかりすぎるぞ」


「日本人と言えば、フォルディスが結婚した相手もユイという名じゃなかったか?」

「フォルディス?あのマフィアのか。単なる同姓同名じゃないのかぁ?」

「いや、あのフォルディスだ、あり得るじゃないか!」

「そう言えば数年前、フォルディスの女が街中で派手な事故を起こしてたな。そうそう、日本人だった。その女か!」


 早速当時の記録を辿らせて女の名を探ると、ユイ・アサギリとあったではないか。

 思わぬ情報にたちまち場内は湧き立った。


「何という偶然…ルーマニアにいたのか!ならば話は早い、今すぐ連絡を取れ!」

「だがあの女はすでに表舞台からは身を引いている。それにあのマフィアの奥方だぞ?下手に関われば汚職疑惑でも出兼ねない」

 話し合いはまたも息詰まる展開になる。


 それを打開したのはこんな情報だ。

「最近、警備業界で急成長している会社がある」

「何だ、唐突に?」

「その名もY・Aセキュリティ」

「ワイエー?…まさかユイ・アサギリの略とか!」

「そのまさかだ。登録先はあのフォルディス家だ」


 一瞬静まり返る場内。それぞれが考えを巡らせる。

「経営者にも役員にもその名は上がっていない。だが、世間の噂から考えて間違いないだろう」

「その会社は正規のものなんだな?」

「ああ。起業の過程で不審なところは見当たらない」

「ならばそこへ依頼すればいい!これならフォルディスとは無関係、闇取引でもない!」



 こういう流れでユイの元へ依頼が入った訳だ。その後すぐに契約交渉が行われたが、当然ユイは立ち会っていない。

 そして例の暗殺予告の件も、ユイ側に伝えられてはいない。



 ラウルからの承諾も得られ、晴れて依頼を受ける運びとなり、ユイは密かに闘志を燃やす。

 例え政府側から何の説明もなくとも、ユイには薄々読めていた。それは裏社会のそれとない動きを、今でも逐一チェックしているからである。


――こんな依頼が国から来るなんて?日本じゃ絶対あり得ないわね~――


 ラウルには人手不足のせいだろうと説明したが、本当は違う。かつての自分の宿敵が相手なのだ、見て見ぬふりはできない。それも限りなく強敵だ。

 ミスター・イーグル。この男との対決はまだ記憶に新しい。

 過去のそんな出来事を知る者は、この屋敷にはいない。そのためこの件はラウルにも部下達にも話していない。


「ユイ様!光栄です、我々がこの国の役に立つ日が来るとは…っ」

「オレなんて今から緊張して…っ、もう一度稽古をつけてください!」

「ああ、俺は射撃の方をお願いします!」

 感極まっていきり立った部下達が、次々にユイの元へやって来てはこんな感想要望を述べる。


「イーグルのヤツ…っ」

――それにしても、なぜこの国なの?ここの人達に何かあったらどうするのよ!――

 憤慨するあまり、ユイはかつての宿敵の名を口にしていた。


 部下達が不思議そうに尋ねる。「ユイ様?イーグルがどうかしました?ワシ、飼われるんですか」

「っ!違うわ、何でもない。さあ、じゃあ何からしよっか…うん、射撃にしましょ。やりたい人は集まって!」

 モヤモヤ解消のために、ユイは今すぐコルトを手にしたかった。独断で射撃を選択する。


――何もかもが昔とは変わった。それは私だけじゃないはず…だけど――

 イーグルが相手ならば、部下達には任せられない。自分が出て行くしかない。

 だがそれは許されない。

――どうする?どうすれば…――


 この悩ましげな母の姿を、勘の鋭いヴァシルは黙って見守る。どこか死の影までがチラつく危うい姿を。


「ユイ…どうしてダーに言わないんだよ?」

 自分が守れない事は弁えている賢いヴァシルは、今自分にできる最善の事を考える。

 そして向かった先はラウルの書斎だ。


「ダー、今いい?」

「ヴァシルか。どうした?宿題ならばダンに聞け」

「違う。忙しいよね、なら後に…」

 息子の切羽詰まった様子に、ラウルは見ていた書類の束をデスクの隅に追いやった。

「構わない。入れ」

「うん…」

「お前のその不安の元は、ユイの…宿敵が迫っている件だな」


 瞬時にヴァシルの思考を読んで答えを見つけ出す。もちろん気づかれないよう、いかにも分かっていたふうを装う。

――私にもユイの頭の中が読めればどんなに良かったか…――

 それができるのはヴァシルだけなのだ。


「ダー、気づいてたの?」

「もちろんだ」本当は違うのだが。

「ユイ、自分でやっつけに行く気だよ?止めなくていいの!ダーも一緒に…」

「ユイが望まない限り、私は何もしてやれない」

「だけどこのままじゃ!」

 幼い息子は、愛する母のために必死だ。


 そんないじらしい姿に目を細めるラウル。

「心配するな。手は打つ。誰であろうとユイを傷つける事は許さない。絶対にだ」

「ダー…。うん、なら良かった」

「ああ。余計な心配はするな。弟達は?」

「何も知らないよ。まだね」

「ではそのままで」

「分かった。お仕事の邪魔してゴメンね、ダー」


 軽く手を上げて答え、去って行くヴァシルの背を見送る。

 深いため息が、ラウルの口から零れた。


「ヴァシル、よく報告してくれた。…しかしなぜ私にまで隠すのだ、ユイ?」

――宿敵と言ったか。もしやその男に会いたいのか?過去の男、に…――

 おかしな方向に考えてしまうラウルだが、それを修正できる人間はいない。


「これは対面でしっかりと釘を刺しておかねば。ユイは私のものだと!」


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