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エメラルドグリーンの誘惑  作者: 氷室ユリ
第一章 引き寄せ合う力
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再契約(2)

 思い立ったが吉日で、話し合いの数時間後には依頼人の男が呼び出されていた。

 先に客間に通されていた男の前に、入って来たラウルとユイが並ぶ。


「ユリ!我が娘よ、期限前に父を呼ぶとは、良い報告かな?」

 何も知らない男は演技を続ける。これに答えたのはラウルだ。

「良いか悪いかで言えば、お前にとっては悪い方かもしれないな」

 軽く片側の口角が上がっている。


「またまたご冗談がお好きで?フォルディス様は!我が娘は気に入っていただけなかったのかな?」

「私は冗談は好まない。が、彼女は大いに気に入った。お前の娘ではないがな」

「え…。一体何をおっしゃって…?」

 男の目がユイに向く。


 ユイが口パクでバレた、と伝えると、男の顔はたちまち青ざめて行った。

――ごめんなさい…。私だって不本意よ?――


「ついては、彼女に依頼したお前の契約は、今日限りで終了だ。望みのフォルディス家の謎を、今から特別に教えてやる」

「えっ…謎を、フォルディス自らが説明するというのか?」

「そう言っている。何か不満が?」

 やや機嫌を損ねたラウルに、男が激しく首を振って否定する。

「いえいえ!大変光栄に存じます!よろしくお願いします!」


――ちょっと待って、それってこの部屋が大惨事!って事にならないでしょうね?――

 言い知れぬ不安を感じたユイが、ラウルに小声で言う。

「あの、フォルディス様、あんまり大袈裟な事は…しないでくださいね?」


「分かっている。片付けが面倒だからと釘を刺されているからな」

 後方に控えるダンが深く頭を下げて無言で答えるのを見て、ユイは思う。

――そういう事もちゃんと言えるのね、あの人!いつも平身低頭で、それなのに怒られてばっかだけど?――

 こんな事を考えて思わず笑ってしまう。


 二人が何の事を言っているのか全く理解していない男は、ニコニコと間の抜けた顔で待っている。


――痛い目に遭わせちゃったらゴメンなさい!フォルディス様の怒りが、どうか大した事ありませんように!――

 怒りの度合いで力の強さが決まる事はすでに体験済みだ。

 ユイはもう祈るしかない。


 そしてラウルが男に向けて語り始めた。

「私が人間でないなどという噂が広まっているようだが…。残念ながら、その期待には応えられない」

「人智を越えた存在である事は間違いありませんが」

「ダン、余計な口を挟むな」

 申し訳ございません、とダンが平謝りした。


――これこれ!アハハッ!…何かクセになりそっ――


「そしてもう一つ残念な事に、私に敵う者などいはしない。探りを入れようなどムダな事だ」ラウルの表情が険しくなる。

 気づけば、快晴だった空がいつの間にか雲に覆われていた。遠くの方で雷鳴までも聞こえ始めている。

「あら、何だか急に天気が悪くなってきたわ…今日ってこんな天気だっけ?」


 ユイが窓を見上げた時、突如稲妻が走り凄まじい音が空を駆け抜けた。

「きゃ~っ…!!」

 驚きのあまりしゃがみ込むユイに、ラウルが優しく手を差し伸べる。

 そんな行為とは正反対の、とても冷たい声で言う。

「もしお前の娘役がユイ・アサギリでなければ、命は保証できなかった」


 ゴロゴロと唸っている空。その音に呼応するように、室内のあらゆるものが震え始める。

 カタカタと揺れ続ける室内で、男ばかりかユイまでもが慌てる。


「んなっ!…今度は地震か?」男が手近なテーブルにしがみ付いて言う。

 ユイはラウルに支えられて立っているが、腰が抜けそうだ。

――リアル・ポルターガイスト!むっ、無理~…!――


 何事もなく後方に控えるダンは、慌てふためく者達を冷めた目で観察する。

――このお姿は本来、下々の者が目にして良いものではないのだ。有り難く思え!――


 そして男の前に置かれたコーヒーカップが、突如音を立てて割れた。

「ひっ…!」男はあからさまに飛び退いて驚く。

 そしてようやく気づく。これらを操っているのが目の前の男なのだと。

「ばっ、バケモノだ…!!何が人間だ?こんな事人間ができる訳がない。やっぱりこの家は悪魔の家だ…二度と関わるものか!」


 こう叫ぶと、男は転げるように部屋を出て行った。


 男が出て行くと、室内の揺れは収まった。そして庭から車が走り去る音が聞こえると、空も徐々に明るさを取り戻した。


「…フォルディス様、やり過ぎですっ」

――ってか、ここまでなんて聞いてな~い!――

 ユイが泣きながら訴える。

「済まない、つい力が入った。…大丈夫か?」

「まあ…何とか。あまり免疫がないもので!そちらのダンさんと違って?」

 平然としていられるダンに、今回ばかりは尊敬の念を抱くユイ。


 それを察したダンが勝ち誇ったように告げる。

「当然です。自分にも多少の力が備わっていますので」

「…はい?」ユイは目を瞬く。

「自分にもフォルディス家の血が入っているので、簡単な予知や敵の牽制などは可能です」


「そうなの?!顔、全っ然似てないけど!」

 ユイとしては能力の事よりも容姿の方が気になる。

「かっ、顔…とは。おのれ失敬な!」血が上ったダンの顔はさらに迫力を増す。

「ダン!それくらいにしろ」

「…申し訳ございません、ラウル様…」


――またやってる…――

 きっとこれがここの日常の光景なのだ。ユイはそう理解した。


 だがそうではない。ユイがいるからこそ、このコントのようなやり取りが生まれるのだ。そして、ユイがダンを弄る日もそう遠くはないだろう。


 客人が去り晴れ晴れとした表情のラウルが、改めてユイを見る。

「さて。それではユイ。こちらの契約交渉と行こうではないか」

「ラウル様、本当にそのような事を?もう一度お考え直しください!」諦めきれないダンは最後の抵抗を試みる。

「まだ何も始まっていない。お前はなぜそんなにユイを警戒する?」

 答えに詰まるダン。


 その沈黙の中、使用人がそそくさと割れたカップを片付けて、新たなカップを二つ並べて行った。


 ラウルは自分が腰掛けた正面の席にユイを誘導する。

 軽く一礼しそこへ座ったユイは、黙り込むダンに代わって口を開く。

「フォルディス様、ダンさんを責めないでください。誰だって警戒しますよ、普通は…」

「そうかもしれない。かく言う私も全てを信用している訳ではない。そこでこの提案だ」

「はい」

「これまでの生活をもうしばらく続けたい。もちろん、おまえが嫌でなければだが。無理強いするつもりはない」


 ユイはしばらく考える。なぜそれを望むのか?と。

 するとラウルは、そんなユイの心を読んだかのように続けた。

「ユイ・アサギリという女を、もっと知りたくなった。おまえはとても興味深い」

 笑顔もなく淡々とした口調ながら、そこまで冷たくはない。

「私の一体何を?」

「…おまえは違うのか」

「え?」


 ラウルがユイを見つめる。その眼差しには、先程はなかった熱が籠められている。

 端から見守るダンは気が気ではない。口を挟みたいが、ここはグッと我慢する。


「…違いませんよ。私もフォルディス様を知りたいです。でもそんな事が許されるはずが…!」ユイはチラリとダンを見て言葉を切った。


――なかなか察しがいいじゃないか、ユイ・アサギリ!そうだ、そうやってお前から去ればいいのだ!――

 ダンが心でこう勝ち誇った時、ラウルが言い放った。

「この私がそれを望むのだ。誰がどう思おうが知った事ではない。この家での決定権は私にある」


 ダンはもう、心の中でさえ反論できなくなった。


「ユイ・アサギリ。この家に留まり、私と行動を共にしろ。それが依頼内容だ」

「契約期間は?」

「私がいいと言うまで」

「そうすると、明日もういいって事になる可能性もありますよね?」

「そうだな。あるいは十年、二十年後かもしれん。それはまだ私にも分からない」


 こんな曖昧な内容でも、ユイの心はもう決まっている。ラウルに殺されてもいいと思った時から。

 それでも容易に首を縦には振らない。簡単に手に入る女でいたくない。さすがは負けず嫌いだ。


「この私にマフィアの片棒を担げと?」ユイはやや挑戦的に尋ねる。

「私は仕事上のパートナーを探している訳ではない。それはおまえの自由だ。好きにするといい」

「じゃあ、二重契約はアリですか?」

 これでもユイ・アサギリには方々から依頼が入るのだ。なぜか今のところはないが。

「私との依頼の最中に他の依頼を受けると?」

 改めて聞かれて勢いが萎む。「例えば、ですけど…」


「私が何のために、あの男との契約を早々に終わらせたか、考えての質問か?」

「…そうでした。二重契約はお嫌いなんですね!」

「分かればいい。それと依頼料だが…」


 あの男との依頼はおかしな展開で終了したため、依頼料は踏み倒されるだろう。

 今回の収入はゼロだ。それを思い出したユイは肩を落とす。

「私は踏み倒したりはしない。安心しろ」

 こう返されてユイは驚く。やはりラウルは心が読めるのか?と。


「ただし。支払うのは契約終了後だ」

「何かそれって…」

――上手い事言いくるめられてる気がする!結局払われないパターンじゃ?――

「当然、おまえが生活する上で、支障を来たすような事態にはさせない。私は金持ち、なのでね」

「はぁ、…」――根に持ってる!――


「それと、これまで通りの生活と言ったが、おまえには何の制限も与えない。どこへでも自由に出入りしていい。私の仕事の邪魔さえしなければ。まあ賢いおまえの事だ、そんな事は言われずとも弁えていると思うが」

「もちろんです。でも、そうすると私はここで何をすれば?」

 ただ生活させてもらう訳には行かない。案外義理堅い性格のユイは考え込む。

「あっ、ダンさんのお手伝いでもしましょうか!ほら、いつもお忙しそうですし」


「ユリ…いえ、ユイ様のお世話さえなくなれば、自分はそれほど忙しくはありません」

「ダンの世話はしなくていい」

――ラウル様…あんまりです!ダンの世話、などと?!――

 ポーカーフェイスの下でダンが嘆く。


「あっそ!まあいいや。分かりました、お受けします。初めから断る気なかったし。だって、人質を取られてますから?」

 ラウルがチラリとコルトを見せて笑った。悪戯っぽい笑みだ。初めて見るこんな顔に、ユイはちょっぴり興奮する。

「では交渉成立だな。ダン、これまでの内容を書面にして二部用意しておけ」

「はっ。今すぐにご用意いたします」

 ダンは答えるや、早々に居間を出て行った。


「几帳面なんですね、フォルディス様って」

「ん?」

「あんまり契約内容を書面でいただいた事がないもので」

 そんなものは形にして残せない。何しろ内容はブラックなものがほとんどなのだから!

「契約不履行の場合に訴えるためだ」

「ぶっ!!」思わず吹き出すユイ。


「冗談だ。几帳面、は、間違ってはいないと思うが」またもラウルが笑った。

 今日はとても機嫌がいい。先程までとは別人のようなオーラが出ている。

「では、これからもよろしく頼む。ユイ・アサギリ」

「こちらこそ…」


 こうしてユイのおかしな依頼第二弾が幕を開けたのだった。


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