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第4.8章「外伝・銀色の勇者」⑧

 重苦しい音と共に、遊底(スライド)が引かれる。

 怒りに染まり、ゾッとするほどに冷たく、無感情と同じ形の瞳にもっと深く暗い感情を宿した、銀次の二つの瞳。

 それをクロウは、ただ見ていることしかできなかった。


 銃弾の詰まった拳銃が、岩崎の(ひたい)に向けられる。


 ひんやりとした冷たい空気がそこにはあった。


 通行人なんて誰一人いない、潰れたアパートの駐車場。辺りには十人以上の石鏡組構成員が倒れていて、そして岩崎はただ一言、銀次に言った。


 その言葉は、「殺せ」だった。


 銀次の怒りの形相の更に奥に、今にも泣きそうな瞳がある。

 塗りつぶされて見えないはずのその心が、クロウにも痛いほど分かった。




 ()(がね)に掛けられた指に、力が込められる。


 時間の流れがとてもゆっくりと感じられた。




     //////////




 ぺったん。

 ぺったん。

「クロウ。あんた、何やってるのよ?」

 ぺったん。

 ぺったん。

「お、菫。見て分かるだろ、餅つきだよ」

「そんなの、見て分かるから言ってるんじゃない……」

 ぺったん。ぺったん。

 ぺったん。ぺったん。


 今日は、私立彩花原学園中等部のPTAバザーの日。

 井上組構成員のクロウは、ワイシャツの上にはっぴを着て、力強く(きね)を振るっていた。

 ちなみに、手水をしているのは、同組組長の井上秋桜(しゅうおう)である。


「秋桜さん。今更ですけど、」「ほいっ!」「はいっ! 極道って何をするもの何ですか?」

「テメェが守りてぇモンを守る。裏社会の奴にこう言われるのも迷惑かも知れねぇが、ほいっ!」「はいっ!」「本質的なところは勇者と何ら変わらねぇよ」


 極道が、『守る』?


 それはクロウが持っていたイメージからは思いも寄らない言葉だった。

 秋桜の答えが意外でクロウは首を傾げると、途端に怒声が飛んでくる。


「オラァ、打ちが弱くなってんぞクロウ! テメェはその程度の(おとこ)かぁっ!?」

「まだまだぁぁぁっ! 俺ぁまだ行けますよ義親父(おやじ)っ!」

「ほいっ!!」

「はいっ!!」

「ほいっ!!」

「はいっ!!」

「ソイヤッ!」

「ヨイショッ!」

「どっこいしょぉの!」

「だらっしゃぁぁぁっ!!」


 周りから励まされながら、餅米を()くこと二十分。

 クロウ達の周りには生徒と保護者で人だかりができていた。


「よし、完成だ! やりきったぞ、クロウ!」

「よっしゃぁぁぁぁぁっ! 義親父(おやじ)、お疲れ様でした!」

「「お二人とも、お疲れ様っしたぁぁっ!」」


 贈られる賞賛の拍手が心地良い。


 ここは彩花原学園の中等部の校舎。この学校に通う菫は、そこの二年生だ。姉の香澄が通っていた頃もあわせて今年で四年目の『任侠餅』は、もはやバザーの名物となっていて、保護者からも生徒達からも大人気らしい。


 クロウは秋桜と拳を交わすと、残りの仕事は仲間に任せて、花壇の(ふち)に腰を下ろす。

 中学校の中庭には、黒服を着た極道たちから配られる餅を、待っていましたとばかりに、喜んで受け取る生徒達。

 それをクロウは、異様な光景なのでは?と感じつつも、頑張った甲斐があったと素直に嬉しく思えた。


「クロウ、お疲れ様」

 声を掛けられて、クロウは振り向く。

「あっ、お嬢」

「その呼び方やめて」

「ああ、ごめん。菫」

「それと、はい、これ」


 クロウが菫から手渡されたのは、一本のお茶のペットボトルだった。

 クロウが「ありがとう」と礼を言うと、菫は「べ、別にたまたま余っただけなんだから」と目を逸らしたように見えた。

 顔を赤くした菫を微笑ましく思いながら、クロウは喉を潤す。

 生き返った心地だった。


「それにしても、極道ってこんなことまでやるんだね」

「普通はしないわよ。お父さんが親馬鹿なだけ」

「あー、やっぱりそうなんだ」

「お祭り状態(モード)のお父さんのテンションに付き合ってたら、クロウもいつか気苦労で頭の血管が切れるわよ?」

「ははは。でも楽しいよ。本気で何かをするのは、やっぱり楽しい」

「そんなの疲れるだけでしょ? まぁクロウがいいなら別にいいんだけど……」

 それから、グラサン黒服の強面(こわもて)達から任侠餅を受け取る生徒達を指差して菫が言う。

「でもあれって、どう考えても不健全な光景よね?」

「そうだよね……銀次さんも、『大きくなったら極道になるって一人でも多くの子供に言わせるんだ!』って、意味分からないことを昨日叫んでたし」

「何それ、最悪……」


 だけど秋桜も、そしてここにいる井上組の組員達も、いつもお祭り騒ぎをしているわけではない。最近は特に、こうして気を抜いてばかりはいられなかった。

 隣接する地区を仕切っている石鏡(いじか)組が、不穏な動きをしているのだ。

 だから……


「クロウ。その……よかったら、あっちでクレープやってるの。結構本格的なの。だから、その……一緒に行かない?」

「ごめん。秋桜さんの傍を離れるわけにはいかないから」


 ふと見せた菫の寂しそうな表情を、クロウは見ないふりをした。


「まぁそうよね……最近は特に忙しそうにしてるもんね。じゃぁわたしが買ってくるから、せめて一緒に食べてよ?」

「ああ、それならいいよ。ありがとう」


 菫を見送ると、クロウは上着を羽織る。畳んでいたときは上着の下に隠していた匕首(ドス)を、上着で隠れるようにベルトに挟む。

 クロウだけではない。今餅を配っていたり、蒸篭(せいろ)を蒸していたりする黒服の全員が、秋桜の護衛であり、今はそうする必要がある状況だった。


 しばらくして、菫がクロウの元に戻ってくる。

「はい、クロウ。ふんわりカスタードとチョコレートソースと梅干を乗せた納豆ハバネロ八宝菜クレープよ!」

 普通のクレープより一回り大きなサイズのそれは、嗅いだことのないような独特な香りと漂わせ、それ以上の素敵な何かを内包しているように感じた。

「これを、俺に?」

 正気を疑って菫の顔を見ると、菫は「高かったんだから、ちゃんと全部食べてよね?」なんて満面の笑顔で言うのだ。その表情に違和感を感じつつも、


「とっても美味(うま)そうだな! ありがとう!」


 クロウは菫に率直な感想を述べた。

 こんなにすばらしいものを作っていたのなら、調理しているところをやっぱり見ておけばよかったと悔やむほどだ。

「は? え、クロウ……?」

「やっぱりこっちの世界の食文化はすごいな。一度に色々な味が楽しめそうだし、それが組み合わさってどんな味になるのかも楽しみだ。いただきますっ!」

「なっ……嘘……本当に食べてる……」


 それは、とても感動的な味だった。

 濃厚なカスタードクリームと梅干の酸っぱさが交互に押し寄せて、それらを絡めとるような納豆の糸のぬめりと大豆の食感が舌の上を転がる。シャキシャキとした青梗菜(ちんげんさい)とチョコレートソースが格別な味を作り出し、時折ガツンとくるハバネロの舌を刺すような痛さが更に他の味を際立たせていた。

 あまりの美味しさに、ついつい慌てて二口目を頬張ってしまうほどだ。


「うん、菫。すっごい美味しいよ」

「うわ……ありえない。あんた、馬鹿でしょ? 舌か頭か両方が異常なのよ、きっと」

「そんなことないよ。こんなに美味しいものは食べたことが無いぐらいさ。よかったら菫も一口……」

「いや、その反応が意味分かんないし! ってかキモいエグいグロいキショいっ! そんなものをこっちにむけるなぁっ!」

「そんなことないって。美味しいよ」


 本当に美味しいものは、やっぱり大切な人と分け合いたい。こんなにも美味しい『ふんわりカスタードとチョコレートソースと梅干を乗せた納豆ハバネロ八宝菜クレープ』を、クロウ一人で食べてしまうのはもったいないと思ったのだ。


「菫がこれを買ってきてくれて、本当に嬉しかったんだ。だから、一口だけでいいから、ね?」

 クロウはもう一押し、と、菫にクレープを差し出す。

「でもこれ……間接キス……」

「えっ、何?」

「ううん、なんでもない! 食べれば良いんでしょ、食べれば!」


 少し頬を赤らめる菫が可愛くて、クロウの口元には自然と笑みが零れた。

 そして菫は、意を決したように一口クレープをかじる。


「――――――っ!」


 菫もクレープのあまりの美味しさに、目を丸くして驚いているようだった。

 やっぱり景色でも食べ物でも、感動はみんなで共有できたほうが嬉しいと、クロウは改めて感じたのだ。

 ところで、照れ隠しにクレープを突き返したり、水道で口をゆすいだりしているのは、先日耳にしたこの世界で言う『ツンデレ』というものなのだろうか?


「認めない、間接キスがあんな味だなんて……これはノーカンよ、ノーカン……」

「ね、美味しかったでしょ?」

「……とってもきれいな花畑が見えたわ。ふふふ……」

「そっか、それほどまでに……」

「大きな川があってね、でもそこは渡るのに六(もん)必要なのよ……だから本当はもっとロマンチックなのよ……ふふふ……」


 とても澄んだ、雲ひとつ無い快晴だった。

 菫は空を見上げ、遠くを見つめながら笑う。


 そんな菫に、まだ驚いているのかな?なんて思いながら、クロウはもう一口、クレープにかぶりついた。




 その日の夜。クロウは井上組の事務所にいた。

 クロウだけではない。秋桜を始めとする井上組幹部が一同、事務所に集まっていた。


 新入りであるクロウが人数分のお茶を机の上に並べると、重苦しい空気の中、秋桜の合図で報告会は始まった。


「今日また、石鏡組に若いモンが二人やられやした。どっちも傷は重くないですが、十人ほどで囲まれたらしいですわ」

 そう報告したのは、秋桜を時折自宅まで迎えに来る、頬に大きな傷のある男――恭司郎だった。

「仕掛けてきたのも石鏡組(あっち)です。道を歩いてたらいきなりと言ってやした……糞っ!」

 恭司郎が怒りに任せて机を叩く。

 それを皮切りに、部屋中に怒りの声が飛び交った。

「ッざけんじゃねぇぞ、ド腐れどもっ!」

「ナメた真似しやがって! ブッ殺してやるっ!」

「こうなりゃ戦争だ戦争っ! 徹底的に潰しちまおうぜ!」

道具(チャカ)頭数(あたまかず)用意しろ! 今すぐ乗り込むぞ!」

「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」

 くすぶっていた不穏な空気が爆発したのをクロウは感じた。話し合いをしていたはずの全員が拳銃を片手に、一斉に立ち上がる。


 いや。正確には、二人を残して全員だ。

 クロウ以外にも、組長である秋桜と、若頭の銀次だけは取り乱すことなく席に座っていたのだ。


「テメェら、ちと待てや」

 そう言ったのは、若頭の銀次だった。

 ドスの()いた声に、全体が静まり返る。

「相手は俺達の十倍以上も規模のある石鏡組だ。そこに乗り込もうってときに、そんなんでどうすんだ。あぁ?」

 銀次は落ち着いた物腰で立ち上がると、それから部屋の入り口の扉の前に立った。

「行かせてくだせぇ、若頭(かしら)っ!」

「死んでもあいつらブッ殺してやりますよ! だから行かせてくださいっ!」

「馬鹿野郎っ! 頭にキてんのは俺も一緒だ、状況を考えろ!」

 それから銀次はサングラスを外すと、その鋭い眼光で全員を睨みつけた。

 それと同時、秋桜が腰を浮かせるのが見えて、いつものが来るなとクロウは予想する。


 銀次は怒りに震える拳を構えると、悔しさに噛み潰していた唇を引き剥がし、そして言った。


「特攻隊長は俺に決まってんだろうがぁぁぁぁっ!」


「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」


「テメェまで熱くなってどうすんだ、この馬鹿銀次っ!」


 そして銀次は秋桜のドロップキックで部屋の端まで吹っ飛んでいった。

 今週に入って四回目……つまりは、いつもの光景だ。


 クロウはときどき思う。

 この人たち、実はお祭り騒ぎがしたいだけなんじゃないかなー、と。

2ヶ月もお待たせしてしまって本当にごめんなさい。

見捨てずに待ってくださったみなさん、本当にありがとうございます!


今回はまた特に拙い点が目立つと思いますが、すてらだからしょうがないと、何卒温かい目で見守っていただければ嬉しいです。

全部で12話です。⑲まであります。本編第4章より長いです。


何卒よろしくおねがいします。

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