第5章「天使と勇者」⑬
「旧魔族領? なにそれ?」
「十年前の戦争で、魔族の領地のいくらかが人間に奪われました。ちょうどセラフィムの手前辺りまでが、旧魔族領です。人間達の間では『穢れた土地』と呼ばれているとか」
「なにそれ、身勝手な話。だったら返してくれればいいのに」
わたしの言葉に、クリスが「全くです」と頷く。
「この大聖堂は、聖なる力で魔族から国を守ろうという信仰で建てられたものだそうです。ですが現在となっては、ここからが聖なる土地だと境目を誇示しているように、わたしには見えてしまいます。偏見が混ざっていないといったら嘘になるかもしれませんが」
「まぁでも確かに、そうじゃなきゃ『穢れた土地』なんて言い回しはしないわよね。ところでもう少し離れて歩いてくれない? 手の届く距離はさすがに怖いんだけど」
「街行く人を咄嗟に刺してしまうわけにはいかないので」
「それ、刺すならわたしをってこと!? だからわたしが一番近くになるようにってこと!?」
翌朝。
わたしとクリスは大聖堂の前へと来ていた。
わたし達の任務はひとまず達成された。あの天使は放置しておいても、魔族の国に何ら害は与えないであろう。
問題はワイト大司教のほうだ。天使を降臨させる術を持っているということは、天使が今後も増える可能性がある。そっちの方がわたしには脅威に思えたのだ。
リナはパン屋の仕事があるからと言って、朝早くに宿を出た。昨夜のうちに聞いていたから、それは問題ない。
けれど今朝になって、『少し調べ物をしてきます』と書置きだけを残して、ジョンの姿が見えないのだ。
仕方なくわたしとクリスは、二人で大聖堂の様子を見に来たというわけだ。
「あれが大聖堂?」
「その敷地の入り口のようですね」
「間近で見ると大きいわね。三十メートルぐらいあるんじゃない?」
大聖堂の敷地の入り口には神父のような格好の中年の男性がいた。
その周りには子供達が集まっている。その男性は子供達の目線に合うように腰を屈め、楽しそうに話をしているようだった。
「先生、お花っ! きれいでしょ!」
「おや、くれるのかい? 嬉しいね。あとで花瓶を持ってくるから、一緒に飾ろうね」
「先生! 次のお菓子作りはいつやるの? みんな楽しみなんだよ」
「そうだね、来週の火曜日なんてどうかな。他の子達にも伝えておいておくれ」
「先生、どうしよう。僕のことでお父さんとお母さんが喧嘩しちゃったんだ……」
「お父さんもお母さんも、君のことが大好きなんだよ。ちょっと喧嘩することがあっても、本当にお互いを嫌いになったりなんてしないさ。それでもなかなか仲直りしないようだったら、またそのときは教えておくれ」
そう言って男性は子供達に笑った。
その男性は、とても優しい顔をしていた。
わたしがその男性に話を聞こうと近寄ったところで、子供達がわたしたちに気付く。
そして今度は、わたしとクリスの方に子供達が集まってきたのだ。
「お姉さん達、おはようございます」
「お姉ちゃん達も先生に御用事ですか?」
「先生がね、お客さんが来るかもって言ってたのです。もしかしてお客さんですか?」
「お姉ちゃん達、どこからきたの? あたしは二丁目からです」
「見て見てっ! これ昨日拾ったきれいな石!」
「これトウロウムシの卵。春になったらいっぱい生まれてくるんだって」
「お姉ちゃん、飴玉あげるねー」
「あ、ずるい! わたしもあげるー!」
「僕クッキーあるよ。お姉さん達にも、はい!」
嗚呼、既視感。
ガルムにクファミナに連れて行ってもらったときも、こんな感じだったかも。
「みんなで一斉に話しかけては、お姉さん達がお返事できないですよ」
男性が子供達に言う。
「すみませんね、突然」
「いえいえ、嬉しいですよ」
「ほら先生、お姉ちゃんも嬉しいって言ってるよ?」
「お姉さん達、喜んでくれてるよ?」
いやまぁ、クリスは青ざめていたりするんだけどね。
顔色すっごい悪いけど、大丈夫かな……
「そうですね。優しいお姉さん達に感謝しなくてはいけませんよ?」
「お姉ちゃん達、ありがとー!」
「「ありがと!」」
うん、めっちゃかわいい!
子供達もいい子ばかりで、その無邪気さがとても愛らしかった。
「皆さん、もうすぐお勉強の時間です。先に部屋に行って準備をしていてください」
「「はーい!」」
男性が子供達に言うと、子供たちはわたしたちに「またねー」「ばいばーい」と口々に言って、礼拝堂へと入っていく。
……ただ一人を除いて。
ぴとっ。
「………………香澄さん、助けてください」
「いや、わたしに言われても……」
「じゃぁせめて刺せる距離に……」
「わたしでウサ晴らししないで……」
クリスが珍しく、本当に困ったような顔をしていた。
六歳か七歳ぐらいであろう、女の子。その子が無言でじっと、クリスの足にしがみ付いて離れないのだ。さすがのクリスも、こんな小さい子を殺そうとは思えないらしかった。
「ほら、リスティ。放してあげましょう。お姉さんが歩けなくて困ってしまっていますよ?」
リスティは首を横に振る。
どうやら本当に、クリスのことを気に入ってしまったらしい。
「ご本」
「ん?」
「ご本、よんでほしいの……」
「………………」
「リスティは、普段は人見知りをする子なのですが……この子が人になつくのは珍しいのです。もしお時間が許すなら、お願いできませんでしょうか」
男性に頭を下げられ、わたしとクリスは顔を見合わせる。
「クリス、諦めるしかないんじゃない?」
わたしの言葉に、クリスがため息を吐く。
「仕方ないですね……」
「ありがとうございます。では、児童室にご案内しますので」
「えっ、室内!? 聞いてないわよ!」
「はいはい、腹括っていきましょうね。ってか、往来に本を持ってきて読むわけにもいかないでしょ?」
「くっ……」
「詐欺です」だの「死にたい」だのを呟くクリスを引きずって、わたしたちは児童室へと向かった。
ぴとっ。
クリスティに懐くリスティ。
さすがのクリスも無邪気さには勝てません。
是非とも可愛い場面を想像してあげてください。
リスティちゃんの名前は、クリスティの姉妹みたいな名前がいいなと思って考えました。
安直だけど、やっぱり気に入っているので、これでいきます。
名付けるときに大事にしているのは、かわいい(かっこいい)、呼びやすい、覚えやすい(特に私が!)です。
最後のが一番重要です。






