第5章「天使と勇者」⑧
「ここは酒場だ。子供は大人しく家に帰りな」
あー。やっぱり言われた。
ジョンが酒場の店主に「ごめんなさい、ごめんなさい」としきりに頭を下げる。
一市民に低姿勢に謝ってるけど、ジョンって一応、魔王軍の幹部なんだよね?
しかしそれよりも危険なのはクリスだ。リリナさんのときみたいに、酒場の店主を睨む目の鋭さが尋常じゃないのだ。
「ホント、ウザいったらないですね」
ボソッと聞こえる、どす黒い感情で染まった低い声。ポケットから何かを取り出そうとしていて、わたしは必死にクリスの手首を掴む。
「柄を握るだけです。そうすると落ち着くんです」
「駄目。絶対にダメ」
やっぱりポケットの中はナイフだったようだ。
『殺意と吐き気を抑えすぎて狂ってしまいそう』って、やっぱり本気だったんだ……
酒場の店主が次に何かを言おうものなら、実力行使に出てしまいそうだった。
そう思っている矢先。
「そんなんじゃまともな人間になれねぇぞ? おめぇらみたいなのが、真っ先に穢れた種族に殺されちまうんだよ」
「ふざけんのも大概にしなさいよ、この下とぅ……もがっ」
わたしは咄嗟にクリスの口を塞いだ。
ああもう! この店主はよりにもよって、どうしてそういう言葉を選んじゃうかなっ!
クリスの口が開いたときにはもう、嫌な予感がしていた。むしろ手が出なかったことを褒めるべきかもしれない。
何にせよ、クリスが何を言おうと、わたしたちは入れてもらえない。
だって相手は酒場の店主として、人間の子供に至極真っ当な対応をしているつもりなのだから。
「目ん玉刳り……もがごあっ、ド頭カチ割らがもが生まれてきぼぼぼぼう悔させてやりましょもががが!」
聞こえない! すっごい怖いこと言ってる気がするけど聞こえない聞こえない!
「そっちの嬢ちゃんはクスリでもやってんのか? 勘弁してくれよ」
「いえいえ、お腹が空いて気が立っているだけです。気にしないでください」
「いや、その言い訳はかなり苦しいと思うぞ?」
「目玉焼きか、卵を割った料理を食べれなければ、生まれたことを後悔しそうだと嘆いているだけです」
「もががー! 腸引きずりもががが代わりにふぉごふご詰め込んぐんんっ!」
「ソーセージが食べたいそうです」
「嬢ちゃん、悪いことは言わねぇから、友達は選んだ方がいいぜ?」
「普段は良い子なんですよ……たぶん」
「たぶんって、友達なんだろ?」
「あはは……」
訝しむ店主に、わたしは愛想笑いを返す。
だって、わたしに対しては『いい子』じゃないんだもん。
やっぱり別の酒場を当たった方がいいかな……
そう諦めかけたところで、ふと店内の様子が目に入る。わたしは駄目元で、ふと思いついた作戦を決行することにした。
「じ、実はですね!」
ここはわたしがやるしかない!
わたしは店内のテーブルの上を見て、注文されているのが多い料理を確認する。
「このお店のポテトフライとサンドイッチが美味しいって聞いて来たんです」
まずは、おだてる作戦!
そして、困っている素振りで同情を煽る。
「お昼に行ったお店がハズレでして。そのときに、お勧めはここだと教えてもらったんです。本当は子供は入れてもらえないかもって言われてたんですけど……お酒は飲まないので、ポテトとサンドだけ! 食べさせてもらえませんか?」
「そうだったのか、邪慳にしちまって悪かった。まぁそういうことなら入りな。ミルクぐらいはサービスしてやるよ」
「やった! ありがとうございます!」
よっしゃ!
どんなもんだい!という顔で二人に振り向く。
『穢れた種族』なんて呼ばれたジョンとクリスは、どこか腑に落ちないような顔をしていた。
※設定裏話※
魔族は自分たちが魔族であることを誇りに思っています。
なので、魔族全体を『穢れた種族』だのと言おうものならブチ切れます。
魔族にとってそれが普通です。
一般的な魔族が聞いてもそれなのですから、クリスちゃんが聞いちゃったらもう……ね。
よく我慢しました! えらいぞ!!
ちなみに、クリスちゃん以上に聞かせちゃいけない相手がゲフィニカです。
クリスちゃんは個人に復讐しますが、ゲフィニカは国ひとつ滅ぼす勢いで災いをもたらします。






