第5章「天使と勇者」⑤
五時頃にはシシドの村に着き、そこから森を通ってマリナト公国との国境を越え、徒歩で最も近い町に行く。
着いたときには既に夜の八時を過ぎていて、ジョンの提案で宿を借りることになった。
「一部屋お願いします。三人で一晩です」
わたしが代表して、宿屋の受付で代金を支払う。
今回のわたしの髪型は、あえて耳が見えるように、高めの位置で髪を縛ったポニーテールだ。
魔族の国と近いため、警戒されやすいらしい。
「香澄さん、クリスさん、よかったのですか? お金は多めに預かってきてますから、男女別の部屋でも問題無かったのですが」
ジョンの提案は尤もなのだが……
「ううん、それだとわたしが死んじゃう。クリスティと二人部屋とか絶対無理……」
「ですね。それでは香澄さんの身が危険です」
「クリスティ、あんたさ、それ自分で言う?」
「目の前で無防備に寝られては、わたしも自分を抑えることができそうにありませんから。特に今回は危険な任務です。戦力としてあなたを欠くわけにはいかないんです」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……きゃっ!」
「すみません。視界に入ったのでつい……」
「あんたねぇ……部屋に入ったら刃物触るの禁止だからね」
クリスティは「仕方ありませんね」とため息を吐いた。
いやいや。ため息吐くのもうんざりするのも、わたしのほうだから!
やっぱり身を守るために、攻撃用の魔法も欲しいなぁ。
部屋に案内されると、わたしはすぐにベッドに倒れ込んだ。長時間も歩きっぱなしで、もう足が棒になりそうだったのだ。
「あー、疲れたぁっ!」
「お疲れ様です。人間の分際にしては頑張ったのではないですか? 運動が得意そうには見えなかったので、正直、驚いています」
クリスティが水筒を渡してくれる。
『分際にしては』の部分はもう今更なのでスルーして、わたしは喉を潤すと、クリスティにお礼を言う。
「ありがと、クリスティ。この距離を歩くのは、ガルムの練兵に出てなかったら無理だったかも。確かにちょっと前のわたしじゃ考えられないし……ところでこの水、毒とか入ってないよね?」
「入れていませんよ。わたしの理性の方は、殺さないよう努めていますから」
今までのが全部無意識……
信じられないけど、ゴ〇ゴ13の『俺の後ろに立つんじゃねぇ』みたいな条件反射なのだろうか?
「そういえば香澄さんは、どうして人間なのに練兵に参加されているのです?」
「最初は無理矢理参加させられたんだけどね……今はちょっとでも強くなりたいって思ってる。前にガルムに連れられて街に行ったことがあるんだけど、街の人たちにすっごい優しくしてもらったの。そのとき魔獣が出てさ、それでなんだか、守りたいなーって思っちゃったの。大層な理由なんてわたしにはないわよ」
「いえ」
クリスティが首を横に振る。
「城内でときどき耳にします。人間が皆、香澄さんのようだったら良いのにと。そのことについては、わたしも同意見です」
「わたしはそこまで言われるような人間じゃないわよ。今回だって、ジョンとクリスティの二人だけだったら、もっと先まで進めてたと思うし」
「もっと自信を持っていいと思います。香澄さんがいなければわたしたちは宿を取ることもできませんでしたし、助かっています」
そんなに真っ直ぐ言われたら、さすがに照れてしまう。
真面目で裏表の無いクリスティが言うのだから尚更だ。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……でも本音はわたしを殺したいのよね?」
「ええ、そうです。目障りです」
「……クリスティが真面目な性格でよかった。本気で来られたらわたし今頃死んでるもん」
「褒め言葉として受け取っておきます」
とりあえず任務中は、不用意に近づかなければ大丈夫そうだ。
あとはとりあえず、クリスティとはなるべく常に距離を取って……寝るのも一応、間にジョンに入ってもらおう。食事もナイフを使うものは避けた方がいいかな?
わたしは窓の外を見る。
町の景色は、魔族の町と大きく差はないように見えた。
過度に豊かなわけでもなければ、生活に困っている様子でもない。
「ところで、今どの辺りまで来たの?」
そう、わたしが話題を切り替えたときだった。
「地図もってきました」「広げて広げて」「こっち左上」「右持つから」「せーので、よいしょ!」「目的地がここ」「今いるのがここです」
「あんたたち、ついてきちゃったの!?」
リュックの中から飛び出したのは、プチわたし達。七人勢ぞろいで、机の上に地図を広げてくれている。
ちなみに、同様に地図を取り出して手に持っているジョンが、先を越されて居場所なさげにしていた。なんか悪いことをしてしまった気分だ。
どう声を掛けたらいいか分からず、かといって気付いていないふりをするのも可哀そうで、わたしはクリスティに助け舟を求めようとしたが……
「か、かわいい……」
「え?」
クリスティがプチわたし達を見て、目を輝かせていた。
プチわたし達がクリスティに手を振る。
クリスティは頬を真っ赤にしながら手を振り返したあと、幸せそうな顔でテーブルの上の羊毛フェルト達に砕いた金平糖をあげていた。
「ありがとうございます」「キラキラできれいです」「これって何です?」「食べ物?」「お菓子の仲間です?」「甘くて幸せらしいです」「食べていいのです?」
「ええ、どうぞ」
「「いただきます!」」
羊毛フェルトが、金平糖食べてる!
しかもどの色がいいとか相談して、お互いに交換っこまでしていたりする!
しかも食べ終わったあと、ティッシュを濡らして手を拭いてる!
わたしの口の中にも甘い味が広がった気がするんだけど……気のせいだよね?
「か、香澄さん……こ、こ、こ、この子達は、何なんでしょうか?」
「何だろうね。わたしが知りたいぐらい」
呪いの藁人形の親戚です。
それがどうして、こうなっちゃったんだろうね?
「すっごいかわいいです。あ、あの、その……抱っこしてみてもいいですか?」
「羊毛フェルトに胸キュンしてるクリスティも、かなり可愛いことになってるわよ?」
わたしはプチ達のうち一匹をつまむと、クリスティの手に乗せてあげる。
それにしても意外だ。クリスティにこんな一面があったなんて。
「はぅぅ♪」
そして、こんな可愛い声を出すなんて。
「あの、その……クリスです」
「ん?」
「親しい友人からは、わたし、クリスと呼ばれているのです。ですので、その、香澄さんもそう呼んでいただけると、嬉しいなと」
「ああもう、クリスかわいいっ!」
「きゃっ! 香澄さん、いきなり抱きつかないでくださいっ! 殺しますよっ!」
「えーっ、無理ー♪」
だってかわいいんだもんっ!
めっちゃかわいいんだもんっ!
「ほら、ジョンもこっちこっち!」
「あ、いえ。僕は遠慮しておきます」
「えーっ……まぁそうよね。男の子だもんね。じゃぁはいっ!」
ジョンの頭にも、一匹乗せてあげる。
プチわたしに「おじゃまします」なんて言われて戸惑っているジョンも可愛かった。
「ジョン、似合ってるわよ? ね、クリス」
「ええ。いい絵ですね、これは」
「ちょっと、やめてくださいよぉ……」
それからクリスと一緒に、ジョンで遊んだ。
「そろそろ明日のことを話しましょうか」なんて言葉が出たのは、それから一時間以上後のことだった。
聖都セラフィムまでは、まだそれなりに距離がある。馬を使っても、慣れない騎乗では到着は夜になってしまうだろうとのことだった。
明日はまず馬を調達しようということで話はまとまり、灯りを消してベッドに入った。
自分で思っている以上に疲れていたのだろう。ベッド入ってすぐ、わたしは眠りに落ちてしまった。
そして、深夜二時頃。
みしり、みしりと。
身体を襲う激痛で、わたしは目を覚ました。
「っ――ぁっ――――――」
金縛りというわけではない。身体は動く。
それでも痛みで息をするのも辛かった。
身体が締め付けられて、潰されそうになるような激痛。
腕が逆方向にひしゃげそうなほどに。
肋骨が中にある臓腑ごと潰されそうなほどに。
息ができないほどの激痛を堪えながら、わたしはベッドから起き上がる。
この感触には身に覚えがあった。
頭が真っ白になりそうになりながら、わたしは暗闇の中、手を伸ばした。
バッ!
クリスの布団を捲る。
そこには七匹のプチわたしが、クリスに抱きしめられていた。
「……やっぱり」
そういえば元はといえばプチわたし達は、呪いの道具だったことを思い出す。
しかも理不尽なことに、羊毛フェルトであるプチ達は腕を逆方向に曲げられようが腹を潰されようが痛くも痒くもないらしく、クリスの腕の中で幸せそうな顔をしている。
「ごめんね……でもわたしの身が持たないの」
クリスの可愛い寝顔にそう言って、プチ達を回収する。
「待って……行かないで……」
クリスの寝言に、ちょっとだけ胸が痛んだ。
クリスちゃん、可愛いものが大好きです♪
凛としているように見えて、部屋にぬいぐるみとかいっぱい置いちゃう子です。
クリス→香澄ちゃん人形 「小っちゃくて動いててかわいいぃぃぃ♪」
香澄→人形に萌えるクリス「頬赤くして無邪気な笑顔でかわいいぃぃぃ♪」
この二人、根本的な部分は同族です。
女の子たちの理性リミッター突破に戸惑うジョン。
うん、君の反応が正常だから、そんなに自信なさそうにしなくていいよ?






