第4章「奇跡の勇者」⑪
「ヤ、ヤバい……逃げろっ!」
人間のうちの一人がそう口にした。
途端、一斉に人間達がこちらに背中を向けて走り出す。
庇っていたわたしがミハエルに負けた。
魔族の女が人間を恨んでいると言った。
ミハエルもこの人たちを殺すと言った。
きっと人間達の誰もが、怯えた表情をしてるのだろう。
誰だって死にたくなんか無い。誰でも死ぬのは怖いはずだ。
だけどチナちゃんは、その何倍も怖かったんだ!
「ふざけるなぁぁぁぁぁっ!」
わたしは叫ぶ。
動けない身体で、血で噎せ返る喉で、軋む肺を押しつぶしてあらんかぎんりの声で叫んだ。
「逃げないでよっ! あんた達がしたことでしょっ、自分の罪から逃げないでよ! そんなに死ぬのが怖い? そんなに自分が可愛いっ? それは魔族だって一緒なのよ! 大切に思ってくれる家族がいて、大切な家族がいるの! どうしてそんな簡単なことが分からないのよっ!」
パチン――――――
指を鳴らす音が聞こえると同時、無数の黒い槍が人間達の行く手を阻むように降り注いだ。
「これでいいかしら?」
そう言うと、女はわたしの額に触れる。
冷たい手。しかし次第に身体が温かくなってゆくのが分かった。
「傷が、消えていく……?」
「立てるぐらいの力は分けてあげるわ。だからワタシに見せて頂戴」
「……見せるって、一体何を?」
「あなたは勇者。世界に選ばれた勇者。じゃぁ勇者のあなたが選ぶのは、人間と魔族のどっち? 異世界から来たあなたは、魔族ともこの世界の人間とも違う存在なのよ。あなたはこの世界の汚い一端を見て、どうするのかしら?」
「………………」
わたしは立ち上がる。身体にはまだ激痛が走り、頭もふらつくままだ。
けれどわたしはその足に必死に力を込めて、人間達の前に立つ。
「俺達を殺す気か」だの、「お前も人間だろう」「魔族の味方をするのか?」だのと、人間達の言葉がわたしへと向けられる。
怒りで頭が痛くなる。反吐が出そうだ。本当に腹立たしい。
そうやって、自分たちのことばっかり……
「黙りなさいよぉぉぉっ!」
もう何度目だろう。ここに来て、感情に任せて叫んだのは。
けれどそれじゃ駄目なんだ。わたしが言わなくてはいけないことは、そういうことじゃない。
「では、俺達はどうすればいい?」
そう言ったのは、森で会った緑色の髪と髭を生やした男だった。
緑の髪の男は、人間達の間を掻き分けて、わたしの前に立つ。
「教えてくれ。俺達がどうしたら殺されないかではない。罪を犯した我々が何をするのが正しいのか、教えてくれ」
ゆっくりと息を吸って、気持ちを落ち着かせる。
本気でそう聞いたこの男に、わたしも誠意を持って答えなくてはいけないと思ったからだ。
「謝ってください」
わたしは言う。
それは極当たり前のこと。けれどこの場合においてはとても勇気の要ることだと理解した上で、わたしはそう口にした。
「わたし達にではありません。シシドの村に住む、あなた達が殺した女の子を大切に思っていた人たちにです。
怒りに任せてあなたたちの何人か、何十人か、もしくはそれ以上が魔族の村の住民に殺されるかもしれません。あなたたちはそれだけのことをしました。ですから、それでも謝り続けてください。シシドの人たちの気が済むまで、頭を下げ続けてください。
ミハエルにも、そこの女にも手出しはさせません。これは殺してしまった女の子の家族に対して、あなたたちがけじめをつけるべきことです」
「そうか……分かった」
緑の髪の男は頷き、それから集落の仲間へと顔を向けた。
人間達はお互いに顔を見合わせている。
困惑した表情をした者達も多く、しかし何人かは、わたしの言葉に頷いてくれている人もいるようだった。
そして、とりあえずひと段落かなと、わたしが安心したそのときだった。
「今すぐそこから逃げて! 早くっ!」
その声に振り向く。
森から現れたのは、赤いローブを纏った青年だった。
ゴゥッ――――――
そして突然、チナちゃんの身体から炎が立ち上がったのだ。
※設定裏話※
この作品では、「人」と言ったら人間と魔族の両方を指します。
香澄は「魔族の世話になっている人間」という立場だと認識しているため、香澄にとって人間と魔族は等しく「人」です。
もしも逆の立場で今回のことが起きたなら、魔族に対して同様のことを言います。たとえ勝ち目が無かろうとも。






