第4章「奇跡の勇者」⑨
「分かりましたか? これが、僕達にとっての『人間』です」
「………………」
本当は何かを言わなくてはいけないと思った。
ミハエルはこの人たちを殺そうとしている。
止めなくちゃいけないって分かっている。
けれどわたしには、何も言うことができなかった。
「分かったのなら、そこをどいてください」
首を横に振る。
どう言葉にしていいのか分からない。
何が正しいのかも分からない。
けれど、それは違うって、それは間違っているって、そう思うのだ。
「それなら、のほほんがやりましょうか?」
意外な人物のその言葉に、俯いてしまっていた顔を上げる。
「これぐらいなら、のほほんにもできますよ?」
「いえ。この者たちは全員、村に連れて行きます。村人の目の前で一人ずつ、全員の首を刎ねなければ、彼らの収まりがつかないでしょう」
「そっか。それもそうですよね」
ノノが、さも当然のようにミハエルの言葉に頷く。
「ねぇ……どうしてそこまでする必要があるの?」
気が付けば、声が出ていた。
「村人達に不要な犠牲が出るのを避けるためです。シシドの村の民はここの人間達に復讐するでしょう。そういう人達です。ですから、チナさんの死に関わった人間全員が死んだという事実が必要なんですよ」
「だからって、全員殺すなんて……」
「ではどの一人を殺しますか? それで誰が納得しますか? 大切な人を殺されて、それなのに殺した側の人間も、その大切な人も生きているなんて、どうしたら許すことができますか?
悲しみの矛先を向ける相手を無くすことでしか、もうシシドの民は止まりません。我が子のように可愛がっていた子供が殺されたのに、殺した側の人間の妻や子が生きているなんて、そんな理不尽は無いでしょう。
数字で比べて帳尻があわせられるほど冷たいものではないはずです、命というものは」
「分かる……分かるけど、分からないよっ……」
違う。正しいとか正しくないとかじゃない。
たぶんきっと、わたしが納得したくないんだ。
だってこんなの……
「ですよね。僕もそうです」
「えっ……」
ミハエルの言葉に、わたしは顔を上げる。
「迷ってばかりですよ。それでも今は、これしか方法を知らないのです」
そっか……ミハエルだって、殺したいわけじゃないんだ……
ふと、男達の奥で子供を連れた母親のような姿が見えた。
どうやら隙を見て逃げ出そうとしているようだった。
わたしは駆けた。
ミハエルが右手を口元に当てるより早く走り出し、背中で笛のような音を聞く。
空が光る数瞬前。
わたしは母子に駆け寄ると、上空に向けて盾を展開する。
強烈な光。
響く轟音。
薄く透明な壁を一枚挟んだ向こう側で、落ちた雷が破裂した。
盾ごとわたしと、そして人間の母子が押し飛ばされる。
わたしたちは地面に転がり、しかし雷の電撃も熱も、その一切をこの盾は阻んでくれた。
「香澄さん、邪魔をしないでください」
「嫌よっ!」
わたしは叫ぶ。
今度ははっきりと、それを言葉にすることができた。
何が正しいか分かったわけじゃない。
どうすれば上手くいくかなんて分からない。
それでも、自分の気持ちに気付いてしまった。
わたしは、ただ悲しいんだ。
魔族だというだけで殺されることも。
人間だという理由で解り合えないことも。
そして、こうするしかないなんて理由でだれかを殺めなくてはいけないことも。
だから……
「ミハエル。あんたに、したくもない人殺しなんかさせやしない。わたしが全部止めてやるんだから!」
※設定裏話※
ミハエルと真っ向から意見対立。
香澄がミハエルと軽口を叩けるような関係そのものが今回の伏線……なはずはなく、香澄は間違っていると思えば間違っていると言える子です。
ミハエルも香澄も、怒っているのは大切な人のため。意図はしてなかったのですが、意外と似てる部分があるんじゃないかと思う今日この頃。
香澄が上司のミハエル達にもタメ口なのは、「魔王を人間が敬う必要はない」と、シモンが言ったから。
香澄「魔王にタメ口なのに、その部下に敬語って変でしょ?」
青龍「でもそれ、客人扱いの時の話ですよね?」
香澄「……(ぷいっ)」






