第4章「奇跡の勇者」⑧
斧。鍬。鋤。鎌。鉞。
わたしがミハエルに追いついたときには既に、それらを持った集落の男達とミハエルが対峙していた。
相手の人数は二百人ぐらいはいるだろうか。
その大勢を前にして、ミハエルは怯むことなく、左手の雷をバチバチと鳴らしている。
「逃げた人間から殺します。次に隠れている人間を殺します。全員、僕の前に出てきなさい。隠されている者も隠した者も、全て消し炭にして差し上げましょう」
「たった三人で何ができるってんだ! そんなことさせてたまるかよっ!」
「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」」
おそらく集落の代表者であろう男の言葉に、残りの人間が拳を挙げて応える。
けれど、その勢いは一瞬で沈黙させられることになる。
ミハエルが口元に右手を当てた。
笛のような音が響き、そして次の瞬間。
空が光り、大地が痺れ、空気を伝って音が身体を殴りつける。
落雷だった。
それはミハエルのすぐ真横に、雲のほとんど無い空から降り注いだのだ。
「三人ではありません、一人です。人間ごときが何千人束になってかかろうと、僕一人に到底及ばないんですよ。
次はありません。全員僕の前に出てきなさい。女子供老人全て、一人たりとも例外はありません」
ミハエルの目は本気だった。
憎悪、憤怒、憐憫、悲嘆、そのどれとも違う、そしてそのどれもが入り交ざった顔だ。
だから本当に、今のミハエルならこの人たちを殺しかねないと、そう感じた。
「ねぇ、待ってよミハエル。落ち着いて」
わたしはミハエルの前に立つ。
「どいてください、香澄さん。僕は彼らを殺さなくてはいけないのですから」
「できるわけないでしょ! そんなんで納得できるわけないじゃないっ!」
「人間であるあなたには関係の無いことです」
「何で? 分からない……ちゃんと説明してよっ!」
ミハエルがため息を吐く。
そしてミハエルは言ったのだ。
「チナさんが死んだのです。殺されたんですよ、そこの人間達に」
「えっ……?」
沈黙が流れる。
ミハエルの顔は、とても冗談を言っているようには見えなかった。
とても嫌な想像が、わたしの脳裏を駆ける。
けれどもわたしにはそれが信じられなくて、縋るような思いで、ミハエルに問う。
「嘘……嘘でしょ? だってあんなに小さな女の子だよ? ちょっとしか話もしてないけど、とってもいい子だったよ? 隣のおばちゃんのために薬草を取りに行くって言ってた……それがどうして殺されなくちゃいけないのよ?」
「魔族だからですよ」
その短い言葉は、ずっしりと重くわたしの心に圧し掛かった。
血の気が引いていくのが分かる。
最悪な予感が、じわりじわりと現実味を帯びていく。
震えそうな奥歯を噛み締めて、それからわたしは強張った唇を無理矢理に開いた。
「ま、まだ、そう決まったわけじゃないじゃない……」
「では、あの人間達の顔を見てみてください」
「えっ?」
振り返る。
そこには震えながら顔を俯かせる人間達の姿があった。
全員が一様に浮かべる後悔に似た表情のせいで、まるでミハエルの言葉が真実であるかのように思えてくる。
「嘘……嘘なんでしょ?」
声が擦れた。
返ってくる言葉は無い。
その無反応が怖くて、だからわたしは叫んだ。
「嘘なんでしょっ? 誰か、嘘だって言ってよぉぉっ!」
沈黙。
微かに頬を撫でた風は冷たかった。
木々のざわめきだけがいつも以上に耳に響いて、それすらも鳴り止んだとき。
わたしは現実を受け入れるしかなくなっていた。
「分かりましたか? これが、僕達にとっての『人間』です」
ようやく、魔族と人間の話です。
シモンへの代替わりで全体の情勢は変わったものの、僅か三年で人々の気持ちは変わらず。
それは魔族側も一緒です。互いに互いを信用していません。
人間側の上層部はともかく、小さな集落の人々は、ミハエルが最高幹部だとは気づいていません。






