第0章「外伝・銀色の勇者」③
部屋の奥には白虎と青龍。
そしてその中央には、赤い瞳の少年が立っていた。
いや。アレは少年の格好をしているだけだ。
この空間を覆いつくさんばかりの濃い魔力は全て、あの少年から放たれている。
間違いない。あのこそ少年が――
「初めまして、勇者クロウ。私が魔王だ」
少年はそう名乗ると、それからクロウの脇に立つ男の子に顔を向け、そして言う。
「玄武、ご苦労だったね」
「なっ――」
この男の子が、玄武?
最高幹部の一人だったというのか!
クロウは玄武と呼ばれた男の子に顔を向ける。
男の子は「ごめんなさい、ごめんなさいっ。べ、別に隠すつもりとかは無くてですね……」と相変わらずの様子だ。
全く強そうにも見えなければ、将たる器にも見えない。
「魔王様。すみません、勇者様が驚かれている様子なのですが……」
「ああ、すまない。いつものを頼む」
「かしこまりました」
男の子は頷くと、右手を前に掲げる。
クロウは驚く。
部屋中に充満していた魔力が一瞬で男の子の手の内に吸い寄せられ、そしてその手が握られると同時に、男の子の中に吸収されたのだ。
間違いなく、この子は玄武だ。
最初に気配を感じなかったのは、本来ならば魔族の身体から自然と漏れてしまうはずの魔力を玄武が完全にコントロールしきっていたからだと理解する。
手が震えた。
最高幹部である白虎と青龍も、おそらく玄武と同等の力を持っているのだろう。
どいつもこいつも化け物揃いだ。
だけどクロウだって勇者だ。
選定の剣に選ばれ、人間達の希望を背負ってここにいる。
だから相手が強大だからと言って、ここで退くわけにはいかないのだ。
「上等っ! 魔王も幹部もまとめて倒してやるよ!」
「はぁ? 馬鹿かテメェ」
白虎が言う。
「人間相手にタイマン張ったって自慢にもならねぇ。四対一でボコったとなりゃ、いい笑い種だ。そもそも勝てると思ってんのか、俺たちに?」
「黙れよ、魔族共。お前達さえいなければ、俺達の国は平和になるんだよ。この穢れた種族どもがっ!」
「思い上がるのも大概にしろよ、人間っ!」
「よせ」
拳を構える白虎を制止したのは魔王だった。
「なぁ勇者よ、本当にそうなると思っているのか? 人間が平和の何を知っている? 君たちは我々が穢れているというが、ならば人間はそれほどまでに美しいものなのか?」
「ああそうだ。魔族がいなくなれば、俺たちの国から争いは無くなる!」
「滑稽だな。よくもまぁ都合よく刷り込まれたものだ。どうやら君よりも私のほうが、『人間』という生き物をよく知っているようだ」
魔王は嗤った。
クロウを睨みながら、怒りに引きつった笑みを浮かべたのだ。
「玄武、下がっていろ。白虎と青龍も、手出し無用だ」
玄武が部屋の奥に退避したのを確認すると、魔王は大きく上へ手を掲げる。
「道化の勇者よ。兜を外して、その顔を見せてくれ。そんなものを被っていては、目に見えるはずのものさえ見えないのではないか?」
「断る。貴様達に見せる顔など持ち合わせていない」
「そうか。それは残念だ」
魔王の血のように赤い双眸に光が灯る。
途端、黒とも赤とも似つかない霧のようなものが魔王の身体を覆っていく。
それは龍の顔に山羊の角を生やした頭、部屋を端から端まで覆いつくさんというぐらいのカラスのような六枚の翼を持ったバケモノへの変貌だった。
「グアァァァァァァァァァッ――――――」
人間の声では到底ありえない、低く枯れたような、それでいてドスのきいた声が響く。
クロウは鞘から剣を抜くと、真っ直ぐに魔王へと駆けた。床を蹴ってクロウは飛び、五メートルはあるのではないかというその身体に剣を振り下ろす。
聖剣ブレイブキャリバーが銀色の光を放つ。
魔王はその斬撃を左腕で受け止める。聖剣の光に触れた傍から魔王の周りを覆う魔力は消滅し、しかし魔王もそれを上回る圧倒的質量で左腕から魔力弾を放ち、クロウを後ろへ押し返す。
「惰弱ダ……」
「侮ってもらっては困る!」
着地と同時に床を蹴り、クロウは魔王の左側へと駆ける。更に加速して跳躍、魔王の背後へと回り込んだ。ちょうど魔王の大きな羽で死角になる位置だ。
しかし魔王が大きく右腕を振ると、クロウは聖剣ごと弾き飛ばされる。魔王の身体の周りの靄を削ることはできたが、そもそもの腕力に押し負けてしまっている。
ならば、とる方法はひとつだ。
「―― Brave-X-Calibur ――」
クロウは聖剣を掲げると、その剣の名前を高らかに唱える。
途端、銀色の光が弾けるように溢れ出す。
それは魔王がその身に纏う霧状の赤黒い魔力よりも、最初に部屋を充満していた魔力よりも、遥かに強大なものだった。
銀色の粒子が空間全体を満たす。
魔王を覆っていた赤黒い魔力は掻き消されると同時、クロウは聖剣を振り下ろす。
聖剣の先にはさらに銀色の刃。
魔王の頭のすぐ上まで、その刃は差し掛かる。
「消えろ、魔王ぉぉぉぉぉっ!」
振り切る。
衝撃波。
眩しい光の中で、確かに剣は床を穿ち、しかし、
「ブザマ、ダナ……」
声が聞こえたのは、クロウのすぐ目の前からだった。
まるで現れたのではないかというほどに。
速さを認識できないほど刹那に、魔王はクロウのすぐ目の前に立っていた。
振り上げられる腕。
殺される。そう直感した。
部屋中を満たしていた銀色の光が消えていく。
魔王はその大きな腕を、その先の鋭い爪を、風を切るよりも速く振り下ろす。
避けるのも、防ぐのも、間に合わない。
「護るはずの剣を、屠るために使ったこと。それが貴方の間違いです」
どうしてか、青龍の呟いたその言葉が耳に残る。
魔王の爪は深く深く、甲冑さえも貫いてクロウの胸を抉った。
激痛よりも先に絶望が頭の中を覆った。
目の前が真っ暗になる。
足に力が入らず、まるで落ちていくような感覚さえしている。
そして……
ぽふっ。
「……えっ?」
腰の下に柔らかい感触。
クロウは激痛を堪えながら、まぶたを再び抉じ開ける。
クロウはいつの間にか、布団のように柔らかく大きな椅子の上に腰を掛けていた。
※設定メモ※
お気づきの方もいると思いますが、玄武はジョンです。
ジョンは能力はあるのに自身が無いため、基本的には自己紹介でも玄武を名乗りません。
なので香澄は、いまだに玄武が誰なのかを知りません。
年下の男の子なのに、しっかりしててすごいなーって、香澄は普通に感心しています。
魔族の国では『四天王』、人間の国では『最高幹部』と呼ばれますが、基本的には同じものです。
魔王軍上層部が意図して『四天王』という言葉を使っていることが背景にはあります。
魔王が相手なので分かりづらいですが、ちゃんとクロウは強いです。






