24 イリーナさん…
服屋さん前にて……
「あー、男物の服買うのに俺も付き合わなきゃだめか?」
「それよりも貴方、イリーナさんに買い物頼まれてたでしょう?」
「あ、そうだった……」
そんなことを言いながらカイトが服屋に入って行き、俺とレイミーもそれに続いて入店する。
中は思っていたように広く整然と俺の背丈くらいの服などがたくさん置いてある棚が並んでいたり、上着などの架かったハンガーも沢山ぶら下がっていた。……普通の服屋さんと同じ感じだな……どれも中世風だけど。
どうやら一階が男性物とその他の布製品。二階が女性物とで分かれているようだ。
「いらっしゃい」
と気のよさそうな、丸々としたおっちゃんが奥のカウンターから挨拶してくれた。
「さてと……どんなものを買うかな……」
「……本当に何も持っていないなら、先ずは下着一式ですね」
「そうだな……」
入り口近くに置いてあった貸し出しのかごを持って店内を回り、下着を五対ほどをかごにいれた。
「後は普段着か……」
「この時期ならここら辺の服ですかね……」
レイミーも一緒に探してくれるようだ。カイトは離れたところで適当にプラプラしているだけだ。
「ありがとう」
元いた世界のような服は望めさそうだが、この世界にも結構カッコいい服もあるようだ。それに大した値段ではない。
長袖のシャツやズボンなど、それぞれよさそうなのを5着ほど見つけて、これもかごに入れる。
するとカイトが布地のようなロールを持ってこちらに戻ってきた
「ありましたか?」「ああ、あったぜ」
カイトが俺のかごを覗き込む。と
「……お前暗い趣味してんな。レイミーみたいだぞ?」
「別に……俺、黒と深緑色が好きなだけなんだけど……」
「……あっそ……でも流石に黒多すぎねぇか?もうチョイなんかないの?」
んなこと言われる筋合いはないんだが……
するとレイミーが
「……僕だって黒と紫色が好きなだけです。それに人の趣味に口出しするものじゃありませんよ……」
ごもっとも。というかレイミーも同じような趣向だったんだな……
「それとフブキさん。防具の下に着る服も買ったほうがいいですよ」
「……防具っていっても、今のところあのコート以外無いんだけど……」
「……そうですか……まぁ最初のうちは、アーチャーなら身軽な方が良いかもしれませんしね。次の機会にしましょうか。じゃ、僕たちは外で待ってますよ」
「わかった。アドバイスありがとうな」
あとは靴下を数足とタオル、手提げバック等もかごに入れてから、カウンターに持っていった。
カウンターのおっちゃんが服を一枚一枚出だしてカウントしながら、メモ用紙サイズの羊皮紙にサッサとメモっている。時間が少しかかりそうだが……まぁレジスターも無いみたいだし。そんなもんか……
少しすると
「全部で22,300バイトになります」
ま、相応の値段かな……22.3メガか……
「はい」
10メガ金貨二枚と1メガ金貨を三枚、おっちゃんに渡す。
「まいど。はいお釣り……」
するとなぜか俺の右手にそのまま3メガを乗っけてきた。
「……あ、あの?」
するとおっちゃんが口の横に手を当て、小声で話し始める。
「(いいってことよ。さっき上に上がってたお嬢さん。あんたの連れだろ?上のレジは家のケチケチ女将が担当してるから値引きとか一切しねぇんだよ。女ってのはどうせ服を大量買いしちまうんだ、俺からのサービスだよ。……当然女将には秘密だぞ?)」
「あ、ありがとうございます……」
カッコイイな、このおっちゃん……
でも、こう言っちゃなんだけど、凛が普通の女の子みたいに服を大漁買いするとは思えないんだが……
ま、得ができてよかった。早速買った手提げに服を詰めて
「ありがとうございました~」
「おう、またな~」
そうやり取りをして、店の入り口に向かった。
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店を出て正面を見ると、カイトとレイミーが道を挟んだ向かいにある、カフェの外においてある丸テーブル席についているのが見えた。
「ん、終わりましたか」
「なぁ、イリーナ達まだか?」
俺が首を横に振ると
「……だろうな……あーあ、これだから服屋ってのは……気長に待とうぜぇ……あぁ……これだからやだぁ……」
カイトが丸テーブルにグダァッとなってぼやく
「なんだ、そんになのか?」
「ああ……イヤと言うほどに……」「ええ……稀に巻き込まれるんで……分かります……」
レイミーまでもがそんなことを言っている。
俺が首をかしげていると喫茶店からちょっと太めの、おおらかそうなおっちゃんが出てきて
「やあカイトの兄ちゃん。またいつものかい?」
「ああ。あと二人の分も頼む」
「分かった」
そんなやり取りをするとおっちゃんはまた店に引っ込んでいき、まもなくすると湯気のたったコーヒーカップを三つ持って戻ってきた。
おっちゃんが俺たちの前に黒い液体の入ったコーヒーカップと、白い粒子の入ったビンも目の前に置いた。飲んでみると……うん。これは普通のコーヒー。
おっちゃんが口を開く
「奴さんも大変だねぇ……またイリーナさんかい?」
「ああ、まぁな……そいつの連れがもう一人いるけど……」
「……なんだ?カイトよく来るのか?」
「ああ……たぶんこの街に来て100回は来てる」
マジですかぁ………イリーナさん服屋に行き過ぎじゃないのか……
するとおっちゃんがハッハッハと笑って
「女性にはかないませんからなぁ!おかげで服屋から出てくるのを待つ男性がたくさん来て、ここが儲かるんですわ。それに最近はそういう男性にサービスも。ほら」
そう言っておっちゃんが指差した方を見ると、喫茶店の窓に『女性待ちの方は3割引。コーヒー二杯目は無料』と書かれたふだが貼ってあった。
「ハッハッハ。ごゆっくり!」
そう言って店の中に戻って行った。
ここに店を開いたあのおっちゃんには、いい商売センスをしていると思う。
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それから50分くらい経過。コーヒーのおかわりまでもすっかり飲み干し、俺含め男性陣がゲンナリして(カイトは机に突っ伏して微動だにしていないで)いると、笑顔でとても元気そうな女性陣が服屋から出てきた。
すぐにこちらに気がついて、二人とも小走りでテーブルにやってきた。パンパンに膨らんだ手提げを持って。
「うげっ……」
そう言うと、顔を少し上げたカイトがまたテーブル突っ伏す。
「……相変わらずまた沢山買いましたね……」
レイミーが若干引いてる
「そ、その、リン(凛)ちゃんがいろいろ試着してるの見てると、私も欲しくなっちゃってね……」
「……」
レイミーが何も言えないでいる。
「そ、そう……そりゃあ……よかった……」
「50,000バイトくらい使っちゃったけど……しばらく買わないから……ね☆」
イリーナさんが少女のような笑顔で、左目を瞑ってウィンクをする。……惚れてしまいそうだ。危ない危ない……
そしてカイト。金額を聞いて撃沈。可哀想に……
俺も恐る恐ると聞く。
「あの、凛?いくらくらい使った?」
「私は……38,000バイトくらいだけど……」
マジっすか……思わず動きが一瞬止まる。
「ご、ごめんね……いいのが沢山あって……選んだんだけど……」
凛がシュンとなる。
「……い、いや。別にいいよ。いい服沢山買えてよかったじゃん」
……正直、そんなに買うとは思わなかった。凛ってそんなに服とかこだわるやつだったかな……まぁ異世界の服ってのもあるし、いろいろ着てみたかったのかもしれないな……
「あ、ありがとう!」
「気にしねーでいいよ」
ま、凛が喜んでるところが見られたんだし。それでよしとするか……
次の瞬間「今月大丈夫かぁ~?……」と言ってカイトが椅子からずり落ちた。
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コーヒーの代金はレイミーが払ってくれた。
それから肩を落としたカイトと他の皆とともさらに商店街を歩いていく。だんだん日が落ちてきて、あたりが薄暗くなってきた。
商店街の店の明かりもちらほらと灯り始める。
「なぁ、入ってきたところからどんどん離れてるけど、まだ回るのか?」
カイトに問いかける。
「……いいや、半分過ぎちまったから、もう一つの向こうの大通りから行くんだよ」
「なるほど」
「そうだ、そろそろ飯の時間だな……」
「そうですね……今は18:30くらいでしょうし」
「俺に細かい時間を言わないでくれ」
本当に飯の時間だけはわかるんだな。
「……晩飯、ギルドの酒場でいいか?」
「僕は何でもいいですよ」「私はいいわよ」「どこでもいいよ」「わ、私も」
「じゃ、決まりだな……」
そう言って大通りをギルドへ向かって一直線に歩いて行った。
「(ギルドくらい安いところで食わねぇと今月もたねぇよ…)」
「(…万が一の時は僕が立て替えますよ……)」
「(そう言って貰えると助かる……本当にどうすっか…)」「(やはりイリーナさんにしっかり言うべきでは………)」「(でもなぁ………)」
そんな会話が、耳のいい俺には微かに聞こえてきた……




