室内
『証の箱』を見つけた蓮見は早速、ある予想をたてて安藤茜と接触をはかる。
4
翌日の朝、早速有華ちゃんへ電話をかけた。部屋にひきこもっているという茜ちゃんの住所を聞き出すためだ。彼女は自分も一緒に行きたいと言っていたが、今日はひとまず私一人で行くからと諦めさせた。本来ならば彼女にも来てほしかったのだけど、『証の箱』の写真を見たからには予定を狂わす必要があった。
高校の時の知り合いから通常よりもスピードが出るように改造してもらった原付にまたがって、教えてもらった住所へと向かう。別に急いではないので、法定速度で走っているが非常時はそこらののろのろと走っている乗用車くらい普通に追い越せるようにしている。
茜ちゃんの家は白くて清潔感溢れる外装のマンションの一室だった。さすがは最近のマンション、そう易々と入れない。それを知っていた有華ちゃんが先に茜ちゃんの家に知り合いが行くと伝えておいてくれたおかげで、一階の玄関口で茜ちゃんの知り合いですがと告げると、頑丈なガラス張りの扉が静かな音を立てて開いた。
エレベーターで五階まで上がりながら、禁煙という張り紙を無視して一服した。さすがに他人の家で吸うのは気が引ける。今のうちにニコチンを取り入れておかないと働く頭も働かない。
エレベーターを降り、彼女の部屋の前で携帯灰皿にまだ長めのタバコを押し入れてからインターホンを押すと、はぁいという女性の声がした後、すぐさまドアのロックが解除される音して開いた。
「玄関口でも言いましたけど、有華ちゃんと茜ちゃんの先輩です。去年、卒業しましたけど」
ドアを開けたのはまだ四十代にならないであろう小柄な女性だった。ピンクのエプロン姿がよく似合っているが、少し目のクマが目立ってしまっている。娘が心配で眠れない。全く親というのはどこも同じようなものだなと、今朝あくびを連発しながら出勤していった父を思いだした。
「ええ、ちゃんと聞いてますよ」
いきなり第三者が部屋に押しかけるというのも不自然なので有華ちゃんには私が二人の先輩であるということにしてもらっておいた。茜ちゃんと面識がないにしても、私があの二人の先輩であることは嘘じゃない。
「どうぞ。あんまり綺麗じゃないですけど」
「構いませんよ。それに十分綺麗ですよ、部屋も奥さんも」
いつもの減らず口がこんなところまで出てしまう。運良く奥さんは、あら嬉しいと目を細めてくれたから良かったものの、これが春川の様な人物だったらすぐに叩き出されたかも知れない。
茜ちゃんの部屋の周囲は物静かで、とても室内に人がいるとは思えなかった。
「つかぬ事をお伺いしますが、本当に一切部屋から出ないんですか。食事とかはどうやって」
「食事は扉の前に置いておくようにって。お盆にご飯をのせて、そうしておいたら知らない間にお盆だけになってます。お風呂は深夜に入ってる見たいですけど、変にその時に声をかけたりしたら、それさえやめてそうで怖いんです」
賢明な判断だ。ひきこもりという奴はとにかく、他者と接したくない。機会があってもそれを使わない方がいい。奥さんの言うとおり、部屋から出る唯一の機会さえ自分からなくしてしまうかもしれない。
「元々遅くにお風呂には入る子でした。特についこの間から夜遅くまで友達と電話で話して、深夜に入るのが当たり前に」
私も友人と電話はするがそんな何時間もしない。長々と話していても、どういうわけか分からないが、相手が怒ってしまうのだ。なぜだろう。私は普通に話してるつもりなのに。
「部屋には最後にいつ入りました?」
「さぁ。高校に入ってからは部屋に入らせてくれませんでしたから、もう随分前です」
ああ、分かる。私の場合は中学生のときだったが、とにかく誰かが自分の部屋に入ってくるのが嫌で仕方なかった。それが例え両親や兄でも。
「そうですか。つまらないことを聞きました。つい気になってしまったもので」
「いいえ、構いませんよ。有華ちゃんから変わった人だけど、いい人だから安心して下さいって言われてますから」
そこまで言うように指示を出した覚えはない。全く、彼女は一度しか顔を合わせていないのに早速私に『変わった人』という烙印を押したわけだ。慣れっこだが、やるせんねぇ。
「じゃあ、ちょっと茜ちゃんと二人で話したいのですが……」
さすがに家の人に邪魔ですとは言いづらいので言葉を濁したが、彼女はすぐさま少し離れた台所へと戻っていった。
「さて、と。聞こえてるかい、安藤茜ちゃん。私は有華ちゃんの使いの者だ。名前は蓮見レイ。色々とまだまだこれからの十九の女だ」
扉越しに軽い自己紹介をしたのだけど、恐ろしいほどに無反応。本当に部屋の中に誰かいるのかと疑わしくなる。
「少し君と話がしたいんだよ。どうだい、これから近所のファミレスでも行かないか」
こういうのは真面目に呼びかけてもスルーされてしまう。どうしたって反応がほしいんだったら、相手の理性じゃなく感情に呼びかける方が手っとり早くていい。引きこもりを部屋から引きずり出す仕事は、もう何度かしているので慣れたものだ。
「外から部屋を見たが、カーテンまで閉めているね。陽の光くらい浴びないと健康に良くないな。まあ君くらいの年だとニキビやら、将来のシミ対策やらで太陽を敵にみなすのも無理はないが、あいつも案外いいやつでね、ひなたぼっこなんてしてると本当に落ち着く。どうだい、一緒に陽の光を堪能するのも悪くないと思うよ」
ここで数回ノックをしてみる。そして長々と独り言をしゃべっていた甲斐あって、ようやく向こう側から返答があった。
「……帰ってください」
ほかには何の音もせず、少女の枯れた声が静かにした。余りに静かなので、部屋の中にいるは少女ではなくカセットテープじゃないかと疑いたくなる。
「帰れないよ。有華ちゃんから依頼を受けた身としては、はいそうですかというわけにはいかない。できれば君を、その得体の知れない恐怖から解放させてあげたいわけだ。私は可愛い子には目がなくてね、有華ちゃんの依頼はそう簡単には断れない。ああでも、君が彼女より綺麗で、そんなのはいらないお世話だというなら、依頼は断るよ。けどそうしてもらうにはまず君の顔を見せてもらわないと。出てきてくれないかい」
なんの節操も礼儀もない言葉をよくこうもするすると言えるものだ。自分自身ながら呆れてしまう。
「いいから帰ってください。私は何があっても当分の間は誰とも会いませんし、ここから出ることもありません」
素晴らしい決意の固さ。なるほど、これはもう早速本題に入った方がよさそうだな。
念のために誰もいないかを周りを見渡して確認した後、ドアの隙間に口元を近づけて、部屋の中の少女にだけ聞こえるような、ものすごく小さな声で私はその名前を口にした。
「『証の箱』」
ここで初めて部屋の中で何かが動く音がした。どうやら中にいるのは紛れもなく人間で、カセットテープじゃないらしい。少し安心したよ。
「君は現場であの箱を見た。だから今もこうして恐れている。つまり、君も『彼ら』なわけだ。違うかい?」
さっきまでとは声のトーンを変えてある。真剣であるということをしっかりと相手に伝えなければいけない。相手はなにせ『彼ら』の一員だ。そう簡単に認めてくれないだろう。
「殺された子も『彼ら』だった。そして君は震え上がったわけだ。次は私かもしれないとね。さっさと警察が犯人を捕まえれば心も休まったんだろうが、残念なことに今も犯人はのうのうと暮らしている。君はそれが怖くて仕方ない。いつ、その人殺しが自分に刃を向けてくるか分からないからね」
「……どうしてあなたが『証の箱』を知ってるんですか」
やっぱり、そう訊いてくると思った。彼女の疑問は当然。『彼ら』の存在はもはや全校生徒が知っているが、『証の箱』はまだその存在を知られていない。なにせそれは『彼ら』が『彼ら』である証なんだ。そう簡単にばれてはいけない。
「君も『彼ら』の一員なら、簡単に想像がつくだろ?」
少しを間を置いて私は答えた。
「私も"cube"だったからさ」
ゆっくり動き始めます。




