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独白

家に帰った蓮見に、一本の電話がかかってきて――。


 2



 人は殺されるために生きていると信じている。だって、人間が一人生きてることに、一体どれほどの意味があるっていうんだろう。この世界から誰か一人消えたって、世界は変わらない。当たり前に、冷酷に。

 だったらもはや無駄と形容できるその存在に、唯一絶対の価値を見出すとしたら、それはやっぱり殺すことだと思う。生きていないと殺せない。だから人は生きている。殺されるため、その生を摘み取られるため、今こうしてかりそめの日常という平和の中で暮らしている。

 狂ってるとは思わない。自分が他人と違う思想を持っているのは自覚できているが、これが狂ってるとは微塵も思わない。だって当たり前じゃないか。何のために人は動物を育てるのか。今じゃ心の癒しのためのペットが大流行しているが、大昔からそして今現在も人が動物を育てる理由は食べるためだ。殺すために、生かしておいてるんだ。

 それは人も同じ。ただ殺されるために生きている。

 あれから二ヶ月しか経っていないというのに、また心の中がざわめき始めた。殺せ殺せと、誰かが胸の中で叫んでいる。分かったから落ち着いてと宥めながら、ついに計画を実行しようとしていた。

 人を殺しても、それだけだけじゃ世界は変わらない。だからいいじゃいか。せめてそんな無意味な存在を、ただこの心の欲を満たすことに利用して何が悪い?

 計画の段取りはついてある。ぬかりなく、人を次々と殺せるはずだ。そう思うと、笑えてきた。法なんて知らない。捕まえれるものなら捕まえてみろ。

「その前にたくさん殺しおいてやるから」

 闇の中で、悪魔よりも悪魔的な笑みを浮かべているのが、自分でもよく分かった。



 3



 午後からの講義の出席点を友人に託して家に帰ると、まるで人が死んだみたいな静けさに襲われたが、ありがたいことに我が家は今のところ一人も死なず、健康状態で日々を過ごしている。母はこの間から叔母たちとオーストラリアにオペラハウスを見に旅行に出かけているので、昼間に家人がいないのは当然。

 父も兄もきっと世のため人のために汗水垂らして、まるでお情け程度の給料のために働いている。そのお情けが私の学費となるのだから、私としては感謝しかできないわけだ。

 脱衣所で着ていた物を全て脱ぎ捨てて、ぬるま湯のシャワーをまず浴びた。徐々に水温を上げていくのが、私の風呂の楽しみ方。

 風呂場の鏡に濡れた長い黒髪が肩に張り付いている自分の姿が映っている。自画自賛になるが無駄な贅肉もないし、女性特有のくびれもはっきりとしていて、足も長い。スタイルはいい方だろう。

 まったく、医療の知識が皆無の自分が見ても健康体だと思う。なのに忙しい生活を避け続けている。多少の忙しさも耐えれるはずなんだが……。性に合わないんだろう。

 風呂からあがると、出かける予定もないのに少しお洒落な服を着た。そろそろ新しい服が欲しい。今持ってるのも悪くないが、飽きというものがきてしまっている。

 お世辞にも面白いとはいえない昼間のワイドショーを見ながら、冷蔵庫にあった父のチューハイを一本拝借し、昼食のインスタントラーメンを味わっていると、テーブルの近くに置いてあった電話機がなり始めた。

 誰からだろうと液晶画面を見ると父だったので、これは丁度いいと思って出た。

「はいもしもし。愛娘だよ、父上」

 上機嫌でそう電話に出たのに、聞こえてきたのは舌打ちだった。

『何が愛娘だ、馬鹿娘め。昨日はどこにいたんだ。十九の女が無断外泊とは何事だ』

 これは結構怒ってらっしゃるな。けどまあ、いつものことだ。

「怒らないでほしいね。また血圧が上がって医者の世話になるよ。まあ、入院したら私が精一杯看病してあげるから、その辺は安心してくれ」

『誰がお前なんかの世話になるか。いいからどこにいたか答えなさい』

「あんまり覚えてないんだよ。飲んだ量も、飲んだ場所も完全に抜けてしまってるんだ。ただ隣にいた中年の親父さんが映画の話がよく分かる人でね、ヒッチコックの話であんなに盛り上がったのは久々だったよ」

 電話口から深いため息が聞こえた後、すぅっと息を吸い込む音が聞こえたので、瞬時に受話器を耳から離す。

『この馬鹿娘めっ! 何を考えてるんだっ!』

 受話器と一定の距離をおいているというのにその怒鳴り声は十分に「怒鳴り声」と認識できるレベルだった。これを受話器に耳を当てながら聞くと、鼓膜に異変をきたす危険がある。

『お前はまだ未成年だろう! しかも知らない親父と飲んだだと、この馬鹿め!』

「なんだ妬いてるのかい? 大丈夫さ、幼稚園の頃ちゃんと言ったろ。パパ大好きって。あんなに素直に告白したこと他にないよ。どうかな、娘に愛されてるというのは」

 今父がどんな表情で携帯電話を握っているのか簡単に想像できてしまう。もしも近くに同僚の人がいるのならきっとびっくりしてるだろう。父が迷惑をかけて申し訳ない。

「それに未成年であることは今朝さんざん友人から説教をされてね。もう懲り懲りだ、勘弁願いたい。よく言うだろう、愛があれば年の差なんてって。それさ。十九だろうと未成年だろうと、私はお酒を愛してるんだ」

 冗談ではなく本気で言ってるのだが、これが通じたことは一度もない。誰も彼も私とアルコールがどれほど愛し合っているかを考えてくれないんだから、時々泣けてくる。悲恋という言葉は私たちのためにある。

『……俺の育て方が悪かったのか』

 さっきまでとはうってかわった落ち込み気味の声が聞こえてきた。

「いやいや、父上は立派な父親だったよ。弱きを助け強きをくじく、まさに正義の味方だった。だから兄さんだって迷うことなく警察官になったわけじゃないか。もっと自信を持ちなよ」

『なら自信を持たせてくれ。分かるか、不良娘の親の気持ちが』

「ちょいとませてるだけさ、不良ほどじゃない。大目に見てくれ。……それでお説教はそれで終わりかな? だったら今度は私の話を聞いてほしいんだけどね」

 そろそろ本件に入ってしまいたい。なぜなら、私の目の前のラーメンがのびかかっているから。

『……なんだ、どうせまた厄介事に首を突っ込んでるんだろ』

「さすがは父上、よく分かってらっしゃる。二ヶ月前、私の母校で起きた事件についての資料がほしいんだ」

 電話の向こうで息をのむ音がした。まあ、驚くのも仕方ない。いきなり殺人事件についての資料を見せてくれって言われたら、警察官なら誰だって驚く。それでもまだ父は慣れてる方だ。殺人事件は初めてにしても、私が警察の捜査資料を求めるのはもう何度目かも分からないのだから。

『自分が何の事件のこと言ってるのか、分かってるか』

「安心してくれ、そこまで酔っちゃいない。素面で、真剣に頼んでるつもりだよ」

 また父が黙る。もう警察に勤めて三十年以上が経つ父は、何より正義という物を重んじる人だ。曲がったことが大嫌いで、子供のころからそういう真っ直ぐな父を見つめ育ってきた。だからこそ私も兄も父を尊敬してるし、兄なんて親父のようになると断言して警察官になったんだ。

 その真の警官である父は、決して規則が全てだというような正義を振りかざすことはなかった。職場で汚い正義を見てきたと、最近酔いつぶれたときに漏らしていたが、そういうのもあって、規則にとらわれることだけが正義じゃないと理解している。

 だからこそ今まで職務違反でも私にこっそり捜査資料を渡したりしてくれた。私を信頼してくれてのことだし、父としては私が動く以上、困っている人がいるということが分かっているので無視できないのだ。

 昔、ストーカー被害にあっている女性を父が助けたことがある。具体的な被害が出ていないと動かない警察だが、父は困っている相談者を無視できず、職務時間外に彼女の家の周りを張り込んで、そのストーカーを逮捕した。

 結果父に与えられたのが、職務違反での半年間の減給だ。あの時ほど不条理を感じたことはなかったが、声を荒げて怒りを表す私とは対照的に父は非常に落ち着いていて、そして娘の頭をぽんと優しく叩くと、こう教えてくれた。

「困っている人がいて、俺はそれを助けれた。後のことはどうでもいいんだ」

 ずっと幼い頃から、困ってる人を無視するなと教えられてきたけど、この時初めて父がどういう覚悟でその言葉を放っていたのかを知った。

 それからだろうか、私がこんな探偵みたいなことをやってるのは。

 父が今悩んでいるのは捜査資料を見せることじゃない。私を、実の娘を殺人事件に介入させてしまう危険性を考えている。できればそんなことはしたくない。けれど私が動くのは、困ってる誰かの願いがあってのことで、それも分かっている。

 ここで私がもっと押し通せば、きっと簡単に資料を見せてくれるだろうが、そうはせずに父に全てをゆだねた。私自身、この事件に介入するのは気が進まない。だからここで父に甘えた。

『……今晩は八時頃に帰れると思う。ちゃんと家にいろよ』

 さんざん迷った父が出した結論は、やはり素晴らしく父らしいものだった。

「ありがとう。恩に着るよ、ダディ」

『ふん。ああ言っておくけどな、説教はまだ終わっちゃいないぞ。家に帰ったら続きをしてやる。覚悟しておけ』

 悪役の捨て台詞のようにそれだけ言うと、一気に電話をきってしまった。思わずため息を吐く。父の説教か、一時間で終われば御の字で、一時間半で終われば妥当かな。それ以上も十分に予想できる。

 けどまあ、多少足はしびれるだろうが、それくらいは安い物か。不良娘なりに、親の気持ちという奴をちゃんと聞こうじゃないか。昨晩といい、これからといい、父が私の身を案じてくれたりするのは事実なんだから、その代償は受けないといけない。

 なんならまた、パパ大好きってまた言ってやろうか。鼻で笑われるのがオチだろうが、照れ隠しの仕方くらい、十九年も娘をやっていたら知ってるからね。 

ああいう独白シーン好きです。

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