布陣
これからの捜査の仕方について決めていく。
部屋の空気が一気に沈んでしまい誰も口をきかなくなった。少しは反論して欲しいのだけど、自分で言っておきながら、間違っていないと思う。ただ間違ってないだけで、正しくはない。
「さて、けどここで諦める私じゃない」
ずっと立っていてるのにも疲れたので父の横に腰を下ろした。
「確かに私たちは何もできないが、何かしようとすることはできる。そのための話し合いさ」
有華ちゃんが俯けていた顔を上げて、目を輝かす。素直に可愛いと思ってしまった。ああ、けど一応言っておくけど私は女だ。まあ、愛があれば性別なんて……まあ、今はいい。
「秘策があるんですね」
「いや秘策ってものじゃない。地道な努力さ」
私たちに残された手段なんて限られている。そして最悪なことに、その中に事態を一気に打開するような必殺技はない。
「誰が"cube"なのか、誰が『主』なのかを特定する。これしかない」
バカみたいに当たり前のことだ。何かを期待をしていた三人の顔がしぼんでいくのがよく分かった。
「それができないから、困ってんじゃないのかよ」
仁志がそう嘆き、二人が同調して頷く。やっぱり中途半端だ。もうちょっと考えないといけない。
「なんのためにここに君と有華ちゃんがいると思ってるんだい」
この言葉に二人は何を言われているか分からない様子だったが、父が大きく目を開けて、バカを言えっと大声を出した。耳元でそんな声を出されると鼓膜がおかしくなってしまう。
「お前は自分が何を言ってるのか、分かってんのか」
「今日はまだ飲んでない。頭もさえている。その状態で言ってるよ。そんなに大きな声を出さないでほしいね。乙女の繊細な耳を何だと思ってるんだい」
この親子の口げんかを見て仁志がやっと私が彼をこの話し合いに参加させた理由を察したようで、盛大にため息を吐いた。オーバーリアクションだな、全く。
「つまりあんたは俺らに、生徒の中で誰が"cube"なのかを調べる、いわばスパイをしろって言いたいんだな」
「ビンゴ。大正解だよ、ひぃ君」
秘密結社である"cube"。分かってることは少ないが、ある決定的な情報が漏洩してしまっている。それは会員が全員、生徒であるということ。そしてこのせいで私が在学していた頃から、あいつが"cube"なんじゃないかという根も葉もない噂がたくさんあった。
そして驚くようなことでもないが、私が疑われたこともあった。もちろん、うまいこと言い逃れて無実だと納得させたが、多くの"cube"が同様の経験をしてるはずだ。けど言い逃れても、一度噂が流れるということは、なんらかの根拠があったりする。根拠がなくても噂になり得るほどの説得力があるはずだ。
そしてできるなら私はこういう噂の類を、仁志と有華ちゃんに持ってきてほしい。仁志はこれで生徒会長という身分なので情報は掴みやすいだろうし、有華ちゃんは女子。こういう噂の多くは女子が発信源だから、比較的小さな噂でも入ってくるだろう。
こればかりは生徒じゃないとできない技だ。
「スパイっていうのは大げさだね。ようは噂に敏感になって、重要そうなのを私に教えてくれればいい」
あとは私の仕事だ。噂になった人物を調査や接触したりして、"cube"かどうか確かめてから更には『主』かどうかを調べる。これが功をなす可能性は少ないが、こういう手しかもう残っていない。
もちろん、父が声を荒げるのも分かる。これは二人が『主』に目を付けられる可能性が十分にあるから。
「もちろん嫌なら断ってくれ。ただ、私としても困り果ててるんだよ」
返答するのに時間がかかるだろうと思っていたのに、やりますという決意に満ちた声がすぐさま返ってきたので、ちょっと驚いてしまった。声の主は有華ちゃんだ。
彼女は両の拳を強く握りしめ、それを膝の上で震えさせていた。
「私はやります。それが役に立つなら、やりとげます」
その声には、もはや誰も邪魔することができない意志の固さが含まれていて、彼女に何か言おうとした父もそれを感じ取り開けた口を閉じた。父を黙らすとはすごい。拍手ものだ。
彼女としてはなんとしても茜ちゃんの仇を取りたいわけだ。そのためならある程度の危険は何てことないんだろう。それを利用するというのは、何か忍びないがここは遠慮していられない。
「……なら俺だってやるしかないな。後輩の女の子一人に任すわけにもいかない」
頭をかきむしりながら、本当に面倒そうに仁志が受け入れてくれた。何だかんだ言って彼が私の言うことを無視したことはないし、ましてや後輩を放っておけないんだろう。変に優しいところがあるから。
後輩二人が受け入れてくれたので、私としては大満足なわけだが納得できない人もいる。
「さて父上、色々と言いたいこともあるだろうね」
「当たり前だろ、馬鹿娘」
「じゃあ、父上にも協力してもらうよ。警官を数名、しばらくこの学校に派遣してくれ」
私の要請に父はまた驚いたようだけど、私がなにをしたいのかをすぐに察した。
「制服警官が校内、あるいは学校の近くにいるなら『主』は大層動きにくい。しかも同時並行的に校内で"cube"探しが進められる。もしかしたらなんらかの反応を見せてくれるかもしれない」
どういう反応かは正直想像もつかない。下手をすると最悪の反応をしてくるかもしれない。ただ、『主』みたいな影も形も分からない奴をあぶり出すのにはもうこういう手段しかない。
「なぁに、心配することじゃない。この後輩二人は私が護ってあげられるんだ。これからしばらく私はこの学校に居座る。朝から放課後までだ。もし『主』が身に危険を感じたら、二人より私の方に刃を向けるはずさ」
私としてはこれ一番ありがたい反応だ。正直、この計画で危険な目にあうのは私だけにしたいし、もし『主』が私を狙ってくるのなら接触するチャンスが生まれるかもしれない。もちろん、かなり危険な賭ではあるけど、こういうのは嫌いじゃない。
来るなら来ると良い。受けて立つさ。
「お前なぁ」
父が情けない声をあげる。本当に親ばかだな。
「大丈夫だよ、そんなに心配しないでくれ。それに心配なら、早いとこ警官を派遣してほしいね」
この要請に応えるのは父じゃなく警察だ。だからこそ、父は不安がっている。
「警察じゃ、安藤茜は自殺だって流れだからな……」
さっき春日の婆さんが言っていたとおり、自殺説が主流になってしまっている。そしてその状況じゃ、警官を派遣するというのは父が頑張っても無理だ。
「だからこそ『証の箱』を一刻も早く見つけてくれ。それでどうにかなる」
茜ちゃんの箱さえ見つかれば、連続殺人説に軌道修正ができる。そうなれば学校に警官を派遣するなんてわけないだろう。
「とにかく、もうこれしかない。父上、警官がいない間は私が警官の役割も果たすよ。だからどうか早いとこ、上層部を説得してくれ」
父は、こう言ってはなんだが一人の刑事でしかない。警察の捜査の指揮権は担っていない。そういうのを掌中にしているのは警察の上層部。父ならある程度顔はきくらしいが、さすがに数名の警官を動かすとなると簡単にはいかないだろう。今でも父は私の言葉を信じ、自殺説を否定してくれているが流れは変わらない。
「さて、と。今日の話はこれでお仕舞いだよ。何か質問はあるかな」
三人の顔を見ていくと誰も何も言わない。じゃあ、解散にしようかと提案しようとしたとき、有華ちゃんは遠慮がちに手を挙げて質問してきた。
「この作戦には関係ないことですけど、"cube"って何をする組織なんですか」
次回で2章は終わります。




