弟分
蓮見は高校での捜査を開始するにあたり、一人の協力者をつける。
最低限、これだけは言っておこうと思った。相手は聞く気もないのだろうが、後で文句を言われるのも面倒だし、それが唯一できることだった。
学園長室から出てきた私を教師たちがまじまじと見てくるので、ついで宣言しておいた。
「ああ、しばらく校内をうろつくけど邪魔にならないようにするから我慢してくれ」
誰の許可も得ていないが既に私の中では決定事項。教師たちはあからさまに顔をしかめたが、事情を察しているので文句を言ってくる人はいない。理解のある人たちで助かった。
職員室から出ると見知った顔を見つけた。この学校の制服を身につけた有華ちゃんが私を見ると、目を輝かせてくれたのでつい微笑んでしまう。
「本当に来てくれたんですね。母校は懐かしいですか」
「茜ちゃんとの約束だし、君への償いがあるからね。まあ、母校の懐かしさなんて君の可愛さに比べたらなんてことはない」
この事件の犯人を捕まえる。あの日、私は茜ちゃんにそう依頼させた。とうの彼女を犠牲にしてしまったものの、それがなくなったわけじゃない。それどころか彼女のためにもなんとしてでも、『主』を突き止めないと。
そして私が何より負い目に感じているのは、今目の前にいる少女の依頼を失敗に終わらせてしまったこと。それどころか、彼女には親友が焼け死ぬ姿を見せてしまった。彼女から何度も蓮見さんのせいじゃないと言われたが、責任を感じないわけにはいかない。
「またそれですか。私なんかもういいじゃないですか。大切なのは犯人を捕まえることでしょう」
有華ちゃんの復活は素晴らしい。あの時、泣き叫んで親友の悲劇を見ていたかと思うと、葬儀では友人代表として涙で声を震わせながらも式辞を読み上げた。そして一週間経った今日、胸の内に親友の仇を取ると心に決めて私に協力してくれている。
結局、茜ちゃんは個人が特定できないほど損傷してしまっていた。全身火傷に、転落だ。警察もお手上げだったらしい。親友がそんなひどい死に方をしたというのに、この少女は今ちゃんと立って歩いている。それだけで素晴らしい。
「そうだね。とにかく、生徒会室へ行こうか。君にも話しておかないといけないことがあるんだよ。ちょっと長くなるけど、我慢してくれカワイ子チャン」
こういう私の減らず口に慣れた彼女はくすっと小さく笑った後、はいはいと聞き流した。こういう反応だと冗談も言い甲斐がある。
吹奏楽部の練習がBGMになったみたいに、階段をのしのしとのあがっていく。私服姿の私を何人もの生徒が怪訝そうに見てきたが、結局何も訊かずに通り過ぎていく。よく考えたらタバコをくわえたままだった。これじゃちょっと関わりたくないか。
生徒会室は私が在学中から思っていたのだけど、随分と待遇がよすぎると思う。扉の作りがまず学園長室に似ているうえ、実は中身も似ている。一部学生が不平を言うのは無理はない。けれどこれを手にするためにかつての生徒会役員がどれほど奮闘したかは、一本の映画ができるほどのものだったらしい。
「さて有華ちゃん、ちょっと静かにしてくれよ」
人差し指を唇に当ててそう促すと、彼女は不思議そうにしたものの、黙って頷いてくれた。それを確認してから小さく息を息を吸って、喉の調子を整える。
「会長、いますかぁ」
有華ちゃんが目をひんむいて驚いている。いきなり横にいる人が日頃からは想像もできないような猫撫で声を出したのだから当然だ。
「今忙しいからまた今度にしてくれ」
扉の向こうから聞こえてきた、偉そうだけど威厳のない声は聞き覚えのある男の子のものだった。全く、少し目を離すとこうやって調子に乗るんだから。
早速声を元に戻してみた。
「へぇ、随分と言うようになったじゃないか、ひぃ君」
その瞬間、扉の向こうでどたばたとやかましい音が立てられた。落ち着きがないのも相変わらず。成長なしとは情けない。
映画になりうる努力で手にした扉が恐る恐る、というか面倒になるくらいゆっくりと開いていく。待つのは嫌だったので、ある程度開いたところで一気に全開にしてやったら、部屋の中にいた青年が姿をみせた。
茶髪にワックスでかためたトゲトゲした髪型で、制服もかなり乱して着ている。片耳にだけにはめたイヤホン。もう片方は、情けなく垂れ下がっていて、今も彼の胸元あたりで振り子みたいに揺れている。
「久しぶりだね、ひぃ君。元気だったかい」
とても元気そうには見えない。私の登場によって、顔の血の気が失われていて、一見すると不健康そのものだ。
「……あんたは卒業したはずだろ」
もうそれしか言うことができない様子だ。そこまで嫌わなくてもいいだろうに。
「もちろん卒業したよ。卒業式の日に泣いて悲しんでくれた後輩がいたことだってちゃんと覚えてる」
「泣いて喜んだんだっ。分かってるだろう」
二年前の卒業式、彼がまだ一年生のときの話だ。彼は確かに卒業する私の側で、周りにいた女子の卒業生よりも泣いていた。なかなか面白い光景だったので今も私の携帯のデータの中に、一分程度の動画として残してある。
「けどまあ、来るとは思っていただろ」
「最悪、本当に最悪来るなとは思ってたけど、連絡くらいしてくれよ」
「サプライズだ。嬉しいかい」
「死んでくれ。頼むから」
この生意気な態度を見るのも久々で懐かしい。
「あの、えぇと、蓮見さん……」
取り残された有華ちゃんが袖を引っ張ってくきて、置いていかないでくださいと目で訴えかけてきた。そういえば彼女に紹介していなかった。
「ああ、すまないね。彼は桜井仁志という三年生で、知ってるかどうかは知らないけど、今はこの学校の生徒会長だ。まあ、ただの不良かぶれだね」
お粗末な紹介をした後、私は仁志を押し退けて無駄に金をかけた部屋へ入っていった。有華ちゃんにも手招きをする。彼女は戸惑っていたようだけど、仁志が憮然としながらもいいと答えたので遠慮がちに入ってきた。
これが生徒の使う部屋か。あんまり学園長室と変わらない。作りはほとんど一緒だ。置かれているものが安物になってるだけ。全く、大した仕事もしないくせに。
「さて、ひぃ君、もう少ししたら客人がくるから扉は開けて置いてほしいね。あの人は方向音痴なところがあるから」
「この部屋の責任者は俺だぞ。勝手に予定を作るなよ」
「真剣な話し合いのためだよ。我慢してくれ。あとでキスしてやるから」
彼が舌を出して、あっかんべぇとしながら中指を突き立ててくる。あの仕草は小学生の頃から変わらない。私と仁志が初めて会ったのは彼が小学五年、私が中学一年の時だ。家がそこそこ近かった私たちは何度か顔を見たことはあったが話したことはなかった。
あの年の冬、私はすでにタバコに手を出していた。ただ人前で堂々と吸うわけにはいかなかったので、人があまりにいない近所の公園に足を運んだら泣いている彼を見つけた。当時、いじめにあっていた彼はそこで誰にも見られないように体を丸めていたんだ。
紆余曲折あったが私の助言でいじめを克服した彼は、最初は私に懐いていたもののどういうわけかいつの間に嫌われてしまっていた。
まあ、私が彼の弱みを知りすぎたのが理由だろう。
「ひぃ君、彼女は鴻池有華ちゃんだ。君の一つ後輩にあたる。今回君と同じでサポートに回ってもらう」
手短に有華ちゃんの紹介を済ますと、彼は目をつり上げた。
「なんで俺がサポートするって決まってんだ」
「口答えしないの。あのこともあのことも全部言ってやろうか」
不適な笑みを浮かべてやると目で分かるくらい震え上がった。この脅しは効果は絶大なのだけど、実行したことは一度もない。いい加減嘘だと気がつけばいいのに。可愛い奴だ。
ここでようやくこつこつという足音が聞こえてきた。さて、すぐ来るな。
「客人ももうじき来る。二人とも腰掛けるといい」
有華ちゃんはあまりにも他の教室と扱いが違うこの部屋を見渡しながら、静かにソファーに座り込んだ。仁志はここは俺の部屋だぞとまだ文句をつけながらも有華ちゃんと少し離れて座った。
私は窓際によって外を眺める。
「レイ、来たぞ」
ぶかぶかのトレンチコートを着た、オールバックの厳つい顔の男が急に部屋に入ってきたので有華ちゃんは驚いていたが、私と仁志は落ち着いていた。
「さすが。時間通りだよ、父上。まあ座ってくれ。立ってるのはしんどいだろ」
「人を年寄りみたいに言うな」
「自分が若いと思ってるなら、考え直した方がいいね。この間演歌のCDを買ってきてたのを娘が知らないと思ったら大間違いだ」
演歌は年寄りが聞くものとは私は思わない。演歌歌手の追っかけをしている友人だっている。ただ、演歌にはまるのは年寄りだと言っていたのは紛れもなく父だったりする。
色々と何か言いたげだった父だが口で私に勝てないことはもう思い知っているので、ふんと鼻息だけたてて二人と向き合うようにソファーに座った。
これで役者がそろったわけだ。
「じゃあ、話を始めようか。議題は――」
私は座った三人を見渡した後、胸元から『証の箱』の写真を取りだした。
「"cube"についてだ」
2章は説明が多いと思います。次回はcubeのちょっとした説明です。




