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10:野獣の初仕事です。やっとです。

 どうして。なんで。こんなことに。


 阿鼻叫喚。混乱を極める目の前の戦場に、私は答えが返るわけもない問いを頭の中で繰り返しながら、必死になって剣を振るう。びしゃりと飛び散る黒紫の血液。どろりとしたそれに足下をすくわれそうになりながらも、守るべき人を必死に捜す。


 一際大きな狂った猪が、私が目指す人影にその獰猛な牙を突き立てようと突進してくる。ダメだ。ダメだ。その人だけは。


 真っ赤に染まった左腕をだらりと下げたまま、身の丈を越す大戦斧グランドアックスをぎっと握り直し、美女は地を蹴った。空間そのものを切り裂くように大きく振られた大戦斧グランドアックスはしかし、常の速さを再現出来ない。


 華奢な身体が撥ね上げられて宙を舞う。


「――ノーマン隊長ぉおおッ!!」


:::


 自覚の無いまま私の騎士人生をかけた一大博打。美味しいところをバレンシア隊長にごっそり持って行かれた上に、とんだ茶番でひと段落したが、希望が叶った私は晴れ晴れとした気持ちで腰に剣を帯びた。


 作戦が決まってからの展開は早かった。数年前に山腹の土砂崩れでできた拓けた場所に、腐猪キャオノヴァが好む植物――パヴァルというらしい――を絞り浸した布を軽く埋め、その場所の山裾側に杭とロープで簡易包囲網を設置する。万が一討ち漏らしたときに村に迷惑をかけないようにする為だ。そこには後方支援として第九部隊の三分の一と各部隊の見習い騎士(シャギルディ)が陣取っている。最終手段として油と火矢の用意もある。もっとも、山火事を引き起こしてはいけないので本当に本当の最終手段だ。


 粗方の準備が整うと、ノーマン隊長の指示で泥を鎧に塗りたくる。指示された瞬間に全員に困惑の色が走ったが、率先してノーマン隊長、第三部隊の半数の騎士と僭越ながら私がそれを始めたため、戸惑いながらも皆がそれに従った。悪ノリしたノーマン隊長がクリフ隊長の顔にまでケラケラと笑いながら泥を塗ったのはやり過ぎだと思うが、クリフ隊長が怒ってないうえに、全体がちょっと和やかな雰囲気になったからいいだろう。…クリフ隊長からほんのり桃色の空気が漂っているような気がするのは…きっと気のせいだ。


 そうして、水を含んだ土独特の臭いを感じながら、風下へ移動する。今日の風は山頂から吹き下ろしているので広場の両脇の木々の間に身を潜める。前線は第三部隊。中距離支援はクリフ隊長率いる第五部隊。そして、それぞれに第九部隊の騎士が混じる。バレンシア隊長は後方支援の指揮のため、最終包囲網の側だ。


 じっと身を潜めること30分。14頭の腐猪キャオノヴァがのっそりと姿を現した。布の埋めてあるあたりにふごふごと鼻を鳴らして集まって行く。やはり大きい。感覚的に軍馬と相対する感じだ。いや、胴がずんぐりとしていて重量があり、かつ鋭い牙が剥き出しになっていることを思うと、腐猪キャオノヴァ1頭が軍馬3頭に匹敵するだろう。自分より大きな動物を相手にするのは、どれだけ訓練していてもやはり怖いものだ。知らず、剣を握る手に力が籠る。


 周囲を警戒していた1頭の腐猪キャオノヴァが、他の腐猪キャオノヴァと同じく土を掘り返し、警戒が解かれたその瞬間、木々の間から大戦斧グランドアックスを担いだ野獣が飛び出した。


「ぶっ殺せぇえッ!!」


 その掛け声はどうなんだ!?確かにやることはその通りなんだけれども!


 ヒャッハー!と凶悪な笑みを浮かべて走るノーマン隊長に、なんだかちょっと全体的にヤケクソな雄叫びを上げながら、我々は彼女を追いかけた。


「でぇりゃぁあ!」


 ゴウッと空気を裂いてノーマン隊長の大戦斧が中の方にいた腐猪キャオノヴァの首に深々と埋まり、どおんと巨体が倒れた。何頭かが慌てて逃げようとするも、騎士達が3人ずつ組みになり包囲する。一方で、何頭かがノーマン隊長に襲いかかろうと頭を低くし突進の構えをとる。しかし、ノーマン隊長の方が速い。先程の腐猪キャオノヴァの首に埋まった大戦斧を一息に引き抜いたかと思うと、その勢いのまま、直線軌道上にいた腐猪キャオノヴァの脳天に大戦斧を振り下ろし、さらにその勢いに乗って彼女は宙を舞い、腐猪キャオノヴァの背に着地する。まるで軽業師だ。


 おかげでノーマン隊長の背後を狙っていた別の腐猪キャオノヴァが目標を失って止まりきれず、脳天に一撃を貰って絶命した腐猪キャオノヴァに真正面から衝突した。事切れた仲間の牙が深々と顔面に刺さり絶叫する。ノーマン隊長はというと、腐猪キャオノヴァが衝突するタイミングでまた宙を舞い、衝突してきた方の腐猪キャオノヴァに乗り移ると、腰に装備していた予備剣を抜いて腐猪キャオノヴァの首を裂いた。目を逸らしたくなる勢いで腐猪キャオノヴァの黒紫の血が噴出する。


 早々に3頭も仕留めたノーマン隊長。信じられないほど返り血を浴びていない。腕の立つ武人ほど、戦闘で身体を汚さないとはまさにこのことだ。その後、ノーマン隊長は大戦斧を回収して、苦戦しているところを3カ所ほど助けると、腐猪キャオノヴァ討伐はひとりの負傷者も出すこと無く、あっさりと幕を下ろした。


「お疲れさまでしたノーマン隊長」


 露払いをして剣を納め、ノーマン隊長に歩み寄る。後方ではバレンシア隊長が包囲網の撤去を指示していた。クリフ隊長もこちらに向っている。周囲では新人騎士ドゥキバーゼ中級騎士サハラシュヴィ腐猪キャオノヴァの血抜きを始めていた。

 討伐した腐猪キャオノヴァは地元の村に寄付することになっている。それを作戦決行直前に知ったノーマン隊長はせめて牙だけは回収させろと駄々を捏ねた。腐猪キャオノヴァの牙は文具商に高値で売れるらしい。だが、討伐で回収出来る資源は個人の懐に納めることは出来ない。基本的には現地に還元、もしくは騎士団か軍に納められる。それらが団規で定められている上に、歩く団規の異名を持つクリフ隊長がいるから絶対に無理だと諦めさせた。


「…異常だな」

「え?」


 累々と転がっている腐猪キャオノヴァを眺めながらノーマン隊長が呟いた。


腐猪キャオノヴァは山の主なんて呼ばれるくらい数が少ねぇ。繁殖期に罠を仕掛けても2組のつがいとその子供で8頭かかりゃとんでもねぇ大猟だ。なのに14頭。それも全部成獣だ…いくら異常に増えたつっても多過ぎる…」


 告げられた言葉、そしてノーマン隊長の深い警戒の宿った視線。ぞわぞわと不安がこみ上げた。まだ、気を抜いてはいけないのかもしれない。そう思って周囲に視線を巡らせた。その時だった。


 びしゃっ


「ッ!」

「ノーマン隊長!」


 突然、ボールのようなものが立て続けに3個、ノーマン隊長に向って飛んで来た。彼女は私を突き飛ばし、完全に不意打ちだったそれらを驚くべき反射神経でふたつ避け、ひとつを左腕で払いのけた。


 だが、そのせいで破裂したひとつはノーマン隊長の左腕をべったりと汚した。地に落ちたふたつのボールもその中身を地にぶちまけている。どろりとした黄色い液体。甘ったるいのに気分が悪くなるようなえた匂いが広がった。


「ノーマン隊長!大丈夫ですか!?」


 私は慌てて立ち上がり、ノーマン隊長に駆け寄る。何人かの騎士もそれに気付いて作業の手を止めた。ざわ、と困惑が広がりかけた時、黄色い液体を検分していたノーマン隊長がバッと頭をあげ、私を振り返った。


「――逃げろ」

「え?」

「逃げろピエール!走れ!全員走れ!走れぇえッ!!」


 突如叫び出したノーマン隊長。一瞬にして広がる困惑。その中でいち早く反応したのはクリフ隊長だった。


「総員退避!」


 空気が震えたかと錯覚するほどのクリフ隊長の号令で反射的に全員が走り出すのとどちらが速かっただろうか。林の奥から、腐猪キャオノヴァの大群が姿を現した。


 数が多い。ざっと数えても20頭。完全に先程と立場が入れ替わった戦場は混乱を極めた。号令に反応が遅れた者、腐猪キャオノヴァの血液に足を取られた者が突進してくる腐猪キャオノヴァに撥ねられ、次々に倒れた。


「くそったれがあ!」


 私の目前に迫った腐猪キャオノヴァをノーマン隊長が軌道を逸らしてくれた。しかし、その拍子に牙が彼女の左腕をえぐ抉って行く。


「隊長!」

「前見ろボケッ!」


 間髪入れず突進してくる腐猪キャオノヴァに私も抜剣し、応戦する。ノーマン隊長を気遣う余裕がガリガリと削られた。腐猪キャオノヴァは、逃げ惑う騎士を追わず、我々の周囲で狂ったように頭を上下させ、攻撃しようと地を蹴る。腐猪キャオノヴァに囲まれた騎士の数はわずかに13名。内、5名が倒れている。腐猪キャオノヴァを殲滅し切り抜けるのは絶望的な人数だった。


「殺そうと思わなくていい!足を狙え!目は狙うな!手がつけられなくなる!」

「はい!」


 ノーマン隊長の声に冷静に返事をしながらも混乱する。どうして。なぜ腐猪キャオノヴァは私達の周辺を回っている。これではまるで。


――ノーマン隊長を狙っているようではないか。


「攻撃に転じる!総員走りながら陣形を整えよ!」


 坂の下からクリフ隊長の声が響いた。


「各部隊中上級騎士により杯の陣形(カティンカパ)を展開!新人騎士ドゥキバーゼは後方より矢を放ち注意を引け!見習い騎士(シャギルディ)は衝突と同時に散開!負傷者を回収し後方部隊に引き渡せ!突撃準備!」

『おおッ!』

「ノーマンを援護し、腐猪もくひょうを殲滅せよ!――突撃ッ!!」


 さすがは最年少天才騎士、と感嘆している暇はない。倒れた騎士が再び腐猪キャオノヴァに踏まれないようになんとか庇いながら、足を狙って剣を振るう。だが、そう簡単にはいかない。足下は血でぬかるみ、踏ん張りが利かない。そのうちにジリジリとノーマン隊長と引き離され、横切る腐猪キャオノヴァに視界を奪われ彼女を見失う。焦りが募った。


 地響きと、雄叫びと、鎧の鳴る音を連れて、陣形を整えた騎士が腐猪キャオノヴァに攻撃を開始した。形勢がいっきに有利になった。矢に釣られて1頭、2頭と私達の周りから腐猪キャオノヴァが離れていく。私は負傷者を引き渡しつつ、攻撃を続け、ノーマン隊長を探す。いやな予感がした。焦りが増す。彼女が左腕を負傷していることが気がかりだった。早く。早く。ノーマン隊長。


 見つけた。なのに。


「――ノーマン隊長ぉおおッ!!」


 華奢な身体が腐猪キャオノヴァに撥ねられ宙を舞った。私は絶叫し、剣を放り投げ、走る。彼女を受け止めるため、着地点に走り込む。そこにはすでにもうひとり。


「バレンシア隊長ッ」

「来るぞ!」


 ハッとして、とっさに腕を伸ばし、ノーマン隊長をふたりで受け止める。ほっとする間もなく、バレンシア隊長はノーマン隊長を首に巻くようにして担ぎ上げた。


「クリフ!」


 叫んだバレンシア隊長を、クリフ隊長がちらりと視線を寄越し、ぐんとひとつ頷く。


「総員撤退!総員撤退せよ!木々の間へッ!!」


 クリフ隊長の声に、突き動かされるように走る。広場から木々の間へ飛び込み、可能な限りの速さでバレンシア隊長とともに走る。


 荒れ狂っていた腐猪キャオノヴァは、何故か他の騎士には目もくれず、私達を追って来た。間一髪、木々の間に逃げ込めば、腐猪キャオノヴァが木に激突する音が立て続けに響く。私達は、後ろを振り返ることなく、走り続けた。





《サブタイ》童貞隊長名誉挽回


うちのヒロインはよく宙を舞いますね。

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