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三十七話

「サソリを操ってるとなると、祈祷師か、魔法生物の作成に長けた錬金術師か……あるいは魔物を飼い慣らせる特殊な技能を持った連中か。いずれにしろ厄介っすね」


 この世界の様々な職能に身を窶す人間の生業をオレたちよりも遥かによく知るクロウが悩ましげな顔でそう言う。

 純粋にこの世界の人間と言えるのはオレとリンとクロウのみ。

 そしてオレは元々寒村の子供に過ぎず、その後は奴隷剣闘士から解放奴隷の剣闘士になりその後は冒険者と知識を得る暇など殆ど無かった。得れた知識はこの世界の創造背景などの基礎中の基礎知識に過ぎない。


 リンはシェンガから武者修行の旅に訪れた剣士でこの辺りの職能に詳しくはない。共通した生業に就いている者もいるようだが、虫を操るような生業に心当たりはないようだ。


 そしてクロウは元々冒険者としての経験があるし、それ以上にオレたちなどより遥かに長く生きているのだ。

 戦闘力はあまり頼りになりはしないが、その基礎知識と交渉術と言った物騒ではない対人コミュニケーションには長けている。

 クロウもクロウで得難い人材なのだ。まぁ、替えは効いてしまうのだが。


「そう言った連中が一体どんなことをしでかしてくるかは分かるか?」


「ドルイドだったらここらはホームっすからね……かなり拙いと思うっすよ。凄腕の祈祷師、ドルイドだったりすると森に逃げられたら勝ち目はねえっす」


「洞窟から逃がさなきゃ?」


「勝ち目はあるっすね、相手の力量次第っすけど……錬金術師だとすりゃむしろ拠点に踏み込むことこそ自殺行為なんで、ここから出さにゃ拙いっす」


「魔物を飼い慣らす技能を持った連中だったら?」


「本人はヘボな場合が多いっすね。魔物頼りなんで、ここの魔物始末出来りゃ怖いこたねっす。回復魔法なんかは使えたりするらしいっすけど、それぞれなんで。いずれにしろ本人の戦闘能力はあんま無いそうっす」


「そうか。いずれにしろ相手のツラ拝まにゃ意味はなさそうだな。進むぞ」


 相談を打ち切って進む。魔法による探知網でこちらを既に感知して準備を整え始めている可能性も否めないのだからな。

 出来るだけ素早く進撃しなくてはならない。


 まばらに壁に簡素なランプがあり、完璧とは言えないまでも視界に不便はない。

 松明による空気の汚染も不安なので松明に着火する事はなくランプの灯りを頼りに進んでいく。


 このランプを灯している奴はさほど小まめな性格ではないのか、ところどころ油が切れて火が消えているランプも見受けられる。

 少々不便ではあるが、わざわざ油を足して着火するなんて言う手間をかけたくもないので多少の不便は承知で進んでいく。


 足元に小型のサソリでもいたら面倒だな……そう考えながら曲がり角を曲がったところで奥にサソリの姿を垣間見た。

 隊列は一列にならざるを得ない程度の広さを持った通路と言う事を認識すると、オレは腰の剣を引き抜いて肩に担ぐようにして一気に駆け出す。


 オレの走る音か、あるいは走った事による震動か。オレの存在を認識したサソリはこちらに振り返ろうとするが既にオレは間合いに入っている――――!


 肩に担いだ剣を体ごと振り下ろすように、前方宙返りを決めるような形でオレは渾身の力でアダマンティン製の剣をサソリの横っ腹に叩き込んでいた。


 オレの剛力と重力、速度を付加された大上段の一撃はサソリの殻を軽々とぶち抜いて一刀両断。

 体液と哺乳動物に比べ遥かに簡素な内臓をばら撒くが、直後に尾節がオレに襲い掛かる。

 虫の厄介なところはこの強靭な生命力だ。動物なら即死しているだろう損傷ですらも単純な身体構造を持った虫は短時間ながら生命を長らえて見せる。


 だが脚部の支えを失った尾の一撃は狙いが甘く、それを軽々と回避すると片手で振るった剣が尾を半ばから両断する。

 サソリは甲殻類のような見た目ほど殻が丈夫ではなく、簡単に切り裂けるのだ。実際の構造はクモに近く、その強度もクモに近い。


 体の上部は旋回を続けてオレに襲い掛かろうとするが、減った脚部では旋回も難しく、オレに鋏による一撃を加えようとするが僅かに届かない。

 消化試合のように両鋏も斬り落とし、最後に頭を叩き割って始末を終える。


 ここまでやってようやく死に至ると言うのだから虫の生命力と言う奴は面倒だ。何とも頑丈な上に、収入もないと来た。最低だ。

 尾の毒を利用出来ないかとも試してみたが、武器に塗布して利用する程度では大した効力が見込めなかった。元々強力な毒ではないらしく、大量注入される事で致命的な威力を発揮しているらしい。


「他には……見えんな」


 後続のリンとマックスが追い付いてくる。


「手早いな。他には」


「オレには見えん」


「私の方でも見えません。向こうの壁も見えてます」


「よく見えるな」


 ランプが燈っているとは言えかなり暗いのに、どういう視力してんだか。


「こっちの目、暗視機能と赤外線カメラ機能つきの義眼なんです」


 そう言ってマックスは傷跡の走っている右眼を指差して見せた。薄暗くて今は見えないが、確かに鳶色の左目と違って真っ黒な瞳だったなと思い出す。

 失明しているので瞳孔が開きっぱなしになっているのかと思っていたが、どうやらそう言う事ではなかったらしい。


「ふーん、便利なもんだな。その義眼予備あったりしないか」


「私の生体に調整してあるからあなたの視神経とはつながらないですよ」


「あーそうかい」


 まぁ、使えると分かってたらマックスの方から教えてくれたか。そう思いつつ、向こう側の壁を睨む。

 とりあえずこの通路は確保したわけだが、通路の狭さは予想以上だ。ここから先もサソリが出てくるとなるとオレの負担ばかりが激しい。

 途中でリンとスイッチする事も考えるべきか。そう思いつつ剣を肩に担ぎ直して歩き出す。


「さあ、行くぞ」




 途中途中でサソリが姿を現すが、通路は狭くサソリたちはその脅威である数を全く活かせることも無く葬られていく。

 虫どもに魂があるかは知らないが、全ての魂の行きつく先である無限の魂の墓場、積み重なる空には次々とサソリの魂が叩き込まれている事だろう。

 始末したサソリは既に二十を超え、途中でリンと前衛を交代してスタミナの回復に努める。


「数ばかり多くて面倒だな」


 剣の一振りで両鋏を叩き落とし、更なる踏み込みで尾節も切り落として武器を奪い、返す刀に頭を断ち割ると言う早業で一瞬のうちにサソリを始末したリンが嘆息する。


「だからと言って魔法使い前に出すわけにもいかねえからな。集団ならいいんだが」


 リソースの無暗な消費は避けたいところで、そのためにはアレルやカチュアと言った魔法使いの魔力は温存したい。

 アレルとカチュアは魔力量はさほど多くないと言うし。クロウは元々そこまで攻撃性に特化したタイプではないらしいので、敵を薙ぎ払うと言った魔法は使えない。


 マックスは無尽蔵と言う言葉がふさわしいほどの魔力を持っているが、こう言った洞窟で使える小回りの利く魔法はほぼ無いらしい。迂闊に使ったらよくて洞窟が崩落するか、辺り一帯が更地になるとか。

 僅かにある閉所戦闘に向いた魔法も、手投げの飛び道具を作る魔法とかの暗殺用のものらしい。一対一が基本と言う事だ。


 その両極端な魔法使いのマックスに視線をやると、なにか? と言わんばかりに首を傾げられた。


「そろそろスイッチだ。前衛は張れるな?」


「ええ、問題ないですよ」


 しゅらりと音を立てて二刀を鞘から引き抜く。居合技もあるらしいが、間合いを測ったりする知能の無い連中にはほぼ無意味だそうで、最初から抜いておくらしい。


「こう言ったフィールドでは私の流派は無敵です。まぁ、相手が虫と言うのはちょっと不安ですが……」


「ほう、言うものだな。では見せてもらおうか、マックス殿の流派の力を」


「ええ、どうぞ? 技を盗めるならどうぞ盗んでくださって結構ですよ」


 そう言ってマックスは片唇を引き攣るように上げて笑って見せる。

 そして颯爽と歩き出すと、曲がり角を曲がった直後に加速して一挙に走り出した。


「ちっ!」


 リンが舌打ちして追いかける。オレも咄嗟に追いかけると、曲がり角の向こうではマックスが壁を蹴って上からサソリに襲い掛かる光景があった。


「せっ!」


 裂帛の気合いと共に放たれる斬撃。両手に握った小太刀を縦横無尽に走らせるその一撃はサソリの両鋏を細切れにしていた。

 だがサソリには最後の武器である尾節が残っている。それが翻り、マックスに襲い掛かろうとした瞬間、マックスの動きが速まる。

 先ほどまで手を抜いてたんじゃないかと思うほどの速度。一瞬でサソリの横合いを抜けると、両手の小太刀を用いた四連撃がサソリの尾節を細切れにしていた。


「まぁ、こんなものですか」


 最後のトドメにとマックスがサソリの頭を踏み潰す。最後だけやたらと原始的だな。

 そう思いつつ近づいていくと、リンがその瞳に好奇心の色を宿らせて口を開く。


「横合いを抜けた時、何か使ったな? あれは何だ?」


「さてね。お披露目と言う事で、私の流派の奥義を三つほど使って見せましたが」


「ふむ。それは身体操術か、歩法を含むか?」


「さて、どうでしょう」


 すっとぼけるつもりらしいマックスはまともに答えはしない。奥義を使った数は教えても、どれが奥義かは教えるつもりはないらしい。

 ただ、最後に使ったあの四連撃。コイツらを助けた時にオークと戦ったあの時に使ったものと同じに見えた。今回は射程の延長はしていなかったようだが。あれも奥義だろうか。


 最初に放った乱撃は受け切るなんて到底無理だろう。もっと技量が高まっていけば別だろうが。

 最後の四連撃はどうだろう。捌き切るのは決して無理じゃないだろうが、余裕を持った一撃にも見えた。追撃で刈られるだろう。

 マックスの剣士としての技量はオレより上だな。


 殺し合い、となるとどっちが勝つか分からない。でも勝ち目がないとは思えない。

 魔導士と言う存在はどことなく戦闘力として歪……と言う印象があるが、それはこの二人に限った話なのだろうか?

 強力な矛を備えながら、貧弱な耐久力しか持たないように感じる。


「なぁ、リン」


「なんだ」


「マックスの事をどう思う」


「どう思うとは? 人としてならば信頼できると思うぞ」


「ンなこたぁ言われんでも分かってる」


 どこか虚無的なところはあるが、人としては誠実さを備えた実直な人柄に思える。

 元々は心優しい人間だったのではないだろうか? と思わせる雰囲気もある。


「戦士としてどう思うかだ」


「そうだな……剣士としての力量で言えば、私の方が上だろうな」


「そうなのか?」


「うむ。私もまだまだ未熟だ。体格も成長し切ってはいない。だが、それはマックス殿も同じ。修練を積んだ期間はマックス殿の方が上の様だが……そもそも、どこか不具を抱えているようだからな、マックス殿は」


「不具って言うと……そう言えば隻眼だって言ってたな。どうやら視力はあるらしいが」


「それとはまた別に体幹がおかしい。義足ではないか?」


「えー……」


 前方を歩くマックスの姿を見るが、歩く姿に違和感は無く、義足などと言うようには見えない。


「瞬間的な戦闘力は私よりも上だろうが、純粋に剣士として戦うなら持続時間なども踏まえて私が上だろう。お前にも十分に勝ち目はあるだろう」


「そうか」


 オレの見立ては間違っていなかったと言う事だ。


「じゃあ、次の質問だ。マックスからはやたらと……なんて言うかな、重病人のような雰囲気を感じる。オレの気のせいか?」


「私もそう感じる。何かしらの不具を抱えていると思ったのもそれだ。病を得ているようには見えないが……」


 リンにもいまいち分かっていないらしい。

 最後衛に位置しているアレルはこのチームの人間の治療や身体状態の把握に一躍買っている事もあって何か把握しているかもしれないが、隊列を崩すのも拙かろう。疑問は後に解消するべきだ。


 さあ、冒険はまだ続いている。このサソリの巣窟で手薬煉を引いている香具師をブチ殺して今回の依頼を終わらせよう。

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