二十四話
ステファン・ベーディヒハイムは旅の騎士である。
さる王国に仕える騎士の一人であり、王より賜った密命を果たすべく諸国を旅している。
正確に言うと密命自体は既に果たしており、今は国に帰る途中である。
その彼は今、自身の矜持に従ってある1人の少女を連れて旅をしていた。
名をフランシスカ。各国の教会を回って、司祭になるための修行を積んでいる獣人の修道女である。
この世界で女の一人旅と言うのは危険にもほどがある。それ故に、彼は自身の良心に従って彼女の護衛を兼ねて旅に同行していた。
急ぐ旅でも無い上に、子供は国の宝である。そう言う理由で、彼は自身の目的を一旦曲げて彼女に同行していた。
一方、ステファンにつれられる側のフランシスカは少々戸惑い気味だ。
確かに一人旅と言うのは不安でしょうがない事ではあったのだが、元々司祭にはある程度の戦闘力も必須。
司祭と言っても教会でムニャムニャ祈ってるばかりではなく、戦うべき邪悪と戦うとかそう言う役目もある。
であるため、司祭には戦闘力が必須なのである。そして位が上になればなるほど魔法の腕が上がり、戦闘力も上がる。
教皇ともなると伝説の領域にある戦闘力を誇り、アンデッドの群れを一人で薙ぎ倒すとか。
であるため、この旅には司祭に相応しい戦闘力を養うと同時に、司祭に相応しくない者を蹴落とすための目的があるのだ。
同行者は認められるが、ステファンのように強力な戦闘力を誇る者におんぶにだっこになってしまっては問題なのである。
そのため、ステファンの同行は断ろうとしたのだが、本人が断じて譲らない。
戦闘力が必要なら色々と教えてあげるから……とのことなのだが。
確かに、フランシスカの見る限り、ステファンは強い。それも桁違いと言っていいほどに。
今までフランシスカが見てきた中で一番強い人間は、神に仕える騎士であるパラディンたち。
パラディンはクレリックより魔法の腕には劣るが、魔法と剣を同時に使う恐るべき戦闘巧者である。
ステファンはそれらパラディンを大幅に上回っている。
フランシスカは直接戦闘に手馴れているとは言えないため、どれほど差があるかはいまいち測り切れないが、隔絶した、と言えるほどの差がある事だけは分かる。
そのステファンに教えを乞えると言うのは確かに嬉しい事態なのだが……。
「おはようフランシスカくん! 見てみたまえ! 今日の朝日たるや、私の美しさに恥じ入ってその身を雲に隠してしまっているよ! ああなんて恥じらいのある太陽なのだろうね! まるで貞淑な貴婦人のようさ! だがこの美しい私は貞淑な貴婦人のたおやかな御手を取るべく生まれてきたのだから、この美しさが曇る空をも晴らしてしまうさ!」
ナルシストな上にうるさいのでノイローゼになりそうだった。
「おはようございますステファンさんー……」
ぐわんぐわんする頭を抱えながらフランシスカは起き上がる。昨日なにしたっけ……と思い出してみると、ステファンが飲んでいた酒を一口分けてもらったら速攻でノックアウトされた事を思い出した。
「ああ、おはよう! 具合が悪そうだね、それはよろしくない! さぁ、この薬を一口飲むといい! 少々強い薬だがとてもよく効く! 世界に存在する全ての美は逞しくあってこそだ! 故に不調と言うのは必ずや解消せねばならないだろうと私は思うのだよ! だから、さあ! 遠慮せずにこの薬をずずいと飲み込むといい!」
半ば押し付けられる形で渡された薬を一口くぴりとフランシスカが飲み込むと、驚くほどの素早さで体調が回復した。
「あ、あの、これってポーションでは……」
「はははは! その薬は君と言う美しき貴婦人に献上するにふさわしいだけの質はあると自負しているよ! この美しき私は鑑定眼も相応にあると自負している! ああ、なんて素晴らしいのだろうね、私は! ただ美しいだけではなく見識までも兼ね備える! 私と言う素晴らしい愛の騎士は、まさに完璧なのさ! この完璧な私が推薦するからにはその薬は素晴らしい物に違いないだろう? だからそれはポーションなのさ!」
回りくどい上に長いが、要するにポーションだった。
ポーションは高い代物だ。間違っても見習いの修道女がそう簡単に買えるほど安い物ではない。
そんなものを飲まされてフランシスカは気が気ではないのだが、ステファンには何を言っても無駄だとよく理解していた。
「さぁ、フランシスカくん! 体調が回復したのならば朝食を摂ろうではないか! 一日の始まりに取る食事の素晴らしさは紙に書き記す事も、まして不完全なる言葉で述べる事すらも難しい! この素晴らしく完璧な愛の騎士たる私でも、まさに筆舌に尽くし難き素晴らしい行いだと言う事さ! ああ、だが決して失望しないでおくれ! 私と言う愛の騎士は完璧さ! だが、私と言う愛の騎士の備える言葉に完璧さが無いのだ! 私は確かに完璧だが、欠けたるが故に完璧なのさ! 言葉で表しつくすことのできない、そのもどかしさこそが人の心を黄金へと導くのさ! 苦心し、言葉を練り、新たな言葉を創り出し、数多の詩人は素晴らしきサーガを紡いできたのだからね! 故に、欠けたるが故に、不完全であるが故に言葉とは完璧なのさ! その言葉をもって、私は君を朝食に誘おう!」
「は、はぁ……」
ステファンは終始こうだった。異常にテンションが高く、喋り出せば口は止まる事がない。いい潤滑油を使っているのだろう。きっと摩擦係数は皆無だ。
「さて、それでは……」
またステファンが長広舌を披露しようとしたとき、ドアがノックされた。
田舎の教会には決して珍しくない形態だが、礼拝堂しかないこの教会の戸を叩く者は滅多にいない。
なにせ人がいると言う事が滅多にないのだから。この村に住む神父も普段は農作業をしており、教会に居るのは掃除をする時か、休息日のミサの時くらいなものだ。
それなのに戸を叩くと言う事は、ここに誰かが居る事を知っていると言う事だった。
「どなたかな! 神の御家はいつ如何なる時も迷える子羊のために門戸を開いているよ! この愛の騎士たる私が迷える子羊を必ずや導いてみせようじゃないか! 神とは雄々しく気高き者! その偉大なる力で人々に祝福を与えし者! その愛すべき偉大なる神々の力添えになるべく、この非力なる完璧な愛の騎士は全身全霊をもって助力を誓おうじゃないか!」
どこからこんなに言葉が出てくるのかステファンの頭の中身を知りたくなってくるほどの言葉を垂れ流しながら、ステファンはその戸を開いた。
そこに居たのは、金髪の少女だった。
変わった点は殆どない。衣服もそこいらへんの村人が身に着けるような粗末ものだ。決して汚くはないが、特筆して言えるものはない。
強いて目立った点と言えば、村娘にしては少々可愛らしい容姿で、その目を覆い隠すようにバンダナを巻いていると言う事だった。
そして、腰に剣をぶら下げていること。
「おおっ! この衝撃たるや胸をナイフで突き貫かれるよりもなお鮮烈だ! 素晴らしい! おお、なんと素晴らしい!」
「は?」
「ああ、どう言葉で言い表していいものか! 千の言葉を用いても、万の夜を超えてもなお言い尽くせぬほどの衝撃だ! 私には分かるよ、君の持つ美しさが! その黄金を織ったかのように美しく輝く髪! 白磁よりもなお輝いて止まぬ白い肌! 宝玉の如く煌めく青い瞳! その全てが他の何物にも変え難く美しく私に見えるのだよ! 君はなんて美しいのか! その可愛らしい唇で私の名を囁いて欲しいと思わせるほどだよ! 私の心は君に奪われないかと、今も心配してしまうよ! 君はいつの間にか私の心を盗んで行こうとする、可愛らしくも大変いけない泥棒さんなのだからね! だが君の素晴らしさたるや、その外面だけではないよ! その心だ! 心が、心こそが人間の本質というものなのだよ!」
「…………」
「君の心は今もなお燃え立つ焔の如き熱さだ! 君は自らの心に途方もなく真摯だ! ああ、強くなりたい! 強くなりたい! そんな君の強い想いが私の胸を打ったのだ! ああ素晴らしい! 進歩しようとする意志こそが人間を最も輝かせる一番の要素ではないかと私は思う! 無論、美しさとは千差万別、この世に生きる全ての生命は美しい! 君の美しさが至高とは言えない! だが、君の美しさは君だけが持つ最高の美しさなのだ! だから、その美しさをどうか失わないでほしい! その素晴らしき心を、弛まぬ向上心を、なくさないでほしい! 何よりも君は人に愛を注げる! それがどれほど素晴らしいことなのか、愛の騎士たる私は知っている! 愛とは人を立たせる……」
「うるせえ! いつまで喋ってんだボケ!」
いい加減長広舌に耐え切れなくなったのか、金髪の少女が怒鳴り散らした。ステファンはにこやかな笑顔のまま黙ったが、フランシスカはよくぞ黙らせてくれたと喝采を上げたい気分だった。
「ったく、なんなんだお前は……あんたが遍歴の騎士って奴でいいのか?」
「ふふ、遍歴の騎士などと無味乾燥な名では呼ばないでほしいね! 私は愛の騎士だ! そもなにゆえに私が愛の騎士であるか……」
「分かった! よーく分かった! あんたは愛の騎士だ! すっげぇよく分かった! だから普通に自己紹介をしろ!」
「ああ、もちろんだよ! 私の名はステファン。ステファン・パラティヌス・ジュリアス・ル・オーデン・ド・ラ・ベーディヒハイム! ふふ、とても良い名前だろう? ステファンという名は私の祖先である六代前の人物の名でね! 彼はとても素晴らしい好人物であり、また高潔な騎士でもあった! 私はそのサー・ステファンにも並び立たんがごとく素晴らしい人物になってくれと願われ、彼の名を頂いたのさ! しかし、悲しいかな! 私は余りにも素晴らしく、そして美しい人物であったが故に、かつて名を馳せたサー・ステファンの名は廃れてしまった! 今では私こそがサー・ステファンと呼び表されるようになり、かつてのサー・ステファンは歴史という大河の底に沈んでしまった! おお、これもまた人という生き物の定めであり歴史の悲しき性よ! それ故に彼の名を受け継いだ私は彼の事を忘れずに……」
「分かった! あんたの名前の由来はよーく分かった! サー・ステファンとやらも覚えておいてやるから黙れ! 自己紹介ってのは名前だけで終わらせるものか!? え!? おい!」
「ふむ……確かに、自己紹介とは自ら己を紹介すると言う事だ。ならば、愛の騎士たる私は何ゆえに愛の騎士であるのか、そして私が一体如何なる者なのか。私がどこから来たのか、私は何者なのか、私がどこへ行くのか、それを述べてこそ私と言う存在の自己紹介は完成すると言えるだろう。ならば私は自分と言う存在を紹介しなくてはならないね?」
「ああ、そうだ。なんでそれっぽっちのことをこんなにペラペラと喋れるの心底不思議でしょうがねえが、そう言う事だ」
「ああ、それならば私は千の言葉を用いたとて語り尽せぬ程の自己紹介を語れよう! 七日七晩に渡ってなお言い尽くせぬ程に囁こう! ふむ、まず私と言う人間を紹介するのならば、趣味を紹介する事こそが最も妥当だろう! 趣味と言うのはその人間の最も好むことであり、その人間を的確に言い表してくれる重大要素の一つなのだからね! さて、私の趣味というと、それはやはりだが美しいモノを愛でる事であり、またそれは美しき人々に対する人助けでもある! 美しき者とは全てが尽く救済されなくてはならないと私は常々思っているのだよ! それは私が三歳になる頃に悟った真理であった! 三歳になった私には騎士になるべく修練の日々が始まり、己の顔を洗おうと洗面台に立った私は鏡を見て悟ったのだ! 私は途方も無く美しい……! この美しい私という存在が神より授かった天命とは即ち全ての人に対し平等に愛を捧げる事! 私の母上は私に愛の騎士とでも言うべき存在になれと語ったのさ! その瞬間、私は暗闇に光が差し込むかの如き感動を覚えた! まさに蒙が啓けたというべき考えだった! それ故に私は己を愛の騎士として定め、全ての人々に愛を捧ぐ騎士になろうと誓ったのだ! この世に生きる全ての人々は美しい! それが正義であろうと悪であろうとも、一つの生き方を貫く者は尽く美しく、その心に輝きを持つのさ! 見目の問題ではない! 私は見目麗しく、また心も清廉潔白であるが、私のように完全なる美を兼ね備えた存在はこの世に二人と居ない! また、私は少々ばかり喧しく、喋り出せば止まらない口を持っているように、全ての人には欠点が存在し、またその欠点すらも美しさの一因となり得る! 欠点という一つの物に目を瞑らず、その人物を大き目で見る事によって、その人物の持つ、たった一人しか持たないオンリーワンの美しさが分かるのさ! 見目の美しさなど、その心の持つ本当の美しさを覆い隠す仮面でしかない! 醜い容貌であれば、私がその人の真の美しさを一番に知ることが出来る! 真の美しさを知る事が出来た時、私は感動と共に歓喜を覚えるのさ! この世にはこんな形の美があるのだと言うことをね! だからこそ、私は美しき人々全てを救済する事こそが趣味だと言うべきだろう! しかし、人は誰もが形の違った美しさを持っている! 故に、私の趣味は美しき人々の救済ではなく、全ての人々を救済し、全ての人々の持つ心の美しさという物を知ることだと思っている! それが一番の趣味で、次の趣味というと、人間観察やまた自身の美を磨く事などになるのだが、二番目と順番をつけるのであれば……ああ! 物事に対し順番や優先順位をつける等それは大変に愚かしい事だ! 美しさという物に対し順番をつける事が出来ず、また愚かしい試みであるようにね! 私はこの世に並び立つ者無き美形などともてはやされたが、それは外面しか持たぬ愚か者たちの言葉に他ならないと私は信奉しているのだし! しかし、順番を付ける事無くば語れぬ、あるいは語り辛いと言うのであれば私は心を痛めつつも順番をつけよう! 言語の不完全さを嘆くばかりだよ! さて、大変に順番をつけ辛いが、二番目の趣味というのであれば、やはりだが裁縫だろう! 裁縫などやめろと口喧しく言われるのだが、やはり私は裁縫が好きでね! また、甲乙つけ難く、ほぼ同列に料理という趣味もあるのだが、やはり二番目というのであれば裁縫だと思うのだよ! 何しろ私の美しさを引き立てる服飾は私しか知らない! 私の真の美しさとは、私だけが知っているのさ! 外面だけを見てそれに似合う服飾を作れる者も居ようが、真の、心の美しさという物を引き立てるのであれば」
「帰る」
金髪の少女が踵を返して歩き出した。
「ままま、待ってください! 待ってくださいよう!」
「うるせぇ呼び止めるな! 俺はこのキチガイヤローから逃げるんだ!」
「だ、大丈夫です! 大丈夫です! ステファンさん言えばわかってくれます!」
フランシスカは必死で少女を引き留めた。たった一人ここに残されて、ステファンの一人言のようでいて、フランシスカにきっちりと向けられた言葉を聞かされるのは堪えられない。
道連れが必要だった。それが向こうから跳び込んできたのであれば、逃がす理由は無かった。
「ステファンさん、普通に……その、短く自己紹介してください!」
「ふむ。仕方ないね。可能な限り簡潔にしよう。私の名はステファン・ベーディヒハイム。ステファンと呼んでくれて構わないよ。趣味は人助けと裁縫と料理、そして自分磨き。特技は武術全般。苦手な事は人に料理を教える事かな!」
随分とさっぱりと簡潔な自己紹介だった。最初からそう言えばいいのに。
「普通に喋れるんじゃねーか……」
「まさか! これが普通だなんて! これが私の普通というのであれば、普段の私はまるで異常者じゃあないか! たった今行った自己紹介こそが私にとっての異常なのだよ! わかってくれるかね? 私が己を語れず、また他者を語れぬ事の辛さが! 私がこうして多くを語るのは、その存在の美しさを知り、また私以外にも知ってもらう為に他ならない! それ故に私は多くを語るのだ! だが、私という存在の持つ語彙で全てを以ても語り切れぬほどにこの世には多種多様な、そして繊細な美しさの形という物が存在するんだよ! 君もまたその心と姿に美しさを持つ者よ! 君の美しさを語り切るにはどれほどの語が必要だろう! また、どれほどの時間が必要なのだろうか! 私にはとても想像などつかない! それほどまでに美しさという物を語るのは大変なのだよ! 姿の美しさを語る事は容易かろうとも、その心の持つ美しさなど語り切るにどれほどの時間がかかろうか! いや、美しさを語ろうとすること自体が愚かしい! 美しさとは己の目で、いや、何よりも己の魂で感じ取る他にない! それでも私は人々に伝えようと、こうして多くの言葉を以て……」
「助けてくれ!」
「私だって助けて欲しいんです!」
ステファン。彼はある意味で、最強だった。




