二十三話
「――――つまり、もしもピアノが弾けたなら想いの全てを歌にして伝えられるわけだ。そして人々は千の風になって吹き渡ってる」
「よくわかんないけど凄い国なんだねぇ」
途中からなんか自分でもなに言ってんだかよく分かんなくなったが、まぁとりあえず納得してくれたからいいや。
とりあえずそんな調子でミカの妹の――ミアと言うらしい――少女に嘘っぱちだらけの冒険した国についての講義を終えると、オレは大きく息を吐いて椅子の背もたれに体を預けた。
「どうした、随分と疲れたようだが」
「頭が茹ってるからほっといてくれ」
「そうか」
その場で嘘八百を撒き散らすのは疲れた。元々、嘘を吐くのはあまり得意な方じゃない。口から出まかせを言うのは得意なんだが、整合性を取るのが難しい。
「ところで、あんたらの両親は?」
喋って少しばかり渇きを覚えていた喉を潤すように水を口に含みながらそう尋ねてみる。
「えっと、前の戦で……」
「そうだったか、そりゃ悪い事聞いたな」
「いえっ、両親は死にましたけど、こうしてちゃんと生きていけますから!」
そう言ってミカはぐっとガッツポーズをして見せた。空元気なのはありありと分かったが、深くは追及しなかった。
「ニーナさんは故郷にご両親が?」
「ああ。あと弟が居る」
「へぇー、弟さんが……なんてお名前なんですか?」
「知らん。まだ生まれたばっかで名前も無かったからな」
「そうなんですか」
ぐびりと水を飲み干す。
「リン、お前は? 両親のほかにはおらんのか」
「両親だけだ。弟妹は居ない」
「どんな両親だ?」
なんか武術やってる一家なのは知ってるが、詳しくは知らないし、尋ねてみる。
「うん? 若作りの化け物だ」
「……なんだそりゃ?」
若作りの化け物ってなんじゃらほい。
「そんなスゲェのか、その若作りが」
「ああ。近所のじさまに聞いても、子供のころから姿が変わらんという」
「どっちが子供のころからだ?」
「近所のじさまだ」
「じさまは歳幾つだよ?」
「今年で還暦だ」
「……そりゃ化け物だな」
少なくとも50年も見た目変わらねぇってどうなんだ。
50年前に20歳だとしても、今70歳だろ? 後期高齢者に近いじゃねえか。
その後も、益体も無い話をして、ミアと遊んでやったりしているうちに日も暮れ、程よく酔った調子のクロウも帰って来た。情報収集が捗らなかったので早めに帰って来たらしい。
ちなみに情報については大したものが無かったので「死ね役立たず」と言っておいた。
そうこうしていると晩飯だ。まあ、時期が時期なのであまり大したものは期待していなかった。
もう、農閑期に入って、冬支度を始める時期だ。食糧は倹約しなきゃいけないのだから。
「いやぁ、うまいっすねぇ。姐さんもそう思うでしょ?」
「ああ」
今日取って来たのだろう野菜類をたっぷりと入れた塩味のスープ。備蓄もあるだろうに、気を利かしてくれたらしい。
「ところでおかわりあるっすか?」
「厚かましいぞクロウ。テメェはダンゴムシちぎった時に出てくる液体でも飲んでろ」
「ひでえっす姐さん」
厚かましいクロウに牽制を入れてやるが、ミカは気にした風も無くおかわりをよそってやっていた。いい子だなぁ。
「それで姐さん、これからの方針はどうするんすか?」
「とりあえず明日に色々と仕事がねぇか聞いて回る」
オレたちの行動の指針はオレが出している。と言うか、出せるのがオレしかいないと言うのが正解だ。曲りなりにもリーダーだし。
根本的にリンは子供だ。8歳とは思えないくらい大人びているが、やはり頭は相応にソレだ。
そしてクロウも大差がない。冒険者として生きてきた知識はあるし、相応に思考は周りはする。問題は銭勘定とリスクレーティングが出来ない事だ。
そこらへんさえ教え込めば何とかなる気はするものの、オレの場合は単に常識的に考えてこうしたら危険だろう、とか考えているに過ぎない。つまり人に教えられるほどのものではない。
根本的な教養の差だ。やっぱ日本の学校教育って偉大なんだな……オレは嫌いだったけど。
「とは言え、オレらが出来る仕事がそうそうあるとは思えんが……」
オレらのチームは大変バランスが悪い。まず、魔法が使える人間がほとんど居ないと言う事だ。
オレの炎は根本的に魔法と言えるのか怪しい。魔力とかそう言う類のものは使ってると思うんだが、クロウの話を聞くに魔法かどうか怪しい。
クロウはと言えば無いよりはマシ程度のもので、正直役に立つものはあまりない。
つまり攻撃偏重な上に、魔法で援護どうこうという役割の人間が居ない。
ただ突っ込んで潰すだけならいいんだが、相手が搦め手を使って来たら壊走しそうで怖い。
弱いモンスターの掃討とかだけならそう難しい事は無いって言うか、むしろ楽なんだがな。
平地戦ならクロウは剣を使わないで後ろから弓をぴゅんぴゅん飛ばすだけで戦える。
やっぱり、オレらの団には魔法使いが居るっつうか……この世界でまともに冒険者として活動するなら、バランスのいいパーティー必須じゃないか?
「ううむ……」
顎に手をやって考え込む。魔法使いに関してはまぁクロウが居るから間に合わせには何とかなる……打撃力には最初から期待してないから、魔法って言うアーキテクトに対する理解そのものがあればいい。……そこもクロウに期待するのは間違ってる気がするが。
次に重要なのが治癒が使える奴。そいつが居ないと何も始まらない。だが、そんなやつそうホイホイと居るだろうか? いや、居ない。
「食べんのか? ならもらうぞ」
「食うわい! とるな!」
つらつらと考え事をしていたら横から伸びてきたリンの手がオレのパンを取ろうとしたので慌てて奪い返す。
しかし、本当にどうしたものか……。
「おい、クロウ」
「へい、なんでしょ姐さん」
「……いや、やっぱいいや」
「へい」
コイツに魔法使いの心当たりが居たらとっくの昔に紹介してると思う。と言うか、コイツの仲間2人は既にあの世だ。
「リン、魔法使いの仲間に心当たりは」
「無いわけではないが、全員郷里だぞ」
「そりゃそうか……」
しかし魔法使いが居ないとヤバいんだがな。具体的にどうヤバいかはイマイチ分からないが、確実にヤバいと自信を持って言える。
なぜかって言ったら魔法使い居なかったら魔法に対処できないから。
「ミカ、この村に魔法使いなんかいるか?」
「ええと……この間、修道女の方がいらっしゃいましたから、まだ村に居ると思いますよ」
「修道女ねぇ」
一体どこの修道女だか知らんが、修道女っつう以上は回復魔法が使えると考えていいだろう。
と言うか、どの神に仕えてても基本的に同じ魔法が使えるのはどういう理屈なんだ? デイダスも信仰心はあっても特定の神を信仰してないとか日本人みたいなガバガバ宗教観持ってたし……。
まぁ、いいか。どうせオレはつかわないし。
「遍歴の騎士様が同行してらっしゃって、凄かったですよぉ。凄く美しい騎士様でした」
ほわーん、と夢見るような表情でミカが呟く。よっぽど綺麗な騎士だったらしい。
あとでツラでも拝んでみるかと思いつつスープをかき混ぜる。
「遍歴の騎士ねぇ」
呼び方はご大層なものだが、要するに仕える主を探している奴らであって就職活動中っつうことだ。
そこに権威や何やかやと言ったものはなく、ただ本人が騎士であるという自負があるだけだ。
「さぞかし名の知られた方に違いないですよ。それはもう立派な装具を身に着けてらっしゃいましたし、馬も驚くほどに綺麗で村一番の駿馬でも敵わないくらい足が速かったんですよ」
「ほーん」
駿馬と言っても野生馬に近い品種だからな。足の速度自体はオレの知ってる奴よりよっぽど遅いだろう。ただ、頑健さは桁が違うだろうが。
俗に軍馬なんて言われる奴は凄いからな。ばんえい競馬に出れるんじゃねえの? って言うような馬もたまに見る。
まぁいずれにしろ、そんなご立派な馬と鎧やらを維持できる人間なんだ。それなりに腕はあるとみていいだろう。
そいつと同行してる修道女ってのはよく分かんねえが……。
「まぁ、気が向いたらいってみらぁな。仕事探しがてら見てみるさ」
仕事を探すにしても、オレとリンじゃ仕事はもらえない。どこの世界に8歳の女の子に鉄火場に突っ込むような仕事をやる奴が居ると言うのか。
だからクロウが直接交渉に出向くわけで、オレとリンは迂遠に探すしかない。つまり仕事になりそうなもんを見つけたらクロウに報告していってもらうってことだ。
そういうわけで、オレとリンは半分自由行動みたいな感じになる……ってわけ。
だからそいつらの顔拝む余裕くらいある。っつーか、曲がりなりにもオレがリーダーだから、仲間にならないかって頼むならオレから申し込むのがスジだろ。
となると、明日は仕事探しがてら騎士とやらのツラ拝むか。
よし、明日の予定は決まったな……。
さて、明日の予定が決まれば後はもう寝るだけ。
燃料ももったいねぇので農村の夜は早いのだ。
そもそも起きててもやる事がねぇっつうな。
「ベッドは二つしかないんです。すみませんけど、ニーナさんとリンさんで同じベッドを使ってください」
「あいよ」
「構わん」
ベッドが使えるだけ御の字だ。むしろ屋根があるだけ御の字だ。野宿は結構つらい。若いからいいが、歳食ったら無理だとも思う。
「お姉ちゃん、わたしたちはどこで寝るの?」
「床で寝ましょ。まだ温かいから大丈夫よ」
「え~……」
「ごめんね、ニア。明日はニアが好きなジャガイモのシチューを作ってあげるから今日は我慢してちょうだい?」
「うん……わかった」
おい、やめろ。横でそんな話するな。
「ああもう……おいリン」
「なんだ?」
「オレと一緒に床で寝ろ」
「なんでだ。その年になって一人寝が寂しいのか? そして床で寝る奇特な趣味があるのか?」
「うるせぇ! 後で晩飯奢るからそうしろ!」
「しょうの無い奴だな……まぁ、雨風が凌げるだけ上等だしな」
よし、ベッドが詰まったからこれでよし。
「と言うわけでベッドが一つ空いた。だから手狭だろうがあんたらもベッドで寝ろ」
「でも」
「あのね! オレはね! 年若い女の子を床で寝かせても平気な人格してねえの! だからオレの精神の安定のためにもベッドで寝やがれクソッたれ!」
割と真剣にここで「おう、じゃあお休み」って言って寝られる奴は居ないと思う。まともな人格してたら普通はそうだろう。
男だったら「テメェは床で寝ろ」で済ませるが、女の子だったらそうもなるだろうが。
男ならともかく女だったら誰だってそうするだろうが。オレだってそうする。それだけだ。
「え、ええっと……俺も床で寝るっす……」
「あ? テメェが床で寝ても何も解決しねえだろうが。馬鹿か?」
「姐さんとリンの姐さんがベッドで寝るといっすよ。俺は男なんで、そんくらい平気っす」
「ダメだ。お前は雑魚だから不調になると余計に足を引っ張る」
「いやいや、そんくらい平気っすよ」
「ダメと言ったらダメだ。安心しろ。オレは立ったまま寝られるからな。壁があれば余裕だ」
電車の中で立ったまま寝る技を会得したからな。いや、単に疲れ切ってると立ったまま寝る事があるってだけなんだが。
それを思えば寝転がれるだけ最高じゃないか。
「えっと、あの、私たちは床でも平気ですから……」
「私もへいきだよ」
「ダメだ。却下する」
「そっすよ。男がベッドで寝て女の子床に寝かせるなんて出来ねえっす」
「うむ、確かに。私も床で寝る」
「じゃあ全員で床で寝るのか? ただのバカじゃねーか」
喧々囂々の口論を交わした末に、ミカとミアが一緒のベッドで寝て、オレとクロウが一緒のベッド。そしてリンが床で寝る事になった。
まぁ、ほぼ見ず知らずの他人と一緒のベッドで寝るなんて姉妹どっちも嫌だろうしな。
クロウは床で寝させて不調になったら困るという事で半強制的にベッドに。
そしてリンはクロウと一緒に寝るのはさすがに嫌だという事で床に。
オレは別に大して思うところも無いのでクロウと一緒に寝るわけだ。
「それじゃあ、灯り消しますね」
「おう」
ふっ、とミカが息を吹きかけると蝋燭の灯りが消える。
蝋燭だけでは仄暗かった事もあり、既に半分夜目の状態でさほど暗いとは感じなかった。
「んじゃ寝るか。それとクロウ」
「なんすか姐さん。変な事したりしないっすから大丈夫っすよ」
「大丈夫だ。出来ねぇから」
「へ?」
「いや、首を圧し折られてもオレを押し倒す事が出来るなら別だが」
「は、はい……」
「んじゃおやすみ」
翌日、クロウは一睡もできなかったと語った。
ちゃんと寝ろよ。




