第一話
ある日、聖女が一人で魔王城に現れた。
「お願いがあるの」
そう言った彼女の髪は白髪で、顔はシワシワの老女。
対して、足を組んで玉座に座り、尊大な態度で彼女を見下ろす魔王は、三歳児の姿をしていた。
「お願いがあるわりには、俺の手下を全員倒してきたようだが?」
「だって、貴方に会う為には、仕方ないでしょ?」
悪びれない老婆は、手に持っていた魔法の杖を放り投げると魔王に向かって両手を広げた。
「聖女って、美味しいんでしょ?食べていいから、王国を滅亡させて」
「えらく突然だな。お前、その王国の為に今まで戦ってきたんじゃないのか?」
「馬鹿言わないで。婚活パーティーの途中で異世界に呼び出されて、いきなり魔王討伐に行けって言われたのよ。しかも変な腕輪を付けられて、魔法を使うたびに歳をとってしまうの」
「あぁ、その腕輪は、命を削って魔力を上げる魔道具だからな」
「私、王国なんて全然関係ない日本から無理やり連れてこられたの。帰りたかったら、魔王を討伐しろって」
「召喚だな。悪いが、戻る手段はないぞ」
「さっき魔物から聞いたわよ!だから、私をこんな目に合わせた王国をぶっ潰してって言ってるの」
老婆は、ポロポロと涙を落としながら、自分の身に突然起こった理不尽に対しての怒りを爆発させている。
「可哀想にと言いたいが、俺も、そんなに長くない」
「何故?貴方若いじゃない」
「俺は、お前とは逆の呪いをかけられている。魔力を使うほどに若返る。そうなると、いつかは豆粒のような細胞になって消えてなくなってしまうだろうな」
「エゲツナイ呪いね。誰に掛けられたの?」
「お前をこの世界に呼びつけた王国の呪詛師だ」
「あいつら、本当に最低!」
ガンガンと床を蹴っても、何かが解決するわけでもない。
万策尽きた聖女は、床に転がると大の字になって天井を見上げた。
「あぁ、私、そんなに多くを望んでたわけじゃないのにな。ただ美味しい物を食べて、綺麗な服を着て、楽しい場所を旅して、知らない知識を集めて、出来たら素敵な旦那様と結婚して、子供も三人くらい産んで、最後は田舎で畑をしながらスローライフを楽しみたかっただけなのにな」
「結構煩悩まみれだと思うが?」
「え~、それくらい、皆思うでしょ?夢見るくらいタダじゃない」
全てを諦めた女は、もう、どう思われても良かった。
だから、言いたいことは言うと決めたようだった。
「私の最後の魔力上げるから、やっぱり王国を滅亡させてよ。それで、私も貴方も死んで、ジエンドよ」
「勝手を言うな。何故俺がお前の為に死ななければならない」
魔王は、玉座から降りると短い脚でトコトコと聖女の元まで来た。
「お前、呪いは掛けられるか?」
「はぁ?何言ってんの、私、聖女よ」
「出来ないのか?」
「出来るに決まってるじゃない。魔力さえあれば、何でも出来るのが聖女なんだから」
一瞬、もっと早い段階で、自分の手で王国を滅亡させれば良かったのではないかと聖女は気づいた。
どうせ元の世界に戻れても、こんな年老いた姿では、何もできずに死ぬのを待つだけだ。
しかし、自分の手で人間を滅すると考えると、やはり無理だなと思う。
あれだけ魔物を刈ってきた癖に、変な所で日本人的倫理観が働くのだ。
「それなら、俺に呪いを掛けろ」
「どんな?」
「お前の年齢を俺に押し付ける呪いだ」
「は?」
「俺は、魔力を使うほどに若返る。どれだけお前の歳を肩代わりさせられても、痛くもかゆくもない」
そこまで聞いて、聖女は、ガバッと上半身を起こした。
まるで、レバーを引っ張り過ぎた時のリクライニングシートのような速さだ。
「それで、私は若返ると」
「そうだ」
「でも、全部上げたら、私赤ちゃんじゃない」
「だから、上限を決めればいいだろう?」
聖女は、目をぱちぱちと瞬かせた後、ニタ~ッと口角を上げた。
「それって、私が、二十年分は自分に残すって制限掛けたら、永遠に二十歳ってこと?」
「そうだな。そういう事も理論上不可能ではない」
「最高じゃない!」
聖女は、魔王に向かって手を出した。
「ん?なんだ?」
「握手よ!契約成立!私は若返って、貴方は魔法打ち放題。王国も滅亡させて、私はスローライフよ」
一気に元気を取り戻した聖女は、スキップしたい気分になった。
ただ、今してしまうと転んで骨折してしまう為、我慢をする。
「面白い奴だな。お前、名前は?」
「私は、木村アントワネット聖子」
「……何と呼べばいいんだ?」
「木村が名字で、アントワネットが作家名、聖子が名前だから、セイコでいいわ」
聖子は、少々癖のある性格をしていた。
故に、友達が少なかった。婚活パーティーも、出会いがないから参加したが、結局誰とも話せず壁際に立っていた。
皆、経歴などを参照して自分に合った相手と話す為、聖子の職業『兼業ライトノベル作家』と言う得体の知れなさにお近づきになりたいと思ってもらえなかったのだ。
そんな寂しさ絶賛三割増し中の状態で、異世界に召喚された聖子の悲しみは計り知れないものだった。
まるで、元の世界に必要ないと弾き出された気分だ。
ただ、永遠の若さと、やりたい放題できる魔力を手に入れた彼女は、もはや無敵と言って良い。
今後一生仲良くしていかなければならない魔王とは、もっとフランクに友好を深めたい。
そう思った聖子は、彼の名前を聞くことにした。
「それで、貴方の名前は?」
「我に名前などない」
「ん?」
「産まれた時から、魔王と呼ばれている」
「それって、ちょっとかわいそう。そうね、じゃあ、これから王国をボコる同志として、名前をつけてあげるわ」
「お前、人に話を聞けと言われたことは無いか?」
「あるけど、気にした方が負けよ」
「貴方の名前は、メディカルセンターよ」
「悪いが、なんだか馬鹿にされている気がする」
「そうして?私にとっては、貴方は救世主。年を取らずに生きる為の最重要拠点よ」
「良く分からないが、もう、それでいい」
「分かったわ。メディ」
「いや、メディってなんだ?」
「長いから短くしてみたの。昔飼っていた犬と同じ名前よ」
「……お前、一回殺していいか?」
こうして、聖女聖子と魔王メディの共同戦線が張られることになった。




