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奇人姫の鬼食い役  作者: 福島んのじ
酒呑童子の秘蔵酒
14/21

壱、酒呑童子の秘蔵酒

「九十七番! 洗い物追加だ! さっさとしろよ!」

「は、はいっ!」

「おい九十七番! 頼んでおいた桶はどこだ⁉」

「桶ここです!」

「よしっ!」


 鼓膜を震わすは男たちの大声。そして洗い場に垂れ流しとなっている水の音。

 使用済みの桶は足元を転がり、それを拾っては洗うことの繰り返しだ。もう季節は秋だというのに、額から玉の汗が流れる。それを腕で拭いながら、九十七番――芒は隣にいる青年に声をかけた。


「少しは手伝ってくださいよ」

(われ)よりもうぬ一人でやった方が効率が良いゆえな、許せ」

「……この野郎」


 苛立ちを隠さず悪態をついた芒は、深いため息をこぼす。

 ……あぁ、お腹がすいた。捌の作ったご飯が食べたい。


「おーい九十七番! 荷を運ぶから洗い終わったらこっち手伝え!」

「すぐ行きます!」


 ご飯に思いを馳せる時間すらない芒は無心で手を動かす。

 内親王の鬼食いである彼女がどうしてこんなことになっているのか。その理由はしばらく前に遡る。




 季節は移ろい、葉が赤や黄に染まり始めたころ。

 飲むだけで美貌を手に入れられる酒――「酒吞童子(しゅてんどうじ)秘蔵酒(ひぞうしゅ)」がある、という噂が出回っていた。


 それは西部にある有名な酒蔵に存在するらしく、女房たちが飲んでみたいと騒ぐ。秋月が治める七華殿では、もっぱらこの話で持ちきりだった。

 そしてそんな面白い噂に、奇人姫と呼ばれる女が首を突っ込まないわけがない。いつもの如く、


「芒、頼んだよ?」


 と、眩暈がするほど美しい笑みを浮かべて秋月は命を出した。

 夏に雪兎(ゆきうさぎ)削り氷(けずりひ)を食べて以降、様々な妖を食べてきたというのに、まだ満足しないのかこの姫は。しかも西部まで行くなんて面倒くさすぎる。

 しかし、そう思っても言えるわけなし。芒は引きつった笑みのまま承諾するしかなかった。


 翌日、西部に向かうため用意された牛車の元へ行くと、そこには見慣れた法衣姿(ほうえすがた)があった。


「え、あれ? 捌殿? 幻覚?」


 近づいて目を擦るが、その姿は消えない。正真正銘、捌がそこにいた。

 自分だけ西部に赴くものだとばかり思っていたから驚きを隠せない。そんな芒に捌は笑うと、「内親王から直々に指示がありまして」と話し始めた。


「今回私の出番はないかもしれんけど、いちおうその秘蔵酒? に偉大な妖様の名前が付いちゃってるからね。そういうわけで白羽の矢が立ったみたい」

「あぁ、たしかに。酒呑童子、ですもんね」

「そそ! 相棒ったら博識~」


 捌はそう言うが、決して芒が博識というわけではない。

 酒吞童子といえば、鬼の中でも頂点に立つと恐れられる鬼王である。大昔から数々の陰陽法師が返り討ちにあったと言われるほど強く、今でも「いい子にしないと酒呑童子が来る」などと子どもに言うことを聞かせるための必要悪として使われたりしている。

 今回の酒呑童子はただの酒の名前だが、もしものときを考えての捌なのだろう。


「ま、護衛兼旅の連れ的な? というわけで、よろしくお願いしまっす」

「大変心強いです。こちらこそよろしくお願いします」


 そう言って素直に頭を下げる芒。前言撤回だ、と彼女は思う。

 秋月に命を受けたとき、心底面倒くさいと思ったが、捌も同行してくれるなら話は別だ。全然面倒くさくない、むしろ良いまである。

 頭を上げた芒は、晴れやかな笑顔を浮かべていた。




 西部は「大人の遊び場」と言われている。

 理由は文字通り、遊郭などの芸を売る場所が多いからだ。子どもにはまだ早いこの場所は、彼らが走り回っているときに寝て、疲れたころに起きるのである。


 日が傾き始めたころ、やっと西部に到着した芒と捌。

 芒は初めて訪れる西部の空気に圧倒されていた。央都とは異なる活気、提灯がぶら下がった大通り、二階、三階と縦に積まれた建物、隙間なく肌を密着させ歩く男女。日のほとんどを後宮内で終える芒には目に映るもの全てが珍しく、右へ左へと顔を動かす。


「すごいですね捌殿。央都とはまた違って――」


 捌の方へ顔を向けた芒の言葉が不自然に途切れる。それは――


「ねぇ兄さん、この辺の人じゃないよね? そんな不気味な顔当て見たことないもの」

「え? あ、うん、たしかにここ出身じゃないけど……」

「やぁっぱり! だったらさ、あたしと一緒に少し回らない? この辺の楽しいとこ紹介したげるよ」

「お誘いは大変ありがたいんだけど、今回はお断りさせてもらおうかな……」

「そんなつれないこと言わないでさ、ね?」


 ――この一瞬で、何とも魅力的な女性に捌が言い寄られていたからである。

 髪を結いあげ、白粉をほどこし、真っ赤な唇で言葉を紡ぐその女性は珍しい装いの捌を気に入ったらしい。白い指を猫のように顔当てに伸ばして中を覗こうとしている。


 それを理解した芒は、反射的にその手をつかんだ。

 捌も女性も驚いている。

 それもそのはず、今の芒の目つきは何とも凶悪なものだったのだ。重そうな一重まぶたに瞳が半分以上隠れ、下から睨みつけるような形になっている。


「……あいにくこの方はわたしの連れです。彼を誘うならまずはわたしを倒してからにしていただけますか?」

「は、はぁ?」


 女性は心底意味がわからないとでも言うように声をあげた。


「倒すって、いったい何で倒すのさ」


 興味をそそられたのか、何だ何だと周りに人が集まり始める。芒はそれに気づきながらも無視して言葉を続けた。


「そうですね。きれいなお姉さんを前に不正はできません。ですので、ここはみんな大好き――腕相撲で一丁どうでしょう?」


 そう力強く芒が言い放つと、一瞬の沈黙が落ち、すぐに大爆笑の渦に包まれた。集まった人々も、そして目の前にいる女性も、大口を開けて笑っている。

 状況を飲み込めていないのは芒と捌の二人だけのようだ。

 目に涙を浮かべながらも笑い続ける女性は捌から離れ芒に近づく。


「いや悪いね。もうこの瞬間であたしはあんたのことが気に入っちまったよ。今回の勝負、あんたの勝ちでいい。こっちは商売のために声かけてるだけだからね」

「へ、え? そ、そうだったんですか……」


 安堵するのも束の間、羞恥に襲われる。

 これでは世間知らずです、と言って回ってるようなもんじゃないか。


「知らなかったとはいえ、すみません」

「気にしなさんな。西部じゃ喧嘩だって日常茶飯事なんだ。これくらいなら余興みたいなもんとして楽しめる」


 芒の謝罪に女性は手を振った。集まった人々も笑いながら去って行く。日常茶飯事というのは本当なのかもしれない。


「それじゃあね、腕相撲娘。自分の男は縄にでも繋いで大事にしなよ」

「え、あ、ちょっと待ってください!」


 片手を上げて去ろうとする女性を呼び止める。彼女は肩眉を上げて振り向いた。


「何だい、まだ何かあるの?」

「えっと、実はお姉さんが先ほど言ったように、わたしたち西部の人間じゃないんです。なので、少しお尋ねしたいことがありまして」

「ふぅん、何が聞きたいの? 人様の男にちょっかいかけちまったし、知ってる範囲でいいなら教えてあげるよ」


 元々人が良いのだろう、女性が承諾してくれたことに芒はお礼を言い話を続けた。


「実はわたしたち『酒吞童子の秘蔵酒』のためにここに来たんです。有名な酒蔵で取引されているとは聞いたんですが、それがどこなのかご存じだったりしますか?」


 芒の問いに、女性は空を仰いで酒の名を何度か口にする。そして、あ、と思い出したような声をあげた。


「多分それ、酒蔵(さかぐら)伊吹(いぶき)』の大旦那が造ったって言われてる最高傑作じゃない?」

「最高傑作?」

「そう。飲むだけで美貌を手に入れられるとか嘘くさい噂と一緒に聞いたことあるわ」

「あ! そう、それです! その噂!」


 早速手がかりが一つ見つかり、思わず興奮してしまう。


「酒蔵『伊吹』、そこで買えるんですかね?」

「いや、買えないらしいよ」

「……え?」


 酒蔵にあるのに買えないとはどういうことだ。

 考えが顔に出ていたのだろう、女性はその理由を教えてくれる。


「何でも、一番弟子にだけ譲るって言ったんだって。だからどれだけ金を積まれても売らないって聞いたよ。とんだ頑固親父だね」

「一番弟子って、そんなの入手不可能ってことじゃないですか……」

「いや? たしか今弟子募集してたと思うよ?」

「……どういうことですか?」


 思わず聞き返してしまう。

 有名な酒蔵の大旦那であれば弟子なんてたくさんいるだろうに、どうして今もなお弟子を募集しているのか。


「あたしも詳しくは知らないがね。新しく弟子をとって、その中から一番を決めるって話だったはずだ。年齢、性別、経験、全て不問らしいし、秘蔵酒とやらが欲しいなら弟子入り志願してみなよ」


 ――じゃあ、あたしは今度こそ行くからね。

 女性はそう言い残し、手を振って去って行った。芒も手を振り返す。

 何はともあれ、情報は得た。これで入手のための計画も立てられる。


「――というわけで捌殿。どうにも一番弟子にならないといけないようで……って捌殿?」


 あまりにも静かなことを不思議に思い、彼の方へ顔を向ける。すると、捌は両手で顔当ての上から顔を覆っていた。


「ど、どうしたんですか」


 芒はおずおずと問う。


「…………あのさぁ」

「はい」

「どうして否定せんのよ」

「何のことです?」

「さっきの女性に、私たちの関係勘違いされたままでしょ……」

「あぁ、そういう……」


 芒はようやく捌が何を言いたいのか理解する。

 たしかに、あの女性は芒と捌がそういう関係だと思っているような口ぶりだった。どうしてそれを否定しなかったのか、と捌は問うているのだろう。

 ならば答えは簡単だ。


「――わたしにとって、都合がよかったので」


 それ以外の答えがあるだろうか。

 勘違いされたままでも困らない、むしろ好都合。だから放置していたのだ。

 さて、捌はどんな風に解釈してくれるだろうか。

 そう思っていると、彼の耳がじわじわと赤く色づいていくのがわかった。

この度は本作「奇人姫の鬼食い役」を読んで下さり誠にありがとうございます!

面白かった、次も読もうかな、と思ってくださった方、ぜひブックマークや評価をお願いします。

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