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奇人姫の鬼食い役  作者: 福島んのじ
酒呑童子の秘蔵酒
13/23

序、酒呑童子の秘蔵酒

(われ)は酒が好きすぎるゆえな。己でも造ってみようかと考えていたのだ」


 目の前にいる色男の言葉を聞いて呆れてしまう。

 ふざけてるのか。酒を造るとは、それはもう大変なことなのだ。何年も下積みをして、やっと酒蔵に入らせてもらえるのだから。


 現在、蔵人(くらびと)の下で弟子として忙しい毎日を送っている自分だからわかる。こんな細くてきれいな指をした男は、一瞬弟子入りしただけで作業を投げ出すだろう。


 ――何も知らねぇど素人だから、簡単に造ってみようなんて言えるんだ。


 唇を尖らせて言うと、色男は小さく笑った。


「何だ、八つ当たりか小僧。師に叱られ、一時のみ追い出されたからといって、それを他人にぶつけるべきではないぞ」


 かっ、と頬が熱くなる。図星だった。全て言い当てられ、反論すらできなかった。


「……だがまぁ、酒造りに関しては吾よりもうぬの方が経験豊富なことはたしかだ。――というわけで小僧。まだ未熟といえど、素人ではないうぬが最高の酒を造れ」


 ――はぁ?


「はぁ? ではない。厨に一度も入ったことがない吾よりも、うぬが造った方が美味な酒ができるだろうて。そうして完成した暁には、それを惜しむことなく弟子に伝えていけ。さすれば吾はその美味なる酒を一生楽しめる」


 心底楽しそうに口角を上げる青年に、開いた口が塞がらなかった。どこか異様な空気をまとう彼は、疑いの色など一切ない薄紫色の瞳でこちらを捉える。


「うぬの生涯は美味な酒を一つでも多く造ることなり。そう心に刻んだらさっさと行動に移せ。吾の気は長いが、人の生は一瞬だからな。時を理由に成し遂げられなかったでは困るのだ」


 そう言って去ろうとする青年。その華奢な背を呼び止める。


 ――あんた、あんたの名は? さんざん話しておいて名乗りもせずに行っちまうのかよ。


 すると、足を止めた青年は、悩むような素振りを見せながら振り向いた。


「ふむ。いくつも名があるゆえな、どれがいいのかわからん。伊吹(いぶき)(かしら)兄弟(きょうだい)……いや、やはり仲間内でよく呼ばれている名にしよう」


 何やらぶつぶつとつぶやいた彼は一つうなずき、その名を紡ぐ。


「小僧、努努(ゆめゆめ)忘れるな。――吾の名は酒吞(しゅてん)。酒呑みと書いて酒吞よ。うぬはこの酒吞のために、最高の酒を造らねばならぬぞ」


 高慢な態度。自分を中心に他人の人生まで決めてしまう常識はずれな考え方。これ以上ないくらい腹が立つはずなのに、なぜか、心が軽くなった。


 ――小僧って言うなよ。


「吾、うぬの名を知らぬゆえ」


 ――星熊(ほしぐま)ってんだ。忘れんなよ、あんたに最高の酒を振舞ってやる男の名だからな。

この度は本作「奇人姫の鬼食い役」を読んで下さり誠にありがとうございます!

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