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三章 1

 


 忘れてないよな? と朱里に詰められて仕方なく合コンをセッティングした。

 貴島基之さんはパパの会社のCMに出てた結構有名な俳優さんである。五十四歳で顔に皺が増えてきてもうおっさんの中のおっさんって感じだけど元の役どころからして三枚目だからおっさんっぷりに磨きが掛かってきた感じがする。たまにテレビをつけたら番組の司会をやってるのを見かける。ついでに業界内で女癖が悪いのも有名らしい。女子大生と合コンやりませんか? つって誘ったらほいほい乗ってきた。

 貴島さんの提示してきた店がそれなりに高い個室の焼肉屋で「んな予算ネっす」と言ったのだが「だいじょうぶだいじょうぶ。ボク全員分出すから」とのこと。「最近週刊誌とかどうたらこうたらでちゃんとしてないとこでお酒飲むの恐いんだよね」って言われたらよそにしてくれとは言いづらかった。誘っといてなんだがおまえ嫁さんいるだろ。

 朱里と花ちゃん連れていくと朱里はスマホで調べたメニューの価格を見て「おおぅ……」唸っていた。自分達で店を選んだら2000%来ない店だ。

 約束の時間ぴったりにいったらあっちはまだついてなくて、五分くらいしてからタクシーが止まった。「いやぁ、ごめんごめん。収録長引いてさぁ」人好きする笑みを浮かべながら降りてくる。朱里が隣で「まじで貴島じゃん……」呟く。なんだよ、疑ってたのか。貴島さんに続いて若いジョニーズ風の男二人がタクシーを降りた。花ちゃんが「早瀬くんだ……」呟く。んあ? そっちは知らねえや。テレビでてんのかな。

「んじゃあ入ろっか。今日はよろしくね! もう今週これだけが楽しみでさぁ」

 貴島さんがさっさと店の中に入っていき、私達はそれについていく。

 もはや主催私じゃねーなと思う。べつにその位置にこだわりはないので構わんしむしろ楽だが。

 入ってすぐ店のオーナーのちょっと前に大流行りしてたお笑い芸人が来て貴島さんと挨拶してた。朱里が「衣川じゃん……」と呟いた。個室に案内されて男三人の向かいに女三人並んで座る。部屋が妙に広い。焼き肉食うのにこんなスペースいらねーだろ。

「ここなにが美味いんすか」

 メニュー開いて真ん中に置きながら私が訊いた。

「ここはねえ。まずタンだねえ」

 貴島さんが楽しそうに答える。

「ほーん。なんか食いたいもんある?」

 朱里と花ちゃんに聞くが、二人ともまず一人前が2500円以上だというお値段設定におののいている。つーか貴島さんの連れてきたジョニタレの二人すら価格におののいている。私も奢りでなければ窒息してたと思う。金ってのはあるとこにはあるもんなんだなぁ。

「コースにする? それか、最初だけボクが適当に頼もうか? なんか食べたいのあったら追加で」

 なかなか注文が決まらなそうなのを見て取って貴島さんが言う。コースの値段が2万からだったので女三人で顔を見合わせて「じゃあ最初お願いします」貴島さんに任せる。貴島さんがベル鳴らして店員を呼んで「これとこれとこれとー」って一人前五千円以上する肉を次々に指差していく。コースで人数分頼んだのを遥かに超えそうな注文の仕方だった。私は金のことはなにも考えないことにした。「私、肉のときはごはん欲しい派なんで白ご飯お願いします」って言ったら爆笑された。

「お酒は? ここ日本酒がおすすめなんだけど」

 今日は貴島さんに全部のっかっとこう。

「あの、私、日本酒苦手で」

 と、花ちゃん。

「あそう。ワインもあるよ。白がすっごく美味しい」

 へえ。肉って赤ワインのイメージだった。

「あ、それでお願いします」

 酒も決まった。人には日本酒とかワインとか高いの薦めてたくせに貴島さん自身はビールを頼んだ。「あんまり度数高いのは最近避けてるんだよね」とのこと。

 とりあえず酒が運ばれてきた。

「乾杯からいこっか」

 貴島さんの音頭で「じゃあ今日の出会いに!」つってグラスを鳴らした。

 一口。貴島さんが選んだ日本酒はほどよく苦くて。辛くて。香りがさわやかで。美味かった。

「美味いっすねこれ」

 普段安酒ばっか飲んでるから沁みるわー。

 高い酒飲んだのなんてパパの客用のやつをパクって飲んだ以来だ。(あとでバレた。笑顔で怒られた。超こわかった)

「お代わり好きに頼んでいいからじゃんじゃんやってね」

「女の子潰すためにきてますもんね」

「わかってるねえ!」

 笑ってら。

 自己紹介で若い男二人(早瀬と北川って名前だそうだ)はやっぱりジョニーズ系の、自分らのグループもあるけどいまはバックダンサーをメインに飯食ってるって言う。花ちゃんがきらきらした目で「早瀬くん」のことを見ている。私は「七宮櫻子、大学生でーす」で流す。貴島さんが「七宮家具の社長の娘さんだよ。番組スポンサーの」補足する。ジョニタレが「お世話になってます」会釈してくる。いや、おまえらのお世話した覚えはねーよ。めんどくさかったんで朱里にパスする。朱里も学部とやってることに短く触れただけで済ます。花ちゃんは推しのアイドルグループについて語ってて、それはどうやら「早瀬くん」達が所属してるグループらしい。よくそんなドマイナーなグループ知ってるな。どこにでもマニアックなやつはいるもんだ、と思ったがもしかしたら私が思っているほどマイナーでもないのかもしれない。

 肉が運ばれてくる。トングとって私が焼こうとする。貴島さんが「ボクやるよ」と言ったのだが「貴島さん箸でやるっしょ? 私、他人の唾液でべたべたな肉耐えられないんっすよ」ハッと目を見開いてそうだったのか⁉ みたいな顔して引き下がってくれた。

 貴島さんおすすめのタンから焼いたのだが、これがまた抜群に美味かった。

 バーベキューのときにパパが用意した肉もそれなりにいいやつだったのだが高級店いくとまた一、二ランク違うよなぁ。なにがそんなに違うんだろ。タレ? 熟成とかいうやつ? まあよくわかんない。とりあえず貴島さんの言うように日本酒ともべらぼうに合う。あぁ、最高。普段からあんまり飯に興味なさげな朱里ですら「なにこれうま」って唸ってる。

「貴島さんと七宮はどういう知り合いなんですか?」

 朱里が訊いてくる。

「中学生のときにパパの会社のCMの撮りを見学させてもらってたら、ファンと間違えてナンパしてきた」

「あはははは。そんなこともあったかなぁ!」

 貴島さんは全力で笑ってごまかそうとしているが現代だと非常にコンプラ案件である。

「それ以来メル友。スポンサーの娘だって知って冷や汗かいてたけど」

 なんだかんだ私から連絡してたしな。大人に相談したいけどパパには言いたくないみたいことを。合コンやんない? って言ったのはさすがに今回がはじめてだが。

「そんなこともあったかなぁ! 櫻子ちゃん言いにくいことでもズゲズゲ言うからさ、喋ってて楽なんだよね」

 なんとなく私と朱里と貴島さんで喋ってて、早瀬くんと北川くんと花ちゃんで喋ってる、という構図に分かれる。朱里がこっちをメインに喋ってるのは意外だった。ジョニタレはジョニタレらしく顔はとってもいいので面食いの朱里はそっちに食いつくだろうと思ってたのに。……そんなに意外でもないか? そうか、元から顔よりも金と権力の方に転ぶ女か、こいつ。学内だとそんな金と権力持ってる大学生の男がいるわけないから顔の方に寄って見えるだけか。

「こいつ、タレントの彼氏いるってのはほんとですかぁ?」

 朱里が私を指さして貴島さんに訊く。うげ。

「ええっ⁉ 櫻子ちゃん、彼氏いたの? ボクというものがありながら⁉」

「それおもしろくないっす」

 私は貴島さんの皿にハラミを乗せた。

 このハラミ、超やばい。語彙力無くなるぐらい美味い。

 早瀬くんがサラダを取り分けてくれた。ちょろい私は、気の利く男だな、と早瀬くんの評価を一ランク上げる。そのあと合コンらしくあみだくじを使って席替えをして、私は早瀬くんの左隣になって(早瀬くんの)右隣には花ちゃんで、向かい側では朱里が北川くんと貴島さんに挟まれている。

 二杯目は白ワインを貰ったらそっちもくっそ美味かった。

 いい酒ってちゃんと美味いんだな。

 花ちゃんに退いて貰って花摘みに立った。用を済ませて手を洗おうとしたら、朱里が化粧を直している。私に気づいてこっちを見る。

「あんたほんとに芸能人の知り合い居たんだね」

「あん?」

「ぜったいウソだと思ってたや」

 まあ貴島のおっさんぐらいだけどな。

「あのおっさん女癖悪いから気をつけなよ」

 朱里は唇に指をあててちょっと視線を逸らして考えた。

 んで「見返り次第かなぁ?」と言った。

 おぉぅ……。こえー女だな。

 席に戻って、肉を焼きながらそれとなく全体のやりとりを見てたら段々花ちゃんの目がとろんとしてくる。五十嵐が言ってた「手を出されたがってるのって、わかるときあるじゃないですか」がよくわかった。完全にメスの顔してる。おい、おまえ彼氏持ちだろ。もしかして花ちゃんってかなり厄介なやつ……?

 いろいろ注文して酒も進んで、みんなお腹いっぱいになって箸が止まってからも三十分くらいは喋って、店を出ることになった。二次会なんて言って断ろうかなぁと思いながら貴島さんが会計で財布出してるところ(15万6600円。金ってのはあるところにはあるもんだなぁ)を眺めてたら、外にでた貴島さんが「そんじゃあボクはこれで。タクシー代、渡しとくからあとはうまくやって」私と早瀬くんに一万円ずつぽんと渡した。

「二次会とかやらないんですか?」

「明日早いから。ボクもう歳だしねえ」

 なんて言ってるが、すげー貴島さんらしくない。

「こないだ阪谷くんの週刊誌の騒動が、なんていうか、堪えたよね」

 さみしそうに笑う。

 あーね。元アイドルグループの有名なタレントさんが女性問題で週刊誌に取り上げられて大問題になったやつだ。

 それが入り口になってテレビ局のセクハラ・パワハラ体質が第三者委員会に暴かれて大騒動になってスポンサーの撤退が相次いだ。一般人からすれば前時代なことやってんな叩かれて当然だろって気がするけどテレビ業界の中にいた人からすればまた違う感想も出てくるんだろう。

 プライバシーがどうこうで実際にはなにがあったかがよくわかんないからなんとも言いようがないけど、芸能人が女と遊ぶことのリスクはいまとんでもなく上がってるらしかった。

 タクシーで捕まえて去っていく貴島さんを見送って「なんだかなぁ」と思う。

 あのおっさんのあんな覇気のないとこを見たくなかった気がした。


 早瀬くんと花ちゃんは夜の街に消えていった。



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