第十四話
一ヶ月が過ぎた、十一月。
「じゃあ里美・・・いってくるから」
「うん・・・」
里美は布団から小さく手を振っていた。
この一ヶ月間で里美の体調はさらに悪くなり、ついには一人で歩く事ができなくなってしまった。
「できるだけ、早く帰るから・・・何かあったら電話するか大家さんに知らせて・・・」
「大丈夫だよ・・・早く行かないと遅刻だよ・・・?」
「あ、いけない・・・もうこんな時間か・・・」
「うん・・・」
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい・・・」
僕はいつものように仕事に出かける。
本当は家にいて里美の様子を見ていたかったけど、そうも言ってられない。
稼ぎがないと里美に栄養のつくものも買ってあげられないから。
「おう時時、やっと来たか!」
「親方、おはようございます!」
「時時よ、そういやな」
「はい?」
大家さんに紹介された仕事場の親方だ。
その親方がやけにかしこまって話してきた。
「最近な、警察の奴等がここにも来てるんだよな」
「はぁ・・・」
「なんでも行方不明の女の子の捜索願いだとか、噂によると誘拐って話もあるんだ」
「・・・・・・」
嫌な予感がした。
「お前確かここに来る前は旅人だったとか言ってたよな」
「えぇ・・・」
「何かそういう情報とかって知らないか?」
「・・・知りません」
そう答えるしかなかった。
この話が僕と里美の事を言っているのかはわからない。
仮にそうだとしても、今の僕はこの生活を手放したくなかった。
その日の夜。
僕は朝の自分の考えを改めて考えていた。
「この生活を手放したくない」
それはやはり僕の思い上がりなのだろうか。
ここ最近ずっと自問自答している事だ。
「どうしたの・・・時時さん?」
「いや・・・」
いっその事、里美に聞いてみようか。
今の生活が幸せか、って。
いやなんでもかんでも里美に押しつけてはいけない。
「・・・・・・」
「はぁ・・・、こんな状態じゃ、こっちのお話はまだ無理ですねー」
「こっちのお話?」
「ううん、落ちついてる時で良いです」
里美は嬉しい事を隠しきれない子供のような顔で笑った。
僕はそんな里美の笑顔を見ているのが嬉しかった。
まだ会って本当に間もない時間だ。
しかし今の僕にとって里美という女性は全てだった。
・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。
そんなある時だったのだ。
こんな小さな幸せが壊れてしまう瞬間は・・・。
戸を叩く音がする。
家の玄関口を誰かがノックしていた。
がんばって起きようとして応じようとする里美を手で制した。
「いや僕が出るよ」
「うん・・・」
何故だか嫌な予感がした。
外がいつもよりも騒がしい。
「はい・・・?」
「相原さんのお宅ですね、警察署のものですがちょっとお話を伺いたいのですが・・・」
「っ・・・!?」
嫌な予感は現実となった。
お話を伺うどころの話じゃない。
周りを見るともう逃げられないように態勢を整えていた。
「相原里美さん、誘拐の疑いであなたを逮捕します」
僕は有無を言わさずに手錠をかけられたのだった。
終