第3話 今までを思い出す2
お母様、屋敷の者に説明する回となっています。宜しくお願いします。
お母様の話した内容は、ざっとこんな感じでした。
「今日、王城へ家族で招待されたのは、10歳になる第一殿下のレオ王子の誕生会を祝う会に家族で参加するだけのつもりだったのです。その用件で王城まで家族で出掛けたのだと私と娘は思っていましたわ。
ですが、実際はそれだけではなかったのです。
公爵令嬢である大事な一人娘、エンディス・キャトルフィーユに、この公爵家当主である夫からも王家からも、一切、何の説明もないままに、第一王子であるレオ王子との婚約を結ぶ契約書に署名をするようにと、娘はこの家の当主である夫にその場で言われたのです。」
ざわざわと我が家の者達が驚き、ざわめきが続いていました。
「契約書を見て、婚約と書いてある書類に署名をしたくない、嫌だと言う娘をその場で夫が怒鳴りつけたのです。
怒鳴られて怖かった筈の娘は、それでも婚約するのはイヤだとますます嫌がっていましたわ。
その場で嫌がる理由を聞かれたエンディスが、どうして婚約を嫌がったのかを話し出しました。
エンディス自身、今まで婚約についての話を誰からもされていなかった事、それも一言も聞いたことがなく、婚約をするにあたっての事前説明も一切なかったと言いました。
説明もなく自分の一生を決める婚約契約書に、すぐに署名するように言われた事も気になったし、自分の婚約を急ぐ必要が家の方にもまだないはずだから、婚約についての話を聞かされていなかったのだと理解していました。
だから、今になって自分の婚約を急がせるのが変だと思ったし、その理由も聞かせてもらえないのがおかしいと思えたのだと言ったのです。
このまま婚約して、将来、エンディスが王妃と言う重責のある地位を得ても、王子が側妃に夢中になってしまえば、エンディス自身が誰にも顧みられず、幸せに生きていけなさそうだから、王子とは婚約したくないのだと言うではありませんか。
だから、第一殿下と自分が婚約するのは公爵家としては急過ぎるし、すぐに婚約するのが変だし、幸せになれるかどうか分からない不安しかないので、婚約する事自体が嫌なのですと言い切りましたわ。
私自身は、王子と娘の婚約を結びたいと王家から打診されている事と、娘の婚約者候補に誰を挙げるのがいいのかを夫からというのを事前に相談されていだけですの。
それに、王家の方々と一緒にいる場で、娘へ自身の婚約についての説明を前もってしてあるのだと夫から私へ耳打ちで聞かされていましたので、私は、その話を夫を信じていたのですの。
その時点でも、娘に説明が何もなかっただなんて知らずに、その嘘にすっかり騙されてしまっていたのですわ。
だから当然、私の方も、嫌がっている娘の姿を見ても、娘は王子と婚約するのが、ただ嫌なだけの子供特有の気まぐれとか、わがままを言っているだけだと思えたのですわ。
婚約を嫌がる理由を娘の口から聞くまでは、私も先入観だけで、勝手に娘の気持ちや行動を子供だからと言う思い込みによる一方的に、娘を決めつけて見ていたのです。
それなのに、何も聞いていなかったと訴えていた娘の信頼を裏切ってしまい、今は落胆し、反省するばかりなのです。
そして、婚約の話自体が陛下とこの家の当主だけで決められていたのだと分かっていて、何も知らない娘に強制してまで、王子との婚約を結ぼうとしていた夫である公爵家当主の態度に驚き、落胆、絶望しました。
それら全てを知らずにいた私も、母として、この公爵家の夫人として、情けなく思っているのです。」
お母様の名前である「アルディス様、お労しい。」「お嬢様が不憫」だと言う声がしています。
この屋敷に勤めている者達へ向けて、公爵家夫人が当主を責めたり、批判したりするのは、問題ないのです。当主と夫人は対等な立場にいる事になっているのですから。
ですが、この家の持ち主で公爵家当主である父上を目の前にして、使用人達が真っ向から雇い主である父上を批判するのは、その批判をした者達がこの屋敷から解雇されるという事と同意なので、生半可な決意でするような事でもないし、簡単には出来ない事なのです。
言えない分だけ、屋敷に勤める者達の父上を見る目が冷え冷えとしていますけど。私は屋敷のアイドルですから。ええ、そりゃあもう、愛想良く態度も良く、常日頃から使用人達には接していますので。
良い子にしていると、お菓子の差し入れやお花のプレゼントがあるんですもの。記憶を思い出すまでの私のような子供だったら、簡単にその餌に釣られますわよね。
代わりに、私とお母様を労わってくれたのでしょう。
お母様の話は続いています。
「娘がそこで、我が家と王家への配慮をみせました。
まだ幼いのに、王家と公爵家との間に板挟みになるであろう父と母の立場をも考えてくれたのでしょうね。
娘が王子と婚約するにあたって、幾つかの条件を提案したのです。その条件を陛下も王妃様も勿論、レオ王子様も納得された上で、契約書に盛り込みました。
王妃様からも、王家との婚約ではこの先に何が起きるのか分からないので、本婚約にするのは時期尚早だと提案がされ、娘と第一殿下の婚約は、仮婚約になり、娘も署名をしてきました。
仮婚約は、レオ王子様に娘以外で新たに好きな者が出来た時点で、娘の方からも婚約破棄、あら?少しニュアンスが違うわね。そう、婚約無効に出来るのだという事も盛り込みましたの。」
あれ?父上の顔色が家に着いたばかりの時よりも青くなっていますわね。どうしたのかしら?
父上の見ていただろう方向を見ていくと、玄関のホールの上で乳母に抱きつき、お母様のしている話を真面目に聞いている弟の顔がありましたの。
そう。ポラディスもお母様の話をそこで聞いているのね。弟が自分で理解出来るように、乳母もお母様も後でじっくり、ポラディスにも分かり易く説明するでしょうからね。
「そもそもこの婚約が内密に進められた原因は、この家の当主であり、娘の父である夫がその要因でしたの。
娘が婚約する事への一切合切について、この屋敷に勤めている者達の誰も知らなかったようですわね。先程、私が話し始めた最初の方での皆の反応から、私も察しましたわ。
娘に懐いている後継ぎである息子に、娘の政略結婚を陰で勝手に進めていたのだと知られ、自分が嫌われたくないだけというくだらない理由から、夫が皆にも当事者の娘や、後継ぎの息子にも隠していたのですわ。
娘を家の便利な駒扱いをする事は、貴族の家では当たり前の事です。ですが、私の生家とこの家、公爵家では恋愛結婚を推奨しているのだと聞いていたので、私も結婚したのですけれど、事実とは違ったようですね。
生家でのたった一つの決まりも守れなかったのだと思うと、私、情けなくなりましたの。悲しくなりましたの。
位が高くなればなるほど窮屈になる貴族の生活と、その家の名に恥じない行いをする重圧に耐える為、それらの苦労や重責との引き換えで、恋愛結婚を推奨されているはずなのです。それがこの家では守られていませんでしたのね…。
息子の機嫌をとる為だけに心遣いをする夫、娘をどうでもいいと思い、駒扱いするだけの冷たく鬼畜な者と私は結婚してしまったようです。
私はどこで間違えたのでしょう?
その場で、子供達を連れてこの家を出るようになってもいいと思いました。
それに、情けなくて離婚したくなりましたし、すぐに別居もしてしまってもいいものだと決意しましたの。」
うわわっ!屋敷の者達の目が当主である父上を何人かが睨んでいますし、私達を悲しそうに見ている者達もいますわね。
お母様の話を聞いているうちに思い出したんですけれど、先代であったお爺様とお婆様は領地の方で隠居されているのです。そのお二人は今でも新婚の様に仲睦まじいそうですの。2人とも政略でない恋愛結婚だったそうですし。
私の味方をしてもらうのにも丁度、良さそうなお二人ですからね。私の仮婚約が決まった事をお知らせするお手紙を私が書いて送ってみましょうか。
「陛下も、レオ王子様には婚約の事について説明しておりました。
その上で、婚約者が気に入らなければ、自分の様に側妃を何人も娶ればいいとの話をしていたそうなので、私も王妃様も呆れてしまいましたわ。
王妃様もこの婚約では、娘の方の味方に付いて下さるそうですの。
だから、この家で働く者達は、私に付くか、当主である夫に付くかを明確にしておいて欲しいのです。
その理由として、私はこれから先、そうね、離婚するかは今はまだ保留中で分かりませんが、別居をするのは確定事項であり、別居をするのが決まっているとの認識で動き出そうとしているのですわ。
それと、ここで働く者はとてもいい者達だと私が知っています。
だから、この中から私が娘と息子を連れて別居する時に、この中から連れて行く人を選んでゆきたいのですわ。
詳しい話は、この家の筆頭執事であるアロンゾにしておきます。
皆も詳しい事の説明は、後でまとめてアロンゾにしてもらってちょうだい。私からの話は以上よ。」
またざわざわと、ここで働いている者達のどうしようかしら?というような声があちこちからしていましたわ。お母様は、父上と別居をするつもりでいらして、そのつもりで今から動き始めていらっしゃるのね。
「アロンゾ、今日の詳しい話をするから着いてきて。いいわね。
それと、これから色々と説明するので、私とエンディスと一緒にアロンゾは、談話室へ行きますわ。
残りの者達はいつも通りでお願いね。
それと、ご当主様も王城で色々あって大層、お疲れでしょう。
私は疲労が酷くって、療養しなくてはならない程、疲労が蓄積しているようなの。今日の今から何も出来なくなってしまったようなのよ。
だから、ご当主様の世話や手伝いを皆に、今までより、より一層してくれるようにと、私から望みますし、頼みますわ。宜しくね。」
父上の後ろに付いている補佐の方や侍従達が、お母様の願いに静かに頷いていました。
これで表向きの理由として、お母様は急な娘の婚約に驚いたのと、娘の婚約後の身の危険性に気付き、その心労で家に帰りついた時に、その場で倒れた事になりましたのよ。(公式にですけれど。非公式では、愛想をつかしたお母様が別居に踏み切ったという所かしら?)
それも、父上の手伝いも世話も出来ない程、お母様の具合が酷いようですから、早急に療養をする必要があるのだと言っているのです。
ええ、すぐにでも療養の為の別居をしなければならないのだと、皆が外部へ話せる理由を付けて、分かり易くお母様が明言したんですの。
お母様は、打たれ強いですわね。私のように簡単に、凹んだりしないのですわ。
「ではこれから、アルディス様とエンディスお嬢様が談話室に行かれるのですね。それでは、私とお嬢様付きの者がお二方と同行致します。」
パンパン!と手を叩いたアロンゾは、屋敷に勤める者達の気を引き、皆へ指示をしましたわ。
「皆は、速やかに仕事へ戻るように!詳しくは今夜にでも皆へ私から話そう。それまでは、いつも通りに動くように!」
皆がアロンゾの掛け声で、いつもの仕事をするようにとバラけて行きました。皆、各々の仕事へ戻って行ったのでしょう。
お母様は上を見上げて、弟のポラディスへ手を振っていますわ。ポラディスも手を振り返してきました。ポラディスは可愛いわね。
それにしても、お母様ったら、ポラディスが上からお母様の話を聞いていたのに気付いていらしたんですのね。
…あぁ、頭痛に波があるわ…。




