第二話 ゼロ
「なんでおまえも来るんだよ、ナミ」
一週間後、おれとMAYAは会うことになったが、待ち合わせ場所にはナミがしっかり来ていた。ナミは馬鹿にされたシャネルのスーツを着ている。
「え、なんか面白そうなやつじゃん、MAYAって」
「また噛みつかれるぞ」
「ま、いいから。パソコン少年をお姉さまが調教してやるわさ」
「おっさんだと思うよ」
「おっさんは得意よ。むしろ」
おれはため息をつく。そこは待ち合わせ場所として有名な駅前の某所である。週末はいろんな人間であふれかえるその場所をぼんやり眺めた。
おれはなぜか胸が高鳴るのを感じる。奇妙な高揚感といっていいだろうか。おれは苦笑する。まるで初恋の相手に久しぶりに会うみたいじゃないか、これじゃあ。
「何緊張してんのよ」
ナミがせせら笑ってつっこんでくる。おれはピータースターブザンドをくわえた。珍しく自分で自分の感情をコントロールできていない。
「うるせえ。黙っててくれよ。おれはいまナーバスな気分…」
ふとおれは目の前に一人の少女が立っているのに気がついた。有名私立高校の制服を着て髪の毛をショートカットにした少女。顔立ちは整っているが痩せているので女性らしい魅力を感じさせない。まるでシンディ・シャーマンの写真にでてくる人物のように、孤独さを身に纏っている。
「まさか、あんたが」
「会いたいというから来たんだ」
少女は突っ慳貪に言った。
「気にいらないなら帰る」
「いやまて、まてよ。MAYAなんだろ」
「そうだ」
「いや、ちょっと意表をつかれた」
ナミがくすくす笑う。
「そうだと思ったわ」
おれはナミを睨む。
「後出しじゃんけんはずるいだろうが」
「まあね。私もいてもいいよね、趣味悪い女だけど」
「好きにしたら」
MAYAはそっけなく言った。おれはどういう言葉をかけていいか、迷った。何しろ十代の女の子と会うこと自体、久しぶりな気がする。
「とりあえず自己紹介しとこうか」
「知ってるよ、自分のサイトに書いてるじゃないか。鷹見恭平27歳。航空評論家で元自衛隊パイロット」
「いや、そうなんだけどな」
「だいたいなんで、夜なのにサングラスしているの。見えにくいじゃない」
「いやこれは」
おれはサングラスを外す。義眼の右目と傷跡が顕わになる。
「なんとなく初対面の人間には素顔を出しにくいんだよ」
MAYAが息を呑むのが判った。くるっと振り返るとおれの前から立ち去ってゆく。
「おいおい」
おれは慌ててMAYAを捕まえる。
「なんだよ、折角会ったのに」
MAYAは小さな声で何かいった。
「なんだよ、どうした」
「悪かったよ、サングラスはずさせて」
「気にすんなよ、そんなことでいちいち逃げなくていいじゃねえか。えーっとなあ、とりあえず飲みにいこうと思ってたけど制服姿じゃまずいしな」
「いいんじゃない、あそこで」
ナミが駅前のファーストフードの店を指さす。
「私は構わないが」
MAYAが同意する。おれは少し肩を竦めた。
「じゃいこうか」
◆ ◆ ◆
店の中は10代の子供ばかりだった。おれとしてはとても居心地が悪い。しかし、それは目の前のMAYAも同じようだ。多分、MAYAはどこにいてもこんなふうに居心地悪そうに孤独な瞳で、それでいて毅然とした表情であたりを見てるんだろう。そんな気がした。
一方ナミは、MAYAと対照的である。深紅のシャネルで武装し傲岸とした態度で高く足を組んだナミは、自分の縄張りにいる猫のようにリラックスしていた。
「私も自己紹介しとくね」
ナミはMAYAに微笑みかける。
「横山ナミ、24歳。職業は公務員」
「つーか、内閣調査室の対テロ部門の室長だろ。だいたい歳はおれとためだろうが」
ナミはおれの顔面へ裏拳をとばす。おれはあやうくスウェイでかわした。
「なんでそんなこというかな」
「いいじゃねえか、気にするなって。MAYA、おまえはどうすんの。いやなら本名言わなくていいよ」
「御子柴摩耶。17歳。高校生。これでいいか」
「うーん、なんていうかさあ、おまえが始めてだぜ、ネットで知り合ってオフで会った時にネット以上にもどかしい感じがするやつって。もっとこう心を開いてみろよ」
ナミはせせら笑った。
「馬鹿じゃないの、恭平」
「なんだよ」
「そんないきなり心開けって、むつごろうの動物王国じゃないんだし。とりあえず、楽しく会話するうちに、和んでゆくものでしょうが」
「まあ、そうだろうけど」
いざ、話をしようとすると十代の少女相手に言葉がつまる。
「質問ごっこしようか」
「なんだよ、それは」
MAYAはそっけなく聞きかえす。
「おれが質問したら、あんたも質問しかえせるというの」
「ふーん」
MAYAは光る目でおれを見る。多少興味を持ったようだ。
「じゃ質問どうぞ」
「なぜランキングに登録しない?したらぶっちぎりで一位だろうに」
「ランクづけされるのは学校だけで充分だから。だいたいそれはお互い様だろ?」
「まあな」
「じゃこっちの質問のばん。シデンてのは大昔のアニメからとった訳?」
「なんだそりゃ。シデンといったら紫電改に決まってるだろうが」
「ああ、飛行機の名前だったのね」
MAYAは始めて少し笑みを見せた。
「んじゃ次の質問な。なぜF4ファントムを使う。難易度DクラスやCクラスなら機体はそれほど関係ないだろうが、Bクラス以上は性能のいい機体のほうが有利だろう。まあ、F4ならなんとかならんこともないだろうが、もっと楽に戦える機体があるだろ。せめてF4EJとか。思い入れでもあるわけ?」
「負けたやつからすれば、自分よりスペックの低い機体に負けたほうが悔しいだろ」
おれは苦笑する。
「やなやつだね、やっぱりおまえは」
「あんただって、F14使ってるじゃない。F14も最新鋭では無いでしょう」
「いいんだよ、F14はいざとなればロボットに変形するから」
ナミが吹き出した。MAYAはきょとんとした顔になる。
「何の話?」
「いいから次の質問いけよ」
ナミが笑いながら口出しする。
「この人F16が嫌いなのよ。F16に乗ってておっこちたから」
「それは、悪かったな」
「いちいち謝るなよ、MAYA。ナミ、おまえも余計な口出しすんなよ」
「じゃ、質問するよ。生きていてさ、楽しいと思う?」
「なんだそりゃ、楽しいよ」
「飛行機に乗れなくても?」
「関係ないってそんなの。おまえは楽しくないのか?MAYA」
「ああ」
MAYAは当たり前のように言った。
「楽しいことなんて何もないね」
「おまえくらいの年頃っていえば普通こう、学校の友達といっしょに遊んだり語り合ったり恋愛したりいろいろあるだろうが」
MAYAは喉の奥で笑った。
「こないだのチャットみただろう」
「ああ」
「学校もあんな感じだよ、私にとって」
「困ったやつだな、おまえ」
「そうだな」
MAYAは不思議な笑みを見せる。
「困っている」
「だったらさ、なんとかすんだよ、そんなの」
「ただな」
MAYAは少しはにかんだような笑顔で言った。
「シデン、おまえと戦っている時だけは少し生きてるって感じがするんだ」
「おまえな、おまえ。そのシデンというのを面と向かって言うのやめてくれるか。頼むから。オフの時は恭平なんだよ、おれは」
MAYAはくすくす笑う。
「おまえって結構面白いね。恭平」
「いや、おれはおまえのほうが面白いとおもうぞ。時間はまだいいのか。両親が心配するとか?」
「うちの親は、離婚の裁判中だから子供のことには無関心なんだ」
「やれやれだな。ま、いい。じゃこれから遊びにいこうぜ」
「どこへ?」
「ついてくりゃ判るよ」
◆ ◆ ◆
おれたちは、ナミのアルファロメオに乗って高速を抜け、郊外にある某電気メーカの研究所に着いた。ナミは仕事の続きがあるといって、さっさと帰ってゆく。
おれたちはだだっぴろい敷地に建つシンプルなデザインの4階建ての研究所へ向かって歩いてゆく。MAYAがぽつりと言った。
「忙しい人だな、ナミさんは」
「まあな。健康の為に1日3時間は寝ることにしてるといってたけどな。何しろあの歳で内閣調査室の室長だからなあ」
研究所の回りはちょっとした公園のように木々が植えられている。回りに遮るものが無いせいか夜空がやたらと広く感じられた。
「相当なエリートなわけだな、ナミさんは」
「なにせ、SASに2年間実習にいってトップクラスの成績だったそうだし、実戦でもベテラン以上の成果をあげたというから天才というより怪物だよ、やつは」
おれたちは、おれの持っているパスカードを使って研究所の中に入る。宿直の警備員は制服姿のMAYAを見て少し困った顔をしたが、おれのつれということで無理矢理入り込む。
おれたちは4階に昇ると暗証番号キーつきの頑丈そうな鉄の扉を開き、マシン室へと入ってゆく。深夜ではあるが、思ったとおり数人のエンジニアが作業している。ひげ面でやせ細った男がおれに気がつき手を振った。
ここのチーフエンジニアの甲賀明彦だ。おれの隣の女子高生姿のMAYAを見てちょっと困った顔になる。
「なんだ、困るな。あからさまに部外者つれこんでもらったら」
「いいじゃねえか。堅いこというなよ。明日疑似本番テストやるんだろ」
「ああ。今日も眠れそうにないな」
「ちょっと遊ばせろよ、こいつといっしょに」
「こいつって誰?」
「ファントムMAYAだ」
甲賀はほーうとため息をつく。
「彼女がMAYAだって?おまえが0勝十敗のか」
「十一敗だ」
MAYAがそっけなく訂正する。思わずおれが顔を顰めるのを見て、甲賀はくつくつと笑った。
「面白そうだな」
「だろ」
「よろしく、MAYAさん。おれは甲賀明彦。鷹見の幼なじみでね」
MAYAは軽く会釈を返す。甲賀が先に立って歩き出した。MAYAがおれに尋ねる。
「何があるんだよ」
「行けば判るさ」
コンピュータの収容されたラックとコンソールがいくつも並ぶマシン室を抜け、奥のドアを開く。スパードッグファイトとよく似たコックピット風のブースが三つ並んでいる。
その奥はガラス張りになっており、吹き抜けから階下が見下ろせるようになっていた。おれはその吹き抜けをのぞき込み、MAYAを呼んだ。下を見たMAYAは息を飲む。
そこに並んでいるのはF4EJ、F16、FX-2の三機の戦闘機である。
「どういうこと」
MAYAの問いに甲賀が満面に笑みを浮かべ、解説する。
「おれたちの造っているのはジェット戦闘機の遠隔制御システムだ。ここに有るのはそ
の試験マシンだよ」
「おい、はやくやろうぜ」
おれはF16のブースに入り込んで、MAYAを誘う。
「やるって」
「きまってるじゃないか。こいつを使って対戦するんだよ。スーパードックファイトなんざ比べ物にならないリアルな対戦ができるぜ」
MAYAは問いかけるように甲賀を見る。甲賀は頷いた。
「鷹見にはアドバイザーとしてこの試験マシンを自由に使ってもらっている。君の意見も聞くことができればいいな」
MAYAはF4EJのブースへ向かう。
「F16は嫌いじゃなかったのか」
MAYAの言葉におれは肩を竦める。
「どうせおまえは、F4にしか乗らないんだろ」
「まあ、何に乗ったところで恭平がこてんぱに負けるのは同じだけどね」
「おまえさあ」
おれはブース内のコックピットに座りながら、ため息をつく。
「ヒクソン・グレイシーだっておまえよりは謙虚だったぜ」
「誰それ?」
「誰でもいい。とにかく始めるぞ」
「ディスプレイが無いんだが」
「そのゴーグル型ディスプレイのついたヘッドギアを付けるんだ。ヘッドギアの動きに応じてカメラが動くシステムになっている」
甲賀がMAYAの脇から説明を始める。だいたいはスーパードッグファイトと同じであるが、操作の精度や緻密さはスーパードッグファイトとは比べ物にならない。何しろむこうはゲームでこっちは本物を動かすためのシステムだからだ。
おれは、システムの起動をかけていく。ディスプレイに映像が映し出される。実際の自衛隊の基地をモデルにした映像だ。映像もまた、ゲームとちがってリアルなものだ。
システムが作動するマシンの能力が桁外れに違う。臨場感はこちらが遙かに上だ。
「いくぞ」
隣にいるMAYAに声をかけおれは離陸する。MAYAも続いて飛び立った。高度を充分にとる。こいつを使っての対戦で負ける気はしなかった。
「始めるぞ」
おれはMAYAに声をかけると、F16を旋回させる。その時いきなりワーニング表示が現れた。おれの後ろに機体がある。MAYAのF4EJとは別の機体、FX-2だった。
「馬鹿な」
FX-2のブースには誰もいなかった。おれが反応する間もなく、おれのF16が撃墜された。ディスプレイの片隅にメッセージ表示が現れる。おれはそれを読みとった。
『やあ、シデン。私はゼロだ。久しぶりだね。ちょっと遊ばせてもらうよ』
おれはヘッドギアを外すと呟く。
「馬鹿な!ゼロだって?」
おれはブースから飛び出すと、コンソールを操作している甲賀のそばにいく。
「いったいどういうことだ。おまえがしかけたイタズラか?」
「システムのセキュリティが破られた。ありえないことだが。いま侵入者の端末を特定しようとしているんだが」
おれは、壁につけられたスクリーンに投影されている映像を見る。MAYAの見ているはずの映像と、FX-2のパイロットが見ているはずの映像が並んで投影されていた。
「やつは、ゼロといった」
「ゼロ?」
甲賀が聞き返す。
「なんだそいつは」
「スーパードッグファイトで、おれたちのようにノーランカーだがランカーに対して負け無しのやつがもう一人だけいる。そいつがゼロを名乗っていた」
「強いのか?」
「おれとやって一勝一敗。しかし、やつが負けた対戦は、どっちかというとこっちの腕を確認するのが目的だったようだから、あまり参考にはならないだろうな」
「それにしてもいい腕だな」
「ゼロのやつか?」
「いや、ファントムMAYAだよ。始めて操作しているとはとても思えん。天才としかいいようがないな」
二人の映像は目まぐるしく変わってゆく。凄まじい高速で旋回しながら有利なポジションを確保しようとしているようだ。確かにゼロのほうが押されているように見える。
ゼロはおれたちと違い、伝説の存在だった。おれはランキングには入ってないが、自分のサイトで素性を明らかにしている。MAYAについてもネット上に書き込みを行っていた。しかし、ゼロは対戦したものの噂だけしか、その存在を示すものは無い。おれも自分が対戦してなければ、その存在を信じてはいなかったろう。
ゼロのFX-2はとうとう追いつめられ撃墜された。甲賀はコンソールを操作しながらののしる。
「ちくしょう、アクセスログから起動ログ、通信記録まで全部消去していきやがった。なんてやつだ」
「なにがあっんだよ」
MAYAが不思議そうな顔をしておれたちのそばにくる。おれたちは余程うちのめされたような顔をしていたんだろう。
「とりあえず、ナミに連絡をとろう。こいつはやつの仕事だ」
おれの言葉に甲賀が力無く頷く。
おれはふと思ったことをMAYAに聞く。
「おまえゼロとスーパードッグファイトやったことあるのか?」
「ゼロ?噂はネットで見かけたけど、実際やったことは無い。まさかさっきのFX-2がゼロだっていうんじゃないでしょうね?」
「その通りさ」
おれは携帯電話を取り出しながら、MAYAに応える。
「あのFX-2はゼロだよ。少なくともそう名乗った」
どうやらゼロは一回目は負けるらしい。二度目に勝つ自信があるということだろう。
◆ ◆ ◆
「すっげえー、こんなの造ってるんだ。なんだがきっもーい。男の人って判んないわー。つーか、すっげーぶっきみー」
おれとナミは、甲賀の家にいた。甲賀の部屋は、戦闘機やら複葉機、プロペラ機のプラモデルで埋め尽くされている。本棚はコンピュータの専門書に並んで戦闘機のマニュアルや写真集が置かれていた。
ナミは甲賀を目の前にしてプラモデルを馬鹿にしてけらけら笑う。甲賀は大人だから苦笑しているだけだが、おれはさすがに腹がたってきた。
「なんだよ、ナミそのいいかたは。だいたいおまえデリカシーがなさすぎるぜ。そんなことだから二十七になるまで処女だったんだよ」
ナミの身体が一回転し、左足のかかとがおれの顎めがけて飛んでくる。おれは上半身をかがめてかろうじて避けた。
「プロレスの神様カールゴッチが唯一認めた打撃技がローリングソバットだって知ってる?」
「知らねぇよ。だいたい後ろ回し蹴りはソバットじゃない。しかも、そんなことやったらおまえ、パンツみえてんじゃん」
「見せてやってんだよ、この飛行機フェチの変態野郎ども」
「いいかげんにしてくれ。本題に入りたいんだが」
さすがにうんざりしたような声で甲賀が言ったとき、おれたちは素直に頷いた。
おれたちは甲賀の部屋のパソコンの前に腰を降ろす。ナミが持ってきたFDを差し込んで、調査結果を説明しだす。
「戦闘機遠隔操作システム通称『GARDA』、そのシステムの開発に携わったものは約1000人。そのうち既にシステム開発からはずれたものは400人。そのうち素行不良等の理由によって強制的にはずされた者は12人」
「12人もいたのか」
甲賀がリストを見ながらうなり声をあげる。
「下請けのさらに下請けのアルバイトの人間まで含んでいるから、あなたが知らないのも無理は無いわ。この12人から調査を始めたけど、あたりが一人いたの」
「あたりだって?」
おれの言葉にナミはにんまりとして応える。
「プルシャ・スークタっていう宗教団体知ってるよね」
おれは唸った。
「一応インド古代宗教の団体だが、例のロシアンマフィアとの関係をとりざたされているところか」
「そう。そこから出資されているソフトウェアハウスの人間が一人いた。しかも、かなり優秀なエンジニアがそこから参加してる」
「やばそうだな」
ナミは頷く。
「ロシアンマフィア経由で旧ソビエトの諜報関連テロリストがけっこう日本に入り込んでいるわ。その受入先のひとつとして、プルシャ・スークタは機能している」
「じゃあゼロも」
「ソビエト空軍の元パイロットがプルシャ・スークタの持つ密入国ルートで潜入しているわ。今その消息を探ってるとこだけど、ゼロはまずまちがいなくそいつよ」
ソビエト空軍のパイロットだったとは。おれは唸った。
「プルシャ・スークタは武器や麻薬の密輸入といたったなりふり構わない方法で利益を叩き出している。そのせいで暴力団とのいさかいもあったけど、元ソビエトのテロリストたちが圧倒的な戦闘力にものをいわせて黙らせている。今、公安がマークしているけど、多分もうすぐ最終的な動きがあるわ」
「最終的だって?」
「プルシャ・スークタの強制捜索ね。そのためにプルシャ・スークタ側も最後の勝負にうってでようとしている。ミーシャウィルスって知ってる?」
「確か、旧ソビエトで開発された細菌兵器のレトロウィルスでインフルエンザなみの感染力とエボラウィルスなみの殺傷力を持つとか」
「そう。風邪のように空気感染しながら人間の肉体をぼろぼろに腐敗させ破壊するという凄まじいウィルス。ソビエト崩壊のどさくさで失われたはずだけど、それが日本にもちこまれたという噂がある」
「まさかGARDAシステムを使って戦闘機を盗み出してそいつにミーシャウィルスを積んで都市に対してテロルを行うという気か?そりゃあ無理だろう」
「なぜ?」
「戦闘機をまず盗まないといけない。自衛隊の基地を襲う?米軍基地を襲う?そんな無茶な」
「基地を襲う必要は全くないわ」
「なんでだよ」
「ナミさんの言うとおりだ」
甲賀が口を挟む。
「GARDAシステムはもうすぐ自衛隊の全機に標準装備される。システムさえ乗っ取れば、戦闘機を手に入れるのは簡単だ」
「馬鹿な、セキュリティを一度破られているんだぜ。それでも標準装備かよ」
「セキュリティシステムは全面入れ替えを行って強化している。GARDAシステムには既に900億以上の予算が投入されている。今更止められない」
「セキュリティの全面入れ替えでゼロの侵入を防げると思う?」
ナミの言葉に甲賀は首を振る。
「判らない。理論的には不可能だが、それはこの前も同じだ。多分今いるスタッフの中にプルシャ・スークタの人間がいるのだろう。そいつを見つけるのは不可能だ」
「なぜ」
「時間が足りない。GARDAシステムは来週から実戦配備だ」
「でも私はスタッフに内通者がいるとは思わないわ」
「なぜだ」
「今の時点で内通者を残すというのはリスクが高いもの」
「おれも同感だな」
おれはナミと甲賀の会話に口を挟む。
「ゼロはおれとMAYAとの対戦に乱入した。部外者を使っての試験が公式記録に残らないと踏んでの行為だろうが、そうすることによってセキュリティが強化されるのはやつらの計算のうちだろう。つまりやつらはセキュリティが強化されるのを認めた上でGARDAシステムにアクセスしなければならない理由があったということと、たとえセキュリティが強化されても計画に支障をきたさない確信があったということだろう。つまり、おれの推測ではシステムの根幹部、オペレーティングシステムに関わるところで何らかの外部アクセス手段を確保している。この間のゼロの乱入はそのテストだったということだ」
「OSっていってもUNIXでしょ」
ナミの言葉に甲賀は首を振る。
「特注品だよ、GARDAのOSは」
「ゼロの侵入を防ぐには、システムの全面入れ替えが確実な手段だよ」
おれの言葉に甲賀が目を剥いた。
「そんなことをするのに何億かかると思う?状況証拠だけでは誰も動かせない。OSの改竄箇所の特定なんざ到底無理だ、おまえの話のうらをとるのは凄く難しいぞ鷹見」
おれは頷く。ナミが立ち上がった。
「なんだよ、急に」
「とりあえず、ゼロの侵入は防げないという事が判ったら充分よ。これから家に戻っていくつかケースを想定してシミュレーションするわ。対策を含めてね」
「今、夜中の1時だぜ。おまえさあ、たまには睡眠とってんの?」
ナミはウィンクをおれに投げる。
「女はねぇ、男の十倍くらいはタフなのよ」




