第三十一章 冒険者組合本部“中央特別区”
果たしてバスの旅は何事も無く続いた。
途中休憩に寄った、道の駅らしき休憩所では数多くの馬車や自動車らしき物が停められていた。
中には開けたスペースで露天商を開く者も居り、ちょっとした市場の様相を呈していた。
手洗いや軽食等の休憩を済ませ、また旅路に戻る。
心配していた盗賊や魔獣等の襲来は無く、快適なバス旅行であった。
「もう、夜か」
誰が呟いたか、気付けば外は既に夜の帳が下り、蛍光灯の明かりが車内を照らす。
目的地の“中央”は山に囲まれた場所にあるためか、バスは何度もトンネルを通る。
トンネルの内部は木組みなどではなく、コンクリートらしき灰色の素材で構成されていた。
内部には一定の間隔で電灯らしきもの灯されており、歩道と思わしき通路もあった。
トンネルの合間では、闇に沈んだ今となっては外の景色は満足に見えないが、何かの灯りが遠くに見えた。
遠目にもはっきり見える光の群れは村か町の灯りだろうか。
「――と、言う事もあって“中央”は、祭事や催し物がよく行われているんだ。特に盆と年末年始の祭事は凄い人だかりで安宿は直ぐに予約で埋まるって話だね」
「盆と年末年始って……有明? いや、まさかそんな……」
雑談交じりに今夜の宿について冒険者チームと相談していると、スピーカーからアナウンスが入る。
『このバスは、まもなく目的地である“冒険者組合本部・中央特別区”に到着致します。お降りの際はお忘れ物の無いようお願いします』
その放送に慣れないバス旅行の疲れからか弛緩していた雰囲気が温まる。
ガイドブックらしき小冊子を見直す者。
目的地が見えないか窓に張り付く者。
予定の再確認を行う者と、それぞれが思い思いの行動を取る。
「いよいよ“冒険者の聖地”かー。楽しみだねー!」
「とはいえ、時間も時間だからこのまま宿に直行になるけれどね」
「おや、山岳地帯を抜けたようですね」
レイラの言葉に窓を覗くと、バスは開けた場所へと出ていた。
まだ山の中腹ではあるが、街灯に照らされる道は麓へと続いていた。
道を辿ればその先には色とりどりの光の海が見えた。
それは町。
数多の冒険者が訪れる“中央”と呼ばれる町だった。
「眠らない街、といえるのかな?」
「国の首都部みたいだし、賑やかなのは間違いなさそうだな」
その光景は、2人にとって懐かしさを感じるものだった。
「ここから町までは後30分といった所か。そろそろ片付けて準備した方がいいぞ」
距離としてはかなりあるが、道には信号は無く、また対向車もほぼ存在しない。
揺れがほとんど無いため気付きにくいが、バスは結構なスピードを出している。
果たして、バスは30分程で彼等は辿り着く。
『これより“冒険者組合本部・中央特別区”の中へまいります。後10分程で目的地に到着いたします』
そうして目の前に現れたのは、前の町にもあったものよりも倍は大きな幕壁だった。
ライトアップされたそれは、数台のバスが並んで通れる程に巨大な門であった。
感心はすれど、先の町にあったものがそのままサイズアップしただけだ、そこまで驚くほどでもない。
……“中央”といっても、人が増える程度であまり代わり映えはしないだろうか。
そんな期待外れといった雰囲気がバスの中に漂う。
しかし、その雰囲気は直後に霧散する。
「――――」
圧倒される。
そう表現するしかなかった。
門を潜り抜け、町へと入ったバスを迎えるのは光の洪水。
自然の陽光ではない、人の手による光だ。
陽の差さぬ夜闇が、人の光によって退けられていた。
バスに乗るほとんどの人間がその光景に釘付けとなった。
「まさか、またこんな光景が見れるなんて……」
「眠らない街っていうのは、的外れじゃなかったんだな」
悠兎と鴉弥にとって、その光景には驚きよりも既視感が強かった。
立ち並ぶ建物は先の町と同じく、全てがバラバラの建築技法。
だが、ネオンサインによって描かれる看板や闇など無いとばかりに光溢れる店。
素材や建物は違えど、その雑多な情報は日本の都会を思い出す。
「な、何アレ!?」
「あれはモニター? しかし何て巨大な……」
パールとレイラが指差すのは一際巨大な建物。
暗い空を背景に聳え立つ建物の壁面には、モニターが設置されていた。
表示されているのは今後一週間の天気予報。
距離としては遠く離れているにもかかわらず、その内容を把握できる大きさだ。
「まだこんなに人が起きているのか……」
「人が集まれば、種族も増える。今の時間帯は夜行性の種族が店を開くからな。結果としてこの町は一日中賑やかだぞ」
町の中は、車道と歩道がしっかりと分けられており、バスのは目的地に向けて大通りを走る。
中から町を見渡して眺めれば、多様な種族が目に入る。
一目で把握できる者も居れば、見える特徴だけでは判断のつかない者も居る。
彼等が視覚からの情報に圧倒されていると、いつの間にかバスは停車していた。
周囲には、サイズが違えどバスが幾つも存在する事から、この町のバスターミナルのようだ。
『お疲れ様でした。目的地の“中央特別区・組合前”でございます。お降りの際は忘れ物にご注意下さい』
そこは、例の巨大なモニターが設置された建物の前。
アナウンスによると、冒険者組合の本部であった。
●
荷物と乗客を降ろしたバスは行き先を回送に変え、その姿を町の中へと消した。
「道中お疲れ様。また機会が有ればよろしくお願いするよ」
初体験である長時間のバス移動は、鍛えている彼等でも腰にダメージを与えたようだ。
大半の人間が凝り固まった体を解している中、リードリッヒは出発前と変わりない自然体であった。
「ええ、こちらこそ。お疲れ様でした」
対するアルフィードは疲労の色が強く現れていた。
挨拶を済ませ、冒険者クラン“明け星”の面々を見送る。
「エルさんもお疲れ様でした。道中のお話は大変為になりました」
「いえいえ、こちらの急な都合にも関わらずありがとうございました。どこかで会う事があれば、またお願いしますね」
エルも疲れを見せることなく彼等と別れる。
その足で目の前の組合本部へと駆け足で去っていく。
組合からの緊急の用事とやらを済ませるのだろう。
「さて、明日もあるし、僕達もこのまま宿に行くね」
「ああ、明日もよろしくな」
「明日10時にまたこの場所だね」
悠兎と鴉弥は約束を再確認する。
何故なら、冒険者一行と別れるからだ。
「知り合いの宿に泊めてもらうんだったな。なら予定通りカルシェ少年はこちらで引き受けとしよう。資金には余裕はあるし、パール達も喜ぶ。2人は明日に備えて体を休めるといい」
「おやすみー」
「また明日ですね」
「ユウトさん、ありがとうございました! おやすみなさい!」
手を振り、冒険者一行も町へと消える。
「よし、ボク達も移動しようか」
「そうだな。結構疲れたし、休みたいしな」
鴉弥はPDAを取り出し、とある番号へ呼び出しを掛ける。
暫しのコール音の後、声が返ってきた。
『はい、こんばんわ。通話が出来るという事は“中央”に着いたようですね』
スピーカーから聞こえる鈴が鳴るような声はよく知る相手、葛葉 鞠だ。
「うん、今“中央特別区・組合前”のバス停に到着したところ」
『分かりました。でしたら、少々その場でお待ちいただけますか? 今、知り合いをその場所へ呼びますので』
「色々ありがとう。だけど、落ち着いたら聞きたい事が山ほどあるからね」
『あ、ははは……その時はお手柔らかにお願いしますね? それではおやすみなさい』
鴉弥の声色に本気の色を見た鞠は、話もそこそこに通話を切る。
通話が切れたことで画面が自動的にホームに移行する。
「むぅ、逃げたか。そういう所は変わらないんだね」
PDAを眺めながら感慨深く呟く。
外見も何もかもが変化した中で、かつての家族として自身の知る面影がある事に安心する。
「今、知り合いを呼ぶって言っていたけれど、お互いに相手の姿が分からないよな?」
「それは大丈夫じゃないかな。このバス停は長距離のバス用で、時刻表を見る限り、この後にバスが来る事はないみたいだし、他にお客さんも居ない。この場所に2人で留まっていれば問題は無いと思うよ」
「言われてみればそうか」
「丁度、待合用のベンチもあるし、座って待ってようよ」
背嚢を盗まれないように膝に抱えて2人は座る。
視線の先では、数十メートルは離れたバス停で町中を巡るであろうバスが発着を繰り返す。
シューヴァラの言う通りに夜行性の種族が活動するというのなら、公共の交通機関といえど休止することは難しい筈だ。
数分おきにバスがやってきては、それぞれが違う方向へと走り去る。
乗降する客も、10人を下回ることが無い。
「あのバスといい、電車といい。日本とそんなに変わらないように見えるね」
「利用者の大半が角や羽が生えてたりするけどな。でも、確かに馬車が走るよりは見慣れた光景だよなぁ」
道路に目を向ければ、そこを走るのはバスだけではない。
自動車やバイクなど、日本でも見慣れたものは少なく、大半が馬車である。
馬車と一口に言っても、牽引する動物は馬だけではなかった。
巨狼や牛、まさかの人力どころか、牽引要らずの自立可動する物すら見かけた。
その癖、道路は馬糞一つ無い綺麗なものだから不思議だ。
「うん、やっぱり異世界だね。日本の常識じゃ考えられないものばっかりだ」
「そのくせ、交通ルールを守っているからシュールだよな。いや、良い事なんだけどさ」
道路には見慣れた三色の信号機が設置されており、その点灯色によって交通整理が成されていた。
日本ならば、この光景を録画してネットワークに上げるだけで大人気動画間違いなしだ。
そんな事を考えていると、自分達に向かって駆け寄る人影に気付いた。
鞠の言う案内人かと思えば、それは先程別れたばかりのエルだった。
「あれってエルさんだよね? なんだかボク達を見ていない?」
「バッチリ見ているな」
不思議な事に、走る彼女の瞳はしっかりとこちらを捉えていた。
疑問を浮かべている内に、彼女は2人の元へと駆け寄る。
「すいません。遅くなりました」
組合本部からは少なくとも結構な距離があるが、息一つ乱れていない辺りに相応の体力を持っているのが窺える。
「何かありましたか? 忘れ物でも?」
エルの行動に鴉弥が何事かと問うと、苦笑しながら首を横に振る。
「いいえ、違います。聞いていると思いますが、この度はお2人の案内を務めさせていただく者です」
「……まさか鞠の言っていた知り合いってエルさん?」
「はい。本当ならばこちらでお迎えしたかったのですが、緊急の依頼が入ってしまいまして……。急いで戻ってきた所だったんです」
聞けば、自分達の名前も外見も聞かされていなかったらしい。
知ったのは、つい先程入った鞠からの連絡でのようだ。
「家の元ペットがすいません……」
「いえいえ、私も気付くべきでしたが、お話に夢中になってしまったので……」
その視線は悠兎の手に向けられていた。
正確には、その手首にある物に。
「“叢雲”?」
「そうです。製作に携わった者の一人として気付くべきでした。出回っている模造品の一つかと思い見落としていました」
「模造品?」
何やら不審な単語が聞こえたが、彼女は説明する気はなさそうだった。
「長くなりますので、その説明はまた後ほど。今は体を休めるために移動しましょう。こちらになります」
エル案内の元、2人は移動する。
食事だけでなく武器や道具等が並ぶ商店街は、未だに人が溢れている。
商店街を抜けると、和風洋風問わず異国情緒溢れる建物が立ち並ぶ。
それらは全てが宿だ。
宿の入口は未だに開かれ、人の出入りが収まる気配は無い。
「ここからは人も減りますから、歩きやすくなりますよ」
時間にして10分程度の歩行であるが、あれほどうるさかった喧騒は、かすかに聞こえる程度となっていた。
並ぶ建物も、店は少なくなり、替わりに家屋が増えてくる。
「この辺りは大分静かなんですね」
「はい、立地や防音装置を利用して音を抑えているんです。この町は特性上、中心部は一日中騒がしいですからね。住宅地との兼ね合いには、かなり気を配っているそうです。――っと、もう少しですよ」
それから数分。
一本の広い道路が目の前に横たわるように現れた。
道路を越えた先にはマンションらしき建物や家屋が並ぶ。
この道路は住宅地との境目だ。
「こちらになります」
彼女が2人を連れてきたのは、道路の手前に存在する小さな宿。
木造である宿は年月を感じさせるが、傷むというよりは味のあると言うほうが適当か。
入口の傍にはバス停があり、交通の便は悪くなさそうだ。
エルは宿の入口に立ち、2人に言った。
「ようこそ、“御神楽亭”へ。私達はお2人を歓迎します」
開かれた扉は、2人を迎えるかのように温かな光に照らされていた。




