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黒兎の御伽噺  作者: 白烏黒兎
黒兎
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第十七章 チョーカー

 降り注ぐ陽光は未だ白く、高い。

 緑が映える庭には3人の人影があった。

 和服を着こなす人間が集まる光景は、さながら過去の日本か。

 尻尾や獣耳など異形を持たない人間は居ないが。

 艶やかな黄金色の尻尾を揺らしながら少女は告げた。

「それではお二人の身体能力を確かめるとしましょうか」

 突如、女の周りに浮かぶ手の平大の火の玉。

 そよ風に干渉されること無く、ただ燃える火球はそれ一つではない。

 その数を瞬く間に増やし、両の手の指を越えた。

「えっとー、それは何かな?」

「制限時間5分の間、避け続けるだけの、いわゆるドッジボールの様な簡単なお遊びですよ。ただ、ボールは代用品ですし、顔面もアウトですけど。――では、一人づつ行いましょう、どちらから先に始めますか?」

『よし、任せた!』

 男女2人の声が重なった。

 直後、視線を向け合い、無言の応酬を始めていた。

 どちらも譲る気配は無く、このままでは埒が明かない事が分かる。

「結局、どちらも行うんですから……、なら鴉弥さんから始めましょう」

「えー!?」

 愕然とする少女と無言でガッツポーズを取る少年が居た。

「体を動かす事に掛けては、貴女に一日の長があるじゃないですか。それにコレを使っても構いませんから」

 袂から取り出すのは一本の槍。

 木製ではあるが、作り込まれており素人目から見ても立派な一本であると分かる。

「いや、チョーカーは分かるけど、槍はどうやってしまっていたのさ?」

「それは、ちょっとした秘密です」

 鴉弥は木槍を受け取ると、確かめるように軽く素振りをする。

 新品でありながら手に馴染む感覚に驚く。

「うわ、これ観光地のお土産品じゃないよ。完全に実用品じゃないか、それもかなりお高いヤツだよコレ」

「気に入ってくれて嬉しいわー」

 クローフィズは嬉しそうに、何本かの酒瓶を抱えて現れた。

「それウチが作ったんだけど、まだ予備はあるし壊しても大丈夫だからねー」

 軒下の廊下に座り込むと漆塗りの盃に酒を注ぐ。

 気分は完全にお客さんだ。

「キュロの言う通り、予備はあるので多少雑に扱っても大丈夫ですよ」

(コレ)で防げって事か、得物があるならマシかな?」

 槍を半身に構える。

 準備はできたようだ。

「今から十秒後に火球が飛びますので防ぐか躱してください。また時間経過で火球の速度と数が増えます。――それでは悠兎さん、危ないので私達は離れましょうか」

「ああ。それじゃ頑張れよ」

「任せておいて」

 2人がクローフィズの近くに座ると同時に鴉弥に向かって火球が飛び出した。


          ●


 ……まずは体を慣らさないと。

 飛来するのは一つの火球。

 時速は40キロにも満たないか。

 落ち着いて体捌きで避ける。

 二回目、先程と速度は変わらないが、数多く浮かぶ火球のどれが飛ぶかはランダムなのか分からない。

 三回目、始めに躱した火球が背後から飛んできたので槍で弾く。

 意外と重い手応えに眉を顰める。

 ……これ、速度が上がってきたら逸らすので精一杯になるね。

 時間と共に回数を重ね、火球は既にその軌跡に尾を引いている。

 絶え間なく飛び交う緋色の弾幕の中、彼女は居た。

「――っ」

 木槍は小振りに小刻みに、打ち弾き、捌いて躱し。

 最小の動きで立ち回り、追い詰められれば大きく動く事で火球から逃れていた。

 その健闘を眺めていた悠兎は気付く。

 彼女の背から伸びる身を包む程の大翼が、気付けば驚くほど小さく縮小している事に。

 少女の小さな背に収まるほどに短くなった羽は、時折小さく羽ばたく。

 その行為は全くの無意味ではなく、羽ばたく事によって推力を得ていた。

 推力を得るのは一瞬であるが、体を捻る時はその回転を早め、体勢を崩したときは支える事ができる。

「……凄げぇ」

 長年の修行によって磨かれた彼女の“武”。

 その成果を十全に振るうその動きは流麗であり、まるで踊っているかのようだ。

 “武”というものを全く知らない悠兎でさえ、その凄さに驚く。

 だが、この場でもっとも驚いていたのは弾幕の中の彼女だった。

 ……見えるし、動ける。何でこんなに体が動くの……!? 

 先程、素振りした時の体の感覚は、前世に道場で素振りしていた時と変わりない。

 なのに前世よりも早く滑らかに、思い通りに動く。

 ……これじゃ、前世の体は錆び付いていたみたいじゃないか。

 前世で努力をしなかった訳ではない。

 むしろ、門弟達の中で人一倍努力をしていた。

 そうして未成年故の未発達の体という限界のギリギリまで鍛える事により、年上の門弟と渡り合う事が可能になった。

 だが、新たな体はかつての限界をあっさり超えてしまっている。

「――あ」

 複雑な心境の中、5分という時間は過ぎ去ってしまった。

 構えを解いてまた気付く、自身が息切れ一つしていない事に。

「はい、終了です。調子は如何ですか?」

「……大分良いね」

 纏まらない頭の中、一言だけ答えるので精一杯だった。

 嬉しさと虚しさが織り交ぜる心の中、鞠は告げた。

「では、体力もまだ余裕があるようですし2回目といきましょうか」

「え?」

 ちょっと何を言っているのか分からなかった。

「安心してください。今度はチョーカーの機能を体験してもらう為なので、火球の数は1個、速度もそこそこで変えずにいきますから」

「そういえばさっき言っていたね。でもこれがどうやって言語コミュニケーションの役に立つの?」

 首のチョーカーを撫でる。

 皮の様な材質のそれが、言葉というものにどう関係するのかが分からない。

「ふふ、それは一種の魔法の道具ですから見た目とは違う機能があるんです。では、そのまま触れた状態で“言の葉紡ぎ”と唱えてください」

「触れて唱えるだけで良いんだ、それは便利だね。じゃあ“言の葉紡ぎ”――ひゃっ」

 すると体の中から何かがチョーカーへ吸い込まれる。

 その感覚に驚くが、とくに体に変化は感じられない。

 しかしチョーカーに刻まれた文様が一瞬淡く光り、何かが起きた事は分かる。

「特に何か変わった感覚は無いんだけれど?」

「大丈夫ですよ、確かに起動しています。では、証明の為に、もう一度お願いします」

 鴉弥は首を傾げながらもう一度木槍を構える。

「何時でも良いよ」

「では始めます」

 鞠の宣言と共に火球が飛び出す。

 その速度は速くはあるが、尾を引く程ではない。

 おまけに弾幕を掻い潜った直後からすれば、たった一つの火球だけというのは楽勝といえる。

 筈だった。

「うわっ」

 慌てたように木槍で火球を弾く。

 弾き飛ばされた火球は弧を描く軌道で、鴉弥に飛び出す。

「――っ」

 今度は躱したが、先程の様に余裕がある動きではない。

 たった一つの火球に翻弄される姿は先程とはまるで別人の様だ。

 そんな鴉弥に鞠は話しかける。

「調子はどうです?」

「さっきと比べると体が重いっていうか……鈍いんだけど!」

 余裕が無い為か語気が荒くなる。

「誤解しないように言いますが、その原因はチョーカーの副次効果によるものです。現に今、効果は発揮されています」

「どういう事!?」

 顔に迫る火球を弾いて問い掛ける。

「そうですね。では今から言う単語を覚えてください――“こんにちは”」

「“こんにちは”ってそんな挨拶に何の――あいたぁっ」

 注意が逸れた瞬間、背後から襲い掛かった火球が衝突する。

「はい、接触してしまったので終了です。次は機能を停止しましょう、起動時と同じく触れて唱えてください“噤む言の葉”と」

 痛みの残る臀部を擦りながら、鴉弥は鞠たちの座る軒下へ近づく。

「あいたたた。もう、後でしっかり説明してよ? えーっと“噤む言の葉”」

 チョーカーが淡い光を放ち、その機能が働いた事を示す。

「以上が、そのチョーカーの機能となります」

「そう言われても何がなんだかなんだけれど」

「本当にな。見ている方も分からないぞ」

 2人からブーイングが上がる。

 鞠はそんな2人に微笑みを崩さず言った。

「では、悠兎さんに質問します。今の私と鴉弥さんのやり取りをどこまで理解できましたか(・・・・・・・・・)?」

「え? 何言って――」

「しー」

 鴉弥には質問の意図が読み取れなかった。

 しかし、鞠に問おうにも口に人差し指を当てられては何も言えなかった。

「深く考えなくても大丈夫です。思ったままに話してください」

 鞠の言葉に悠兎は告げた。

「いや、全く分からなかったわ(・・・・・・・・・・)。鞠さんが何か呻り始めたと思ったら鴉弥が答えていたから会話らしきものがあったのは推測できるけどさ」

「は?」

 分からないのは鴉弥だった。

 火球を避けるのに必死だったとはいえ、呻り声と言葉を聞き違える筈が無い。

 並んで疑問符()を浮かべる2人に鞠は更に質問する。

「では、鴉弥さん。先程覚えて欲しいと言った言葉は何でしたか?」

「さっきの挨拶の事? “こんにちは”がどうか――って、どうしたの悠兎、変なものを見たような目をして?」

「今、何て?」

「え? だからGrura(こんにちは)って……っ」

 もう一度、言おうとして気付いた。

 自身の発した呻るような声、それが言語(・・)であるという事に。

 驚く鴉弥を置いて鞠は言う。

「鴉弥さんは理解したようですね。では悠兎さんも始めましょうか。今説明するよりも2人とも体験した方がスムーズですから。百聞は一見に如かずと言いますしね」

 数分後、武芸の素人ということで両手にグローブを嵌めた少年が弾幕の中を転げ回る事となった。


          ●


「体験して頂いたとおり、このチョーカーには言語の翻訳と学習を会話と同時に行う機能があります。ただ、その処理を使用者本人の脳で行いますので、一定以上の処理能力が無いと廃人になってしまう危険がありますが」

「ちょっと待て」

「ボクはそんな危険なものなら事前に説明して欲しかったなー」

 ジトッとした目で非難するが、鞠は気にした様子も無い。

「お2人の超人的身体能力なら思考速度が抑えられる程度で済むと分かっていましたから。一応言いますが、抑制状態でも、この超人入り乱れる世界の人類でも中堅以上ですからね」

「いや、そんな事言われても……」

「ボク達、この世界の事殆んど知らないし……」

 持ち上げられてもどう凄いのかピンとこない。

「……そこは生活していく内に理解するでしょうし構わないでしょう。では、日はまだ高いですが今日はここまでとしましょう。お風呂や食事も用意してありますのでゆっくり休んで疲れを癒してください」

「そうそう、時間は一杯あるんだから詰め込み学習しなくても良いでしょ。あ、この家の間取り分らなだろうし案内しするよー。お風呂は広いし、鞠のご飯は美味しいから楽しみにすると良いよー」

 いつの間にか酒瓶を空にしたクローフィズに押されるように2人は屋敷に入っていた。

「一応、家主は私なのですが……」

 呟くが3人の姿は既に影も形も無い。

「相変わらずお酒を飲むと行動力が上がりますね。……しかし鴉弥さんはともかく悠兎さんが5分を越えるとは」

 思い出すのは弾幕の中で転げ回りながら5分を乗り切った姿。

 終った頃には息も絶え絶えで折角の服が草に塗れにしていた。

 だが、それが証明するのは火球の弾幕を避けるか防いで凌いだという実績。

 確認(・・)の為に適当な理由を付けてグローブを着けさせたが、結果は見ての通りだ。

 本人はどうだか分らないが、観ていた鴉弥はその異常さには気付いているようだった。

「彼が私達の19、いえ、18番目の仲間になるかどうかは明日分る事……ですか」

 一人ごちる彼女の顔は笑みに満ちていた。

「悪い人ではないですし、仲間になっていただければ心強いですね」

 少なくとも悪いことにはならない。

 そう彼女は確信していた。

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