第15話:枯れ木の断罪
パーティの「俊足」を自慢し、アガサの歩みの遅さを嘲笑ったロイド。
そして、その巨体で彼女を突き飛ばした盾の騎士、ベン。
かつての仲間たちがアガサから奪ったのは、地位や名誉だけではありません。
聖女としての魂が宿る「法衣」と「聖銀のナイフ」。
しかし、裏切り者が手にしたその至宝は、今や彼らを裁くための「劇薬」へと変貌していました。
暗闇の森で、老婆の冷徹な往診が再び始まります。
逃げ場なき「俊足」と、自分を押し潰す「守護」。
因果応報の断末魔を、どうぞお聞きください。
「……アガサ様。見てください。あそこに蹲っているのは、パーティの荷物持ちを自称していた、あの俊足の剣士・ロイドですわ。」
プリシラがアガサに言う。
「……自慢の脚が、今は生まれたての小鹿のように震えております」
プリシラは、影の中から細長い指を突き出し、街外れの枯れ木に縋り付く男を指した。
「『ババアの歩調に合わせてたら、一生かかっても魔王の尻尾も見えねえよ』……。彼は、そう言って私の背中を笑いながら追い越していったわね、ロイド」
アガサは、杖を握る右手の、浮き出た血管が脈打つのを感じた。
鼻を突くのは、ロイドが恐怖で失禁した際の、ツンとしたアンモニアの臭い。
それと、彼が必死に握りしめている「アガサから奪った聖銀のナイフ」が、夜露に濡れて放つ冷たい金属の臭い。
「ひ、ひぃ……ッ! 誰だ、そこにいるのは……! アガサか? アガサなのか!? 幽霊なら、さっさと成仏しやがれ!」
ロイドの声は、裏返り、夜の静寂を醜く切り裂いた。
「幽霊? 残念ね、ロイド。……あなたのそのナイフで、私の法衣を切り裂いた時の『熱』を、私の肌はまだ、はっきりと覚えているわ」
アガサの耳は、音を捉えた。
ロイドの歯がカチカチと不快なリズムで打ち鳴らされる音と、彼が逃げようとして、足元の乾いた小枝を「パキッ」と踏み折った音を。
「アガサ様。彼の脚……。かつて貴女を置き去りにしたその自慢の筋肉が、今は自身の魔力を吸い上げられ、枯れ木のように細く、茶色く変色し始めておりますわ」
「ええ。速く走る必要なんて、もうないのよ。……今から始まるのは、永遠に終わらない『立ち止まり』の時間なのだから」
アガサが杖を地面に突き立てると、ロイドの足元の影が粘り気のある泥へと変わり、彼の自慢のブーツを、不気味な音を立てて飲み込み始めた。
「う、動かねえ……! 足が、地面に張り付いてやがる! クソッ、離せ! 離しやがれババア!」
ロイドの悲鳴が夜の空き地に響く。
アガサの鼻腔を突くのは、ロイドの足元から立ち昇る、生乾きの泥が発酵したような悪臭。
かつてアガサの歩みの遅さを嘲笑ったロイドの自慢の足は、今や泥の中で腐り始めた大根のように無様に膨れ上がっている。
「『お前の足は飾りか?』……。そう言って私を泥濘に突き飛ばした時のこと、覚えているかしら? 」
アガサはロイドに詰め寄る。
「今度はあなたが、その泥と一生お友達になる番よ」
アガサの声は、乾いた砂が擦れ合うように低く、冷たい。
彼女は杖の先で、ロイドが必死に動かそうとしている右膝を、コツンと叩いた。
「アガサ様。ロイドの膝の骨が、まるで乾燥した薪のように、小気味良い音を立てて砕けましたわ」
プリシラが骨の砕ける音を聴き取り、アガサに言う。
「ぎゃああああっ! 痛い、痛え! 腕だ、腕なら動く……これでお前を……ッ!」
ロイドは、アガサから奪った聖銀のナイフを逆手に持ち、力任せに振り下ろそうとした。
しかし、その指先は、アガサの放つ冷気に触れた瞬間、パキパキと音を立てて白く凍りついていく。
「そのナイフ……。私の魂を切り刻んだ罰に、まずはあなたの『速さ』を奪い、次にその『指先』をいただくわ」
アガサが杖を握り直すと、掌のタコが木目に食い込み、ミシミシと不気味な音がした。
口の中に広がるのは、ロイドの絶望を吸い上げたことで生じた、痺れるような鉄の味。
「あら、アガサ様。彼のナイフを持つ手が、凍ったまま崩れ落ちて、地面で綺麗な銀の粉になりましたわよ」
プリシラは楽しそう。
「ぎ、ぎゃあああッ……! 膝が、俺の膝が……ッ!」
夜の静寂を切り裂いたのは、ロイドの肺から搾り出された、獣じみた絶叫だった。
アガサの耳には、彼の膝の皿が、まるで乾燥しきった薪が圧し折られるような「パキ、ヂリッ」という不快な音を立てて砕け散る響きが、この上なく鮮明に届く。
「……あら。あんなに軽やかだったあなたの足が、今はただの折れた木の枝ね」
アガサは一歩、また一歩と、湿った土を杖で突きながら歩み寄る。
鼻腔を支配するのは、ロイドの膝から溢れ出した関節液と血が混ざり合ったからだ。
生臭い腐臭。
かつて彼女を「歩くのが遅い」と突き飛ばした、あの時のロイドの勢いはどこにもない。
「アガサ様。見てください。あんなに泥を嫌っていた彼が、今は自分の血で汚れた地面を、必死に這い回っておりますわ」
プリシラは、影を蛇のように伸ばし、逃げようとするロイドの無事な方の脚を絡め取った。
その光景を、アガサは濁った水晶のような瞳で、ただじっと見つめる。
「ロイド。……あなたが奪ったその聖銀のナイフ、返してもらうわ。……でも、素手で触るのは汚らわしいから、その手首ごと切り落とさせていただくわね」
アガサの杖が、冷たい月光を浴びて青白く発光する。
口内に広がるのは、ロイドの絶望が空気に溶け出し、それを呼吸するたびに感じる、痺れるような鉄の味。
「やめろ、来るな! この……クソババア……ッ!」
ロイドが震える手でナイフを突き出した。
だが、アガサの指先が杖の木目をぎゅっと握りしめると、周囲の温度が急速に下がり、彼の指の間で霜が「チリチリ」と音を立てて成長し始めた。
「その言葉……。地獄の底で、何度も反芻なさい」
「ぎ、ぎゃあああッ……! 膝が、俺の膝が……ッ!」
夜の静寂を切り裂いたのは、ロイドの肺から搾り出された、獣じみた絶叫だった。
アガサの耳には、彼の膝の皿が、まるで乾燥しきった薪が圧し折られるような「パキ、ヂリッ」という不快な音を立てて砕け散る。
この上なく響きが鮮明に届く。
「……あら。あんなに軽やかだったあなたの足が、今はただの折れた木の枝ね」
アガサは一歩、また一歩と、湿った土を杖で突きながら歩み寄る。
鼻腔を支配するのは、ロイドの膝から溢れ出した関節液と血が混ざり合った、生臭い腐臭。
かつて彼女を「歩くのが遅い」と突き飛ばした、あの時のロイドの勢いはどこにもない。
プリシラは、影を蛇のように伸ばし、逃げようとするロイドの無事な方の脚を絡め取った。
逃げようともがくほどに影は食い込み、肉を裂く。その光景を、アガサは濁った水晶のような瞳で、ただじっと見つめる。
「ロイド。……あなたが奪ったその聖銀のナイフ、返してもらうわ。……でも、素手で触るのは汚らわしいから、その手首ごと切り落とさせていただくわね」
アガサの杖が、冷たい月光を浴びて青白く発光する。
口内に広がるのは、ロイドの絶望が空気に溶け出し、それを呼吸するたびに感じる、痺れるような鉄の味。
「やめろ、来るな! この……クソババア……ッ!」
ロイドが震える手でナイフを突き出した。
だが、アガサの指先が杖の木目をぎゅっと握りしめると、周囲の温度が急速に下がり、彼の指の間で霜が「チリチリ」と音を立てて成長し始めた。
「その言葉……。地獄の底で、何度も反芻なさい」
ロイドが突き出したナイフの先で、氷がパキリと爆ぜた。
アガサの鼻腔には、凍りついた鉄の鋭い臭いが突き刺さる。
「……ッ、指が、動かねえ……!?」
ロイドの指先から感覚が消え、ナイフが湿った地面にボトリと落ちる。
アガサは、杖を握る掌に、使い古された木の節の硬さを感じていた。
「私の魂に触れた代償よ。その指、もう二度と熱を感じることはないわ。一生、冷たい石として生きていきなさい」
アガサが杖の先でロイドの甲を叩くと、凍った指が乾いた音を立てて砕け散った。
口内に広がるのは、恐怖を吸い上げた時の、苦く冷たいオゾンの味。
「あ、ああ……俺の、俺の指が……! 助けてくれ、アガサ……!」
「助ける? 足手まといは、切り捨てるのがあなたの流儀でしょう?今は私が、あなたのその『流儀』に従ってあげているだけよ」
アガサの耳に届くのは、ロイドの肺が凍りつき、喉が鳴らす不快な喘鳴。
プリシラの伸ばした影が、ロイドの残された脚の肉を、ゆっくりと、確実に削ぎ落としていく。
「……アガサ様。ロイドの自慢だった脚の筋、まるで腐った糸のようにボロボロですわ」
アガサは、逃げようと這い蹲るロイドの背中を、無感情に見つめた。
鼻を突くのは、恐怖で失禁したアンモニア臭と、腐り始めた肉の混ざり合った臭い。
「さあ、這いなさい。あなたが私を置いて走り去った、あの日の道まで。その短くなった脚で、どこまで行けるかしらね」
ロイドの喉から「ヒュウ、ヒュウ」と、壊れた蛇腹のような音が漏れる。
アガサの耳には、その絶望の旋律が、何より心地よい。
「待ってくれ……! 悪かった……ッ!お前がいなきゃ、傷も治せねえんだ!頼む、一回だけでいい、ヒールを……!」
「治癒魔法? 足手まといの私に、それを求めるの?あいにく、私の指先は、あなたの壊れた体を繋ぎ合わせるほど優しくないわ」
アガサが杖を軽く一振りすると、ロイドの足首から先が、ボロリと土塊のように崩れ落ちた。
鼻腔を突くのは、失われた肉から立ち昇る、生暖かい死の臭いだ。
「あ……が……あぁ……っ!」
「その這い蹲る姿、本当によく似合っているわ。
あなたが誇った速さも、強さも、今は私の足元で、ただの泥に溶けていくだけ」
アガサの掌には、杖から逆流するロイドの生命力の、不気味な脈動が伝わってくる。
口の中には、復讐という名の、濃密で甘苦い蜜の味が広がった。
「プリシラ、もういいわ。この男に、次の『処方箋』は不要よ。一生、ここから一歩も動けぬまま、夜を呪い続けなさい」
アガサは、指を失い、足をもがれたロイドに背を向けた。
背後で響く、爪のない手が土を掻く「ガリガリ」という虚しい音を、彼女は冷たく切り捨てた。
「……アガサ様。ロイドの目から、光が消えましたわ。残ったのは、自身の肉が腐り落ちるのを眺めるだけの、空虚な時間です」
プリシラが、影に沈んだロイドの顔を無慈悲に踏みつける。
アガサの鼻腔には、凝固し始めた血の鉄錆臭さと、森の冷気が混じった鋭い臭いが届く。
「許さ……ねえ……。アガサ、お前……呪い殺して……」
「呪い? それこそ、私の専門分野よ。あなたが私に吐き捨てた言葉の一つ一つが、今、あなたを縛る鎖になっているのが分からないかしら?」
アガサの杖が、ロイドの喉元にピタリと突きつけられた。
口内に広がるのは、ロイドの執着を吸い上げた、ザラついた砂のような苦い味。
「さあ、次は誰の番かしらね。盾の重さに耐えかねて逃げ出した、あの臆病者……それとも、私の魔力を盗んで肥え太った、あの賢者かしら」
アガサの耳は、遠くの茂みで「ガサリ」と震える、怯えた鼓動を捉えていた。
逃げ場など、最初からどこにもない。
「プリシラ、行きましょう。この男の死に顔は、もう見飽きたわ。暗闇の中で、ゆっくりと自分を喰らい尽くすがいい」
アガサは、一切の慈悲を捨て、闇の奥へと足を踏み出した。
背後でロイドが「カハッ」と吐き出した最期の血の音が、夜風に冷たく溶けていく。
闇を切り裂いたのは、ガチャンと響く重苦しい金属音だった。
アガサの耳には、その震えが、盾の騎士・ベンの怯えとして伝わる。
「誰だ……! ロイドか? 返事をしろ!」
茂みの陰で、ベンが巨大な盾を構え、ガチガチと歯を鳴らしている。
鼻を突くのは、重厚な鎧の奥で蒸れた、不潔な脂汗の臭いだ。
「あら、その立派な盾で何を守っているの?
自分の醜い命かしら。それとも、私から奪った『加護の紋章』かしらね」
アガサの言葉に、ベンの呼吸が「ヒッ」と短く止まった。
口内に広がるのは、恐怖を吸い上げた際に生じる、痺れるような強炭酸の味。
「アガサ……!? 生きていたのか!頼む、悪かった! あの時は、ガイルに逆らえなかったんだ!」
「逆らえなかった?私の法衣を汚れた手で掴み、地面に叩きつけたのは、あなたよ。その図太い腕、今は私の杖よりも細く震えているわね」
アガサが杖を向けると、ベンの大盾に刻まれた紋章が、不気味な黒色に変色し始めた。
掌には、杖を通じて、ベンの心臓が狂ったように跳ねる振動が届く。
「熱い! 盾が、盾が焼けてやがる……!うあああ! 腕が、腕が盾に張り付いて離れねえ!」
「守りの要が、自分を焼き尽くす檻に変わる気分はどうかしら。あなたが信じた鉄の重みに、そのまま押し潰されてしまいなさい」
アガサが地面を突くと、ベンの全身を覆う鎧が、内側へと猛烈に収縮し始めた。
耳に届くのは、厚い鉄板が肉を圧迫し、骨が「ミシミシ」と悲鳴を上げる凄惨な音だった。
第15話をお読みいただき、ありがとうございました。
ロイドの膝が砕け、自慢の脚が枯れ木のように朽ちていく様は、まさに彼がアガサに強いた「立ち止まり」の屈辱そのものでした。
そして、ベンの大盾が熱を帯び、彼自身の肉体を焼き、締め付けていく。
「守り」の象徴であったはずの鉄塊が、逃げ場のない「処刑台」へと変わる皮肉――。
アガサの指先に宿る冷気と、口の中に広がる「恐怖の味」が、彼女の復讐がもはや止まらない領域に達していることを示しています。
「次は誰の番かしらね」
残るは、彼女の魔力を盗んで肥え太った賢者、そして……。
老婆と影の妖精が紡ぐ、容赦のない「再構築」の旅。
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