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終焉の聖女は皺を隠さない ~追放した若手パーティが、コスプレ老婆の神罰で塵に還るまで~  作者: La Mistral
第3章:王都崩壊

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第13話:聖域の毒

「神は正しい者を助ける」――大司教が最期まで縋ったその言葉は、アガサの毒の前ではあまりにも無力な妄想でした。

王は石となり、智者は無に帰り、聖域を謳った王宮は死者の呻きで満たされます。

アガサがかつて捧げた慈愛の数だけ、今度は絶望が王都を飲み込んでいく。

一晩にして一国の歴史を終わらせた老婆は、崩れゆく尖塔の下で、かつての自分を縛っていたすべての「呪縛」を解き放ちます。

沈黙と泥に沈む都、その最期の瞬間をどうぞ見届けてください。

「……アガサ様。この大司教、先ほどから必死に聖歌を口ずさんでおりますわ。……まるで、神が自分だけを助けると信じきっているようです」


プリシラが、大司教の足元から這い上がる闇をさらに濃くしながら、あざけるように言った。


「その『救い』がどれほど薄汚れたものか、本人だけが気づいていないのね」


アガサの鼻腔には、大司教が握りしめる純銀の十字架から放たれる。


刺すような金属の冷気と、彼の瞳の奥に潜む「自分は正しい」という傲慢な自己愛の臭いが、ヘドロのように混ざり合って届く。


「アガサよ……魔女に魂を売ったか。その穢れた命を、私が今ここで、大いなる光をもって消し去ってやろう」


「光……? それは、あなたが弱者を焼き、不都合な真実を覆い隠すために使ってきた道具のことかしら」


アガサの耳は、大司教の心臓が「ドクン、ドクン」と、過剰な使命感によって早鐘を打つのを正確に捉える。


「アガサ様。彼の右腕、すでに血管が浮き出て……光の魔力が逆流し始めていますわ。……聖なる力に、焼かれているのです」


「耐えなさい、大司教。あなたが信じる『光』が、あなた自身の肉をどう焼き尽くすか……。それは最高の聖跡ミラクになるはずよ」


アガサが杖を向けると、大司教の周囲に展開されていた聖域が、まるで薄いガラスが砕けるように、耳障りな音を立てて崩壊した。


「……アガサ様。彼の悲鳴、どんな教会の鐘の音よりも心地よく響きますわね」


「静かにしなさい。……まだ、彼の罪の半分も『診断』し終えていないのだから」


「……アガサ様。見てください、彼が握るロザリオが、その手の中で熱を持ち、真っ赤に焼けておりますわ」


プリシラが、熱に耐えかねて震える大司教の指先を、影の底から冷ややかに見つめた。


「信心が深いほど、その『光』は強く肉を焼く。……皮肉な神の寵愛ね」


アガサの鼻腔には、大司教の掌で焼ける肉の焦げた臭いと、彼が必死に振り撒く聖水の、安っぽいアルコールのような鋭い香りが混ざり合う。


「あ、熱い……! これは何だ……何をした、アガサ! この聖なる光が、私を拒むはずがない!」


「拒んでいるのではないわ。……あなたが抱え込んだ『虚偽』と、私の『真実』が化学反応を起こしているだけ」


アガサの耳は、大司教の骨が熱膨張を起こし、「ミシミシ」と不気味な軋みを上げているのを逃さない。


「アガサ様。彼の足元、白い法衣が裾からじわじわと『黒い煤』に変わっております。……内側から燃え尽きている証拠ですわ」


「そう。あなたの神学ロジックそのものが、今、あなたを裁く炎になっているのよ」


アガサが杖の先で大司教の胸元を指すと、そこから一筋のどす黒い煙が立ち昇り、冷え切った玉座の間を不浄な闇で満たしていった。


「アガサ様、仕上げに彼の『目』をいただきませんか? ……自らの正義が灰になる様を、最もよく見つめてきた目ですもの」


「いいえ。……最期まで、その濁った目で見ていなさい。自分の築いた『聖域』が、ただの墓場に変わる瞬間を」


「……アガサ様。大司教の背後、ステンドグラスに描かれた聖女像が、血の涙を流し始めましたわ」


プリシラが、月光に照らされた極彩色のガラスを指差し、うっとりとその「奇跡」を眺めた。


「あれは涙じゃない。……彼が祈りの影で隠し続けてきた、犠牲者たちの執念が溶け出したのよ」


アガサの鼻腔には、古びた教会のカビ臭さと、大司教が吐き出した黒い血の、鉄錆のような重苦しい臭いが充満する。


「う……あぁ……! 私が死ねば……この国の信仰は、死ぬ……! 民を導く導師を殺して、何が残るというのだ……!」


「何も残らなくていいわ。……偽りの光に縋って生きるより、暗闇で己の足元を見つめる方が、いくらかマシだもの」


アガサの耳は、大司教の喉の奥で、気管が毒に焼かれて「シュウ……シュウ……」と、壊れた蛇口のような音を立てているのを捉えた。


「アガサ様。彼の声、もう言葉になっておりませんわ。……ただの、獣の喘ぎです」


「言葉を失ったあなたに、最後の処方箋よ。……あなたがこれまで民に説いてきた『天罰』、その味を存分に噛み締めなさい」


アガサが杖を地面に突き立てると、玉座の間の床から無数の黒い茨が噴き出し、大司教の四肢を無慈悲に貫き、はりつけにした。


「……アガサ様。王宮の時計が、止まりましたわ。……ひとつの時代が、今、息絶えた音です」


「そうね。……さあ、次の『診察』へ行きましょう。まだ、この国には腐った箇所が残っているから」


「……アガサ様。王宮の屋上から、雨が真っ黒な滝となって流れ落ちておりますわ。まるで、この都の涙のようです」


プリシラが大司教のなれの果てを影で包み込み、ゆっくりと玉座の間の巨大なバルコニーへとアガサを導いた。


「涙などではないわ。……これは、この国が飲み込み続けてきた『嘘』が溢れ出しただけよ」


アガサの鼻腔には、王都の地下水路から逆流した泥の臭いと、降り注ぐ雨に含まれる、微かな、しかし決定的な「終焉」の冷たい香りが届く。


「見てください。下界では、生き残った兵士たちが互いの武器を奪い合い、殺し合っております。……守るべき王を失った、忠誠の末路ですわね」


「忠誠なんて、安全な場所でしか機能しない幻想だもの。……極限の毒を前にすれば、人はただの剥き出しの生存本能に成り下がる」


アガサの耳は、豪雨の音を突き破って届く。


遠い街並みからの悲鳴と、略奪を始めた暴徒たちの野卑な笑い声を、一律の「ノイズ」として処理していく。


「アガサ様。……復讐の舞台は、これで完成しましたわね。……王は石に、導師は茨に、そして都は泥に」


「ええ。……でも、まだ胸の奥の疼きが消えない。……この毒の根源は、まだ、別の場所に隠れている気がするの」


アガサが杖を握り直すと、その先端の結晶が、呼応するようにどす黒い輝きを増した。


「……アガサ様。その視線の先……国境を越えた先にある『隣国』、あるいは……」


「プリシラ。……物語を終わらせるには、まだ毒の強さが足りないわ。……次の処方箋は、世界そのものに書く必要があるようね」


二人の影は、燃え盛る王都を背に、さらなる闇の深淵へとその足跡を伸ばしていった。


「……アガサ様。王宮の宝物庫から、禁じられた『古の鐘』の音が響いておりますわ」


プリシラが、崩れ落ちた天井の隙間から夜空を見上げ、その不吉な共鳴に耳を澄ませた。


「死に損ないの王族が、まだ何かを呼び出そうとしているのかしら。……自分たちが何を代償に差し出しているかも知らずに」


アガサの鼻腔には、数百年もの間閉じ込められていた古い乾燥した埃の臭いと、禁忌の儀式が発する。


オゾンと腐った果実が混ざったような不快な魔力臭が届く。


「アガサ様、あの鐘の音……生きとし生けるものの『良心』を削り取って、純粋な『破壊』へと変える呪いですわ」


「いいわ。ならば、その破壊をこちらへ向けなさい。……私の毒が、その呪いすら栄養にして、この国を根底から腐らせてあげる」


アガサの耳は、王宮の地下深くで、最後の力を振り絞って詠唱を続ける者たちの、喉が裂けるような絶叫を捉えた。


「あら、アガサ様。彼ら、貴女を道連れにするつもりですわ。……心中相手としては、あまりに不格好な連中ですが」


「私を道連れ? ……滑稽ね。私はすでに一度、この国によって殺されている。……二度は死ねないわ」


アガサが杖を地面に叩きつけると、王宮全体を揺るがすほどの巨大な衝撃波が走り、地下からの呪詛を力ずくで押し戻した。


「……アガサ様。地下の音が、止まりましたわ。……残っていた『希望』という名の悪あがきも、これで終わりです」


「ええ。さあ、夜明けを待ちましょう。……誰も目覚めることのない、漆黒の夜明けを」



「……アガサ様。王宮の最深部、先代の王たちが眠る霊廟の扉が、内側から抉じ開けられましたわ」


プリシラが影の波を広げ、冷気が染み出す暗い通路の先を指し示した。


「生者の国を焼き尽くし、ついに死者にまで手を出したのね。……この国の醜悪な執着には、感服するわ」


アガサの鼻腔には、乾燥したミイラの包帯が放つ古い防腐剤の臭いと、無理やり呼び起こされた魂が放つ、凍てつくような霊魂の腐臭が届く。


「見てください。かつての英雄と呼ばれた王たちが、泥人形のように這い出してきましたわ。……主を失った、虚無の軍勢です」


「英雄も、死してなお操り人形にされる。……これが彼らの守りたかった『王国の誇り』の成れの果てよ」


アガサの耳は、骸骨たちが鎧を擦れ合わせる「カシャ、カシャ」という乾いた音と、霊魂が漏らす「……なぜ……」という絶え間ない囁きを拾う。


「アガサ様。彼ら、貴女の『毒』を吸い込んでなお、止まりません。……すでに心臓がないからかしら」


「心臓がないなら、その『器』を支える魔力の糸を腐らせればいい。……プリシラ、彼らの影を、墓土へと引き摺り戻しなさい」


アガサが杖で空を切ると、這い出した死者たちの足元から無数の黒い手が伸び、彼らを再び安らかな、しかし永遠の絶望へと引きずり込んでいった。


「……アガサ様。霊廟は再び静まり返りましたわ。……二度目の死は、一度目よりもずっと深い沈黙を連れてきますね」


「そうね。……さあ、いよいよこの劇場の『掃除』を終わらせましょう」


「……アガサ様。王宮の頂、あの金色の尖塔が、自らの重みに耐えかねて折れ曲がりましたわ」


プリシラが、崩落する塔の破片を影で受け流しながら、その美しい末路をうっとりと見上げた。


「天に届こうとした傲慢の象徴も、根元が腐ればただの瓦礫ね。……まるで、この国の歴史そのもの」


アガサの鼻腔には、金箔が剥がれ落ちた際に舞う金属粉の粉っぽさと、塔の内部に隠されていた。


古びた羊皮紙が湿気にさらされた時に放つ、独特の酸っぱい臭いが届く。


「見てください。崩れた壁の隙間から、これまで隠蔽されてきた秘密の書簡や、不正の証拠たちが、雪のように街へ降り注いでおりますわ」


「今さらそれを誰が読むというのかしら。……真実を知るべき民も、すでに私の毒で、文字を読む目さえ失っているというのに」


アガサの耳は、風に舞う紙片が「パサ、パサ」と、力尽きた鳥の羽ばたきのような音を立てて泥に落ちるのを捉える。


「アガサ様。王宮の隠し通路から、最後の王族の血を引く赤子が、侍女に抱えられて逃げ出そうとしております。……『未来』を繋ぐつもりかしら?」


「未来? ……この腐り果てた血脈に、継がせるべき明日など存在しないわ。プリシラ、その歩みを止めてあげなさい。……慈悲深く、苦痛のない眠りをもって」


アガサが杖を地面にトントンと打ち付けると、逃亡者の足元から黒い霧が立ち昇り、彼女たちの意識を優しく、しかし永久に闇の淵へと連れ去った。


「……アガサ様。これで、この国を縛る『血』の呪縛も、すべて断ち切られましたわね」


「ええ。……ようやく、静かになったわ。……でも、私の鼻を突くこの『腐敗』の臭いは、まだ消えてくれないの」


「……アガサ様。見てください。夜が明けますわ。……けれど、昇ってくる太陽は、まるで腐った果実のようにどす黒く濁っています」


プリシラがバルコニーの手すりに寄りかかり、地平線から漏れ出す不気味な光を指差した。


「夜明け……。いいえ、これは新しい時代の始まりではなく、この世界が『死後硬直』を始めた合図よ」


アガサの鼻腔には、夜通し降り続いた黒い雨が上がり、蒸発し始めた大地が放つ。


濃厚な死の湿気と、すべてを焼き尽くした後の虚無の臭いが届く。


もはや、復讐すべき相手の叫びも、守るべき国の誇りも、何一つ残っていない。


「アガサ様。王宮の広間、あれほど騒がしかった人間たちの気配が完全に消え……今はただ、貴女の杖が鳴らす音だけが響いております」


「ええ。……完璧な静寂。私が求めていたのは、この『無』だったのかもしれないわね」


アガサの耳は、崩壊した王宮のどこかで、最後の一枚のタイルが床に落ちて砕ける。


「パリン」という乾いた音を、この世で最も清らかな旋律として受け取った。


「……アガサ様。次は、どこへ向かいますか? この世界には、まだ『治療』が必要な、傲慢な国々が点在しておりますわ」


「そうね、プリシラ。……私の処方箋は、まだ書き終えていない。……この毒が世界すべての血管に行き渡るまで、私の『巡回』は終わらないわ」


アガサは、石と化した王や茨に貫かれた大司教には目もくれず、泥濘でいねいと化した王都を悠然と歩き出した。


その背後で、かつて繁栄を極めた王宮が、音もなく巨大な影の中へと沈み、地図から消えていく。


「……さあ、行きましょう。……次の患者が、絶望して待っているわ」


二人の影は、濁った朝日に溶けるようにして、滅びた都の門を後にした。

第13話をお読みいただき、ありがとうございました。

王都を包囲した黒い雨が止む頃、そこには生命の鼓動ひとつ残らぬ「完成された静寂」が広がっていました。

アガサが行ったのは単なる虐殺ではなく、国の機能、血脈、そして信仰という名の神経系を精密に切断する「外科手術」でした。

「次の患者が、絶望して待っているわ」

王都という巨大な「病巣」を切り取ったアガサ。しかし、彼女の巡回診療ふくしゅうはまだ終わりません。世界そのものを「処方し直す」ために、彼女とプリシラは濁った朝日の中へと歩みを進めます。

この王都編の完結と、新たな旅立ちに期待を寄せていただけましたら、ブックマークや評価、感想などで応援いただけると非常に嬉しいです!

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