第46話 騎士の精神
「…は?」
あまりにも衝撃的かつ信じられないことを言われて頭の思考回路が停止する。
「…聞き間違えたか。すまん、何て言ったんだ?」
「聞き間違えではありませんわ、私は学園を出ていくことになりました」
「理由は、聞いてもいいのか?」
「むしろ春斗さんには聞いてほしいのです」
「分かった…聞こう」
俺は椅子に座り直して姿勢を正してフレヤの言葉1つ1つに耳を傾ける。
「春斗さんは私が男性を嫌う理由は知っていますか?」
「いや聞いたことはない。でも初対面の時の態度からして結構大き目な過去があると思っていたが」
「…私は過去に愛した男性が居ましたの」
「愛した?」
「はい、私が10歳の頃に。年上の別の貴族の男性から求婚されていましたの」
「…」
フレヤは自分の過去を苦笑いしている状態で話すが…明らかに辛そうで悲しそうだ。
「私もお父様もお母様もその人ならとは思っていました。ですがその者はただの金の亡者でしたの」
「!」
「アレクサンダー家の遺産や莫大な財に目を付け、私に近寄った者でしたの」
「もしかして、それで男性を嫌うように?」
「はい、最後にその男は私たちに全てを話し何処かへ消えていきましたが…」
「…まさかとは思うが今?」
「予想通りです」
そうして1つのデータ…いや書類を俺に見せる。
「これは?」
「私の『婚姻届け』ですわ」
「えっ!?」
「…私がこの学園を去らないといけなくなってしまった理由はその…金の亡者と結婚することが決まったからですの」
あまりにも突拍子もなく、ただフレヤが瞳に涙を浮かべながらいう言葉に…信じざる得なかった。
「…フレヤのお父さんとお母さんはそんな無慈悲な人なのか?」
「いえ…そんなはずはありません。ですが…こればかりは謎で仕方ないのですわ」
「謎?」
「聞いても聞いても…返ってくる返信は…全て『受け入れろ、私たちの為に』と」
「…」
俺の中の『何か』にピシリとヒビが入る。
「…だからこそ私はせめて春斗さんには伝えようと思ったのです。唯一私が異性で信頼できる貴方に」
「なぁ、フレヤ」
「ど、どうしましたの?」
「お前はそれでいいのか?」
「え?」
机に手をついて勢いよく立ち、フレヤを見る。
「明らかにというか顔に出てる。本当は嫌なんだろう?」
「…ですが」
「それが家族の為なんて言い訳は無しだ。俺はお前自身の意見、気持ちを聞きたい」
「…」
「どうなんだ、フレヤ・アレクサンダー!」
俺が声を荒げてフレヤを見る。
すると
「いや…ですわ」
「!」
両目に涙を浮かべ俺の服の裾を握りしめたフレヤが俺の目の前にいた。
「嫌に決まっていますわ!わたくしは…私は…この楽しい日常を奪われたくないですわ…」
「…」
「皆さまと一緒に笑いあって競い合って…友達らしいことをして…どれも大切な思い出ですわ!それを手放すなんて…私には」
今の俺にはフレヤの思いに声をかけることもできない、俺が今できることはフレヤの叫びを、思いを、気持ちを。真正面から受け止めることだ。
「でも…どうしようもないんです…!私には」
「フレヤ」
「…」
「演劇祭の時、お前の父さんと母さんは来るんだよな?」
「え、えぇ…そのはずですが」
「俺が直談判してやる」
「えっ!?」
「別に相手が貴族だろうが実の家族だろうが関係ねぇ…娘泣かせている時点で大罪だ」
「し、しかし…」
「良いんだ、任せてくれ。それに今のフレヤだって絶望感に潰されたら元の子もない、だから」
そして俺は両手を広げて…
「お前の悲しみを俺にぶつけろ」
今の俺が出来る精一杯の慰めをするだけだ。
フレヤは俺の胸に顔をうずくめて両腕を俺の身体に回し、小さく泣いた。
ーーー
フレヤは泣きつかれたのか静かに眠りにつき、ベッドに寝かせて俺は脱出。
雨どいにジャンプして飛び移り一階まで降りて自分の部屋に戻り就寝。
そして次の日。
「おはよう、フレヤ」
「おはようございます、春斗さん」
「…」
まぁ予想通りというかなんというかアイヴィーさんが隣になっていて挨拶した俺を睨んでくる。そういえばフレヤがアイヴィーが協力を?なんて言ってたけど…まさかな。
フレヤを慕うコイツがフレヤを泣かせるような奴と仲間になるとは思えないが…。
(一応、警戒はしておくか)
正直な話一番怪しい…というか警戒すべきなのはこのアイヴィーさんだろう。
恐らく俺以外にフレヤの話を知る者はいない。
だがこの人だけは知ってそうなんだよな…。
とにかく演劇祭だな。その日に直談判して理由も問い詰めてやる。
そんなわけでクラスに行き、朝のSHR。早速演劇祭のお題の開封の儀?が行われた。
演劇のお題がかかれた封をクラス代表が開けるとのこと、それは良いんだが…。
「…」
物凄く空気が重い…。
いや俺は全くしてないが、俺以外の女子がな。『安直な物』とか『王子様とのキスシーン』など色々ぼそぼそ唱えながら両手を合わせて合掌している。
ここまで来ると怖い。
とにかく中身を見ないことには何も始まらないので封を手で破り、中身の紙を取り出す。
この折りたたまれた紙を開けばお題が…ちょっと緊張してきたな。
そして紙を開くと…。
ーーシンデレラと書かれていた。
「…安直だな、それに分かりやすい」
開いた紙を閉じて封筒にしまう。
「ちょ、ちょっと待って九条君中身は何だったの!?」
「あ、すまん…自分だけ見て満足してた」
少しクラス内に笑いが出てくる。俺たちのお題はシンデレラ、まぁ…感想としては普通だなとは思う。
でも俺以外は違うようだ。各々やる気を漲らせ誰がどの役なのかが一瞬の内に決まっていく。
いや台本とかそこはどこ行った…?
「てか俺は何役なんだ?」
「王子様に決まってるでしょ?」
即答したのはレベッカとクラスメイトの殆ど。
「じょ、冗談だろ?」
「冗談だと思う?」
「…思えない」
このクラスメイト達は俺に考えられないことを平然とやってのける意志がある。
そしてその意思をとどまることを知らず…。
よし、考えること止めるか!
そうして俺はみんなに完全に丸投げした。もうどうにでもなーれー…。
『春斗』
「!」
皆に任せていると赫蝶が俺に声をかけてきた。
「どうした?」
『シンデレラとは…何ですか?』
「シンデレラこと灰かぶり姫、ヨーロッパの童話。とんでもないくらい大雑把に話すと継母に虐められた少女がガラスの靴の縁…というか運命で王子様と結婚するお話だ」
『…虐められた…運命』
「赫蝶?」
『いえ、何でもありません。聞く限りでは良いお話ですね』
「そうだな」
演劇の安直なお題でもあるし、ある意味やりやすい劇でもある。
しかし…俺が王子様か。
思えば王子様なんて初めてやるかもしれないな。
そうしてトントン拍子で話は進んでいった。
とはいっても中身の台本は変わらず、いつも通りなシンデレラ。
…王子様は俺で問題は、誰が姫をやるかで軽い騒動が起きたのは秘密だ。
結果としてはフレヤだった。理由は…『似合うから』だそうで。
時よりクラスメイト達が何考えてるのか分からなくなるよ…。
「それでは授業に移りますね」
「はーい」
そしていつも通りに授業が始まる。
…だが。
「…?」
俺の全身に駆け巡る違和感と共に視界の端が赤く染まって行っている。
しかし痛みはない。ただ違和感と視界に異常が出ているだけ。
『春斗?』
「俺の身体に何が…?」
『え?』
「視界やら全身の違和感やらが起きてる、赫蝶何かしているか?」
『いえ…こちらは何もしていませんし、私からは特に異常が見られません』
「え…?」
ドクンドクンと俺の心臓が音を鳴らすがこれといったものもない…。
だが鼓動が収まっていくに連れて俺の身体の違和感や視界の異常も収まっていった。
本当に何なんだ、これは…。
「九条君?」
「あっ、はい!」
「どうしました?ぼーっとしていましたが」
「い、いえ…何でもないです」
俺は柊木先生に呼ばれたが何でもないですと答えた。
ーーー
その後も俺の身体にはたびたび異常が出ていたが…これといった痛みもなければ危機感も感じられずいつの間にか帰りのSHRは終わってなっていた。
「今日も一日が終わったなぁ」
「そうだね。でも春斗、今日ぼーっとしてるの多くなかった?」
「…かもな、ちょっと疲労が出てきたかもしれない」
「ちゃんと休まないとダメだよ?」
「耳が痛くなるよ」
後ろからレベッカに話しかけられる。
「うむ、休息は大切だからな」
「アナスタシアが言うと説得力が凄い」
アナスタシアも追い打ちをかける。軍人様からのありがたい言葉だな。
「そういえば春斗」
「おん?」
「最近、フレヤどうしたの?何というかそっけないし、一緒に食堂に行くこともなくなったし…」
「あぁ、私も話しかけてみたが居心地が悪そうに何処かへ行くんだ。何か知っているか?」
「…いや、俺にもさっぱりだ」
多分二人は友人としてフレヤの事を心配しているのだろう。正直な話、理由を知っているからまだ分かるが…俺からしても今のフレヤは辛そうだ。精神的にも肉体的にも。
何とかして元気であることを周りに見せているが、無理があるだろう…!
演劇祭まで…残り2週間とある。フレヤの精神が先に持たない可能性も十分にあるな。
もう一度俺から接触しよう、出来る限りフレヤの精神を回復させないとマズイことになる…。
「おい」
鋭い声、俺の目の前の二人の声ではない。
その声の方向へ目を向ける。
「アイヴィー…さん」
予想通りというか何というか、金髪のロングストレートで凛々しい顔つきで俺を睨んでくる。
「お前に話がある、来い」
「…分かった、何処でだ?」
「屋上だ」
言われるがまま席から立ちアイヴィーさんの後ろについて歩く。
「春斗、僕たちも」
「いや大丈夫だ、先に戻っててくれ」
「う、うん…」
ついて来ようとしたレベッカとアナスタシアを静止する。多分…俺だけと話したいのだろう。
そのついていっている道中はお互い一言も話さず、静寂のまま屋上に付き風に髪が靡きながら…アイヴィーを見る。
「…んで話って?」
「お前は、何者だ」
「何者?」
最初に出てきた言葉はそれだった。俺が何者なのかという話。
「何者でも何でもない、俺は俺だ」
「…答えになっていない」
「詳しく答える義理も無い、むしろ俺からも聞かせろ。お前は何を考えてこの学園に来てフレヤと共に居るのか」
「簡単だ。私、モルドレッド家とフレヤ様のアレクサンダー家は言わば親友のような関係だ。共に居て当然だろう」
「親友…か。ならお前は今のフレヤがどういう状況なのか知っているのか?」
親友なら、今のフレヤの状況は知っているはずだ。今の彼女が苦しむ理由を。
「…知っている」
「!!」
やはり知ってるのか!
「何故助けないんだ…!」
「貴様に言われる義理は無い!」
「俺もお前に言われる筋合いは無い!お前が動かないなら俺がやる…!親友の癖に手も差し伸べられない卑怯者なら黙って見てろ!」
お互いににらみ合い罵声を飛ばし合う。
「くっ!!」
「!」
急にAGを部分展開し、剣を俺に振り下ろして来る。
勿論ここでただでくらえば俺は死ぬ。なので神去を呼び出し、抜刀して剣を受け止める。
「へぇ…!どうやらイギリス人の中には極端に沸点が低い奴がいるようだな!」
「貴様ッ!」
刃を交えていると…。
「お二人とも何をやっていますの!?」
俺らの間に割ってフレヤが入り込む。
「フレヤ!?」
「フレヤ様!?」
お互いに同じタイミングで交えた刃を離す。
「…お止めくださいまし」
フレヤが俯きながらも、苦しみを噛み締めるように小さくつぶやく。
「私は…親しいお二人が争い合う姿を見たくありませんわ」
「…分かった」
フレヤに言われた通り黙って納刀する。
「しかし、フレヤ様!相手は」
「分かっております。でもそれは前の話ですわ、私は九条春斗さんに救われました」
「お前が…?」
「…とにかくお止めください」
「分かり…ました」
アイヴィーさんが部分展開したAGを解除した。
「春斗さん、ご無礼をお許しください」
「フレヤが謝る必要はない、何より先に喧嘩を売ったのは俺の方だ」
「!」
「だから悪いのは俺だから気にするな」
アイヴィーさんをチラッと見て直ぐ目線をフレヤに戻す。
「では…私たちは先に失礼しますわ」
「あぁ、俺は軽く屋上でゆっくりする」
そうしてフレヤとアイヴィーさんが俺の横を通って屋上から出ていこうとする。
「…何故私を庇った」
アイヴィーさんは俺の後ろ辺りで耳打ちしてくる。
「庇うことに理由は必要か?」
「…」
「それと、親友を助けられないほどの『隠し事』があるなら早めに言った方がいいぞ」
「…忠告として受け取っておく」
俺の忠告を聞いてそのまま屋上から出ていった。
「…ふう」
屋上のフェンスに手を添えて日を見る。もうすぐ沈みそうで神秘的に見える。
(親友に言えないほどの隠し事、か)
正直、俺も人のことは言えない。家族や親友に俺のこの赫蝶の事は言えてないし、言える気がしない。
言ったら…俺は化け物と軽蔑されるかもしれない、二度と家族として、友人として接してくれないかもしれない。
それだけはどうしても、嫌なんだ。
「言えたら、良いんだけどな」
夕日を眺めながら俺は1人で呟いた。
ーー俺の影が『人』から『龍』へと形を変えていることを知らずに。




