全部の貴方を
「さ、ムカデ男! 私と勝負しな」
ス―パー銭湯の受付ロビーで仁王立ちし、くいくいと人差し指を動かして挑発する。
ムカデ男は殻があるぶん硬いし、普通に戦って勝てる相手じゃない。
大樹が授けてくれた策が有効だといいんだけど……
「小娘ガ……!」
怒りにまかせて、ムカデ男はこちらに向かってくる。
それを確認したあと階段を駆け上がって、赤いのれんをくぐり引き戸を乱暴に開けた。
幸いなことに、このスーパー銭湯には何回か来たことがあるし、何がどこにあるかも、ちゃんとわかっている。
はじめての戦闘は不安もあるが、こちらに地の利があるだけ幾分心強い。
山水市民は何度も怪人の脅威にさらされてきたこともあり、避難もスムーズに行えていたようだ。
浴場はがらんどうで、湯の流れる音だけが高らかに響いている。
ムカデ男より速く走れる私は、目的の場所である女湯へとたどり着き、必要な物品を片っぱしからかき集めた。
これだけあれば、きっと大丈夫だ。
いよいよムカデ男がやってきて、頭のハサミを振りかざしながら、一直線に突撃してくる。
そんなムカデ男に向かって、最大の温度に調整したシャワーを振りかけた。
「グゥゥ、何ヲスル!」
苦しむ様子は見せてくるけれど、さすがに水量と温度が足りなかったようだ。
「やっぱこれじゃダメか。それなら!」
かき集めてふたを開けておいたボディソープとシャンプーを手にして、動きが鈍くなったムカデ男に次から次へとぶちまけた。
大樹いわく、ムカデもGと同じで、皮膚の表面で呼吸を行っているらしい。
つまりは、石鹸をかければ呼吸ができなくなるというわけだ。
やがて、ムカデ男は声も出さずにもがき苦しみ始める。
身体が硬い危険な怪人であっても、呼吸ができなければ戦闘はおろか、防御姿勢をとることも不可能だ。
剣をとった私は、柔らかい腹めがけて、それを振り下ろした。
石鹸の泡が舞う女湯で、ムカデ男はキラキラとした泡になって消えていった。
オーロラのようにも見えるそれに目を奪われていたけれど、はたと我に返り呟く。
「そうだ、大樹の方は大丈夫かな……」
慌てて階段を駆け降り、玄関へと出ていく。
すると、外では悲鳴と歓声が同時に上がっていた。
空を見る観客たちの視線を追うと、そこには屋上から滑空したクローチマンの姿と、驚愕したようなガ男の姿があった。
さほど動きの速くないガ男は、あっという間に大樹に捕らえられ、そのまま地面へと叩きつけられてキラキラとした泡へと変わった。
「ムカデ男は!?」
着地した大樹が尋ねてきて、私はぐっと親指を立てた。
「ちゃんと、アンタの立てた作戦が成功したよ」
にかっと笑う大樹と、乱暴にハイタッチを交わしていく。
こんなふうに協力したり、ハイタッチをしたのは、小学校時代にやっていた少年少女サッカーチームの時以来だ。
そんな私たちの姿を見て、あたりにけたたましいほどの拍手が巻き起こった。
相変わらずクローチマンを見る皆の表情は険しくて、嫌悪感がぬぐえないけれど、それでも拍手喝采を浴びたのは大樹にとって大きな一歩だったのだろう。
マスクの下ではぼろぼろと大泣きしているような、そんな気がした。
――・――・――・――・――・――・――
その後すぐに私たちは、また白のトンネルの中へと連れ戻され、気が付いたら屋上にいた。
授業に遅刻する! と、腕時計を見ると、私が神殿へと向かった時間のままだ。
「お帰り~。色気のねーパンツ。ベージュなんてババァがはくモンだろ」
足元から聞き慣れた声が聞こえ、視線を落としていく。
するとそこには、あぐらをかいた大樹がいて、私のスカートの中を覗きこんでいた。
「んな! 何してんだよ、このエロチビが……!!」
顔面に蹴りをかますと、大樹は「へぶ!」とよくわからない声を上げてコンクリートの床へと倒れ込んだ。
「このイケメンの顔が歪んだらどうしてくれんだよ!」
涙目になりながら大樹は言うが、そんなの知ったこっちゃない。
っていうか、別にアンタはイケメンでもない。
「顔が歪んだとしても、ハーレムの力でどうにかなるでしょ」
ため息をつきながら言うと、大樹はまた拗ねはじめた。
「顔が歪まなければ、もしかしたら……ひょっとしたらいつか」
「もしかしたら、何?」
呟くように言う大樹に、刺々しい声色で問いかける。
すると、大樹はどこか自嘲しているかのように笑った。
「嫌われ者なクローチマンの俺も、魅力度が増している俺も……本当の俺も好きだって……そう言ってくれる女が出てくるかもしれないだろ」
らしくない大樹を見て、声を上げて笑う。
「バッカじゃないの? そんな都合のいい女なかなか見つかんないよ」
「そっか、そうだよな……」
「それじゃ、私練習したいから音楽室行くわ。怪人のこととか放課後教えてよ」
「おう」
悲しみの混じった顔で笑う大樹を見て、相変わらず仕方のないやつだと微笑む。
「あのさ」
屋上から中へと入る扉の前に立って、振り返った。
「ん、どーした?」
「私ね、女神テッラから、ゴキブリハンターなアシダカグモの能力をもらったんだ。だから、私は……」
首を傾げる大樹に向かってニカッと微笑み、こう言い放つ。
「クローチマンのことも、目ぇ離したくないくらい大好きだよ」
「へ!?」
大樹は途端に顔を真っ赤にして、動きを止めた。
それがとても面白くて、くすくす笑いながら扉を閉めていく。
「クローチマンのこと“も”って、“大好き”って、どういう意味だよ、未央ーっ!!」
追いかけてくる大樹から逃げるため、階段を駆け降りる。
さすがに変身した時のようには上手く動けないけれど、足取りも心も羽のように軽い。
「さぁね、ない頭で必死に考えな、ばーか!」
踊り場に降り立ち、できる限りの変顔を披露し、大樹を振りきった。
チートとハーレム、両方望んだ欲張りなアンタ。
皆から嫌われたって、胸を張って自分をヒーローと呼び、戦いの場に向かうアンタ。
私は、そんなおバカで正直でお人好しな大樹のことが、いままでもこれからも、ずっとずっと大好きなんだ。
fin.
嫌われヒーロー!~幼馴染みはごきチート~は、これにて完結です。
お読みくださいまして、ありがとうございました!
チート、ハーレムというお題で、一風変わったものを書いてみたいと思った結果、考え付いたものがこのお話。
作中で主人公が話していましたが、Gはある意味チートな生物、というところから構想を練っていきました。
じつは私、Gや害虫が結構苦手。
調べものをするときに、毎度画像が出てくるのが地味に辛かったです。
人を選びまくりのこのお話を、ここまで読んでいただけたこと、本当に嬉しかったです。
ありがとうございました!!